ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
ルラフェンの町を出ると、夜の空気が一気に冷たくなった。
町の灯りが背中で小さくなっていく。
足元には草地。
その先には、低い丘と暗い森の影。
月は出ている。
雲に隠れかけてはいるが、白い光が草の上に落ちていた。
ベネットじいさんは言っていた。
夜になると、月の光を受けて青白く光る。
見れば分かる。
ゲームなら、場所を知っていればすぐに手に入る。
だが現実は違う。
草は一面に生えている。
月明かりは揺れる。
夜の草地は、思ったよりずっと見通しが悪い。
これを探すのか。
なかなか面倒だ。
けれど、やるしかない。
ルーラがあれば、これからの動き方が変わる。
先回りできる。
戻れる。
離れた場所にもすぐ向かえる。
便利な呪文。
だが今の俺にとっては、便利どころではない。
命綱に近い。
草を踏み分けて進む。
夜の草地には、昼とは違う音があった。
虫の声。
遠くの獣の鳴き声。
草の中を何かが這う音。
魔物の気配もある。
暗がりから、杖を持った小さな影が姿を現した。
まほうつかい。
そいつは俺を見るなり、杖の先をこちらへ向けた。
空気がわずかに熱を帯びる。
呪文か。
放たれる前に踏み込む。
俺は剣を抜き、杖ごと横へ払った。
まほうつかいの身体が草の上を転がる。
続けて、草むらの奥から低い唸り声がした。
さんぞくウルフ。
夜目に光る目が、こちらを狙っている。
獣のように低く身を沈め、足元へ飛びかかってきた。
踏み込み、剣の腹で叩き伏せる。
無駄に傷を増やす必要はない。
だが、邪魔をされるわけにもいかない。
パパスの身体は、夜の草地でもよく動いた。
目が慣れるのも早い。
足場の悪さにも、身体が自然に対応している。
本当に頼もしい身体だ。
前世の俺なら、暗い草むらを歩くだけで足をひねっていたかもしれない。
いや、そもそも夜中に魔物のいる草地へ一人で出る時点で無理だ。
そう考えると、少し笑いそうになった。
笑っている場合ではない。
俺は月明かりの当たる場所を探して歩く。
青白く光る草。
青白く光る草。
頭の中で何度も繰り返す。
薬草に似ているのか。
花がついているのか。
葉が光るのか。
そこまでは覚えていない。
ゲームでは、そこまで細かく見なかった。
必要な場所へ行き、調べれば手に入った。
今さらながら思う。
現実になったゲームは、細かいところほど厄介だ。
さらに西へ進むと、草の匂いが濃くなった。
湿った土の匂いも混じる。
このあたりから、出てくる魔物の気配が変わった。
足元の草むらから、丸い傘のようなものがぬっと出る。
おばけキノコ。
見た目は少し間抜けだが、油断できない。
胞子を撒かれたら面倒だ。
近づかれる前に、柄で打ち払う。
その奥で、木でできた人形のようなものが、ぎこちなく腕を動かした。
パペットマン。
暗い草地で見ると、かなり不気味だ。
笑っているような顔のまま、かくかくと近づいてくる。
俺は一歩踏み込み、横から叩き倒した。
強い。
この身体なら、問題なく進める。
だが、魔物の種類が変わったということは、目的地に近づいている可能性がある。
俺は月明かりの強い場所を探して、さらに草を踏み分けた。
少し先で、草むらが揺れた。
今度は魔物ではなかった。
風だ。
雲が動き、月明かりが草地へ広がる。
その瞬間、丘の斜面の一部が、淡く光った。
青白い。
普通の草とは違う。
月の光を吸って、葉の内側からぼんやり光っているように見える。
あれか。
俺は斜面を上った。
近づくほど、光ははっきりした。
細い茎。
丸みのある葉。
葉先に、小さな雫のような光が宿っている。
ルラムーン草。
たぶん、間違いない。
手を伸ばしかけて、止まる。
雑に抜いていいのか。
根ごと必要なのか。
葉だけでいいのか。
分からない。
こういう時、ゲームの「手に入れた!」が恋しくなる。
仕方ない。
薬草の採取を思い出す。
根を傷めすぎないよう、土ごと少し掘る。
茎を折らないように、根元を持つ。
慎重に抜くと、草は淡い光を保ったまま手の中に収まった。
温かくはない。
むしろ少し冷たい。
月の光をそのまま閉じ込めたような、不思議な草だった。
取れた。
思ったより地味だ。
だが、かなり大きい一歩だ。
これでベネットじいさんの研究が進む。
ルーラを覚えられる可能性が出てきた。
その時、背後で草を踏む音がした。
振り返る。
草むらの奥に、複数の影。
おばけキノコ。
パペットマン。
それに、地面を這うように近づいてくる小さな影。
スモールグール。
光る草に引き寄せられたのか。
俺の匂いに寄ってきたのか。
どちらでもいい。
草を布で包み、懐にしまう。
「邪魔だ」
短く言って、剣を構えた。
おばけキノコが胞子を吐く前に踏み込む。
剣の腹で横へ払う。
パペットマンが腕を振り上げる。
ぎこちない動きだが、当たれば痛そうだ。
一歩下がってかわし、足元を払う。
スモールグールが草の中を這って迫る。
数が増える前に、柄で地面へ叩きつける。
長引かせない。
ルラムーン草を傷つけるわけにはいかない。
数呼吸のうちに、草地は静かになった。
俺は懐の布を確かめる。
淡い光は、まだ消えていない。
よし。
夜明けまでに戻る。
草の力が弱まる前に、ベネットじいさんへ渡す。
丘を下りると、遠くにルラフェンの灯りが見えた。
あの町へ戻れば、次はルーラだ。
足を速める。
サンタローズでは、リュカが眠っている。
サンチョが見ている。
朝になれば、アルカパへ向かう流れが始まる。
まだ間に合う。
俺は布に包んだルラムーン草を懐に押さえながら、夜の道をルラフェンへ戻った。