ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第10話『ルラムーン草』

 ルラフェンの町を出ると、夜の空気が一気に冷たくなった。

 

 町の灯りが背中で小さくなっていく。

 足元には草地。

 その先には、低い丘と暗い森の影。

 

 月は出ている。

 

 雲に隠れかけてはいるが、白い光が草の上に落ちていた。

 

 ベネットじいさんは言っていた。

 

 夜になると、月の光を受けて青白く光る。

 見れば分かる。

 

 ゲームなら、場所を知っていればすぐに手に入る。

 だが現実は違う。

 草は一面に生えている。

 月明かりは揺れる。

 夜の草地は、思ったよりずっと見通しが悪い。

 

 これを探すのか。

 

 なかなか面倒だ。

 

 けれど、やるしかない。

 

 ルーラがあれば、これからの動き方が変わる。

 先回りできる。

 戻れる。

 離れた場所にもすぐ向かえる。

 

 便利な呪文。

 

 だが今の俺にとっては、便利どころではない。

 命綱に近い。

 

 草を踏み分けて進む。

 

 夜の草地には、昼とは違う音があった。

 虫の声。

 遠くの獣の鳴き声。

 草の中を何かが這う音。

 

 魔物の気配もある。

 

 暗がりから、杖を持った小さな影が姿を現した。

 

 まほうつかい。

 

 そいつは俺を見るなり、杖の先をこちらへ向けた。

 空気がわずかに熱を帯びる。

 

 呪文か。

 

 放たれる前に踏み込む。

 

 俺は剣を抜き、杖ごと横へ払った。

 まほうつかいの身体が草の上を転がる。

 

 続けて、草むらの奥から低い唸り声がした。

 

 さんぞくウルフ。

 

 夜目に光る目が、こちらを狙っている。

 獣のように低く身を沈め、足元へ飛びかかってきた。

 

 踏み込み、剣の腹で叩き伏せる。

 

 無駄に傷を増やす必要はない。

 だが、邪魔をされるわけにもいかない。

 

 パパスの身体は、夜の草地でもよく動いた。

 目が慣れるのも早い。

 足場の悪さにも、身体が自然に対応している。

 

 本当に頼もしい身体だ。

 

 前世の俺なら、暗い草むらを歩くだけで足をひねっていたかもしれない。

 

 いや、そもそも夜中に魔物のいる草地へ一人で出る時点で無理だ。

 

 そう考えると、少し笑いそうになった。

 

 笑っている場合ではない。

 

 俺は月明かりの当たる場所を探して歩く。

 

 青白く光る草。

 青白く光る草。

 

 頭の中で何度も繰り返す。

 

 薬草に似ているのか。

 花がついているのか。

 葉が光るのか。

 そこまでは覚えていない。

 

 ゲームでは、そこまで細かく見なかった。

 必要な場所へ行き、調べれば手に入った。

 

 今さらながら思う。

 

 現実になったゲームは、細かいところほど厄介だ。

 

 さらに西へ進むと、草の匂いが濃くなった。

 湿った土の匂いも混じる。

 

 このあたりから、出てくる魔物の気配が変わった。

 

 足元の草むらから、丸い傘のようなものがぬっと出る。

 

 おばけキノコ。

 

 見た目は少し間抜けだが、油断できない。

 胞子を撒かれたら面倒だ。

 

 近づかれる前に、柄で打ち払う。

 

 その奥で、木でできた人形のようなものが、ぎこちなく腕を動かした。

 

 パペットマン。

 

 暗い草地で見ると、かなり不気味だ。

 笑っているような顔のまま、かくかくと近づいてくる。

 

 俺は一歩踏み込み、横から叩き倒した。

 

 強い。

 この身体なら、問題なく進める。

 

 だが、魔物の種類が変わったということは、目的地に近づいている可能性がある。

 

 俺は月明かりの強い場所を探して、さらに草を踏み分けた。

 

 少し先で、草むらが揺れた。

 

 今度は魔物ではなかった。

 風だ。

 

 雲が動き、月明かりが草地へ広がる。

 

 その瞬間、丘の斜面の一部が、淡く光った。

 

 青白い。

 

 普通の草とは違う。

 月の光を吸って、葉の内側からぼんやり光っているように見える。

 

 あれか。

 

 俺は斜面を上った。

 

 近づくほど、光ははっきりした。

 細い茎。

 丸みのある葉。

 葉先に、小さな雫のような光が宿っている。

 

 ルラムーン草。

 

 たぶん、間違いない。

 

 手を伸ばしかけて、止まる。

 

 雑に抜いていいのか。

 根ごと必要なのか。

 葉だけでいいのか。

 

 分からない。

 

 こういう時、ゲームの「手に入れた!」が恋しくなる。

 

 仕方ない。

 

 薬草の採取を思い出す。

 根を傷めすぎないよう、土ごと少し掘る。

 茎を折らないように、根元を持つ。

 

 慎重に抜くと、草は淡い光を保ったまま手の中に収まった。

 

 温かくはない。

 むしろ少し冷たい。

 

 月の光をそのまま閉じ込めたような、不思議な草だった。

 

 取れた。

 

 思ったより地味だ。

 

 だが、かなり大きい一歩だ。

 

 これでベネットじいさんの研究が進む。

 ルーラを覚えられる可能性が出てきた。

 

 その時、背後で草を踏む音がした。

 

 振り返る。

 

 草むらの奥に、複数の影。

 

 おばけキノコ。

 パペットマン。

 それに、地面を這うように近づいてくる小さな影。

 

 スモールグール。

 

 光る草に引き寄せられたのか。

 俺の匂いに寄ってきたのか。

 

 どちらでもいい。

 

 草を布で包み、懐にしまう。

 

「邪魔だ」

 

 短く言って、剣を構えた。

 

 おばけキノコが胞子を吐く前に踏み込む。

 剣の腹で横へ払う。

 

 パペットマンが腕を振り上げる。

 ぎこちない動きだが、当たれば痛そうだ。

 一歩下がってかわし、足元を払う。

 

 スモールグールが草の中を這って迫る。

 数が増える前に、柄で地面へ叩きつける。

 

 長引かせない。

 

 ルラムーン草を傷つけるわけにはいかない。

 

 数呼吸のうちに、草地は静かになった。

 

 俺は懐の布を確かめる。

 淡い光は、まだ消えていない。

 

 よし。

 

 夜明けまでに戻る。

 草の力が弱まる前に、ベネットじいさんへ渡す。

 

 丘を下りると、遠くにルラフェンの灯りが見えた。

 

 あの町へ戻れば、次はルーラだ。

 

 足を速める。

 

 サンタローズでは、リュカが眠っている。

 サンチョが見ている。

 朝になれば、アルカパへ向かう流れが始まる。

 

 まだ間に合う。

 

 俺は布に包んだルラムーン草を懐に押さえながら、夜の道をルラフェンへ戻った。

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