分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』 作:やめろイタチ、その技は俺に効く
おはー!でマヨちゅちゅー。どうも、うちはイタチです。いや、今こうして自分の中で言ってみても、やっぱり意味が分からない。朝の挨拶にいきなりマヨネーズを絡めるな。胃がびっくりするだろ。健康第一を掲げる俺としては、朝からマヨちゅちゅは重すぎる。せめて味噌汁ちゅちゅくらいにしてほしい。いや、それも嫌だな。普通におはようございますでいい。前世のテレビは時々、子供の俺には理解できない異文化を投げつけてくる。
そんなくだらない挨拶を脳内で転がしながら、俺とシスイは木ノ葉へ帰ってきた。中立街での夜が嘘みたいに、朝の里はいつも通りだった。門番は欠伸を噛み殺しながら警備し、通りでは早起きの商人が店先を掃き、どこかの家から味噌汁の匂いが流れている。平和だ。素晴らしい。戦闘と爆発と幻術会議を経た身体に、木ノ葉の朝は染みる。温泉と布団と母ちゃんの飯があれば、さらに完璧だった。
ちなみに、再不斬と白は途中で別れた。流石にあの二人をそのまま木ノ葉へ連れて帰るわけにはいかない。再不斬は霧隠れの暗部であり、忍刀七人衆の一人であり、断刀・首斬り包丁を担いだ危険人物である。白はまだ忍というより保護対象に近いが、氷遁という血継限界を持つ少年だ。そんな二人を「助けたので連れてきました」と火影邸へ持ち込んだら、外交問題の山盛り定食が出てくる。おかわり自由で始末書付き。絶対に嫌だ。俺は十一歳で胃薬のお世話になりたくない。
別れる前に、二人には最低限の物資を渡した。物資と言っても、俺が持っているものなんて兵糧錠剤と水と少しの保存食くらいである。だがこの兵糧錠剤は、六年の研究と改善を重ねた俺の自信作だ。栄養補給、滋養強壮、チャクラの流れの整理、整腸作用。怪しい通販番組なら「今ならもう一袋お付けします」と言いたくなる性能である。もちろん言わない。再不斬に言ったら斬られる。
白には朝晩に少量ずつ飲ませるよう伝えた。衰弱した身体に一気に入れると負担になる。再不斬は最後まで胡散臭そうに小袋を見ていたが、白が小さく礼を言った途端、何も言わずに懐へしまった。分かりやすい。いや、本人は分かりにくいつもりなのだろうが、白が絡むとかなり分かりやすい。道具だなんだと言い張っていたけど、あれはもう大事にしているだろ。俺の幻術会議の議事録にもそう書いておきたい。いや議事録はない。幻術だから。多分。
それと、カラスを一羽つけた。原作の俺がナルトの口へカラスを突っ込んだ、あの感じである。もちろん口には入れていない。あれは絵面が強すぎるし、普通にトラウマになる。今回は二人から少し離れた上空や木の枝に留まり、危険があれば俺へ知らせる見守り役だ。名前はゴンゾウ。渋いだろう。俺が雛の頃から育てた賢いカラスで、目つきが妙に職人みたいだからゴンゾウにした。
「そんな大事そうな奴を預けて平気なのか?」
別れ際、シスイが呆れ半分に聞いた。
「大丈夫だ。カラスはまだ五十羽いる」
「お前、いつの間にそんなに増やしたんだよ」
「健康管理と同じだ。日々の積み重ねだ」
「カラスの増やし方を健康管理みたいに言うな」
シスイの突っ込みを背に受けながら、俺はゴンゾウへ任務を伝えた。再不斬達に近づきすぎず、けれど見失わず、危険な忍や赤い雲の外套を見つけたら戻ってこい。ゴンゾウはカァと一声鳴いて飛んだ。頼むぞ、ゴンゾウ。お前がブラック企業における有能な現場担当者だ。いや、カラスまで会社員に例えるのはやめよう。俺の前世が滲みすぎる。
木ノ葉の門をくぐる頃には、シスイも俺も任務中の顔に戻っていた。いや、俺の顔は元からあまり変わらないけど。問題はここからだ。今回の任務は、雲隠れと日向を巡る仲介人の調査だった。ところが結果は、仲介人と思しき三人組は死亡、接触記録は恐らく爆発で消失、日向の血ではなく氷遁の少年を保護、暁二名と交戦して討伐、倉庫街に大穴。報告書の冒頭から既に頭が痛い。任務の主目的だけ見ると失敗寄りだが、暁を二人潰したのは大戦果だ。評価が難しい。上司が困るやつだ。つまり四代目が困る。ごめんなさい。
「イタチ、腹括れよ」
火影邸へ向かう道で、シスイがぽんと俺の肩を叩いた。
「括っている」
「その顔で言われると本当に平気そうに見えるな」
「内心は帰って寝たい」
「だろうな」
分かっているなら助けてほしい。だがシスイも一緒に報告する側だ。逃げ場はない。三代目、四代目、父ちゃん。どこまで話が行くか分からないが、分身大爆破の件は確実に怒られる。いや、怒られない方がおかしい。俺でも怒る。あんな術を中立街で使うな。正論すぎて反論できない。
火影邸の前に着くと、朝の空気が一気に重くなった気がした。建物の中から漂う書類と権力と説教の匂い。前世で言うなら、部長室前の廊下である。俺は一度だけ深く息を吸い、背筋を伸ばした。
さあ、始末書の時間だ。
火影邸の入口へ、俺は何食わぬ顔で足を踏み入れようとした。背筋を伸ばし、表情は任務帰りの有能な中忍。内心は、しれっと入って、しれっと報告して、しれっと一楽で味噌ラーメンを決めて帰宅し、母ちゃんの飯を食べて寝る気満々である。完璧な計画だ。前世で言えば、上司が席を外している間に報告書だけ机へ置き、メールで「ご確認お願いします」と送って退勤するやつである。
「おい、何をそのまま通ろうとしてる。そこで止まれ」
駄目でした。
入口に立っていた警備忍が、俺の進路へすっと身体をずらした。うみのイッカクさんである。柔らかい物腰だが、目だけは完全に逃がす気がない。火影邸の門番として、こういう時の察知能力が高すぎる。もう少し鈍くても世の中は回ると思う。
「任務帰還の報告です」
「それは分かっている。色々聞いているぞ。また派手にやったそうだな」
「任務を遂行しただけです」
俺は静かに答えた。声だけ聞けば、実に冷静で真面目なうちはイタチである。だが内心では、まずい、やっぱりバレてる、どう考えてもバレてる、と足元で正座したい気分だった。中立街で倉庫街を一つ吹き飛ばしたのだ。隠せるわけがない。取引先の会社でトイレを盛大に詰まらせた上に、床まで水浸しにして帰ってきたようなものである。最悪だ。しかも今回はトイレどころか倉庫街である。
「イタチ、もう諦めろ」
隣でシスイが俺の肩をぽんと叩いた。軽い。こいつ、俺より年上なのに妙に他人事みたいな顔をしている。お前も一緒にいたからな?業火滅却も撃ったからな?なに冷静な相棒ポジションを決め込んでるんだ。俺は諦めない。俺が諦めるのを諦めろ。いや、どうにもならないのは分かっているけど、心だけは抵抗したい。
イッカクさんは俺達のやり取りを見て、口元を緩めた。
「自来也様がいらっしゃっている。偶然、中立街に滞在していた時に大爆発へ遭遇されたそうだ。それで急ぎ木ノ葉へ戻り、報告に来られた」
自来也様。
伝説の三忍の一人。三代目の弟子であり、大蛇丸を追っていると聞いていた豪傑。中立街にいたのか。嘘だろ。よりによって、あの爆発を現地で見たのか。もう言い逃れの余地がない。現場目撃者が伝説級の忍で、しかも火影邸のソファに座っている可能性が高い。前世で言えば、事故報告を隠そうとしたら本社の重役が現場に居合わせていたようなものだ。終わった。いや、終わってはいないが、精神的にはほぼ始末書で埋葬されている。
「さ、入れ。四代目が待っている」
イッカクさんは楽しそうに道を開けた。楽しそうにするな。こっちはこれから処刑台へ向かう気持ちなんだぞ。いや、処刑ではなく報告だ。報告、連絡、相談。社会人の基本。忍も同じ。大丈夫、俺は前世社会人。心は四十路手前。中間管理職くらい経験していてもおかしくない精神年齢である。上司の前で謝罪する場面など、前世でいくらでも潜り抜けてきた。胃は痛いが死にはしない。多分。
火影邸の廊下を進む間、朝の光が窓から差し込んでいた。木ノ葉の空気は穏やかで、外では里の人々が普通に暮らしている。だが俺の足取りだけは重い。シスイは隣でいつもの調子に戻っており、微かに笑っているようにも見える。こいつ、本当に肝が据わっている。俺も顔だけなら据わっているように見えるはずだが、内心では小さな俺が土下座の練習を始めていた。
火影執務室の前で足を止める。扉の向こうに、複数の強い気配がある。四代目の穏やかで澄んだチャクラ。自来也様らしき大きく荒々しい気配。そして、暗部の気配が天井や壁際に薄く張り付いている。逃げ場はない。いや、そもそも逃げるな。俺は任務を終えて帰還しただけである。ちょっと爆発規模が大きかっただけだ。
俺は深く息を吸い、背筋を伸ばした。
「失礼します。うちはイタチ。ただいま帰還しました」
「うちはシスイ。戻りました」
おいシスイ。なんか軽くないか?俺は内心ビクビクしながら、なるべく丁寧に言ったのに、お前だけ馴染みの店へ戻ってきた常連みたいな声を出すな。いや、シスイらしいけど。
扉の奥には、火影の机に座る波風ミナトがいた。金色の髪、柔らかい笑み。だが机の上には既に数枚の報告書らしき紙が置かれており、その笑顔の裏に上司としての圧がある。爽やかなのに怖い。爽やか圧迫面談である。
「よく戻ったね、二人とも」
ミナトはいつもの穏やかな声でそう言った。怒鳴られなかった。まだ大丈夫かもしれない。そう思った瞬間、部屋のソファから野太い声が響いた。
「ほぉ。其奴が、うちは一族の天才と呼ばれとる小僧か。うちはイタチ……それに瞬身のシスイも一緒とはのぉ」
ソファにどかっと腰を下ろしていた男が、腕を組んでこちらを見ていた。白髪を荒々しく伸ばし、額には油の文字が入った額当て。大柄な身体からは、酒と土と戦場の匂いが混ざったような気配が漂っている。目は笑っているようでいて、奥が鋭い。やっぱりソファに座ってた。
自来也だ。
伝説の三忍が、そこにいた。
……生エロ仙人。
うちはイタチとしてこの世界に生まれて十一年。画面越しでも、記憶の中でも、原作の中でもなく、生身の自来也が目の前にいる。白髪は思っていたより荒々しく、身体はでかく、笑っているようで目の奥は鋭い。俺の知っている原作の自来也より若い。そりゃそうだ。ナルトはまだ六歳で、俺も十一歳。時代が違えば伝説の三忍も少し若い。だが、纏っている圧は十分に伝説だった。あと、ほんのり酒臭い。朝からか。自由人すぎるだろ。
「紹介はいらないだろうけど、自来也先生だ。僕の師匠で、今は里の外で色々動いてもらっている」
四代目が穏やかにそう言うと、自来也はソファから腰を上げた。どかりと座っていた巨体が立ち上がるだけで、執務室の空気が変わる。机の上の書類、壁際の暗部、隣のシスイ、その全部を一瞬で背景にして、自来也は俺の前へ来た。
「……お前さん。あの術をどうやってやった?」
真正面から瞳を覗き込まれる。ただし、写輪眼を警戒しているのか、目の焦点は僅かにずれていた。流石である。エロ仙人なのに隙がない。いや、エロ仙人だからこそ旅先で色々鍛えられているのかもしれない。覗きで鍛えた警戒心。最悪の修行法だ。
やっぱり、俺がやったってバレてますよね。
俺は四代目へちらりと視線を送った。ミナトは椅子に座ったまま、薄く笑って頭を掻いている。あの顔。絶対に言った。現場から自来也様が戻ってきて、四代目に爆発のことを報告し、四代目が「多分イタチだね」と爽やかに共有したのだろう。報連相がしっかりしている上司である。正しい。正しいけど、今だけはやめてほしかった。
「何のことでしょうか」
俺は静かに首を傾げた。無実の中忍です、という顔である。昨夜はただ中立街で焼き鳥定食を食べ、宿に泊まり、ちょっと人助けをしただけです。爆発?知りません。そういう顔だ。
隣のシスイが微妙に目を逸らした。おい、笑うな。せめて共犯者として真顔を保て。
「中立街の大爆発のことだ。どうやったか聞いておる」
自来也の声が少し低くなった。誤魔化しは通じない。そりゃそうだ。あの規模の爆発を目撃した本人が、目の前で聞いているのだ。前世で言えば、会社の備品を壊したら監視カメラ映像を持った総務部長に詰められている状態である。終わりだ。
「起爆札ではないでしょうか」
「倉庫街を丸ごと吹き飛ばして、地面に大穴を空ける起爆札があるなら、ワシにも教えてほしいのぉ」
ですよね。
自来也は懐から布に包んだ黒い塊を取り出し、火影机の上へ置いた。布が開かれると、熱で硝子みたいに変質した土の破片が現れる。赤黒く焼け、ところどころが泡立ったように固まっていた。
「現場で拾った。火遁の焼け方とは違う。爆遁とも違う。火薬の臭いも薄い。中心から一気に熱と衝撃が膨れ上がった痕だ。しかも、僅かに木ノ葉のチャクラの癖が混じっていた」
現場検証が本格的すぎる。自来也様、ただの酔っぱらいじゃなかった。いや伝説の三忍だから当たり前だ。俺のガバ原作知識は、すぐエロ本と覗きに引っ張られるが、この人は普通に超一流の忍なのだ。
「先生には先に事情を少し話してある。隠しても意味がないと思ってね」
ミナトが爽やかに言った。
やっぱり四代目だ。チクショウ。爽やかに退路を塞がないでほしい。
「で、お前さん。何をした?」
自来也が再び俺を見る。誤魔化す余地はない。シスイの方へ視線を送ると、彼は小さく肩を竦めた。
(諦めろ)
(まだ何も言っていない)
(もう全部顔に出てるぞ。お前の顔は出てないけど、空気に出てる)
何だその高度な読心術。やっぱり長い付き合いは怖い。
俺は小さく息を吐いた。ここからは正直に話すしかない。前世社会人としても、バレている案件で下手な嘘を重ねるのは最悪だ。謝罪は早い方がいい。報告は正確な方がいい。後で追加発覚すると二倍怒られる。
「影分身を使いました」
「影分身?」
「はい。影分身の心臓部分、死門に当たる場所へ、チャクラを込めた親指を突き刺します」
自来也の眉が動いた。ミナトの笑みが少し固まる。シスイはもう「ああ、言った」という顔をしている。
「続けろ」
「死門へ無理矢理チャクラを流し込み、分身の肉体内でチャクラを増大、圧縮します。限界まで閉じ込めた後、影分身を起爆させます」
執務室が静かになった。外の鳥の声まで聞こえそうな沈黙だった。
「それだけか?」
「はい」
「それだけ、で済ませる話ではないのぉ」
自来也の声が低くなる。怒鳴ってはいないのに、胃がじわじわ痛くなる声だ。父ちゃんの説教と種類が違う。これは研究者と戦場経験者が危険物を前にした時の声である。
「八門遁甲の死門を、影分身とはいえ起爆装置みたいに使った。しかも独学でだ。誰に許可を取った?」
「取っていません」
「誰に相談した?」
「していません」
「何故だ?」
「……使う予定がなかったからです」
自来也の目がさらに細くなる。あ、これは駄目な答えだった。前世の上司にも「予定外でした」はだいたい怒られる。予定外でも備えろ、報告しろ、判断を仰げ。はい、その通りです。
「お前さんなぁ……影分身だから本体は死なない、そういう軽い話ではないんだ。死門は命の門だ。それを術の部品みたいに扱う発想がまず危うい」
「理解しています」
「理解していて使ったなら、余計に質が悪いのぉ」
ごもっともです。
俺は背筋を伸ばしたまま、心の中で正座した。説教が始まる。これは長くなる。朝の一楽は遠ざかった。味噌ラーメンよ、さらば。
「自来也先生、まあそう言わないでやって下さい」
四代目が、爽やかな顔で助け舟を出してくれた。ありがたい。非常にありがたい。だが、その爽やかさの裏に何かある気がする。ミナトさんは優しい。優しいけど、火影である。つまり優しい顔でこちらの逃げ道を塞ぐことができる上司だ。前世で言えば、笑顔で「少しだけ残れる?」と言ってくる上司に近い。少しだけが少しで終わったことはない。
「ミナト……お前なぁ」
自来也様が呆れたように四代目を見る。先ほどまで俺へ向けられていた危険物確認の目が、ほんの少し師匠としての目に戻った気がした。よし、空気が緩んだ。このまま分身大爆破の話題から自然に離れてくれ。頼む。俺の胃と味噌ラーメンの未来がかかっている。
「それに、兵糧錠剤を作ったのはイタチですよ」
「なに!?アレはお前が作ったのか!?イタチ!?」
待って。なにその反応。
俺は思わず瞬きをした。自来也様が兵糧錠剤を知っている?俺、渡したか?渡してないよな?渡した記憶はない。俺が渡した相手は父ちゃん、母ちゃん、シスイ、三代目、四代目、あと任務で必要になった時くらいだ。いや、四代目。まさか。まさかですよね。横流し?いや言い方が悪いな。公式な共有?試供品配布?でも俺、そんな許可出した覚えないんだけど。
「そうですが……兵糧錠剤は一部の者にしか渡していません。自来也様は何故知っているのですか?」
「これだろう?」
自来也様が懐から小さなケースを取り出した。
ちょっと待って。
ケースまである。
俺が携帯用に作った小分けケースだ。木製で湿気を防ぐため内側に薄い油紙を貼り、錠剤が割れないように綿も詰めてある。完全に俺のやつである。四代目、あなた横流しどころかパッケージごと渡してますやん。商品化前のサンプルを勝手に大口顧客へ配る営業部長か。いや火影だから営業部長より上だ。社長直轄案件だ。文句を言いづらい。
「これのお陰で身体の調子がよくてのぉ。長旅の疲れにも効くし、何より二日酔いにもバッチリだ。そうか、これをイタチ……お前が作ったのか」
二日酔いにも効くのは初耳です。
いや、たしかに肝臓っぽい働きを助ける薬草は入れた。滋養強壮と疲労回復、チャクラの流れの整理、整腸作用を狙って配合した。結果として酒の抜けにも効いたのかもしれない。なるほど、需要がある。忍界の大人達は酒を飲む。二日酔いに効く兵糧錠剤。売れる。いや、売るな。俺は何を考えている。俺は忍であって健康食品会社の開発担当ではない。けど、自来也様に好評なのは地味に嬉しい。開発者として褒められるのは普通に嬉しい。前世でも自分の資料が褒められた時は少し嬉しかった。だいたいその後に追加修正が来たけど。
「イタチは昔から薬草や食事に詳しくてね。体調管理に関しては妙にうるさいんです」
「妙にではありません。健康は任務成功率に直結します」
「そういうところだよ」
四代目が苦笑する。自来也様は錠剤のケースを眺めながら、感心したように鼻を鳴らした。
「十一であの術を作って、この薬も作った。うちはの天才というより、少し変な方向に伸びとるのぉ」
変な方向。
否定できない。分身ハメ殺し、兵糧錠剤、八門遁甲分身大爆破。確かに普通のうちはの天才とは方向が違う。マダラや父ちゃんが見たら、「写輪眼をもっと真っ当に磨け」と言いそうだ。いや磨いてます。幻術も火遁も手裏剣もちゃんとやってます。ただ健康と影分身が少し強めなだけです。
「ゴホンッ……ではイタチ、シスイ。報告を」
四代目が咳払いをして、本来の話へ戻した。ついに来た。任務報告。俺は背筋を伸ばし、隣のシスイへ視線を送る。
報告はシスイに任せよう。
俺が言うと、どうにも言い訳っぽく聞こえる気がする。特に「暁二名を討伐しました」と「倉庫街が消えました」は、俺の口から出すと途端に危険人物感が増す。ここは年上で、瞬身のシスイとして信頼もある彼に淡々と報告してもらうのがよい。これも組織人としての役割分担である。いや、押し付けではない。チームワークだ。
シスイは俺の視線を受けて、呆れたように片眉を上げた。
「中立街で仲介人らしき人物を確認。尾行の結果、北の倉庫街で取引現場を発見した。取引相手は赤い雲の外套を着た二名。犯罪者集団『暁』の構成員と思われる」
自来也様の目が細くなった。四代目の表情も僅かに引き締まる。やはり暁の名前は軽くないらしい。
「交戦になり、暁の二名はイタチによって殺害。片方は黒い糸のような術を使う男、もう片方は鉄棒を扱う体術型の男だった。取引の内容は日向ではなく人身売買。対象は血継限界を持つ少年で、救助済み。保護者と思われる霧隠れの忍へ引き渡した」
良い報告。包み隠さず、余計な装飾もない。社会人なら拍手したい。だが、最後の一文で室内の空気が明らかに変わった。
「霧隠れの忍?」
四代目の声は穏やかだったが、目が笑っていない。
「桃地再不斬です。忍刀七人衆の一人で、断刀・首斬り包丁を所持していました」
シスイが普通に言った。
いや、普通に言うな。そこはもう少し柔らかく。俺の胃が跳ねたぞ。
「ほぉ……忍刀七人衆まで出てきたか」
自来也様が低く呟く。
四代目は机の上で指を組み、俺達を見た。
「詳しく聞かせてもらおうか。最初から、順を追ってね」
はい、説教会議第二ラウンド開始である。
「——以上です」
うちはイタチとシスイの報告が終わると、火影執務室に短い沈黙が落ちた。二人は四代目火影の机の前に並び、背筋を伸ばし、両手を後ろに組んで立っている。任務帰還直後の姿としては、どちらも乱れが少ない。だが、細部を見れば違った。シスイの外套には焦げた臭いが残り、イタチの袖口には大刀を受け止めた時の擦れがあり、二人の足元には長距離移動の疲労が薄く滲んでいた。
自来也は報告の途中でソファへ戻っていた。大柄な身体をどかりと預け、腕を組み、片目を細めながら二人を眺めている。先ほどまで兵糧錠剤の話で少し緩んでいた顔も、暁、角都、忍刀七人衆、血継限界の少年という言葉が重なるにつれて、完全に忍のものへ戻っていた。
ミナトは机の上に置かれた報告書へ視線を落とし、指先で軽く紙の端を叩いた。声を荒げることはない。だが、その穏やかさが逆に場を重くする。
「Sランク任務として、君達を中立街へ送った。目的は、雲隠れと繋がる仲介人の確認、接触記録の回収、そして日向の血を狙う部隊が存在するなら、その構成と目的を探ることだった」
「はい」
イタチが静かに答えた。顔色は変わらない。だが、隣に立つシスイには分かる。イタチの意識は既に、謝罪、報告、始末書、父親への説明、母親への報告、三代目の説教、一楽に行けるかどうかという複数の問題を同時に処理している。十一歳の顔をした、前世社会人めいた妙な疲労が内側で正座しているような状態だった。
「内容だけ見れば、任務は失敗。仲介人らしき人物は死亡、接触記録も未回収。日向の血を狙う部隊の構成についても、確証は得られていない」
ミナトはそこで一度言葉を切った。
「ただし、暁の構成員二名を討伐したことは大きい。しかも片方は、滝隠れの抜け忍であり、長年各国の闇で動いていた角都の可能性が高い。これは大戦果と言っていい。よくやった、二人とも」
「申し訳ございません」
「ま、任務を外したのは確かだからな。そこはすみません」
イタチとシスイが同時に頭を下げた。イタチの声は淡々としているが、謝罪の角度は深い。シスイも普段の軽さを抑えている。褒められる部分があっても、当初の任務目的を達成できなかった事実は消えない。忍として、そこを曖昧にするわけにはいかなかった。
自来也がソファで小さく息を吐いた。
「暁、角都、忍刀七人衆、氷遁のガキ……よくまあ一晩でここまで拾ってきたのぉ。普通なら一つでも面倒な話だ」
「拾うつもりはありませんでした」
イタチが答える。
「お前さんの場合、面倒の方から寄ってきてる気もするがな」
自来也の言葉に、シスイが僅かに口元を緩めた。イタチは動かない。ただ、胸の内では否定しきれないものがあった。確かにここ最近、任務へ出るたびに何かしら大きな問題へぶつかっている。影分身で無断行動した頃からそうだ。自分は健康に生きたいだけなのに、忍界がブラック企業の案件みたいに次々と爆弾を投げてくる。
ミナトはそんな二人を見ながら、机の引き出しから別の紙束を取り出した。
「イタチ。君は分かっていると思うけど、今回の任務は君の暗部適性を見る意味もあった。結果次第では、暗部入りを正式に進めるつもりだった」
「承知しています」
「任務は失敗。加えて、許可のない禁術級の術の使用。普通なら、暗部入りはいったん白紙に戻すところだ」
ミナトの言葉に、イタチは静かに頷いた。むしろ当然だと思っていた。暗部とは火影直属の部隊であり、判断力、隠密性、命令遵守、撤退判断、情報管理が重視される。中立街で大爆発を起こし、目的の記録を灰にしたかもしれない十一歳をそのまま入れるのは、普通に考えれば危険である。イタチ自身も、もし自分が上司なら一度止める。最低でも面談と再教育と術の使用制限は必要だ。
だが、ミナトは紙束を机に置いたまま、少し困ったように笑った。
「……と言えなくなってね」
「どういうことですか?」
イタチが静かに問うた。隣のシスイは、なぜか少し笑っている。笑うな、とイタチは横目で思ったが、声には出さない。シスイの笑みは、面白がっているというより、嫌な予感を先に掴んでいる顔だった。
「根から打診が来ている」
その一言で、執務室の空気が変わった。
シスイの笑みが薄くなり、自来也の目が鋭く細まる。壁際に潜んでいた暗部の気配も、ごく僅かに動いた。根。木ノ葉の裏側で動く、志村ダンゾウの私兵のような組織。表の暗部とは違い、より深く、より冷たく、より里の闇へ沈んだ部隊。
「ダンゾウ様だよ。君を根に預けたい、とね」
ミナトの声は穏やかだった。だが、その瞳は笑っていない。
イタチは一瞬だけ黙った。
根。ダンゾウ。その二つの言葉が、前世のガバ原作知識の奥底から黒い泥のように浮かび上がる。包帯、腕、写輪眼、暗躍、うちは。嫌な単語が連鎖し、頭の中で危険信号が鳴った。前世社会人風に言えば、絶対に入ってはいけないブラック部署から、なぜか名指しで異動依頼が来た状態である。残業代なし、相談窓口なし、退職不可。そんな匂いがする。
「俺を、根に?」
「そう。暁二名を討伐した実力、禁術級の術を独自開発する発想、そして任務中の即応力。危険だからこそ、根で管理すべきだという言い方だった」
「四代目は、どうお考えですか?」
イタチの声は静かだった。だが、シスイは隣で僅かに肩へ力を入れた。ミナトは机の上で指を組み、まっすぐイタチを見返す。
「僕は、君を根へ渡すつもりはない」
その言葉に、イタチの胸の奥で、張り詰めていた何かが少しだけ緩んだ。だが、ミナトは続ける。
「ただし、これで暗部入りを白紙にすると、今度は根がより強く動く。だから逆に、君を火影直属の暗部として正式に囲う必要が出てきた」
自来也が低く呟いた。
「面倒なことになったのぉ」
イタチも同じことを思った。味噌ラーメンどころではない。説教会議は、さらに大きな人事会議へ変わろうとしていた。