ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第11話『ルーラ』

 ルラフェンへ戻る頃には、夜の色が少し薄くなり始めていた。

 

 まだ夜明けではない。

 だが、空の端にほんのわずかな灰色が混じっている。

 

 急げ。

 

 ルラムーン草は、夜の草だ。

 ベネットじいさんは、夜が明けると力が弱まると言っていた。

 

 俺は懐の布を押さえながら、町の奥へ向かった。

 

 煙突の曲がった家には、まだ灯りがついている。

 

 扉を叩く前に、中から声が飛んできた。

 

「遅いぞ!」

 

 まだ何も言っていない。

 

 扉が勢いよく開き、ベネットじいさんが顔を出した。

 眠そうな気配はまるでない。

 

「取ってきたのか?」

 

「ああ」

 

 布を開く。

 

 青白い光が、部屋の中にふわりと広がった。

 

 ベネットじいさんの目が、少年のように輝く。

 

「おお……これじゃ。これがルラムーン草じゃ!」

 

 じいさんは草を受け取ると、机の上へ慎重に置いた。

 

 そこからの動きは早かった。

 

 瓶を取り出す。

 粉を量る。

 古い本を開く。

 ぶつぶつと呪文のような言葉を呟きながら、草の葉をすり潰していく。

 

 完全に研究者の顔だった。

 

 俺は邪魔にならないよう、壁際に立つ。

 

 待つしかない。

 

 だが、時間が気になる。

 

 サンタローズでは、リュカが眠っている。

 サンチョも待っている。

 朝になれば、ビアンカ親子をアルカパへ送る流れが始まる。

 

 間に合わせなければならない。

 

「焦るな」

 

 ベネットじいさんが、こちらを見ずに言った。

 

「顔に出ておるぞ」

 

「そうか」

 

「そんな顔で待たれると、こっちまで手元が狂うわい」

 

「すまない」

 

「謝るくらいなら、黙って待っとれ」

 

 俺は黙った。

 

 少しして、瓶の中の液体が淡く光り始めた。

 

 ベネットじいさんはそれを見て、満足そうに頷く。

 

「よし。これで道は繋がった」

 

「ルーラを覚えられるのか?」

 

「覚えられるかどうかは、おぬし次第じゃ」

 

 じいさんは俺に向き直る。

 

「ルーラは、ただ遠くへ飛ぶ呪文ではない。行ったことのある場所を思い出し、その記憶へ魔力を通す呪文じゃ」

 

 記憶へ魔力を通す。

 

 言葉だけ聞くと簡単そうだ。

 だが、実際にはかなり繊細な話なのだろう。

 

「目を閉じろ」

 

 言われた通りにする。

 

「帰りたい場所を思い浮かべるんじゃ。町の名だけでは足りん。空気、匂い、地面の感触。そこに立っている自分を思い出せ」

 

 サンタローズ。

 

 木の家。

 暖炉の匂い。

 サンチョの泣きそうな顔。

 布団で眠るリュカの寝息。

 

 帰る場所。

 

 そう思った瞬間、胸の奥に何かが繋がる感覚があった。

 

 ベネットじいさんが、静かに言う。

 

「唱えろ」

 

 俺は息を吸った。

 

「ルーラ」

 

 身体が浮いた。

 

 いや、浮いたように感じただけかもしれない。

 

 足元が消える。

 風が巻く。

 頭の中に、サンタローズの家が強く浮かぶ。

 

 だが、次の瞬間、ぐらりと視界が揺れた。

 

「まだじゃ!」

 

 ベネットじいさんの声が飛ぶ。

 

「場所を広く取れ!家の中へ飛ぼうとするな!屋根に頭をぶつけたいのか!」

 

 危ない。

 

 かなり危ない。

 

 俺は慌てて、サンタローズの村の外れを思い浮かべた。

 家ではなく、村の入口。

 土の道。

 見上げる空。

 

 風が収まる。

 

 気づけば、俺はベネットじいさんの家の中に立ったままだった。

 

 失敗か。

 

「今のは半分成功じゃな」

 

 じいさんはにやりと笑った。

 

「飛びかけた。だが、行き先の定め方が甘い」

 

「屋内は危ないのか」

 

「当たり前じゃ。天井のある場所で使えば、ろくなことにならん。町や村の外、広い場所を思い浮かべるんじゃ」

 

 なるほど。

 

 ゲームでは気にしなかった部分だ。

 

 ルーラは便利だ。

 だが、現実で使うなら危険もある。

 

「もう一度だ」

 

 俺は頷いた。

 

 サンタローズ。

 村の入口。

 土の道。

 朝を待つ静かな空気。

 

 そこに立つ自分を思い浮かべる。

 

「ルーラ」

 

 今度は、はっきりと身体が引き上げられた。

 

 風が全身を包む。

 視界が白く流れる。

 

 次に足が地面を踏んだ時、そこは夜明け前の草地だった。

 

 目の前に、サンタローズの村がある。

 

 戻ってきた。

 

 本当に戻ってきた。

 

 俺は少しの間、動けなかった。

 

 ルーラ。

 

 覚えた。

 

 これで動き方が変わる。

 

 だが、浮かれている時間はない。

 

 空はもう、薄く明るくなり始めている。

 

 俺は村へ向かって歩き出した。

 

 家の前では、サンチョが待っていた。

 

「旦那様……!」

 

「戻った」

 

「よくお休みです」

 

「そうか」

 

 それを聞いて、ようやく肩の力が抜けた。

 

 家の中に入る。

 寝室をそっと覗く。

 

 リュカは静かに眠っていた。

 昨日の冒険で疲れ切ったのだろう。

 小さな寝息が、規則正しく聞こえる。

 

 間に合った。

 

 俺は扉を閉め、静かに息を吐いた。

 

 だが、まだ一つだけ残っている。

 

「サンチョ」

 

「はい、旦那様」

 

「すぐ戻る」

 

「え?」

 

「礼を言いに行くだけだ」

 

 サンチョが何か言う前に、俺は家の外へ出た。

 

 サンタローズの村の入口。

 広い空。

 足元の土。

 

 今度は、行き先を間違えない。

 

 ルラフェン。

 薬草の匂い。

 煙突の曲がった家。

 ベネットじいさんの研究室。

 

「ルーラ」

 

 風が身体を包んだ。

 

 次に足が地面を踏んだ時、そこはルラフェンの町の外だった。

 

 今度は迷わない。

 俺はそのままベネットじいさんの家へ向かった。

 

 扉を叩くと、すぐに中から声がした。

 

「今度はなんじゃ!」

 

「礼を言いに来た」

 

 扉が開く。

 

 ベネットじいさんは、少しだけ目を丸くしていた。

 

「わざわざ戻ってきたのか」

 

「ああ。助かった」

 

「ふん。律儀な男じゃのう」

 

「礼を言わずに帰るのは違う」

 

 ベネットじいさんは鼻を鳴らした。

 

 だが、口元は少し笑っていた。

 

「ルーラは使えたようじゃな」

 

「ああ。危うく屋根に頭をぶつけるところだったがな」

 

「だから言ったじゃろうが。場所は広く取れとな」

 

「覚えた」

 

「ならよい」

 

 じいさんは机の上に散らばった紙をかき集め始めた。

 

 もう次の研究に戻るつもりらしい。

 

「それでじゃな。ルーラが道をつなぐ呪文なら、次は道を抜ける呪文も面白いと思わんか?」

 

 俺は一瞬、黙った。

 

 道を抜ける呪文。

 

 まさか。

 

 頭の中に、別の呪文名が浮かぶ。

 

 リレミト。

 

 洞窟や塔から抜け出す呪文。

 

 もしそれまで手に入るなら、今後の動きはさらに変わる。

 

「……ベネット殿」

 

「なんじゃ?」

 

「その話、いずれ詳しく聞かせてもらいたい」

 

「ほう。興味があるか」

 

「ああ。かなりある」

 

 ベネットじいさんは楽しそうに笑った。

 

「なら、また来るがよい。わしの研究は、まだまだ終わらんぞ」

 

「覚えておく」

 

 長居はできない。

 

 俺は短く礼をして、家を出た。

 

 ルラフェンの空も、少しずつ明るくなり始めている。

 

 サンタローズへ戻る。

 朝が来る前に。

 

 俺は町の外へ出て、もう一度行き先を思い浮かべた。

 

 サンタローズ。

 村の入口。

 土の道。

 朝を待つ静かな空気。

 

「ルーラ」

 

 風が巻く。

 

 次に目を開けた時、俺は再びサンタローズの村の前に立っていた。

 

 天空の剣。

 ルーラ。

 そして、今日から始まるアルカパへの道。

 

 準備は、まだ足りない。

 

 それでも、船で目覚めた時の俺よりは、少しだけ前に進んだ。

 

 朝が来る。

 

 原作の流れも、また動き出す。

 

 俺は眠る息子を起こさないように、静かに荷を下ろした。

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