分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』 作:やめろイタチ、その技は俺に効く
志村ダンゾウは、木ノ葉の光が届かぬ場所に根を張って生きてきた男だった。
二代目火影千手扉間の部隊に属し、若き日の猿飛ヒルゼンと同じ戦場を駆け抜けた忍。かつては火影の座を見据え、ヒルゼンと並び立とうとした男。だがヒルゼンが里の陽光を浴び、火影として人々の前へ立ったのに対し、ダンゾウは自ら闇へ沈んだ。木ノ葉という大樹が太く、高く、まっすぐ伸びるためには、泥の中で絡み合う根が必要だ。彼はそう信じていた。
策謀。暗殺。内偵。諜報。敵里へ手を伸ばすことは当然であり、必要とあれば自里の忍にすら目を置く。火影の命令だけでは届かぬ場所へ根を張り、表の法では裁けぬものを闇の中で処理する。それが木ノ葉のためであり、里を守るということだと、ダンゾウは疑っていなかった。たとえその過程で誰に恨まれようと、歴史に名が残らなかろうと、己が泥を被ればよい。そう考える男だった。
木ノ葉の地下深く、湿った石壁に囲まれた一室で、ダンゾウは質素な椅子に腰掛けていた。灯りは少なく、壁に揺れる火だけが彼の片側を照らしている。包帯に覆われた顔の半分は影に沈み、露出した眼だけが冷たく前を見ていた。そこには火影邸の温かさも、里の喧騒もない。あるのは命令と沈黙、そして根の忍達が持ち帰る情報だけだった。
「報告せよ」
膝をついた根の忍が、感情を削ぎ落とした声で口を開いた。
「中立街北部倉庫街で発生した大規模爆発について。現場には暁構成員と思われる二名が存在。うち一名は黒色の糸状物質を操る忍であり、滝隠れの抜け忍、角都の可能性が高いと判断されます」
ダンゾウの眼が僅かに細くなった。
「角都か。まだ生きていたとはな」
「交戦したのは、うちはシスイ、うちはイタチの二名。暁の二名は死亡。倉庫街は広範囲に消失し、中心には巨大な穴が残されました」
「術の詳細は」
根の忍は一拍置いた。表情はない。だが、その報告内容の異常さは、地下の空気を僅かに重くした。
「影分身を用いた術です。影分身の心臓部、死門に当たる箇所へ自ら親指を突き刺し、チャクラを強引に流入。八門遁甲の死門に相当する状態を人工的に発生させ、分身内部でチャクラを増大、圧縮し、爆発させたものと推測されます」
「そうか……」
ダンゾウは短く答え、肘掛けへ置いた指を静かに動かした。火影直属の暗部にも、上忍にも、禁術に通じた者にも、そのような術を用いた記録はない。八門遁甲は肉体を限界以上に引き出す技であり、死門は命を燃やす門だ。それを影分身に担わせ、術式でも封印でもなく、分身の肉体そのものを爆弾へ変える。発想が常軌を逸していた。
(影分身のフィードバックをも恐れず、死門を術の材料として扱う胆力……いや、異常性と言うべきか)
ダンゾウの脳裏に、かつて見た小さな背中が浮かんだ。まだ四歳の子供だった。火影邸へ一人で現れ、猿飛ヒルゼンへ影分身の術を教えてほしいと願った幼子。うちはの子でありながら、幼児らしい甘えをほとんど見せず、赤子のような年齢で既に目的を持っていた。あの時、ダンゾウはその瞳に奇妙なものを見た。天才の輝きではない。単なる向上心でもない。己の身体すら道具として扱い、目的のためなら常識の枠を踏み越える者の気配だった。
(やはり、あの時見た闇は見間違いではなかった)
報告は続く。
「うちはイタチは、標的となっていた人身売買対象の少年を救出。その少年は氷遁と思われる血継限界を有していました。のちに霧隠れの忍、桃地再不斬と接触。少年は再不斬へ引き渡された模様です」
「再不斬……忍刀七人衆か」
「はい。断刀・首斬り包丁を所持していたとの情報があります」
暁。角都。氷遁の少年。桃地再不斬。そして、うちはイタチ。中立街の一件は、偶然で片付けるには絡む糸が多すぎる。だがダンゾウの関心は、最後には一人の少年へ戻った。うちはの血を引き、写輪眼を持ち、影分身を常人と異なる形で扱い、禁術級の発想を躊躇なく実戦へ投入する十一歳。しかも、火影直属の暗部入りが検討されるほどの才能。
(ヒルゼンやミナトの下に置けば、あの才能は温い光に晒される。光は人を鈍らせる。情は刃を曇らせる)
ダンゾウにとって、うちはは常に警戒すべき一族だった。強大な瞳力、深い情、そしてそれが裏返った時に生まれる危険。だが同時に、制御できるならばこれほど優れた刃もない。うちはイタチは、その中でも特異だった。幼少期から里の上層へ接触し、三代目にも四代目にも目をかけられている。シスイとも近い。フガクの子であり、サスケという弟を持つ。里と一族、その両方へ繋がる位置にいる。
根の忍が静かに頭を垂れた。
「四代目火影は、イタチの火影直属暗部入りを進める意向と思われます」
「当然だろうな。ミナトは手元に置きたがる」
ダンゾウは椅子から立ち上がった。杖の先が石床を小さく打つ。地下に乾いた音が響き、控えていた根の忍達が一斉に姿勢を正した。
「だが、あの小僧は根にこそ相応しい。闇を恐れぬ者でなければ、木ノ葉の根は務まらん」
その声に熱はない。だが、決定だけがあった。
「四代目へ打診を出せ。うちはイタチを根で預かるとな。危険な才能は、光の下で遊ばせるべきではない」
根の忍が音もなく消える。
ダンゾウは暗い通路の奥を見据えた。十一年前には存在しなかった新しい刃が、今、木ノ葉の中で形を持ち始めている。その刃を誰が握るのか。火影か、うちはか、それとも根か。
(イタチ……お前の闇は、いずれ木ノ葉のために必要となる)
地下の炎が揺れ、ダンゾウの影が石壁に長く伸びた。
うっす、イタチだ。
いやぁ、説教が濃かった。天下一品のこってりMAXかってくらい、胃に残る説教だった。味噌ラーメンのこってりなら大歓迎だが、火影と伝説の三忍による説教は健康に悪い。まあ当然ではある。任務目的は外し、仲介人は死亡し、接触記録は回収できず、挙句の果てに禁術を使って暁を吹き飛ばしたのだ。前世の会社なら、始末書、再発防止策、上長面談、関係各所への謝罪メールが確定している案件である。忍界でよかったのか悪かったのか分からない。
しかも根からのお誘いである。
正直、行きたくない。火影直属の暗部として四代目が囲うと言ってくれたのはありがたいが、ダンゾウが簡単に諦めるとは思えない。あれは要するに引き抜きだ。今より良い年収と肩書きをちらつかせて、「君の能力をもっと活かせる環境がある」と言ってくるやつである。勢いで転職したら、実際は残業代なし、上司の圧が強い、相談窓口なし、辞められないという地獄が待っている。根という名前からして暗すぎる。福利厚生がなさそう。健康診断もなさそう。絶対嫌だ。
「ん」
「どうした?」
横を歩くシスイが、俺の顔を覗き込んだ。火影邸を出てから、こいつは妙に軽い。俺と同じく報告した側なのに、なんでそんな顔ができるんだ。俺なんか内心では、これから父ちゃんと母ちゃんにどう説明するかで胃がぐるぐるしているというのに。
「何もない」
「あっそ」
今、背筋がぶるっとした。変な寒気だ。誰かがどこか暗い地下で俺の噂をしている気がする。前世でもあった。別部署の課長が自分の名前を出している時、なぜかメールが来る前から胃が痛くなるあの感じだ。ダンゾウ臭い。いや、嗅いだことはないけど、絶対に湿った石壁と古い書類と陰謀の匂いがする。
火影邸での報告を終えた俺達は、一楽へ向かっていた。説教後のラーメンは心の薬である。味噌汁と同じくらい尊い。俺には今、休息と塩分と炭水化物が必要だ。もちろん塩分過多は健康に悪いが、今日は特例である。精神的ダメージを回復するための医療行為と言ってもいい。
ちなみに、なぜか自来也様まで一緒に歩いている。伝説の三忍が普通に後ろを歩いているせいで、通りの人達がちらちら振り返る。そりゃそうだ。俺だって見る。白髪の大男が、酒の匂いを少し残しながら上機嫌に歩いているのだから、存在感がすごい。
「ミナトがあそこは美味いと言っておったのでな。ワシはラーメンにはうるさいぞ」
知らんがな。
いや、自来也様が旅先で色んなラーメンを食べていそうなのは分かる。だが今は、評価の厳しい食通としてではなく、静かに麺を啜る客として来てほしい。頼むから店内で中立街の爆発とか、八門遁甲分身大爆破とか、根からの引き抜きとかの話を蒸し返さないでほしい。テウチさんの前で言われたら、俺の一楽での社会的信用が減る。
「自来也様、イタチは一楽には結構うるさいですよ」
「ほぉ、そうなのか?」
「味噌、出汁、栄養、睡眠の話に繋がります」
「シスイ」
余計なことを言うな。俺は食事にはうるさいが、一楽は心の栄養枠だから細かいことを言わないのだ。いや、言う時もある。薄味にしてもらった幼少期からお世話になっているし、健康面でもテウチさんには感謝している。俺の超健康分身ハメ殺しイタチ計画は、一楽の存在なしには語れない。語らないけど。
そんなこんなで一楽に着いた。暖簾が風に揺れ、奥から出汁の匂いが漂ってくる。鼻に届いた瞬間、全身の疲労が少しだけ抜けた気がした。これだよこれ。戦闘、説教、根、全部いったん横へ置きたい。暖簾の下から席が見え、先客の足が丸椅子の下で揺れていた。あの座り方、あの足の置き方。見覚えがある。
俺とシスイ、そして自来也様が暖簾を潜った。
「いらっしゃい!お、イタチにシスイに……自来也様ぁ!?」
テウチさんの声が途中で裏返った。無理もない。常連のうちは二人かと思えば、後ろから伝説の三忍が入ってきたのだ。店内にいた先客も、どんぶりを待ちながらこちらを振り返る。
「そんな驚くことかのぉ……?」
「驚きますよ!自来也様がうちに来るなんて!」
テウチさんは慌てながらも、どこか嬉しそうだった。自来也様は豪快に笑い、空いている席へ腰を下ろす。店が少し狭く感じた。やっぱり身体がでかい。
「あ、オビト」
シスイが先客に気づいて声をかけた。
オビトだ。
左目は額当てと一体化した黒い布で覆われていて、眼帯のように隠されている。右半身は柱間細胞で再生した部分が残り、肌の質感がどこか普通と違う。少し渦を巻くような、不思議な流れを持った再生痕が顔面から首元に向かい腕へ薄く続いていた。上は上忍の緑のベスト、下はうちはの装束。何度見ても、普通のうちはとも、普通の上忍とも少し違う姿だ。
「イタチ……お前、また何かやっただろ」
第一声それか。
失礼な。いや、やったけど。やったけど、まだ何も言っていない。なんで分かるんだ。俺の顔は変わっていないはずだぞ。
「任務帰りだ」
「任務帰りでシスイと自来也様まで連れて一楽に来る時点で普通じゃねぇだろ」
鋭い。オビトが妙なところで鋭い。
自来也様がオビトを見て、目を細めた。
「お前さんが、ミナトの弟子のうちはオビトか。話は聞いておるぞ」
「は、はい!うちはオビトです!」
オビトが慌てて背筋を伸ばした。さっきまでの雑な声が一瞬で消える。伝説の三忍の圧はすごい。
俺は静かに席へ座り、テウチさんへ向き直った。
「味噌をお願いします」
まずはラーメンだ。話はそれからにしてほしい。お願いだから。
「俺は醤油チャーシュー、背脂多め、麺固めで」
シスイは相変わらず注文が多い。いや、気持ちは分かる。前世の俺も、ラーメン屋では背脂多め、麺固め、味濃いめなんて頼んでいた時期がある。あれは良い。背脂がスープに浮かび、麺に絡み、口の中でこってりと広がる幸福。だが野菜も食えよ。脂だけでは健康になれない。健康第一を掲げる身としては、シスイの食生活にもいつか本格的な指導を入れる必要があるかもしれない。瞬身が速くても血管が詰まったら終わりだからな。
「あいよぉ!」
テウチさんが景気よく返事をし、鍋の前へ向かう。その背中を見ているだけで落ち着く。火影邸で説教され、根から引き抜き話が来て、ダンゾウの名前で胃が冷えた俺にとって、この湯気と出汁の匂いは救いだった。やはり一楽は心の病院である。保険適用してほしい。
「ワシはとんこつでいこうかのぉ……テウチとやら、湯気通しはできるか?」
「ッ!!!湯気通しですか……自来也様……中々通ですな」
テウチさんの手が一瞬止まった。声にも驚きと、職人としての妙な嬉しさが混じっている。湯気通し。その単語に俺の前世ラーメン知識が反応した。聞いたことがある。麺の固さにおける、ほぼ最上級の領域だ。普通、麺は茹でる。固め、バリカタ、ハリガネ、粉落としと進んでいくが、湯気通しはさらに先、茹で時間が零秒から三秒程度、もはや湯気にあてただけのほぼ生麺に近い状態。俺も未経験である。というか、それ腹壊さない?忍者の胃袋はそんなに強いのか。いや、自来也様なら強そうだ。二日酔いに俺の兵糧錠剤を飲んでいる人だし、胃腸も歴戦なのかもしれない。
「旅先で色々食ってきたが、麺は店主の腕が出るからのぉ。湯気通しを出せる店は、だいたい仕事が細かい」
「へへ、自来也様にそう言ってもらえるとは光栄です。うちは麺も自慢ですからね」
テウチさんが胸を張る。分かる。俺も幼少期から世話になっている身として、その自慢には頷かざるを得ない。一楽の麺は良い。幼児向け薄味ラーメン時代から俺を支えてくれた偉大なる麺である。
「オビトは何を頼んだんだ?」
シスイが隣の先客オビトへ声をかける。
「味噌大盛りだよ。つーかイタチ、お前また顔が何も言ってないのに何かやった顔してるぞ」
「さっきも言ったが、任務帰りだ」
「だからその任務で何かやったんだろ」
鋭い。なぜ分かる。俺の顔面筋肉は今日も仕事をしているはずだぞ。やはりオビトとは付き合いが長くなりすぎたか。俺を見るだけで不穏を感じ取るようになっている。やめてほしい。俺だって好きで不穏を背負っているわけではない。
「中立街で少しな」
シスイが軽く言った。
「少し?」
オビトの口元が引きつる。右半身の渦巻く再生痕が、動きに合わせてわずかに伸び縮みするように見えた。
「シスイが少しって言う時、だいたい少しじゃねぇんだよ。イタチもいるし」
「俺は任務を遂行しただけだ」
「お前がそう言う時も、だいたい何か爆発してる」
なんで分かるの?
俺は無言で水を一口飲んだ。冷たい水が喉を通り、説教で乾いた精神に少し染みる。自来也様が横でくつくつ笑った。
「お前さん、普段からそんな扱いなのか」
「誤解です」
「誤解じゃねぇよ」
オビトとシスイの声が重なった。やめろ。自来也様の前で俺の評判を下げるな。いや、もう中立街の爆発を見られている時点で手遅れかもしれない。
「まあ、詳しい話は火影様から聞け。俺が言うことではない」
俺は淡々と逃げた。報告経路は大事だ。余計な口外は情報管理違反になる。前世社会人としても、社外秘情報をラーメン屋でべらべら喋る社員は信用されない。俺は信用される中忍でありたい。
「その言い方がもう怖ぇんだよ」
オビトが溜息をつく。その瞬間、テウチさんが先にオビトの味噌大盛りを置いた。湯気が立ち上り、味噌の香りが店内へ広がる。オビトの表情が一瞬で緩んだ。分かる。ラーメンの前では、人は争いを忘れる。
「お待ち、味噌大盛り!」
「お、来た来た!」
続いて俺の味噌、シスイの醤油チャーシュー背脂多め麺固めが並び、最後に自来也様のとんこつ湯気通しが出された。白い湯気の向こう、極端に固そうな細麺が器の中で存在感を放っている。ほぼ生麺では?大丈夫か?いや、職人テウチが出したのだ。信じよう。
「いただきます」
俺は箸を割り、味噌スープを一口啜った。
うまい。
説教も根もダンゾウも暁も、一瞬だけ遠ざかる。やはり一楽は偉大だ。健康的かどうかはさておき、心には確実に効く。
「ほぉ……これは美味いのぉ」
自来也様もとんこつを啜り、目を細めた。テウチさんが満足そうに笑う。
「だろ?一楽は美味いんだよ」
オビトがなぜか常連面で胸を張った。
「お前の店じゃないだろ」
シスイが突っ込む。
俺は麺を啜りながら、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。だがその時、店の外を一羽のカラスが横切った。黒い羽。俺のカラスではない。けれど妙に気になり、箸が一瞬止まる。
嫌な予感が、まだ消えていなかった。
「オビト、お前はどうなんだよ?うちは一族じゃ、今はお前が一番勢いあるだろ」
暖簾の外を横切ったカラスへ視線を引かれていると、シスイが醤油チャーシューを啜りながらオビトへ話を振った。そういえば、オビトは俺の八門遁甲分身大爆破を真正面から食らった最初の被害者である。あれからもう七年。時間というものは怖い。前世なら新人だった後輩が、いつの間にか中堅面して会議で「自分の認識では」とか言い出す年月だ。オビトもすっかり大人びた。俺とシスイも年齢の割に背が高いから、人の成長に驚く資格があるのかは微妙だが。
「まあまあだな。任務もカカシとリンのお陰で簡単に終わっちまう。戦争の頃が懐かしいとか言っちまうとアレだけど……身体が鈍っちまう」
オビトは味噌大盛りを前に、少し困ったように笑った。今のオビトは強い。柱間細胞と万華鏡写輪眼という、忍界の高級オプション全部乗せみたいな身体だ。しかも回復力の高さのお陰で、俺のように視力低下を気にしながら恐る恐る使う感じでもない。正直羨ましい。柱間細胞を目薬くらいの感覚で少し分けてくれないだろうか。いや、駄目だな。健康第一を掲げる身としては、謎の細胞を体内へ入れるのは怖い。会社でよく分からない健康食品を配られた時くらい警戒する。
「戦争などない方がよい。のぉ?イタチ」
「ゴホッ」
自来也さんに急に振られ、麺が変なところへ入りかけた。危ない。味噌ラーメンを鼻から出したら、うちはイタチとしての尊厳がかなり削れる。何故そこで俺に聞く。戦争がない方がいいに決まっている。俺は健康に、家族と、平和に暮らしたいだけなのだ。むしろ大蛇丸さんを追って各地を飛び回っている自来也さんの方が、よほど危険案件へ自分から出向くベテラン営業みたいで怖い。
「当然です。戦争はない方がよい」
俺は水で喉を整えてから答えた。外面は静かで冷静なうちはイタチ。内心は鼻ラーメン未遂でわりと焦っている。社会人というのは、胃を痛めながら「問題ありません」と言う生き物である。十一歳だけど。
「でもイタチも大概だろ。自来也さん、こいつ、うちは一族でも変わってるんだぜ。この前なんか螺旋丸の修行を影分身にやらせてたし——」
「螺旋丸?イタチ、お前、螺旋丸を使えるのか?」
オビト君。
そういう個人情報をラーメン屋で気軽に開示するのはやめていただきたい。社外秘が湯気と一緒に立ち上っている。木ノ葉の情報管理どうなってるの。監査が入ったら一発で是正勧告だぞ。
「まだ
「ほぉ……そこに気づいておるとは。螺旋丸がどういう理屈で開発されたか、分かっているようだな」
「え?ただのチャクラの乱回転じゃねぇのか?」
オビトが平然とラーメンを啜りながら言う。テウチさんはチャーシューを切りながら、うんうんと頷いていた。今、木ノ葉で一番情報を持っているのは火影ではなくテウチさんかもしれない。里の忍達がラーメンを食べながら漏らす話を全部聞いている。情報屋として強すぎる。
「オビト、お前さんは確か、三尾の人柱力であるリンと行動を共にしているな。まあ知らんのも無理はないが、螺旋丸とは、尾獣が放つ『尾獣玉』という常軌を逸した術を真似てミナトが開発したものだ」
「クシナさんが怒った時に出すアレだな」
シスイがレンゲでスープを飲みながら言った。
確かにアレは恐ろしい。髪の毛が九本の束になって、背後に赤いチャクラが揺らめき、空気そのものがぎゅっと圧縮されるような気配になる。前に見た時、俺の中の前世サラリーマンが「これは上司が本気で怒っている時の会議室だ」と震えた。逃げ場がない。議題は自分のミス。資料は足りない。そういう圧だ。
「尾獣玉は、陰と陽のチャクラを高密度に練り合わせ、圧縮し、放つ。人間がそのまま真似れば身体が持たん。ミナトはそこから、チャクラを手元で乱回転させ、形態変化だけを極限まで高める方向へ切り出した。それが螺旋丸だ」
「つまり、まだ未完成ってことか?」
オビトが首を傾げる。
「そうだ。ミナト自身も、いずれ性質変化を加えるつもりだったはずだのぉ。だが形態変化だけでも、あれは十分に危険な術だ」
自来也さんの視線が俺へ戻る。
「それを影分身に覚えさせておる、と」
「効率を考えました」
「効率で済ませるところが、お前さんの怖いところだ」
そう言われると返す言葉がない。前世で染みついた効率化の癖は抜けない。作業は分担し、失敗は共有し、改善点を洗い出す。影分身は最高の研修システムである。問題は、研修後の疲労と記憶が一気に戻ってくることだ。社内研修一日分の資料と眠気が脳に叩き込まれる感じ。あれはあれで健康に悪い。
「イタチ、今度教えろよ」
いやオビト君、君はミナトさんに教えてもらえ。
「断る」
「何でだよ」
「まず基礎のチャクラ制御を見直せ。あとラーメンを食べながら術の話をするな」
「お前が言うなよ」
オビトが不満そうに眉を寄せる。シスイは笑っているし、自来也さんも楽しそうだ。テウチさんまで、どこか満足そうに湯切りをしている。
俺は味噌を一口啜った。螺旋丸、根、暗部、ダンゾウ。考えることは山ほどある。だが、少なくとも今だけは、湯気の向こうにいる連中の声がうるさくて、少しだけ安心できた。
一楽の暖簾の内側に満ちていた湯気は、空になった丼が並ぶ頃には少し薄れていた。味噌、醤油、豚骨。四つの器の底が見え、箸を置いた面々の間に、食後の穏やかな沈黙が落ちる。戦争、根、螺旋丸、尾獣玉。口にした話題だけを並べれば、ラーメン屋で交わすにはいささか重すぎるものばかりだったが、それでも一楽のスープは奇妙なほどその場を丸くした。
「お代はワシが出しておくかのぉ」
自来也がそう言って、懐からがま財布を取り出した。イタチとシスイ、オビトがほぼ同時に顔を上げる。伝説の三忍に奢られるという状況は、ありがたいようで少し落ち着かない。だが自来也は気にした様子もなく、テウチへ小銭を数えて渡していく。最後に財布の中を覗き、空になったがま口をぱくぱくと開閉させて眉を寄せた。
「……少し食い過ぎたかのぉ」
「自来也様が一番高い注文してましたからね」
シスイが笑うと、自来也は豪快に笑って誤魔化した。イタチは深く頭を下げ、静かに礼を言う。それから、まっすぐ家の方へ歩き出した。火影邸での説教、根からの打診、そして一楽での会話。十一歳の少年の背中に乗せるには重いものが多かったが、その歩調は崩れない。
自来也は空になったガマ財布を懐へ戻し、別の方角へ歩いていく。大蛇丸を追うためか、火影へ追加の報告をするためか、それとも単に酒場を探しているのかは分からない。残されたシスイとオビトは、二人の背を見送ってから、並んで歩き始めた。
夕暮れの木ノ葉は赤かった。屋根の端に沈む陽が影を伸ばし、通りの奥から子供達の声が遠く聞こえる。どこかでカラスが鳴いた。風が吹き、オビトの咥えた爪楊枝が僅かに揺れる。
「シスイ。今日、南賀ノ神社で集まりがある」
オビトが空を見上げたまま言った。
「一族のか?」
「ああ。行くか?」
「イタチは知ってるのか」
「知らされてねぇ。フガクさんの意向だ。あいつを余計な話に巻き込むなってことだろうな」
シスイは少しだけ眉を寄せた。フガクが息子を守ろうとしていることは分かる。だが、イタチが何も知らずにいるとは思えなかった。あの少年は、黙っていても周囲の空気を読む。むしろ読みすぎる。根の話が火影邸で出た以上、うちは一族が動かないはずがないと、既に察している可能性が高い。
「まぁ……気づいてるだろうな」
オビトが先に言った。爪楊枝を口の端で動かし、赤い空を眺める。
「あいつ、顔には出ねぇけど、変なところで勘が鋭い。あと、嫌な案件ほど引き寄せる」
「それは否定できないな」
シスイは苦笑した。イタチが自分から面倒へ突っ込んでいるわけではない。だが、気づけば面倒の中心にいる。今回もそうだ。雲隠れと日向の調査へ行ったはずが、暁、角都、氷遁の子供、桃地再不斬、そして根の打診へ繋がった。普通は一つの任務でここまで広がらない。
「三代目と四代目は、根を抑えようとしてる。けど、相談役の二人はダンゾウ寄りだ」
オビトの声が低くなる。
「ダンゾウは、イタチを危険な才能として管理したい。うちはは当然反対だ。フガクさんも、三代目も、四代目も、あいつを根に渡す気はねぇ」
「当たり前だ。イタチはまだ十一だぞ。暗部だって早いくらいなのに、根なんか論外だ」
シスイの声に、普段の軽さはなかった。イタチは天才だ。危うい術も作るし、無茶もする。だが、それでも弟を大事にし、母親の体調を気にし、任務帰りにラーメンを啜って少し安心するような少年だ。根に沈めていい人間ではない。
「ダンゾウが見てるのは年齢じゃねぇ。使えるかどうかだ」
オビトが淡々と言った。
「火影の下に置かれる前に、自分の手元へ置きたいんだろ。けどな、シスイ。狙われてるのはイタチだけじゃない」
「……どういう意味だ」
シスイが足を止めた。風が通りを抜け、二人の影を揺らす。オビトは周囲へ視線を走らせた。人通りはある。だが、聞かれて困る話は、声を落とすに限る。彼はシスイへ歩み寄り、耳元で囁いた。
「お前の写輪眼を狙ってるって噂がある」
「は?」
シスイの表情が変わった。笑みが消え、黒い瞳の奥に冷たい光が差す。
「誰からの情報だ」
「カカシからだ。正確には、
テンゾウ。その名前を聞いて、シスイは口を閉じた。根に近い場所を知る者から出た情報なら、軽く流せるものではない。しかも狙いが自分の写輪眼となれば話は別だ。
「俺の目、ねぇ」
シスイは静かに呟いた。軽い調子を装ってはいたが、その指先は僅かに硬い。別天神。己の万華鏡写輪眼に宿った力を思えば、ダンゾウが興味を持たない方がおかしい。強すぎる力は、味方からも狙われる。
「間違いねぇのか」
「少なくとも警戒する価値はある。お前もイタチも、しばらく単独で動くな」
「お前に心配される日が来るとはな」
「茶化すな。割と本気だ」
オビトの声は硬かった。シスイは横顔を見て、小さく息を吐く。
「分かった。集会には行く。フガクさんにも話すべきだな」
「ああ。イタチには?」
「今は言わねぇ。あいつは気づくだろうが、こっちで先に整理する」
夕陽はさらに沈み、南賀ノ神社の方角へ伸びる道が赤く染まっていた。カラスの鳴き声が、もう一度遠く響く。
二人は言葉を切り、その赤い道を歩き出した。根の影は、木ノ葉の夕暮れにも長く伸びていた。
イタチ「天一か……」