分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』 作:やめろイタチ、その技は俺に効く
うちはフガクは、目の前に現れた岩の忍を見据えながら、イタチを庇うように前に出た。
戦場跡の空気は重く、乾いた血と焦げた土の臭いがまだ風に残っていた。幼い我が子に見せるにはあまりに早すぎる光景を見せた直後である。だが、忍の世界は時を選ばない。敵は弔いの間も、教育の間も、親子の沈黙も待たぬ。三人の岩隠れの忍は、うちはの家紋を見た瞬間から殺意を隠さなかった。
「下がっていろ、イタチ」
瞳を写輪眼に変えながら、フガクはイタチに言った。
その声音に迷いはなかった。背後にいるのは四歳の息子である。才がある。異様なほど落ち着いている。既に忍としての片鱗を見せている。だが、それでも子供だ。戦場で命を奪い合う者達の前に立たせるには、まだ小さすぎる。フガクはそう判断し、同時に地を蹴った。
フガクと岩隠れの忍が、ほぼ同時に激突し、周囲に土埃と木の葉が広がった。岩の忍が振るったクナイをフガクは半身で外し、刃の腹を自らのクナイで叩いて軌道を逸らす。金属が擦れ、火花が散る。その横から別の忍が印を結び、土遁によって地面を盛り上げた。足元から突き上がる土の棘。だがフガクは、それを避けるのではなく、チャクラを込めた足で踏み抜いた。
地面が鈍く鳴り、土の棘は形を作る前に崩れた。
術を阻害された岩の忍が目を見開く。その間にフガクは一歩詰め、肘で相手の胸を押し、肩口で体勢を崩し、続けて正面から来る二人目の刃を受け流した。三人を相手にしながらも、フガクの動きに乱れはない。敵を一人ずつ倒すのではない。三人の立ち位置、術の射線、踏み込みの癖、その全てを写輪眼で捉え、互いの動きを邪魔する位置へ誘導していく。
凶眼フガク。
その名は伊達ではなかった。
だが、相手も戦場で生き残ってきた忍である。正面からフガクを討てぬと見るや、三人の内一人が横へ逸れ、イタチの方へと踏み込んだ。
「イタチ、動くな」
フガクはすぐに二人を倒し、助けに向かうつもりでそう言った。
「ナメるなよ」
岩の忍の一人がそう言って術を行使しながら、フガクを妨害した。
土が砕け、礫となって飛ぶ。岩を纏った拳が視界を塞ぐように振るわれ、もう一人が斜めからクナイを突き込む。フガクは舌打ちをした。
「チィッ!」
(イタチ!!!)
クナイで飛んできた石の礫を弾きながら、横目でイタチを見たフガクは、次の瞬間驚愕する。
「無駄だ」
一帯に響くイタチの冷徹な声。
(まさか……)
その声は震えていなかった。戦場跡の血臭にも、死体にも、迫る敵にも揺らがぬ、静かな断定であった。フガクの目に映ったイタチは、既に印を結んでいた。四歳の小さな手。だが、その動きは幼児のものではない。無駄がなく、速く、術の起こりを悟らせぬほど滑らかだった。
白煙が弾けた。
分身。
それも、ただ隣へ置いたものではない。岩隠れの忍の頭上、視界の死角に近い位置へ、まるで射出されたかのような速度で現れた。実体のない分身であるはずなのに、その落下の軌道はあまりにも自然で、相手は一瞬、本物が頭上から襲いかかったのだと錯覚した。
「な!?」
岩隠れの忍が反応した。
咄嗟に岩と化した腕を振り上げる。分身の踵落としはその腕に触れた瞬間、白煙となって消し飛んだ。普通ならば、それで終わりである。実体のない分身など、一度見破れば脅威ではない。だが、フガクはそこで息を呑んだ。
イタチの本体は、既に動いていた。
小さな身体が地を滑る。頭上の分身へ相手の視線を奪わせた瞬間、イタチは低い姿勢で相手の懐を抜け、背後へ回り込んでいた。四歳の足幅である。大人の忍の歩幅には到底及ばぬ。にもかかわらず、その踏み込みには迷いがなかった。相手がどこを見て、どのタイミングで腕を振り上げ、どの瞬間に背中を晒すのかを、初めから知っていたかのような動きだった。
掌底が叩き込まれる。
「グハァ!!」
岩隠れの忍の身体が前へ折れた。
フガクは、その一撃の重さではなく、組み立てに驚いた。分身で攻撃するのではない。分身で相手の判断をずらし、視線を奪い、体勢を開かせ、本体の打撃へ繋ぐ。単純な術を、単純な術として使っていない。子供の発想ではない。まして、初めて戦場で敵と相対した者の発想ではなかった。
岩隠れの忍は倒れなかった。怒りに顔を歪め、岩の腕を横薙ぎに振るう。イタチの頭を砕くには十分な一撃。だが、イタチは沈んだ。ほんの僅かに膝を折り、岩腕が髪を掠める高さで通り過ぎる。そこへ手裏剣が二枚走った。一枚は足元へ。一枚は顔の横へ。どちらも致命傷を狙ったものではない。相手の視線と足を、ほんの一瞬縛るための手裏剣だった。
「また分身か!」
岩隠れの忍が吠える。
その通り、また分身だった。正面に一体。次いで横へ一体。白煙が連続して弾け、イタチの姿が複数の位置に浮かぶ。実体のない虚像。だが、戦場で命を奪い合う一瞬において、虚像か本体かを見極める時間は致命的な遅れとなる。岩隠れの忍の動きが荒れた。その荒れへ、イタチが入り込む。
低い蹴りが膝裏を打った。
小さな足である。普通ならば大人の忍を崩すには足りぬ。だが、そこにはチャクラが乗っていた。接触の瞬間だけ足裏から弾けるように込められた力が、岩隠れの忍の膝を僅かに折らせる。
フガクは目を見開いた。
(見えているのか。相手の重心が)
いや、それだけではない。
イタチは火遁の印を結んだ。
「火遁——鳳仙火の術」
小さな火球が幾つも飛ぶ。威力は低い。だが、顔面へ迫る火は、忍であっても反射的に防御を誘う。岩の腕が顔を庇い、赤い光が弾ける。その刹那、イタチの気配が薄くなった。代わりに分身の輪郭が、奇妙に本物らしさを帯びた。
幻術の端緒。
そう呼ぶには未熟で、あまりに粗い。
だが、写輪眼を持つフガクには分かった。イタチは相手の認識そのものへ、僅かに触れようとしていた。分身をただ見せるのではなく、見たいと思わせる。注意を向けたい場所へ誘導する。その発想に、フガクの背筋を冷たいものが走った。
そして、その時だった。
イタチの瞳が赤く輝いている事に、フガクは気づいた。
三つ巴。
四歳の息子の瞳に、通常写輪眼の完成形が浮かんでいた。
(いつからだ……)
驚愕が、フガクの思考を一瞬だけ鈍らせた。
だが戦場は待たない。目の前の岩隠れの忍が、その隙を逃さずクナイを突き込む。フガクは反射で刃を弾き、肩口へ肘を叩き込んだ。骨の軋む音。さらにもう一人が土遁を放つ。フガクはそれを踏み抜きながら、視線だけは息子から外せなかった。
イタチがクナイを抜いた。
小さな手が震えていた。
それを見て、フガクはようやく理解した。あの冷徹な声も、完成されたような動きも、恐怖を知らぬ者のものではない。恐怖を押し殺し、死にたくない一心で積み上げた鍛錬を引きずり出しているのだ。
刃が、岩隠れの忍の腕の付け根へ突き立つ。
血が飛んだ。
岩隠れの忍が叫び、拳を振り下ろそうとする。その瞬間、フガクは二人を弾き飛ばし、地を蹴った。息子の前へ滑り込み、敵の懐へ潜る。掌底が顎を跳ね上げ、膝が腹へ入り、最後に手刀が首筋へ落ちた。
岩隠れの忍は、土の上へ崩れた。
フガクはすぐに振り返った。
イタチは立っていた。血と土で汚れ、小さな肩を上下させながら、それでも倒れずに立っていた。
その赤い瞳だけが、戦場の中で静かに燃えていた。
(四歳にして三つ巴の写輪眼だと……)
フガクは、自身を冷静な顔で見上げるイタチを見下ろしながら、表情を崩さず驚愕した。
血と土の臭いが混じる戦場跡で、倒れた岩隠れの忍の身体はまだ僅かに痙攣していた。フガクの背後には、先に沈めた二人の忍が転がっている。敵は全て無力化した。周囲に新たな気配はない。だが、フガクの意識は既に敵へ向いていなかった。
彼の視線の先には、息子がいた。
四歳になったばかりの、うちはイタチがいた。
小さな身体は土に汚れ、頬には跳ねた血がつき、肩で荒く息をしている。握られたクナイの先には赤いものが残り、指は僅かに震えていた。初めて命を狙われ、初めて敵の身体へ刃を入れた子供であるなら、その震えは当然だった。むしろ、立っているだけでも異常である。
だが、その瞳だけが異様だった。
赤い。
そして、その赤の中に三つの勾玉が浮かんでいる。
「イタチ……その瞳力」
フガクは自身も瞳を写輪眼にしたまま、イタチの瞳を見据えた。
イタチは答えなかった。いや、答えられなかったのかもしれない。顔は静かだ。唇も固く結ばれ、視線も逸らさない。だが、フガクの写輪眼は、息子の肩の力み、息の浅さ、指先に残る震えを捉えていた。冷静に見える。けれど、恐怖がないわけではない。恐怖を飲み込み、まだ立っているのだ。
その事実が、フガクの胸へ重く沈んだ。
フガクでさえ、三つ巴の写輪眼になったのは齢十を超えた後だった。戦場に出るようになり、仲間の死に直面し、己の力が届かなかった瞬間を何度も味わい、そして自身への失意によって変化した。忍として歩み、血を見て、死を知り、失い、ようやく辿り着いた瞳である。
だが、イタチはどうだろう。
たったの四歳である。
たったの四年で三つ巴になる程に、何かを考え、失ったのか。
フガクは己の息子を見た。
思えば、イタチは幼い頃から妙だった。赤子の頃から泣き声が少なく、周囲を観察するように目を動かした。歩けるようになれば自ら身体を鍛え、食事を疎かにせず、手裏剣の軌道を飽きるほど確かめ、火遁では己の限界を見誤らなかった。戦時下の里を歩き、死を含んだ空気を知っても、言葉少なに受け止めるだけだった。
そして今日、初めて戦場を見た。
死体の山を前にして、イタチは泣かなかった。叫ばなかった。目を伏せ、静かに立っていた。フガクはそれを死者への黙祷だと見た。敵味方を問わず、死の前で祈る幼き才だと受け取った。
だが、今なら分かる。
あの時、イタチは瞳を隠していたのだ。
己の内で疼く写輪眼を、父に悟られまいとして、目を伏せていた。四歳の子供が、三つ巴の写輪眼を開眼し、それを隠す判断をしていた。何のために。誰から。何を恐れて。
フガクの胸に、誇りと同時に冷たいものが走る。
天才。
その一言で済ませるには、あまりに重い。
(やはりイタチは天才……うちは一族を——いや木の葉すらも変える)
そう思った直後、フガクは己の思考に僅かな苦味を覚えた。
変える。
その言葉は美しい。だが、誰かに変革を託すという事は、その者の肩へ時代の重みを乗せるという事でもある。今、目の前にいるのは四歳の息子だ。うちはの未来でも、木の葉の希望でも、戦を終わらせる器でもない。少なくとも、父である自分にとっては、血と土に汚れながら必死に立っている幼い我が子である。
それでも、忍の長としての目は見逃さなかった。
先程の戦い。
イタチはただ恐怖に任せて動いたのではない。分身を頭上へ置き、相手の視線を奪った。分身が消される事を織り込み、背後へ回った。掌底で崩し、手裏剣で足と目を縛り、火遁で顔を庇わせ、幻術とも言い切れぬ認識の揺らぎを混ぜ、最後は相手の武器である岩腕の付け根を狙った。殺すためではなく、生き残るための組み立てだった。
それは四歳の戦いではない。
だが、四歳の身体でなければできぬ必死さもあった。
「……いつからだ」
フガクは静かに問うた。
イタチの肩が僅かに揺れた。
その反応を、フガクは見逃さなかった。答えを探している。隠すべきか、告げるべきか、瞬時に測っている。子供ならば叱責を恐れる場面で、イタチは情報の重さを測っていた。
「少し前からです」
短い答えだった。
嘘ではない。だが全てでもない。フガクにはそう聞こえた。
「誰かに見せたか」
「いいえ」
即答だった。
フガクは息を吐いた。安堵か、警戒か、自分でも判然としない。四歳の三つ巴。うちは一族の中に知れれば騒ぎになる。里に知れれば、さらに大きな意味を持つ。火影の耳に入れば、木の葉の戦力として注目される。志村ダンゾウのような者の耳に入れば、利用価値として測られる。
この瞳は力である。
同時に、火種でもある。
「よく隠した」
フガクは言った。
イタチの瞳が僅かに揺れる。
褒められるとは思っていなかったのだろう。表情は変わらない。だが、写輪眼の奥に宿る警戒が少しだけ緩んだ。
「だが、今後は私には報告しろ。お前の力は、お前だけの問題ではない」
その言葉に、イタチは静かに頷いた。
「はい」
フガクは膝を折り、イタチと視線の高さを近づけた。戦場の土が膝に付く。倒れた岩隠れの忍の血が、まだ近くにある。こんな場所で父と子が向き合う事自体、狂っているのかもしれない。だが、これが忍の世界だった。
「今日の事は、誰にも言うな。母にも、まだ言わなくていい」
「母さんにも、ですか」
初めて、イタチの声に僅かな幼さが混じった。
フガクはその響きを聞き、胸の奥がわずかに痛んだ。どれほど異才であろうと、この子は母を想う子供なのだ。
「ミコトは心配する。私から時を見て話す」
「分かりました」
イタチは頷いた。
その従順さもまた、フガクには痛ましく見えた。もっと震えてもいい。泣いてもいい。怖かったと言ってもいい。だが、イタチは言わない。ただ、血のついたクナイを握り締めたまま立っている。
フガクはその小さな手に視線を落とした。
「クナイを離せ」
イタチはそこで初めて、自分がまだ武器を握っていた事に気づいたようだった。指がゆっくり開き、クナイが落ちる前に、フガクが受け取った。
「よく生き残った」
その言葉だけは、父として告げた。
イタチは目を伏せた。赤い瞳が隠れる。三つ巴の写輪眼は、ゆっくりと黒へ戻っていった。
戦場の風が吹く。
死の臭いの中で、うちはフガクは確信した。
この子は、いずれ誰よりも深く世界を見る。
そしてその瞳が何を見るのかを、父である自分は見誤ってはならない。
ひぃえ〜おっかねぇ〜……
俺の写輪眼は父ちゃんにバレたけど、許された!良かったぜ。
いやでも、やっぱ父ちゃん怖えわ。
写輪眼で見つめられると、あんなに怖いんですね。チャクラの圧というか、瞳力っていうの?底知れぬ闇を覗いている感覚が、肌の上をぬるりと撫でていったような気がした。俺の三つ巴も相当なもんだと思っていたけど、父ちゃんのそれは年季が違う。凶眼フガクという異名、伊達ではない。あれは目で睨まれているというより、心臓の裏側に直接手を突っ込まれて、「お前は何を隠している」と静かに確認されている感じだった。怖い。父親にやられる圧じゃない。上司の個別面談でももう少し優しい。
そんでもって、岩隠れの忍の急襲をなんとか退けた俺と父ちゃんは、木の葉に帰還した。
なんとか、と言ったが、正確には父ちゃんがほとんど何とかした。俺だけ必死だった。俺は分身を飛ばし、火遁を吐き、クナイを刺し、写輪眼まで開いて、心の中では終始「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」と叫んでいたのに、父ちゃんは最終的に全部片付けていた。親の背中がデカい。物理的にも精神的にもデカい。あの人を漫画の流れでは俺が殺す事になるかもしれないとか、改めて考えると胃が潰れそうになる。
木の葉の門が見えた時、俺は心底ほっとした。
里の中へ戻ると、空気の匂いが少し変わった。血と焦げと土の臭いが薄れ、木材と飯の匂い、人の生活の気配が戻ってくる。戦争中だから明るいわけではない。道行く忍の顔は硬いし、担架を運ぶ者もいるし、どこかの家から低い泣き声が漏れていた。それでも、さっきまで見ていた戦場跡よりはずっと人間の場所だった。俺はやっぱり、ここに帰ってきたい。母ちゃんの飯を食いたい。一楽のラーメンも食いたい。できれば布団で寝たい。忍者としての覚悟より、生活欲が先に出るあたり、俺の中身はまだまだ現代日本の三十路である。
「私は火影様に報告がある。戦いが終わった場所とはいえ、岩の忍がいたからな。お前は先に家に帰っていろ」
「分かりました」
ふぅ!解放解放!今日は大人しく帰ろう!
俺は素直に頷いた。ここで「俺も行きます」とか言うほど俺は物語を前に進めたいタイプではない。今日はもう十分だ。戦場見学、岩隠れ襲撃、初実戦、写輪眼バレ、父ちゃんの圧迫面談。イベントが多すぎる。四歳児の一日に詰め込む量じゃない。前世なら有休を申請するレベルだ。いや四歳だから有休も何もないんだけど。
父ちゃんは短く頷くと、火影邸の方へ向かっていった。
俺はその背中を見送ってから、ゆっくり家の方へ歩き出した。肩が痛い。身体のあちこちが重い。さっきまで気を張っていたせいで分からなかったけど、土に転がった時の擦り傷や、岩の拳が掠めた場所がじわじわ痛み始めている。生きてる証拠だと思えばありがたいが、痛いものは痛い。母ちゃんに見つかったら絶対心配される。どう説明しよう。父ちゃんと戦場を見てきました、帰り道で岩隠れに襲われました、写輪眼がバレました、なんて全部言えるわけがない。情報量で母ちゃんが倒れる。
とりあえず、帰ったら風呂だ。
服についた血と土を落とし、飯を食い、寝る。今日だけは兵糧丸は勘弁してほしい。あの激マズ栄養弾を今食べたら、胃が「本日の営業は終了しました」と札を出す。超健康計画は大事だが、心の健康も大事である。そうやって自分に言い訳しながら、俺はうちは一族の地区へ向かう道を歩いた。
そうして家に向かう途中で、俺は一人の男と出会う。
「お前がうちはイタチだな。火影様から聞いた。俺を超える逸材なんだって?」
俺の目の前に、俺と同じくうちはの装束を纏った少年が立っていた。年齢は俺の二、三個上か?いや、もう少し上かもしれない。俺より背は高いが、大人ではない。髪は黒く、目つきは鋭いのに、表情にはどこか軽さがある。父ちゃんや一族の大人達みたいな重苦しさではなく、風みたいな近づき方をする少年だった。
どっかで見たことあるようなぁ……
俺はその顔を見上げながら、頭の中のうろ覚えNARUTO記憶を必死に漁った。うちはの少年。火影様から聞いた。俺を超える逸材。いや待て、その言い方は何か知ってるぞ。うちはで、イタチより少し年上で、やたら強くて、確か将来的にめちゃくちゃ重要で、しかも名前が——
「俺はうちはシスイ」
「シスイ……」
瞬身のシスイさんじゃないっすか!
心の中で俺は叫んだ。いや叫ぶどころか、土下座しかけた。NARUTO全巻うろ覚え勢の俺でも分かるビッグネームである。瞬身のシスイ。確かイタチの親友で、めちゃくちゃ強くて、万華鏡写輪眼で、別天神とかいうヤバい幻術を持っていて、そして……。
そこから先を思い出しかけて、胸の奥が冷えた。
そうだ。
シスイは死ぬ。
細かい流れは曖昧だ。誰に何をされて、どういう順番でそうなったのか、俺の記憶は穴だらけだ。でも、シスイが原作で長く生きる人間ではなかった事だけは覚えている。イタチにとって、とても大事な人だった事も。今、目の前にいる少年は、軽い調子で俺に話しかけている。なのに俺の頭の中では、崖だか川だか、暗い記憶の断片がちらついた。
「なんだ?俺の名前、知ってたのか?」
シスイが少し首を傾げた。
やばい。
固まってた。
俺は慌てて表情を整えた。いや、たぶん外から見れば最初から整っている。うちはイタチの顔面は今日も勝手にクール営業中である。内心では「瞬身来た!でも死ぬ人来た!どうしよう!」と祭りと葬式が同時開催されているのに、外側は静かに見上げているだけだ。
「名前は、聞いたことがあります」
嘘ではない。
前世で聞いたことがありますとは言っていない。
シスイはにっと笑った。
「そっか。なら話が早いな。少し付き合えよ、イタチ」
いや、今日は帰りたいんですけど。
風呂入って飯食って寝たいんですけど。
でも目の前にいるのは、瞬身のシスイである。今後の俺の人生において、絶対に関わるべき人物だ。しかも原作では死ぬ。うろ覚えでも、それを知っているなら、ここで避ける選択肢はない。
俺は小さく頷いた。
「はい」
シスイは楽しそうに笑った。
その笑顔を見た瞬間、俺は思った。
また重要イベントが増えた。
今日は本当にもう勘弁してほしい。
正直言うと、かなり疲れてる。
なんでかって?
戦ったからだよ!!
四歳が大人相手にあんだけやったんだ。すげぇだろ?四歳だぞ?小学校にも通ってねぇガキだぞ。普通なら泥団子を作って、木の棒を振り回して、昼寝して、母ちゃんに怒られて終わる年齢である。それがどうだ。俺は今日、戦場の死体を見て、岩隠れの忍に襲われて、写輪眼を開いて、分身と火遁とクナイで何とか生き残った。イベント密度が濃すぎる。前世の俺なら間違いなく有休を取っている。いや有休どころか診断書を貰うレベルだ。
そう考えると、やっぱ俺は天才か?
いや、イタチが天才だったわ。
俺の中身はどちらかと言えば、帰宅したら風呂に入って飯を食って寝たいだけの三十路である。だが身体はうちはイタチ。恐ろしいほど動く。怖いほど覚える。命の危機になると、こっちの情けなさを無視して勝手に最適解へ寄ろうとする。ありがたい。ありがたいけど、たまに自分の身体に置いていかれそうになる。
「どこにいくつもりですか?」
俺は前を歩くシスイに聞いた。
「俺の家」
「そうですか」
「なんかお前変だな」
前を歩くシスイが振り向きながら俺に言った。
あぁ?俺が変?クールと言ってくれないか?
いやまあ、変なのは否定できない。中身は転生した元三十路サラリーマンで、原作はうろ覚え、激闘忍者対戦4のイタチの強さだけ妙に覚えていて、超健康分身ハメ殺しイタチを目指している四歳児である。変の煮凝りみたいな存在だ。でもそれをシスイに言えるはずがない。俺はいつものように黙って見上げるだけにした。するとシスイは、何か面白いものを見つけたみたいに笑った。
「お前さ、フガクさんの息子だろ。あの人には俺もお世話になってるんだ」
「父が?」
「そうそう。厳しいけど、ちゃんと見てくれる人だよな」
シスイもシスイで、七歳くらいなのに喋り方とか大人びてるよな。俺もかなり異常だけど、やっぱ忍の世界って子供が子供でいれないのがおかしい。普通、小一が忍者やらねぇよ!ランドセル背負って登校する年齢だろ!それがこっちではクナイ持って修行して、下手したら戦場を知っている。木の葉の教育環境、冷静に考えるとだいぶ狂っている。
ただ、シスイは不思議と暗くなかった。
歩き方が軽い。俺の少し前を進みながら、時々振り返っては話しかけてくる。戦時下のうちは一族の空気は重い。父ちゃんは寡黙だし、一族の大人達はいつも何かを考え込んでいるし、里全体にも薄い緊張が張り付いている。なのにシスイの周りだけ、風通しが少し良かった。軽薄という意味じゃない。ちゃんと周囲を見ているし、俺の疲れにも多分気づいている。だから歩幅を合わせている。それをわざとらしく見せないだけだ。
「火影様から聞いたって、何をですか?」
「修行とか分身の術。三代目が面白い子がいるって言ってた」
三代目ぇぇぇぇ!!
何を話してるんですか火影様!いや確かに修行してもらってるけど、他のうちはにまで情報が流れているとは思わなかった。しかもシスイに。瞬身のシスイに。原作重要人物に。俺の平穏な帰宅ルートが、気づいたらイベント会場に繋がっていた。今日の俺、運命に酷使されすぎでは?
「俺を超える逸材って言ってたぜ」
「……買い被りです」
俺は静かに答えた。
本音である。いや、イタチの才能がヤバいのは分かる。でも俺自身は、ゲームの嫌がらせ戦法を真面目に忍術へ落とし込もうとしているだけのアホだ。三代目も父ちゃんも、俺の沈黙を深読みしすぎている。頼むから俺の内心を覗かないでほしい。覗いたら多分、ラーメンと健康とハメ殺しで埋まっていて、天才像が粉々になる。
「そういうとこだよ。普通、ちょっとは得意げになるだろ」
シスイが笑う。
「そうでしょうか」
「そうだよ。俺ならなる」
正直で良い奴だな。
なんて事を色々話しながら、シスイの家に着いた。
うちはの地区の中にある家は、俺の家と同じようにきちんと整えられていたが、どこか空気が違った。敷地の端に置かれた訓練用の木杭、軒先に干された布、戸口の近くに無造作に置かれた草履。生活の気配が近い。父ちゃんの家が静かな水面みたいだとしたら、シスイの家は風で揺れる木の葉みたいだった。
「母さんただいまー!友達連れてきたぜ!」
「はぁ!?アンタ……」
中から、勢いのある女の人の声が飛んできた。
「お邪魔します……」
俺は反射的に頭を下げた。
今日は戦場帰りである。服はできるだけ払ったが、完全に綺麗とは言い難い。肩は痛いし、頬にも小さな傷がある。こんな状態でよその家に上がる四歳児、普通に迷惑では?いや俺が連れてこられたんだけど。シスイ、自由すぎない?
「ミコトんとこの子じゃない!こら!馬鹿シスイ!なに勝手に連れてきてんのよ!」
シスイの母ちゃんらしき人が、奥からばたばたと出てきた。
彼女は俺を見るなり目を丸くし、次にシスイの頭を軽く小突いた。音は軽い。けれど勢いは本物だった。シスイは「痛って!」と言いながら笑っている。俺はその光景を見て、少しだけ呆然とした。うちはの家でも、こういう感じがあるのか。もっと全員が静かで、重くて、厳しいものだと思っていた。いや、父ちゃんと母ちゃんも優しいけど、こういう騒がしさはあまりない。
「すみません。急に来てしまって」
「イタチ君が謝らなくていいのよ。この馬鹿が悪いんだから。ほらシスイ、先に手を洗いなさい。あ、イタチ君も怪我してるじゃない。ちょっと見せて」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃないわよ。ミコトに怒られるの私なんだから」
強い。
この人、強い。
戦場帰りの俺より、父ちゃんの写輪眼より、今はこの母ちゃんの勢いの方が怖いかもしれない。俺は逆らうという選択肢を即座に捨て、素直に上がらせてもらった。シスイが横でにやにやしている。こいつ、俺が困るのを面白がっているな。
「友達って言っただろ」
「いきなり連れてくるなって言ってるのよ!」
「イタチ、友達だよな?な?」
急に振るな。
俺はシスイを見上げた。
友達。
その言葉が、思っていたより胸に引っかかった。原作のイタチにとって、シスイは大事な存在だったはずだ。親友と言っていい人だったはずだ。そして、悲しい別れをする人だったはずだ。目の前のシスイは、まだ笑っている。母ちゃんに小突かれても、俺に話を振っても、何も知らないみたいに軽い。
俺は小さく頷いた。
「……はい」
そっすね。
シスイが嬉しそうに笑った。
「ほらな!」
その笑顔を見て、俺は思った。
また、守りたいものが増えた。
シスイ母「よく食べるわね〜」