ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
第12話『アルカパへ』
目を閉じたと思った次の瞬間には、朝だった。
いや、正確には少し眠っただけだ。
寝台に横になった記憶はある。
サンチョに何か言われた気もする。
だが、身体を休めたというより、意識を一度落としただけに近い。
窓の外は明るくなっていた。
鳥の声。
村人たちの話し声。
朝のサンタローズの空気。
平和だ。
だが、その平和を味わうには、少し眠気が強すぎる。
俺は顔を洗い、頬を軽く叩いた。
パパスの身体は頑丈だ。
一晩中動いたあとでも、動けないほどではない。
だが、眠いものは眠い。
そこだけは、前世の俺とあまり変わらないらしい。
「おとうさん?」
振り返ると、リュカが寝室の入口に立っていた。
昨日の疲れは残っているはずだが、目はもう覚めている。
子どもの回復力はすごい。
「起きたか」
「うん。おとうさん、ねむいの?」
鋭い。
俺は少しだけ笑いそうになった。
「少しな」
「だいじょうぶ?」
「ああ。少し休めば問題ない」
嘘ではない。
少しは休んだ。
問題がないかどうかは、気合いでどうにかする。
リュカはまだ心配そうにこちらを見ている。
父親が不調そうに見えたら、子どもは不安になる。
それはよくない。
俺はリュカの頭に手を置いた。
「今日はアルカパへ行く」
「アルカパ?」
「ビアンカたちの町だ。ダンカン殿の見舞いもある」
「ビアンカも帰るの?」
「ああ。送っていく」
リュカは少しだけ嬉しそうな顔をした。
昨日会ったばかりだ。
だが、もう気になる相手なのだろう。
それでいい。
リュカにはリュカの出会いがある。
俺が先に知っているからといって、その価値を奪ってはいけない。
サンチョが朝食を用意してくれていた。
「旦那様、本当にもうお出かけになるので?」
「ああ」
「昨夜は、ほとんどお休みになっておられませんぞ」
「道中で無理はしない」
「旦那様の無理をしないは、信用できません」
その通りすぎて、返す言葉がない。
リュカが不思議そうに俺とサンチョを見比べる。
「おとうさん、どこか行ってたの?」
「少し用があった」
「夜に?」
「ああ」
「ふうん」
深く聞いてこない。
だが、完全に納得した顔でもない。
気をつけよう。
子どもは意外と見ている。
朝食を済ませ、旅支度を整える。
サンタローズの村の出口には、ビアンカとおかみさんが待っていた。
「おじさま、おはよう!」
「ああ。おはよう」
ビアンカは朝から元気だ。
リュカの方を見ると、ぱっと笑う。
「リュカもおはよう!」
「お、おはよう」
リュカは少し照れたように返した。
おかみさんは申し訳なさそうに頭を下げる。
「パパス、悪いねえ。アルカパまで送ってもらうなんて」
「気にしなくていい。ダンカン殿の具合も見ておきたい」
「そう言ってくれると助かるよ。あの人、体だけは丈夫だと思ってたんだけどねえ」
明るく言ってはいるが、声には不安が混じっている。
ダンカンの病。
原作では、ここでパパスが風邪をもらう。
そして、その風邪がリュカとビアンカの夜の冒険につながる。
だが、俺は知っている。
知っているなら、対策はする。
サンタローズを出る。
道中、魔物は出た。
スライム。
おおきづち。
森の影から飛び出してくる小さな魔物たち。
だが、今の俺の相手ではない。
リュカの前に出る。
ビアンカたちを後ろへ下げる。
剣を振るう。
それだけで道は開いた。
リュカは俺の背中をじっと見ていた。
昨日、洞窟で自分なりに戦った。
だからこそ、ただ見ているだけではない目をしている。
怖がっていないわけではない。
だが、逃げてもいない。
強くなる。
この子は、これから強くなる。
そう思うと、胸の奥が少しだけ重くなった。
強くならなければならない未来を、俺は知っている。
けれど今は、歩く。
アルカパへ向かって。
昼前には、町の影が見えてきた。
アルカパ。
サンタローズより大きく、人の出入りも多い。
宿屋の看板が見える。
ビアンカが少し足を速めた。
「着いた!ここがわたしの町よ!」
「すごい……」
リュカは町並みを見上げている。
初めて見る場所。
初めての町。
初めての匂い。
この瞬間も、リュカの記憶になる。
宿屋に入る前に、俺は荷物から布を二枚取り出した。
「リュカ」
「なに?」
「これを口と鼻に当てておきなさい」
リュカは布を受け取り、首をかしげる。
「どうして?」
「病をもらわぬようにだ」
「やまい?」
「ダンカン殿は具合が悪い。近くで話すなら、気をつけた方がいい」
ビアンカが目を丸くした。
「おじさま、そんなことまで考えてるの?」
「念のためだ」
おかみさんは少し驚いたあと、苦笑した。
「いやだねえ、あたしも気をつけないといけないね」
「おかみさんも、無理はしない方がいい、周りに風邪をひいてる者がいるならこのように予防するといい」
「はいはい。パパスに言われると、妙に説得力があるよ」
俺も布を口元へ当てる。
リュカも真似をした。
少し不格好だが、ないよりはいい。
これで風邪を防げるかは分からない。
だが、何もしないよりはいい。
原作通りに動く。
だが、原作通りに倒れる必要はない。
宿屋の奥へ進む。
部屋の中には、寝台に横になった男がいた。
ダンカン。
顔色はよくない。
だが、意識はあるようだ。
おかみさんが声をかける。
「ただいま、ダンカン。パパスが来てくれたよ」
ダンカンがゆっくりとこちらを向いた。
「パパスさん……すまないね。こんな姿で」
「気にするな。無理に起きなくていい」
俺は寝台から少し距離を取り、静かに立った。
リュカは俺の横にいる。
布越しに、小さく息をしている。
ダンカンの咳が、部屋に響いた。
この病をもらえば、原作通り俺は寝込む。
だが、今は違う。
風邪をひかずに、風邪をひいたことにする。
リュカとビアンカが、自分たちの冒険へ踏み出す時間を作るために。
俺はダンカンを見舞いながら、静かに息を整えた。
ここからも、表の流れは変えない。
変えるのは、見えないところだ。