「………ふむ…ここまでとしよう。」
早朝、誰もいない修練場で無心に模擬刀を振るい続けていたが漸くその手を止めた。これは自分がフォーチュンに所属して以降、日課として必ず行っている習慣である。もう一つの理由としては、日中では非番の他の隊員達も利用する為に占有をするのは忍びないという個人的な配慮である。
「…初陣は自分の中では上々であった。然して今後は世界を飛び回る事になるであろう。故に、研鑽を積むことは必須と言えるが…しばらくは余暇を過ごすことになるはず。休息の時があるのならば存分に英気を養うとしよう。」
そう言いながら、自室で汗を流した後に食堂へと足を運んだ。
「ふむ、今日は此方にするか。…しかし、この充実ぶりは今も慣れない。兵士の士気に食事が密接に関わる事は重々承知しているとはいえ…」
敷島皇国出身の隊員向けであろう米と魚を中心とした内容に加えて野菜と卵を追加注文し、席に着く。
「……いただきます。」
個人によってはありふれた日常の一部であろうが、自分にとっては過去が過去ゆえにフォーチュンへ配属になって以降、食事に関しては「自分の意志で選べる事」「その上で生きる為に必要な栄養が摂取できる事」「その空間には自分一人ではない事」の方に安らぎを覚えている。だからこそ、この身体が例え忌むべきものであろうがその力を正しき事に使わなければならない。そして、その為にも心身の自己管理には余念を置くわけにはいかない。そう思いながら、目の前の食事を噛み締めていく。
「御馳走様でした。」
食べ終えた食器を返却口へ返し、なるべく食堂の係の耳に届くように少し張り上げて食堂を後にした。……気遣いなのだろうが、日に日に白米の量が多くなっているのは気の所為だろうか?
朝食を終えた後は再び自室に戻り、趣味となってしまった木彫の製作に取り掛かる。自身の手による作業は昔から苦ではなく寧ろ好んでいるうえに、何よりも自分にとっての「忘れることのできない大切な思い出」でもある。また、部隊の同僚やパートナーである歌姫達の熱意に押されて制作過程や完成品をSNSや配信サイト上にアップロードしたところ、想像を上回る反響が出てしまった。何故そうなったのかは甚だ疑問だが、どうやら「木を削る音を聞くと落ち着く」という理由らしい。正直に言うと「唯の自己満足故に、本当にそれでいいのか?」となっているが、既に社長や事務所の上層部もこの件を知っている。…というよりも「炎上してしまった」と勘違いを起こして、自白したからである。
寧ろ、好意的な支持を受けて不定期であるがアステリズムの公式物品として販売されているに至っている。パトロン代として利益の多少は懐へ入っているが畏れ多いこと極まりない為に、私的利用は一切行わずに殆どは貯蓄と奈落や戦闘による被害者達への寄付へ回している。
とある創作の登場人物の台詞に「誰かに助けられた者は、誰かを助けたくなる」というものがあるのを聞いた。一方では「
誰かを救うということは、他の誰かを救わないということ」という台詞もあるようだ。
自分の考えとしてはどちらも真であろう。理想は前者であるが現実は後者が当て嵌まる事が多いはず。…だからといって、全てを諦める事が正しいとは思わない。少なくとも自分は「誰かに助けられた者」である。フォーチュンへ、アステリズムに入った理由も「誰かを助けたい」その一心を胸に秘めている。そして、これからもその初心は忘れる事は無い。例え、現実が押し寄せるのであるのなら…そのときは全身全霊をもって暗雲を切り裂いてみせよう。
「………少し、思い詰め過ぎたようだ。彫の形状が歪になってしまった。一度外の空気を吸いに行くとしよう。外出許可と…位置情報を送らなければな……」
己の心情を表す『炎の如く揺らめく翼を持つ鳥』の出来かけを置いて、自室を後にする。自身の不徳により外出する事に関しては非常に及び腰であるが…致し方ない。私物の他、自分専用の位置情報を発信する端末を身に着けて外へ出かけることにした。
「…単独での外出はいつぶりであろうな。同時に勢いに任せて飛び出したはいいものの、具体的な目標もなければ…昼食も兼ねて散策でもするとしよう。」
別段出不精ではない。市制や昨今の情勢を肌で感じ取る為には、フォーチュンの隊員としてではなく鳳市の一市民の目で直接見る方が自分には性に合っているからである。何よりアステリズムはスフィアプロダクション…所謂芸能事務所としての一面もあるため、芸能活動の範囲を広げる為にも流行を抑えておくのは間違ってはないからである。最も自分はそういった方向には疎いのでパートナーであるトゥオシェ殿や同僚であるくるみ殿等に教えてもらっている状況である。(自覚はあるのだが自分の感性は少し古いものに惹かれるようだ。)また、木彫の作製についてもこうした何気ない場所で妙案が浮かぶ事もある。
では、何故自分の意思で外に出る事を躊躇うかというと「フォーチュン管轄の基地以外では地図やナビが無ければ兎に角道に迷う」という悪癖、その一点に尽きる。つい最近では、気分転換も兼ねて早朝のランニングを基地周辺の近場で試みたのだが…気がついた時にはいつの間にやら郊外の海岸まで来てしまったのである。その結果は脱走と勘違いされ部隊の面々に多大なる迷惑を掛け、特にトゥオシェ殿には滾々と説き伏せられたのである。故に、自分1人での外出時には特注の端末の所持が絶対となっており、この端末によって自分の位置情報は部隊の面々の誰かしらには共有されている。よって、今は単独の行動が許されているのである。
「そういえば、そろそろ砥石が少なくなってきたな…それとこれからは気温の急上昇もある…水分と塩分を同時に摂取する経口飲料の元も購入しなければ。」
呟いた後は大型の商業施設へと向かった。此処に来れば日用品等の一通りが一度に揃う為、自分にとっては好都合である。また、トゥオシェ殿達とも付き添いや荷物持ちとして何度か同行しているので、多少は見知った道だからだ。しかし、念には念を込めて地図を片手に、彼方此方を回った。この施設では
「音楽関連の店の前でアステリズムについての言及、そして宣伝用のプロモーションが流れていた事」
「アクセサリー類の売り場や少し開けた場所での携帯端末、ウォーターサーバー等のセールスに尽く捕まってしまった事」
が主だった出来事である。
1つ目については、内心喜ばしいと感じた。ミラビリス等の大手には足元にも及ばないが、此方にとっては大きな一歩である。歌姫達にさらなる華を持たせる為に、盛り立て役として最善を尽くして見せよう。
2つ目については…只管に困惑するしか無かった。アクセサリー売り場の方では耳飾りをつけている事からその手に興味があると思われ、各所のセールスについては長々と売込の言葉を受けてしまった。最も「自分はまだ未成年である」と言うことを伝えると皆、驚いたり困惑の表情をしていた。……自分は成人としての落ち着きや振る舞いがあるとは到底思えないのだが…何故なのか?
スポーツ飲料の素プロテイン等の日用品の買い物を済ませた後
は、商業施設を出て個人で営む金物屋へ足を運んだ。この店は、別所属の隊員から教えてもらった場所でありどうやら顔馴染みであるそうだ。初めて紹介して貰った際に、店主からは「ようやく子供を連れてきたのか」と誂われていたことを覚えている。その時には流石の自分も腑に落ちない怒りを覚えたが、致し方ない事として早々と水に流した。
それ以来、自分も砥石や刃物の購入、整備をここでしてもらっている。どうやら年端もいかない少年の趣味が木彫りである事が大いに珍しい為、すぐに顔を覚えたらしい。
軽く世間話も交えて研磨用の砥石を購入を済ませ、刃物の入荷の情報も教えてくれた。時が合えば、再び訪れるとしよう。
そのように、用事を一通り済ませた後に時間を見てみると、正午をやや過ぎていた。…恐らく商業施設の件が響いて来たことは明白である。体力面は諸々の意味を含めて自信はあるが、空腹を感じることは人間誰しもある現象である。
「普段では、もう食事を終えている時間か。どうりで一層の空腹感を感じる。……ふむ……偶には、少々羽目を外してみるか?」
ふと目に入ったのは、とあるハンバーガーチェーンの鳳支店である。有名処は2つあるが、目の前にあるのは「王」の名を冠する方である。普段は健康面を考慮し、出撃前には搭乗する機体性能からこういった脂質と糖質の塊(ジャンクフード)は極力避けている。しかし、こういった平時かつ高頻度でなければ食してみるのも一興であろう。そして、店の前の看板には期間限定であろう商品の紙が大々と掲げられている。それに釣られて店内に入り、限定品のセット注文をした。…外食の経験も専ら誰かと付き添いでしかない為、1人での注文は少し気が滅入った。幸いにも多少は並んでいた為、前の人の注文方法を真似して番号札を渡され、呼び出されるまで待ち…そして、後悔の時間が訪れるのであった。
「………普段以上の空腹であった事が光を成したな……夕餉の方はかなりの調整をしなければ……」
その理由は前の注文の真似をした結果、「パティ4枚 チーズ2枚の重量級の限定品 それのトッピングを1.5倍」という正しく爆弾と呼べる代物であったからである。味についても美味ではあったが全てにおいて重さが段違いであり、普段では絶対に選択肢に入れない事を心に誓いながら、何とか完食をした。また、
「……そういえば、皆は注文が届いた後に写真を挙げていたな…こうであろうか?」
「………しまった……個人ではなく、全体の方へ流してしまった……満腹感で思考能力が落ちている…もう少し散策を続けたかったが、遠回りで基地へと向かうとしよう…」
トゥオシェ殿達の見様見真似で齧り付く前の注文品の画像をアップロードをしたが、よりにもよって全体板の方へ流してしまったのである。幾ら位置情報は共有されているとはいえ傍から見れば「只の暴食を晒した」という結果のみが残ってしまった。
そして気恥ずかしさを抱えながら、敢えて無茶苦茶な遠回りを行い帰路へついた。そして、夕食についても一日の基準栄養素最低限を満たすように簡素なもので済ませ、1日を終えた。本来ならば、就寝前にも木彫りをするのだが…今日に関してはコンディションを鑑みて研ぎのみを終えた。ここまでが今日一日の行動である。
ここからは、天城士鷹が駆る"龍騎士"、名を裂影輝翔とそれに伴う特殊装備群の整備を行う班員達の一部から得た証言を綴る。
「戦災孤児で勝手に強化人間の処置を受けさせられた少年と聞いて、色々と不安というか心配にはなったが…いざ会ってみると杞憂に過ぎなかったな。寧ろ、誠実という文字が歩いているような感じだ。」
「普段は口数が少なくて大人しいけど、歌とか肌見放さずつけている耳飾りの話になると…何というか、とても喜んでいるというか安らいでいる気がする。あんまり顔に出ないけどね。」
「あの子が使っている機体はこことは違う別世界が絡んでいるらしいじゃん?しかも試運転の時にも同伴したけど、破茶滅茶に暴れ回るから本当にこれに乗ろうとしているの?って思ったよ。けど、あんなに真っ直ぐな決意の眼を受けちゃぁ、言えないよ…。でも何か…偶に何処か遠くを見ている感覚があるんだよね。まるで『自分自身を鞘に納まっている刀である』という自己暗示をかけているみたい。」