分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』 作:やめろイタチ、その技は俺に効く
シスイと友達になった。
何を言ってるか分からねぇと思うが、俺にもよく分かってない。
父ちゃんとのちょっとした遠足の帰りにシスイに遭遇し、そのまま成り行きでシスイの家にお邪魔して、夕餉までいただきました。
いや、ちょっとした遠足って言い方はかなり語弊がある。実際には戦場跡見学で、死体を見て、岩隠れの忍に襲われ、写輪眼が父ちゃんにバレるという、四歳児の一日に詰め込んでいい内容じゃない激重イベントだったわけだが、もう俺の精神防衛機能が「遠足」という単語で全てを薄めようとしている。人間、あまりに濃い一日を過ごすと記憶のラベル付けが雑になるらしい。前世で言えば、徹夜明けに上司から急な資料修正を食らい、帰りの電車で寝過ごした日を「ちょっと忙しかった」と言うようなものだ。違う。全然ちょっとじゃない。
シスイのお母ちゃんのご飯は美味しかった。俺の母ちゃんのご飯も優しくて美味しいけど、シスイのお母ちゃんのご飯は味濃い目関東風って感じだった。
味噌汁の塩気が少し強く、焼いた魚にはしっかり醤油が染みていて、煮物も甘辛く、疲れた身体にやたら沁みた。戦場帰りで胃が縮んでいるはずなのに、箸が進む進む。母ちゃんの飯は、体の奥を温めてくれるような優しさがある。シスイのお母ちゃんの飯は、疲れた身体に「食え!動け!生きろ!」と背中を叩いてくる感じがある。どっちも美味い。俺は四歳児の胃袋を最大限活用して食べた。
ちなみにシスイは、俺の横で普通におかわりしていた。
「お前、小さいのによく食うな」
「身体を作るためです」
俺がそう答えると、シスイのお母ちゃんは「あら偉い」と笑い、シスイは「変な奴」とまた言った。変じゃない。超健康イタチ計画の一環である。原作病弱ルートを避けるためなら、俺は飯を食う。肉も魚も野菜も食う。兵糧丸も食う。あの激マズ玉だけはできれば味の改善を目指したいけど、食う。健康は全てに優先する。万華鏡より筋肉。瞳力より栄養。いや瞳力も大事だけど、使う肉体が倒れたら終わりだからな。
その後、俺とシスイは一緒に修行をするようになった。
まぁ案の定、シスイは俺の三個上で七歳だから、俺がシスイについていく感じなんだけどね。頼もしい兄貴だぜ。
七歳。
普通なら小一か小二くらいである。だが、うちはシスイは全然普通の七歳ではなかった。まず足が速い。いや、速いなんてもんじゃない。動き出しの気配が薄い。踏み込んだと思った時には、もう別の場所にいる。瞬身のシスイと呼ばれる未来を知っている俺からすれば、ああこれがその芽かと納得するしかないのだが、実際に横で見せられると普通に意味が分からない。俺の目が追いついても、身体が追いつかない。
「ほら、イタチ。遅れてるぞ」
「はい」
演習場の木々の間を、シスイが軽く駆ける。俺はその後ろを必死に追う。足場は木の根で歪み、落ち葉で滑り、所々に石が転がっている。大人用の走り込みならともかく、四歳児にやらせるコースではない。けれどシスイは俺の限界ぎりぎりの速度を見極めて走っていた。突き放しすぎず、待ちすぎず、ほんの少し背伸びすれば届きそうな位置を保っている。こいつ、軽そうに見えて教えるの上手いな。
「足だけで追うなよ。目と呼吸で先を読むんだ」
「目と呼吸」
「相手がどこに行きたいか、身体より先に気配が動く」
七歳の台詞じゃないんだよなぁ。
でも、言っていることは分かる。父ちゃんの教えにも、三代目の教えにも近い。相手の足を見るな。重心を見ろ。術を見るな。術の前の流れを見ろ。シスイはそれを、もっと感覚的に掴んでいるようだった。風の流れを読むみたいに、人の意識の向きを読む。俺の写輪眼は見える力だが、シスイのそれは消える力に繋がっている気がした。
試しに俺は、写輪眼を使わずにシスイの動きを追った。
見える情報を増やせば楽になる。けれど、頼りすぎると目が死ぬ。健康計画的にも、写輪眼常用はよろしくない。父ちゃんにも言われた。力は使い方を間違えれば身を削る。なので、普段は普通の目で追い、どうしても必要な瞬間だけ赤い視界を使う。これ大事。超健康三つ巴運用術。名前は相変わらずダサい。
「お、今の良かったな」
シスイが枝の上で止まり、振り返った。
「そうですか」
「反応が早くなった。フガクさんに鍛えられてるだけあるな」
褒められた。
正直ちょっと嬉しい。
だが、俺の顔はいつものように静かだったらしい。シスイは俺を見て、少し不満そうに眉を寄せた。
「お前、嬉しい時も顔に出ないよな」
内心では小躍りしてます。
なんなら今、心の中の俺は両手を上げて「瞬身のシスイに褒められた!」と叫んでいる。だが外側のうちはイタチは微動だにしない。顔面のクール補正が強すぎる。前世でこの顔があれば営業成績も少しは上がったかもしれない。いや、逆に無愛想すぎて怒られたか。
「修行中ですので」
「そういうとこだぞ」
シスイは笑いながら、俺の頭を軽く小突いた。
兄貴感がすごい。
その日から、俺の日課は少し変わった。父ちゃんとの基礎修行、三代目との分身や術の修行、自分でやる筋トレと食事管理、そしてシスイとの実戦的な動きの修行。忙しい。四歳児のスケジュールではない。だが、シスイとの修行は不思議と嫌ではなかった。父ちゃんの修行は重く、三代目の修行は深い。シスイの修行は、軽い。けれど軽いだけじゃない。速く、鋭く、自由だった。
俺はその背中を追いながら、時々思う。
この人は、死なせちゃいけない。
うろ覚えの原作で、シスイがどんな最後を迎えたのかは曖昧だ。でも、目を奪われたとか、里とうちはの間で苦しんだとか、イタチに何かを託したとか、そのくらいの断片は残っている。今、目の前で笑っている少年が、そんな未来へ向かっていると思うと、胸の奥が嫌な感じに冷える。
だから俺は走る。
転んでも、息が切れても、筋肉が悲鳴を上げても、シスイの背中を追う。
まずは強くなる。健康に強くなる。分身でハメるとか、火遁を磨くとか、写輪眼を隠すとか、やることは山ほどある。父ちゃんと母ちゃんを守る。まだ生まれていないサスケも守る。うちはも、シスイも、できるなら守る。
目標が増えすぎて、四歳児の肩に乗せる量じゃない。
でも、シスイが振り返って笑った。
「遅いぞ、イタチ!」
俺は息を吐き、地面を蹴った。
頼もしい兄貴の背中は、今日も少し遠い。
「なぁイタチ、写輪眼はどうだ?」
「え?」
修行の合間、大きな岩の上に二人で座りおにぎりを食べていると、隣にいるシスイがそう言ってきた。
どうって言われても……
俺は手の中のおにぎりを見下ろした。シスイのお母ちゃんが持たせてくれたやつで、具は甘辛く煮た昆布だった。塩がしっかり利いていて、汗をかいた身体にめちゃくちゃ美味い。木々の隙間から落ちる光は柔らかく、さっきまで枝を飛び移り、地面を蹴り、シスイの背中を追いかけ回していたせいで、足は軽く震えている。平和だ。いや、忍の修行中だから全然平和ではないんだが、岩隠れの忍に殺されかけた日に比べれば、岩の上でおにぎりを食べているだけで天国である。
「イタチはまだ四歳だろ?すげぇよな三つ巴で!俺はまだ二つ巴でさ」
シスイが俺を見据えながら瞳を写輪眼に変えた。瞳が赤くなり、勾玉が回転しながら現れた。勾玉は二つ浮かんでいる。
「……」
シスイには俺の写輪眼を話した。シスイになら良いかなと思って話したんだ。父ちゃんにも許可は取った。人前では使わない?誰にも言わない?それは嘘だ。
正確には、父ちゃんから「シスイならば構わん。ただし他言はさせるな」と言われた。あの重い声で言われたので、俺は即座に頷いた。父ちゃんの許可制、圧がすごい。だが、シスイに話せたのは正直ありがたかった。父ちゃん相手だと、どうしても一族の未来とか木の葉の均衡とか、やたら重い空気になる。シスイは重さを分かった上で、少し軽く扱ってくれる。そこが助かる。俺のメンタルは四歳児の身体に詰まった元三十路なので、重い話ばかりされると胃が死ぬ。
「写輪眼ばかりに頼りたくないかな」
「へぇ……どうして?」
「目悪くなりそう」
「ハハハハッ……!なんねぇよ!写輪眼ならな!」
シスイが腹を抱えるほどではないが、岩の上で肩を揺らして笑った。
いや笑い事じゃないんですよシスイさん。
こっちは知っているんだ。うろ覚えだけど知っているんだ。写輪眼の上位版、万華鏡写輪眼とかいうロマンと悲劇を煮詰めたような瞳は、使いすぎると目が見えなくなる。原作イタチは病気もあったし、万華鏡も使うし、最終的に視力がやばかったはずだ。俺はそこを絶対に回避したい。病弱ルートも失明ルートも願い下げである。目は大事。視力は資産。前世でパソコン作業ばかりしていた俺は、目の疲れの恐ろしさをよく知っている。
「……でも、疲れる」
俺は小さく言った。
シスイの笑いが少し止まる。
「それはそうだな。見えすぎるからな」
シスイは自分の赤い瞳を指で軽く示した。
「相手の動き、チャクラの流れ、筋肉の癖、投げる手裏剣の軌道。見ようと思えば色々見える。でも、全部拾ってたら頭が疲れる。だから慣れがいる」
七歳の台詞じゃないんだよなぁ。
こいつ、本当に七歳か?俺の中身より人生二周目感あるぞ。いや、俺が言えた義理ではないが、忍の世界の子供は精神年齢が高すぎる。小学校一年生くらいの歳で、チャクラの流れとか筋肉の癖とか語るな。普通は給食の揚げパンの話をしていてほしい。
「慣れれば、疲れませんか?」
「疲れなくはない。でも、使い所を覚える。ずっと開きっぱなしにするんじゃなくて、必要な時だけ見るんだ」
それは俺も考えていた。
普段から写輪眼を使えば、修行効率は跳ね上がる。術の流れも、相手の動きも、世界の細部もよく見える。けれど、見えすぎるというのは楽ではない。情報量が多すぎて、目の奥が熱くなるし、頭も重くなる。しかも俺の写輪眼は三つ巴だ。性能が高いぶん、四歳の身体にかかる負荷も重い気がする。超健康計画の観点から言って、常時使用は完全にアウト。ブラック企業の残業みたいなものだ。短期的には成果が出るが、長期的に身体が壊れる。
「シスイさんは、写輪眼に頼りますか?」
「頼る時は頼る。でも、頼り切るのは嫌だな」
シスイはおにぎりを一口食べて、少し空を見た。
「目で追えるからって、身体が動くわけじゃない。見えても間に合わないなら意味がないし、目を潰されたら何もできないなんて忍として弱いだろ」
その言葉は、軽い口調のわりに妙に真面目だった。
俺はシスイの横顔を見る。二つ巴の赤い瞳は、木漏れ日の中で不思議な光を帯びている。まだ七歳。けれど、もう忍だ。きっとこの歳になるまでに、俺よりずっと多くのものを見ている。俺が原作知識で未来を怖がっているのとは別に、シスイは今この世界を生きる忍として、ちゃんと怖さを知っているのだ。
「だから、お前の考えは悪くないと思うぜ。写輪眼ばかりに頼りたくないってやつ」
「そうですか」
「ただ、目悪くなりそうは面白かった」
シスイがまた笑った。
俺は真面目に言ったんですけど。
だが、シスイが笑ってくれると、少し気が楽になる。父ちゃんに三つ巴を見られた時は、何かとんでもない禁忌が露見したみたいな気分だった。火影様やダンゾウの事を考えると今でも胃が痛い。だけどシスイは、すげぇなと笑い、面白いなと茶化し、その上でちゃんと修行の話にしてくれる。頼もしい兄貴である。原作で死ぬとか本当にやめてほしい。俺の心の健康に悪い。
「じゃあ今日は、写輪眼なしで俺を捕まえてみろよ」
「無理では?」
「即答かよ」
「シスイさん、速すぎます」
「そこを工夫するんだろ。分身、手裏剣、火遁、足場。お前、そういう嫌らしい組み立て得意そうだし」
嫌らしいって言うな。
でも合っている。
俺の戦法は正々堂々ではない。分身で視線を奪い、相手の判断を遅らせ、嫌な位置に手裏剣を置き、逃げ道を塞ぎ、起き攻めみたいに選択肢を潰す。ゲームで友達に嫌われた動きを、忍術で再現しようとしている。誇れるかと言われると微妙だが、生き残るためにはかなり有効だ。忍者に正々堂々を求める方が間違っている。たぶん。
俺は残りのおにぎりを食べ終え、岩から降りた。
「分かりました」
「よし。じゃあやるか」
シスイが枝の上へ軽く跳んだ。
次の瞬間、姿がぶれた。
速い。
やっぱり速い。
写輪眼を使えば、たぶん少しは追える。でも今日は使わない。普通の目で、呼吸で、音で、足場で読む。シスイが言ったように、目で見えることと身体が動くことは別だ。だったらまず、身体を作る。感覚を鍛える。目がなくても動ける俺になる。
超健康分身ハメ殺しイタチ計画、また一つ方針が増えた。
俺は息を吐き、地面を蹴った。シスイの笑い声が木々の上から降ってくる。
「ほら、来いよイタチ!」
そうして俺とシスイは組み手を始めた。
お互い写輪眼を使わない純粋な組み手だ。忍術は無し、体術のみ。
赤い視界も、分身も、火遁も無し。つまり誤魔化しが効かない。相手の呼吸、足運び、肩の揺れ、重心の移動を普通の目と身体で拾い、普通の身体能力と技術だけで対応する。正直に言うとめちゃくちゃ不安だ。写輪眼があれば世界は遅く見えるし、相手の動きもだいたい読める。だが使わないと決めた以上、頼れない。シスイが言うには、目に頼りすぎると目を塞がれた時に死ぬらしい。七歳の発言じゃない。だが正論だ。忍者こわい。
「フッ」
俺はシスイの拳を右手で払いながら弾き、左の拳を放った。
しかし俺の拳は掴まれ捻り上げられるが、俺は筋肉を隆起させてそれを妨害する。
「動かねぇ!すげぇ筋肉だな!やっぱ!」
そりゃ毎日筋トレしまくってるからな!普通の四歳じゃねぇぜ?まぁ大人にはあんまり通用しなかったけど……このまま筋トレ続けたらパワーゴリラタイプになりそうなぐらいには筋肉がある。背も伸びてきたし、原作よりも強くなりてぇなぁ。
シスイは俺の手首を掴んだまま、楽しそうに笑っていた。だが笑っているくせに、手の角度は嫌らしい。真正面から力比べをするのではなく、関節の弱い方向へ少しずつずらし、俺の抵抗を崩そうとしてくる。力だけなら踏ん張れる。だが関節を取られると、どれだけ筋肉を固めても動きが止まる。父ちゃんにも似たような事を言われた。固めた力は、固めた場所ごと利用される。だから俺は捻られる方向へあえて肩を回し、シスイの懐へ半歩踏み込んだ。
「おっ」
シスイの目が細くなる。
俺は掴まれた左腕を捨てるようにして、右肘を短く打ち込んだ。狙いは脇腹。子供同士の組み手だから殺気はない。だが当てる気はある。シスイはそれを軽く後ろへ滑って避けた。足音が小さい。ほとんど聞こえない。忍術なし、写輪眼なし、それでも消えたようにずれる。未来の瞬身さん、基礎の段階で既におかしい。
次の瞬間、俺の額の前にシスイの指が止まっていた。
「一本」
「……速いですね」
「今のは反応できてただろ?」
「身体が間に合いません」
悔しい。
めちゃくちゃ悔しい。
見えていないわけじゃない。いや、写輪眼なしだから全部は見えていないけど、動き出しの気配は感じた。右にずれる、踏み込みが浅い、指が来る。そこまでは分かった。なのに身体が遅い。頭の中で「来るぞ」と思った時には、もう額の前に指がある。これが経験差か。三歳差の壁が厚い。三歳って前世だと小学校低学年と幼稚園児くらいの差だけど、この世界の三歳差は普通に戦力差である。
俺は息を吐いて、もう一度構えた。
「もう一本お願いします」
「おう。今度はイタチから来いよ」
シスイは片手を軽く上げる。余裕がある。腹立つくらい自然体だ。こっちは全身に力を巡らせ、どこからでも動けるようにしているのに、シスイは風に揺れる葉っぱみたいに立っている。力みがない。だから動き出しが読みにくいのだろう。俺も真似したいが、力を抜くというのは意外と難しい。抜きすぎると遅れるし、入れすぎると固まる。筋トレだけではどうにもならない部分だ。
俺は真正面から踏み込むふりをして、足元の小石を軽く蹴った。
小石がシスイの左足の前へ跳ねる。目眩ましにもならない。だが、ほんの少し足場を意識させるには十分だ。俺はその隙に右へ回ろうとした。シスイの肩が動く。追ってくる。速い。だが、さっきよりは読める。俺は途中で足を止めず、あえてさらに内側へ入った。
シスイの手が伸びる。
俺は腕を掴ませた。
「ん?」
掴まれた瞬間、俺は力を入れなかった。さっきは筋肉で固めて妨害した。だから今度は逆だ。完全に脱力し、相手の引く力に合わせて身体ごと沈む。前世で見た護身術動画の記憶が、まさか忍者世界で役立つ日が来るとは思わなかった。サラリーマン時代の無駄なネットサーフィンも、捨てたものではない。
シスイの重心が、ほんの僅かに前へ流れた。
俺はそこへ肩をぶつけた。
「うおっ」
シスイが半歩下がる。
当たった。
倒せてはいない。一本でもない。けれど、当たった。俺は心の中で小さくガッツポーズした。外側の顔はたぶん無表情だ。うちはイタチの顔面クール補正は今日も強い。内心では「やった!瞬身のシスイに触れた!」と祭りが始まっているのに、外見は静かな四歳児である。便利だけど、ちょっと寂しい。
「今の嫌な動きだなぁ」
「ありがとうございます」
「褒めてるけど、礼を言うところか?」
言うところです。
嫌な動きは俺の生命線だ。真正面から殴り合って勝てる相手なんて限られている。俺はイタチの才能を持っていても、今は四歳。背も低い。腕も短い。なら、相手の見たくないところを見せ、動きたくない方向へ動かし、嫌なタイミングでぶつかるしかない。分身が使えない組み手でも、その考え方は同じだ。むしろ体術だけだからこそ、こういう小さなズレが大事になる。
シスイが笑いながら構え直した。
「じゃあ次は、その嫌な動きを潰す」
「はい」
怖い事を爽やかに言うな。
シスイの足が動いた。今度は速さで押すのではなく、ゆっくり詰めてくる。間合いが狭まる。俺は下がる。下がりながら、足元を確認する。後ろには木の根。これ以上下がると引っかかる。シスイはそれを分かって詰めている。逃げ場を消す歩き方だ。七歳なのに戦い方が大人びすぎている。普通の七歳なら、もっと棒を振り回して「必殺技!」とか言っててほしい。
俺は下がるのをやめた。
踏み込む。
シスイの目が少し開く。予想外ではないが、少しだけ意外だったのだろう。俺はその一瞬に右拳を出す。シスイは払いに来る。そこへ左足を差し込み、相手の足の外側を取ろうとした。だが、シスイの膝が先に俺の膝へ軽く当たる。足を止められた。次の瞬間、肩を押され、俺の身体が横へ崩れる。
土が近づいた。
俺は腕を丸めて受け身を取る。
背中に衝撃。痛い。でも頭は打っていない。息もできる。よし、成長。父ちゃんに叩き込まれた受け身が役に立っている。俺は土の匂いを吸いながら、地面に転がったまま小さく息を吐いた。
「今のも悪くない。下がり続けたら詰んでた」
「でも転がされました」
「転がされても、頭打たなきゃ次があるだろ」
シスイの言葉は軽い。
けれど、やはり重い。
戦場では倒れたら終わりかもしれない。でも、受け身を取れれば次がある。頭を守れば、立てる可能性がある。指一本、呼吸一つ、足の位置一つで命が繋がる。岩隠れの忍に襲われた時もそうだった。ほんの少し分身を出すのが遅れていたら、今ここで組み手なんかしていない。
俺は起き上がり、土を払った。
身体は疲れている。だが、嫌な疲れじゃない。筋肉が使われ、呼吸が深くなり、身体の奥が熱い。これだよこれ。病弱ルート回避には、こういう地道な積み重ねが必要なんだ。写輪眼も大事。忍術も大事。だが最後に身体を動かすのは筋肉である。筋肉は裏切らない。いや使いすぎると普通に悲鳴を上げるけど、ちゃんと休ませれば応えてくれる。
「もう一本」
「まだやるのか?」
「はい」
シスイが楽しそうに笑った。
「やっぱお前、変だな」
「よく言われます」
クールと言ってほしいところだが、もう諦めた。俺は構える。シスイも構える。写輪眼なし、忍術なし、体術のみ。地味だ。派手な火遁も分身もない。だが、こういう地味な修行こそ大事なのだろう。原作よりも強く、健康に、長く生きるために。
俺は息を吐き、地面を蹴った。シスイの拳が迫る。今度こそ、少しでも長く食らいついてやる。
うちはシスイは、ラーメン一楽で三代目火影からうちはイタチの事を聞いた。
戦の気配がまだ里のあちこちに残る時期である。任務帰りの忍が無言で通り過ぎ、店先の暖簾を揺らす風にも、どこか乾いた緊張が混じっていた。それでも一楽の中だけは、湯気と出汁の匂いが満ちている。木の葉の里の中で、ほんの少しだけ肩の力を抜ける場所。シスイは七歳にして既に忍の顔を覚えつつあったが、ラーメンの前では年相応に箸を動かした。
「シスイよ、うちはイタチを知っているか?」
隣に座る老人、三代目火影猿飛ヒルゼンが、麺を啜った後で何気ないように言った。
「うちはイタチ?確かフガクさんとこの子供だろ」
シスイは記憶を探るように答えた。
うちはイタチの名は、うちは一族の中でも既に少しは耳に入っていた。フガクの息子。幼い頃から妙に静かで、物覚えがよく、鍛錬にも熱心だという話。だが、シスイにとってはまだ遠い噂でしかない。自分より三つ下の子供。四歳。そう聞けば、忍として評価する以前に、小さな弟分のような印象が先に立つ。
「そうじゃ、あの子はお主を超える逸材やもしれんぞ?」
「俺を?でも爺ちゃん、俺まだ七歳で発展途上だぞ。そんな事言われてもなぁ」
シスイは苦笑した。
慢心ではない。自分が未完成だという自覚があった。瞬身の才を褒められる事は増えたが、身体はまだ小さく、戦場の全てを知るには若すぎる。伸びる余地などいくらでもある。だからこそ、三代目が四歳の子供を指して「お主を超える」と言った事に、純粋な興味が湧いた。
「ホッホッホ……良い友になるぞ」
「へぇ……」
二人はラーメンを啜りながら談笑し、そしてシスイは後日、うちはイタチに出会った。
正確には、出会う前に見た。
うちはフガクとイタチが里から出ていくところを偶然見かけたシスイは、気配を消して二人に着いて行った。最初は悪戯心に近かった。三代目があそこまで言う子供とは、いったいどんなものか見てみたい。フガクに知られれば叱られるだろうが、隠形には自信がある。七歳のシスイは、まだ子供らしい好奇心と、既に忍としての慎重さを同居させていた。
第三次忍界大戦の戦場の一つだった場所へ向かった二人は、暫くそこに滞在した後、木の葉へと帰路に就くことになるが、岩隠れの忍に急襲にあった。
シスイはそれを木の上から見ていた。助けようと思ったが、凶眼フガクがいれば大丈夫だと判断し行かなかった。
フガクの動きは、離れていても分かった。三人の岩隠れを相手にしてなお、足運びに乱れがない。土遁が地面を盛り上げれば、チャクラを込めた足で踏み抜き、術の形が完成する前に崩す。クナイを受けるのではなく、刃の向きを殺し、相手の身体ごと流す。凶眼と呼ばれる男の戦いは、速さよりも深さを感じさせた。相手の次の手を見ているのではない。さらにその先、敵が崩れる場所へ先に立っている。
だが、岩隠れの忍達もただの残党ではなかった。
一人が横へ逸れ、幼いイタチへ向かった。
その瞬間、シスイの身体は動きかけた。枝を蹴り、間に入る。そうするだけの距離と速度はあった。けれど、フガクの声が先に飛ぶ。
「イタチ、動くな」
それは命令であり、同時に守るという宣言でもあった。フガクはすぐに二人を倒し、息子を助けに向かうつもりだったのだろう。シスイにもそれは分かった。だから、動かなかった。動かず、見た。三代目が「お主を超える逸材」と呼んだ四歳の子供が、何をするのかを。
そしてそこで、シスイはイタチの強さを垣間見る事になる。
「無駄だ」
小さな声だった。
だが、戦場跡の乾いた空気を裂くには十分だった。
シスイは枝の上で目を細めた。イタチが印を結ぶ。速い。子供の手ではない。余計な力みがなく、術を出す直前の気配も薄い。白煙が弾けた瞬間、分身が岩隠れの忍の頭上に現れた。普通の分身。実体を持たぬ、初歩の術。だが、その位置とタイミングが異様だった。攻撃そのものではなく、相手の意識を上へ奪うための分身。
岩隠れの忍が岩の腕を振り上げ、分身を消し飛ばす。
その時には、イタチの本体はもう背後へ回っていた。
「……へぇ」
シスイの口から、小さく声が漏れた。
見事だった。術の威力ではない。判断の速さでもない。相手がどう反応するかを最初から織り込んだ組み立てが、四歳の子供のものではなかった。分身が消される事すら前提にしている。虚を作り、視線を奪い、身体の向きを開かせ、背中へ掌底を入れる。派手さはない。だが、戦場で生き残るための嫌らしさがある。
岩隠れの忍が怒り、岩の腕を横薙ぎに振るう。
イタチは沈み、避けた。手裏剣が足元と顔の横へ飛ぶ。これも当てるためではない。足と目を止めるためのものだ。分身が続けて置かれ、岩隠れの忍の判断が乱れる。そこへ低い蹴りが膝裏へ入る。小さな身体では威力が足りぬ。だが接触の瞬間、チャクラが乗った。
シスイは息を忘れた。
イタチは強い。
ただ才能があるのではない。自分の小ささを理解している。腕力も速度も、大人の忍には届かぬと知っている。その上で、目、足、呼吸、視線、恐怖、その全てを使って生き残ろうとしている。分身の使い方も、火遁の出し方も、クナイを入れる場所も、勝つためというより死なないために研がれていた。
そして、シスイは見た。
イタチの瞳が、赤く燃えているのを。
三つ巴。
四歳の子供の目に、三つの勾玉が浮かんでいる。
「嘘だろ……」
思わず呟いた。
自分は二つ巴である。それでも早いと言われた。うちはの中でも才があると言われた。だが、目の前の子供は四歳で三つ巴に至っている。しかも、それを力任せに振り回すのではなく、分身、体術、火遁、認識の揺らしに混ぜて使っている。シスイは初めて、三代目の言葉が冗談ではなかったと知った。
やがてフガクが間に入り、岩隠れの忍を沈めた。
シスイは木の上で静かに息を吐いた。助けに入る必要はなかった。凶眼フガクがいたからではない。うちはイタチが、自分で死地を切り抜けるだけのものを持っていたからだ。
その小さな背中を見ながら、シスイは口元を緩めた。
「爺ちゃん……確かに、良い友になりそうだ」
そしてその後、シスイは何食わぬ顔でイタチの前に現れる事を決めた。あの冷たい声と赤い瞳の奥に、どんな奴がいるのかを知りたくなったのだ。
それが彼の生涯の親友との出会いだった。
シスイ「なんだコイツー!」
日間ランキング1位になってました。本当にありがとうございます。
評価や感想のお陰で執筆意欲が高まる溢れるッ!状態になるので、今後ともよろしくお願いします。