分身ハメ殺し忍者『うちはイタチ』   作:やめろイタチ、その技は俺に効く

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勘違いするでない。お主が今考えているものと扉間様の術は同じではない。だが、分身や口寄せ、札、チャクラの残滓を用い、相手の判断の隙へ爆発を差し込むという考え方には通じるものがある

 

 

 

 うちはイタチが火影邸を訪れる少し前、火影執務室には重い沈黙が落ちていた。

 

 窓の外では木ノ葉の里がいつも通り息づいている。通りには店の呼び込みがあり、任務を終えた忍が報告へ向かい、子供達がまだ戦の終わらぬ時代の隙間で笑っている。だが、その中心にある執務室の空気だけは、外の温度から切り離されたように冷えていた。机に積まれた報告書の山は、木ノ葉が勝ってきた戦の数ではなく、払ってきた犠牲の量そのものだった。名前のある者も、名を残さず消えた者も、紙の上では等しく一行へ押し込まれている。

 

 その机の向こうに座る三代目火影、猿飛ヒルゼンは、煙管を指先で弄びながら黙っていた。火影の笠は傍らに置かれ、老いた顔には疲労の影が深く刻まれている。それでも瞳の奥に宿る光は消えていなかった。里を守る者として、多くを背負い、なお前を見続ける男の目である。

 

 その正面に立つ志村ダンゾウは、対照的にほとんど表情を動かさなかった。

 

 木ノ葉隠れの暗部養成部門「根」。その創設者であり、表に立つ火影とは別の形で里の闇を担ってきた男。顎に刻まれた十字の傷跡、忍装束よりも着物に近い落ち着いた衣、そして相手の迷いや甘さを逃さぬような鋭い眼差し。彼は椅子に座ることなく、執務机の前に立ったまま、低い声で切り出した。

 

「ヒルゼン、大戦の幕引きについて、そろそろ本腰を入れるべきではないのか」

 

 責めるでもなく、急かすでもない。だが、その声には相手の決断の遅さを咎める硬さがあった。

 

 ヒルゼンは煙管を机へ置き、深く息を吐いた。

 

「分かっておる。これまで、あまりにも多くを失った。岩隠れとも霧隠れとも、すでに幾度も話し合いの席を設けておる。これ以上、次の世代に戦火ばかりを残すわけにはいかぬ」

 

 言葉は静かだった。だが、その静けさの底には、戦場から戻らなかった若い忍達の顔が沈んでいる。ヒルゼンにとって戦とは、勝利という言葉だけで片づけられるものではなかった。勝っても戻らぬ者がいる。守った里の中にも、喪服を着る者が増えていく。火影である以上、その全てを己の決断の結果として受け止めなければならない。

 

 ダンゾウの片目が僅かに細まった。

 

「協議、か」

 

 短い言葉だった。

 

 それだけで、ヒルゼンは旧友が何を言いたいのかを察した。ダンゾウは昔からそうだった。表面にある言葉ではなく、その裏にある弱さを刺す。犠牲を嫌う心、相手と手を結ぼうとする姿勢、それらを彼は甘さと呼ぶ。里を守るためには、相手が膝をつくまで圧をかけ、利用できるものは利用し、刈り取るべき芽は早く摘むべきだと考えている。

 

「言いたいことがあるなら、はっきり言うがよい」

 

 ヒルゼンが促すと、ダンゾウは迷わず返した。

 

「お前は昔から甘い」

 

 その言葉は、何度も交わされてきたものだった。友として、同じ師に学んだ者として、そして同じ里を違う方向から見続けてきた者として、二人の間には長い年月の堆積がある。ヒルゼンは火影となり、太陽の下で里を導いた。ダンゾウは影の中で、表には出せぬ手を選び続けた。どちらも里を思っていないわけではない。だが、里を守るために何を許すかが、決定的に違っていた。

 

「甘さだけで里は守れぬことくらい、わしも知っておる」

 

 ヒルゼンの声に、僅かな苦みが混じる。

 

「だが、憎しみを残し続ければ、戦は終わらぬ。岩も霧も、敵であり続ければ、やがてまた子供達が戦場へ送られる。わしはその連鎖を断ちたい」

 

「断てると思っているのか。言葉と握手で」

 

「断たねばならぬ」

 

「理想論だ」

 

 ダンゾウは切り捨てた。

 

「敵は弱ったと見れば牙を剥く。霧は内に血を抱え、岩は損得でしか動かぬ。こちらが手を差し出せば、その手首を掴んで引きずり込むことを考える連中だ。協議を重ねるならば、同時に首根っこを押さえる準備も必要だ」

 

「そのために、また闇を広げるつもりか」

 

 ヒルゼンの目が鋭くなる。

 

 ダンゾウは動じなかった。

 

「闇がなければ、光は守れん」

 

「根のことを言っておるのか」

 

「根は木を支える。表に見える葉が青々と茂るためには、土の下で泥を噛む者が要る」

 

 それはダンゾウの信念だった。己が日陰に立つことを恥じず、むしろ必要悪として受け入れている男の言葉である。だが、ヒルゼンはその必要悪が際限なく広がる危うさを知っていた。守るための手段が、いつか守るべきものそのものを蝕む。そうなった時、人はそれを正義と呼び続けることができるのか。

 

 ヒルゼンはしばらく沈黙した。

 

 机の上の報告書の中には、若い忍の名もある。ミナト班の任務報告もあった。神無毘橋で失われた少年の名も、そこに刻まれている。さらに、うちは一族の動向を記した報告も混ざっていた。警務部隊長うちはフガク。その息子、うちはイタチ。三歳にして分身を会得し、四歳にしてすでに異様な才を見せている子供。

 

 ダンゾウの目が、その報告書の束へ一瞬向いた。

 

「うちはの子も、随分と評判になっているようだな」

 

 ヒルゼンは煙管へ伸ばしかけた手を止めた。

 

「イタチのことか」

 

「そうだ。フガクの息子。幼いながら、術の理解が早く、落ち着きもあると聞く。才ある子供は、戦の時代には早く見つかる」

 

「まだ四歳の子じゃ」

 

「四歳でも、忍の才は才だ」

 

 ダンゾウの声に温度はなかった。

 

 ヒルゼンは深く眉を寄せた。才ある子供をどう見るか。そこにも、二人の違いがある。ヒルゼンは才を守り、導くべきものとして見る。ダンゾウは才を里のために使うべき資源として見る。どちらも里を想っている。だが、子供の肩に何を背負わせるかという一点で、答えは決して同じにならない。

 

「イタチには、まだ道を選ぶ時間が必要じゃ」

 

「道を選ばせる余裕が、いつまである」

 

 その時、執務室の外から足音が近づいた。

 

 軽い、小さな足音だった。廊下に控えていた警備忍の気配が動き、扉の向こうで一度止まる。

 

 ヒルゼンとダンゾウは、ほぼ同時にそちらへ視線を向けた。

 

「この話は、ここまでにしておこう。だが忘れるな、ヒルゼン。里を守るために必要なものを見誤れば、次に失われるものは今より大きくなる」

 

 ダンゾウはそう言い置くと、火影執務室の扉へ向かった。背後ではヒルゼンが沈黙している。長い付き合いである。あの男がすぐに頷かぬことも、最後には情を捨て切れぬことも、ダンゾウはよく知っていた。だからこそ苛立ちもする。光の下に立つ者は、闇の底に沈む泥の冷たさを忘れる。火影という座は里を照らすが、その影に潜む刃を鈍らせることもある。

 

「分かっておる。お主の言葉も、わしなりに受け止めておる」

 

 ヒルゼンの声は重かった。

 

 だが、ダンゾウにとってはそれだけでは足りない。受け止めるだけでは里は守れぬ。決断し、切り捨て、利用し、時に憎まれる覚悟を持つ者がいなければ、葉は根から腐る。彼は返事をせず、扉の取っ手へ手をかけた。その向こうに、小さな気配があることにはすでに気づいていた。廊下に立つには軽すぎる足音。忍としては未熟だが、子供にしては整いすぎた呼吸。警備の者から取り次ぎがあった、うちはフガクの息子であろうと、ダンゾウは扉を開ける前から察していた。

 

 扉が開く。

 

 廊下の空気が執務室へ流れ込み、同時に小さな影が視界に入った。だが、影は扉のすぐ前に固まってはいなかった。開く気配を感じ取ったのか、ほとんど反射のように後方へ跳び、廊下の中ほどに着地している。濡れた床でもないのに足音は小さい。四歳の子供にしては、身のこなしが軽すぎた。

 

 ダンゾウはゆっくりと廊下へ踏み出し、その少年を見下ろした。

 

 黒髪。幼い顔立ち。うちはの血を示す整った目元。背筋は伸びているが、過度に力んでいる様子はない。怯えているのか、警戒しているのか、そのどちらも押し込めているのか。表に出るものは少なかった。年齢を考えれば異様である。根の報告が誇張ではなかったことを、ダンゾウは一目で理解した。

 

「お前は……フガクの子か」

 

 知らぬふりをして声をかけた。

 

 実際には名も、素性も、ここしばらくの動きも把握している。だが、それを悟らせる必要はない。相手がどの程度こちらを知っているか、どう反応するかを見ればよい。幼い子供は大抵、名を呼ばれれば素直に怯えるか、父の名に縋る。才ある子供であっても、四歳ならばなおさらだ。

 

 しかし、少年は一拍の間を置いただけで、静かに頭を下げた。

 

「うちはイタチです。ダンゾウ様」

 

 その返答に、ダンゾウの内心がわずかに動いた。

 

 初対面のはずだった。少なくとも、この少年と正面から言葉を交わした記憶はない。にもかかわらず、名を知っている。父であるフガクから聞いたのか、あるいは三代目から何かを聞かされているのか。どちらでも構わぬ。だが、木ノ葉の上層にいる者の名と顔を幼いうちから結びつけている。その事実だけでも、普通の子供ではなかった。

 

 うちはイタチについては、すでに根の配下から幾つかの報告が上がっていた。

 

 四歳にして、岩隠れの忍との遭遇戦を生き残ったこと。戦闘の大半は父フガクが収めたとはいえ、イタチ自身も敵の動きを乱し、自ら刃の間合いへ入ったこと。三代目火影から直接術の手ほどきを受け、分身の扱いに異様な才を見せていること。さらに、同じうちはの()()()であるシスイと修行を重ね、年齢に見合わぬ実戦的な身のこなしを身につけつつあること。

 

 どれも、四歳の子供に付随する報告としては不自然だった。

 

 不自然な才は、放置すれば危うい。だが、正しく根に組み込めば刃になる。里のために、火影の甘さでは扱いきれぬ任務を担う刃になる。ダンゾウはそう考える者だった。とりわけ、うちはの才は扱いを誤れば里の火種となる。ならば早くから見極め、必要ならば導き、必要ならば縛る。その判断を遅らせる理由はない。

 

 ダンゾウは少年の前で足を止めた。

 

 見下ろす形になる。四歳の体は小さい。だが、視線だけは妙に逃げない。普通なら、木ノ葉の上層に立つ自分の圧を前に目を伏せる。あるいは、子供らしく不安を見せる。イタチは礼儀正しく立っていた。だが、その礼儀の奥に、何かを隠している気配がある。無知な子供の空白ではない。すでに何かを見て、何かを考え、それを表へ出さぬよう抑えている者の沈黙だった。

 

「将来有望だと()()を受けている。期待しているぞ」

 

 言葉を選び、あえて()()という響きを残した。

 

 少年の目が、ごくわずかに揺れた。表情は変わらない。だが、内側で何かを測った気配があった。誰からの報告か。何を知られているのか。そう考えたのだろう。四歳でそれを考える。やはりただの早熟ではない。

 

「ありがとうございます」

 

 イタチは短く答えた。

 

 声は静かだった。怯えも驕りも混じらない。褒められて喜ぶ子供の響きはなく、かといって反発もない。処世のために整えられた声だった。ダンゾウはそこに、才とは別のものを感じた。早すぎる自制。幼子が持つには不釣り合いな、深い場所に沈んだ警戒。火影の前に出るための礼儀ではない。もっと根の深い、生き残るための沈黙。

 

 ダンゾウはイタチの瞳を見据えた。

 

 黒い瞳だった。写輪眼は出ていない。だが、その奥には闇の気配があった。戦場を知らぬ子供の澄んだ目ではない。かといって、ただ恐怖に濁った目でもない。何かを知り、何かを恐れ、それでも前へ進むために黙っている者の目だ。四歳にしては深すぎる。深すぎるものは、いずれ力にもなるが、同時に破滅の穴にもなる。

 

 ダンゾウは小さく鼻を鳴らした。

 

「ふん……」

 

 それが褒め言葉か、値踏みか、警告かは口にしない。

 

 少年の横を通り過ぎる時、ダンゾウは廊下の先へ視線を向けた。背後の執務室にはヒルゼンがいる。あの甘い火影は、この子供を守り導こうとするだろう。フガクは一族の誇りとして見る。シスイは友として近づく。だが、里という器の中で才あるうちはがどのような意味を持つかを、誰より冷静に見なければならない者も必要だった。

 

 その役目を、ダンゾウは自分のものだと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「相手の動きを止める分身、か。具体的には、どのような形を考えておる」

 

 三代目は穏やかな声で聞いてきたが、その目は完全に先生の目だった。いや、火影の目かもしれない。どっちにしろ誤魔化しが効かなさそうな目である。うわ、結構踏み込んでくるな〜!さっきまで一楽とか兵糧丸とか言ってたのに、術の話になった瞬間これだ。プロフェッサー怖い。俺の中では、分身を爆発させたいです、という小学生男子みたいな欲望と、影分身を戦術的に発展させたいです、というそれっぽい建前が殴り合っている。どっちで行くべきだ。いや、遠回しに言ったところで、この爺ちゃん絶対察するだろ。

 

 俺は一瞬だけ視線を落とした。

 

 別に悪いことを考えているわけではない。いや、分身を爆発させて相手を行動不能にしたいという発想は、四歳児としてはかなり悪いかもしれない。だが忍者の世界だ。火遁で燃やす術が普通に教えられる世界で、分身爆破だけが倫理的にアウトとは言い切れないはずだ。たぶん。たぶんだぞ。前世の会社なら完全にアウトだけど、ここは木ノ葉である。

 

「……分身を、爆発させたいんです」

 

 言った。

 

 ついに言った。

 

 口にした瞬間、自分でもかなり物騒だと思った。火影執務室で四歳児が真顔で言う台詞ではない。もっとこう、火遁を上手くなりたいです、とか、体術の基礎を学びたいです、とか、健全な忍者少年らしい相談があるだろう。だが俺は言ってしまった。分身を爆発させたいんです。うん、字面が最悪だ。

 

「ほぉ……」

 

 三代目は煙管を持ち上げかけて、途中で止めた。

 

「それは、分身を爆ぜさせて相手を()()()()()ということかの」

 

 あ、違う違うそうじゃない。

 

 驚かせたいだけなら普通の煙玉でいい。俺が考えているのはもっとこう、相手が攻撃してきた瞬間に分身をぶつけて、爆発で体勢を崩し、隙あらば行動不能まで持っていく凶悪カウンターである。最終的には息の根を止めることも視野に入る。なんて言えるわけねぇ!いや、忍者だから言ってもいいのか?駄目だ。四歳児の口から出すには重すぎる。母ちゃんが聞いたら泣く。

 

「そういう使い方も、できると思います」

 

 俺はできるだけ静かに答えた。

 

「ですが、考えているのはもう少し()です」

 

 三代目の眉がわずかに動いた。

 

「上、とな」

 

 うわ、言い方を間違えたかもしれない。今の完全に悪役の台詞っぽかった。もっと上です、じゃないんだよ。俺は何を格好つけているのか。内心では汗だくだ。背中もじわじわ熱い。けれど外面は落ち着いている。うちはイタチの顔面補正は本当に便利だ。便利すぎて周囲に誤解されるのが難点だが。

 

 三代目はしばらく俺を見ていた。

 

 その沈黙が長い。火影執務室の外から遠く足音が聞こえ、紙が擦れる音がして、窓の外で鳥が鳴いた。それなのに、この机の前だけ時間が止まったようだった。俺は四歳児の肺で静かに呼吸しながら、腹の中で覚悟を決める。ここまで言ったなら、もう隠し切れない。中途半端に誤魔化す方が危ない。

 

「正直に申してみよ」

 

 三代目はそう言った。

 

 声は責めていない。だが、逃げ道を塞ぐ声だった。

 

 もう言うか!言っちゃうか!

 

 俺は小さく息を吸い、三代目の目を見た。

 

「影分身を、相手の攻撃に合わせて発動します」

 

 言葉にした瞬間、頭の中で激闘忍者対戦4のイタチが分身を置く映像が蘇る。相手が来る。攻撃する。そこに分身。爆発。嫌われる。最高。いや、現実では最高とか言っている場合じゃない。これは生き残るための術だ。誰かを守るための術だ。そう自分に言い聞かせる。

 

「普通の分身では、実体がありません。印も結べませんし、チャクラを練ることもできません。ですが影分身なら実体があります。術者のコピーとして動けるなら、火遁の性質を仕込み、相手の刃や拳が触れた瞬間に大きく爆ぜさせることもできるはずです」

 

 言ってしまった。

 

 完全に言ってしまった。

 

「つまり、ただ驚かせるのではなく、攻撃してきた相手をカウンターで大爆破させて、行動不能にしたいんです」

 

「ゴホッ……」

 

 三代目が咳き込んだ。

 

 やっぱりドン引きされたか!?終わったか!?四歳児危険思想認定か!?影分身どころか、明日から道徳の授業でも受けさせられるんじゃないか!?

 

 三代目は煙管を机に置き、手で口元を押さえたまま、白い眉を寄せている。怒っているようにも見えるし、呆れているようにも見えるし、単純に予想外すぎてむせたようにも見える。俺は背筋を伸ばしたまま、内心で正座した。実際には立っているけど、心は完全に正座である。

 

「大爆破、か」

 

 三代目はようやく息を整え、低く呟いた。

 

「お主はまた、随分と物騒な方向へ考えを伸ばしたものじゃな」

 

「すみません」

 

 謝っておいた。

 

 こういう時はまず謝る。前世社会人の鉄則である。

 

「いや、責めておるのではない」

 

 三代目は指先で髭を撫でた。

 

「分身をただ増やすのではなく、相手の攻撃という行動そのものへ罠を仕込む。発想としては理解できる。実体を持たぬ分身では不可能だが、影分身ならば理屈の上では近いこともできよう」

 

 おお?

 

 いけるか?

 

 俺はほんの少しだけ顔を上げた。三代目の目はまだ真剣だった。褒めているわけではない。だが、完全否定でもない。

 

「ただし、危険じゃ」

 

 ですよね。

 

「影分身は術者のチャクラを分ける術。未熟な者が使えば、それだけで大きな負担になる。そこへさらに火遁の性質を加え意図的に爆ぜさせるとなれば、分身だけではなく本体にも反動が返る可能性がある。距離を誤れば味方を巻き込み、威力を誤れば己の身を削る」

 

 三代目の声は淡々としていたが、言葉のひとつひとつは重かった。

 

 俺は黙って聞いた。

 

 その通りだ。ゲームならゲージと硬直で済む。現実では火傷する。吹き飛ぶ。仲間を巻き込む。しかも俺は四歳だ。チャクラ量も身体もまだ未完成。無茶をすれば病弱ルート回避どころか、自爆ルート一直線である。超健康分身ハメ殺しイタチが、超不健康自爆イタチになってしまう。それは駄目だ。絶対に駄目だ。

 

「それでも、学びたいか」

 

 三代目が聞いた。

 

 俺はすぐには答えなかった。

 

 怖いからだ。影分身も、分身爆破も、きっと危ない。だが、この世界はもっと危ない。岩隠れの忍は子供でも殺しに来た。いつかもっと大きな戦いが来る。九尾の夜も、うちはの未来も、シスイのことも、断片だけだが俺の中に残っている。守るには力がいる。選択肢を増やす必要がある。

 

「はい」

 

 俺は答えた。

 

「危ないなら、危なくないように覚えます。無理に大きく爆発させるのではなく、まずは相手の動きを止める程度から。味方を巻き込まない距離と威力を、身体に覚えさせたいです」

 

 三代目はじっと俺を見た。

 

 その目の奥で、火影としての判断と、教師としての興味と、老人としての心配が揺れているように見えた。

 

「ふむ……」

 

 白い髭を撫でながら、三代目は深く考え込んだ。

 

 うーん、めっちゃ考えてる〜!

 

 三代目は白い髭を指先で撫でたまま、完全に沈黙していた。目の前にいるのは、木ノ葉の忍術博士であり、三代目火影であり、四歳児の危険な術思想を審査する面接官である。俺は背筋を伸ばしたまま立っているが、内心では冷や汗が滝のように流れていた。これ無理か?影分身の術、教えてもらえない流れか?やっぱり危険思想認定されたか?分身を爆発させたいです、なんて正直に言った俺が悪いのか?

 

 もし断られたら、自力で覚えるしかない。

 

 印なら知っている。前世で漫画を読んだ時、ナルトが何度もやっていた。両手の人差し指と中指を立てて、十字みたいに組むやつだ。影分身といえばあの印。あれだけは、うろ覚えの俺でもしっかり覚えている。だが問題はそこではない。忍術は印だけで発動するものじゃない。チャクラの流し方、分け方、形の作り方、術式の芯になる理屈。そういうものが分からない。前世知識だけで「はい影分身できました」となるほど、この世界の忍術は甘くない。

 

 今、目の前で三代目が一回でも影分身を使ってくれれば、写輪眼でかなり拾えると思う。

 

 三つ巴の写輪眼なら、チャクラの動きも印の流れも見える。火遁の時も、分身の時も、それで理解が一気に進んだ。三代目ほどの術者が丁寧に見せてくれたら、俺の身体なら真似できる可能性はある。いや、イタチボディだし、できるだろ。たぶん。できてくれ。頼む。だが、ここは火影邸の執務室である。暗部がどこかで警護しているだろうし、さっきまでダンゾウ様までいた。こんな場所で写輪眼を開いて術をコピーするのは、どう考えても悪目立ちが過ぎる。

 

 でもよく考えたら、すでに分身を大爆破したいとか言っている時点で俺の変な思想はバレているのでは?

 

 やばい。

 

 もう遅い。

 

 完全に遅い。

 

 やっぱり修行中に聞くべきだった。演習場ならまだ「術の応用です」で済んだかもしれない。火影執務室で正座みたいな気分になりながら言う内容じゃなかった。前世社会人として、相談する場とタイミングの選択を誤った。こんな重大ミス、上司に詰められるやつである。いや、今まさに木ノ葉のトップに詰められているようなものだが。

 

 三代目が、ようやく口を開いた。

 

「かつて、お主のような考え方をした者がおる」

 

「そうなのですか?」

 

 俺は思わず聞き返した。

 

 え、いるの?分身を爆発させたい四歳児みたいな発想をした先人が?忍界、懐が深いというか物騒すぎない?いや、火遁で敵を燃やす一族に生まれている俺が言えたことではないけど。

 

 三代目は少しだけ目を伏せた。

 

「二代目火影、千手扉間様じゃ」

 

 いやちょっと待って下さい。

 

 俺の頭の中で、嫌な単語がものすごい勢いで浮かび上がった。

 

 互乗起爆札。

 

 あれだ。確か二代目火影が作った、穢土転生された死体に起爆札を貼り付けて、札が札を口寄せして延々爆発するみたいな、倫理観が爆散している術だ。俺は別にそれをやりたいわけじゃない。死体爆弾作戦とか、名前の時点で完全にアウトである。俺はただ、相手の攻撃に合わせて影分身をカウンターで大爆破させたいだけなんです。相手の接近を読んで分身を置き、触れた瞬間に爆ぜさせ、行動不能にしたいだけなんです。

 

 ……あれ?

 

 同じか?

 

 俺は内心で首を傾げた。

 

 いや、規模が違う。倫理観も違う。二代目のあれは死体と起爆札と連鎖爆発の術で、俺のは影分身と火遁を組み合わせたカウンター戦法だ。全然違う。全然違うはずだ。けど「相手の行動に爆発を重ねて逃げ場を奪う」という発想だけ見ると、ちょっと似ている気がしなくもない。やめろ。俺は二代目路線なのか?超健康分身ハメ殺しイタチのはずが、倫理観扉間コースに入ってないか?

 

 三代目は俺の表情を読んだのか、僅かに口元を緩めた。

 

「勘違いするでない。お主が今考えているものと扉間様の術は同じではない。だが、分身や口寄せ、札、チャクラの残滓を用い、相手の判断の隙へ爆発を差し込むという考え方には通じるものがある」

 

 通じるものがあるって言われた。

 

 嬉しくない。

 

 天才の発想に近いと言われているのかもしれないが、相手が二代目火影だと、褒め言葉なのか危険人物判定なのか分からない。しかも三代目の声が妙に真面目だ。これは完全に術理の話に入っている。俺は息を整え、余計な内心ツッコミを必死に押し込めた。

 

「影分身は、ただ数を増やす術ではない」

 

 三代目は机の上で指を組んだ。

 

「術者のチャクラを分け、実体を持つ分身を作る。ゆえに情報を持ち帰ることもできるし、術を扱うこともできる。しかしその分、負担は大きい。お主のように幼い身体で扱えば、たった一体でも相当な消耗になる」

 

「はい」

 

「そこへ火遁を重ね、意図して爆ぜさせるとなれば、制御を誤った時の危険はさらに増す。味方を巻き込む。己を巻き込む。あるいは分身に持たせたチャクラが乱れ、本体の経絡へ反動が返ることもあり得る」

 

 怖いことをより具体的に言わないでほしい。

 

 でも、聞きたかったのはまさにそこだ。危険なら危険で、どこが危ないのか知りたい。知れば避けられる。知らずに自力で試して爆発四散するより、よほど健康的である。超健康を名乗るからには、自爆リスク管理は必須だ。

 

「まず影分身そのものを学ぶ必要がある、ということですね」

 

「そうじゃ。大爆破とやらはその先の話になる」

 

 三代目は少しだけ厳しい目で俺を見た。

 

「イタチ。順を飛ばすな。お主は才がある。だが、才がある者ほど危険な近道を選びやすい」

 

 俺は黙って頷いた。

 

 耳が痛い。前世知識で近道しようとしている自覚はある。ゲームで見た技を現実へ持ち込もうとしている時点で、かなり危ない。だが、それでも欲しい。俺が生き残るために。誰かを死なせないために。選択肢は多い方がいい。

 

「では、影分身の術を教えていただけますか」

 

 俺は真っ直ぐに聞いた。

 

 三代目はしばらく俺を見つめ、それから深く息を吐いた。

 

「条件がある」

 

 来た。

 

 俺は背筋を伸ばした。

 

「はい」

 

「わしの監督下でのみ練習すること。独断で火遁と組み合わせぬこと。そして、身体に異常が出た時点で即座に止めること」

 

 なるほど。

 

 めちゃくちゃ真っ当な条件である。

 

「守ります」

 

「本当じゃな?」

 

「はい」

 

 三代目はまだ疑っている目をしていた。

 

 まあ当然だ。俺はさっき分身を大爆破したいと正直に言った四歳児である。信用を得るには実績が必要だ。俺は深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます、火影様」

 

 三代目は白い髭を撫でながら、少しだけ笑った。

 

「まったく。フガクも難儀な子を持ったものじゃ」

 

 それは父ちゃんに言わないでほしい。

 

 絶対怒られるから。




ヒルゼン「火の遺志か……」
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