ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
ダンカンの見舞いを終える頃には、アルカパの町はすっかり昼の顔になっていた。
宿屋の外から、人の声が聞こえる。
馬車の車輪。
商人の呼び込み。
子どもたちの走る足音。
リュカは、窓の外を何度も見ていた。
初めての町。
初めての景色。
気にならないはずがない。
ビアンカも同じだ。
「ねえ、リュカ。町を案内してあげようか?」
「いいの?」
「もちろん!わたしの町だもん」
ビアンカは胸を張る。
リュカは俺の方を見た。
行っていいのか。
そう聞いている目だ。
俺は小さく頷く。
「遠くへは行くな。町の中だけだ」
「うん」
「ビアンカ、リュカを頼む」
「まかせて、おじさま!」
頼もしい返事だ。
年上らしく振る舞おうとしているのが分かる。
リュカは布を外しかけて、俺を見た。
「もう、これ取っていい?」
「ああ。外ではいい」
「うん」
リュカは少しほっとした顔で布を外した。
あれをつけたまま町を歩けば、子どもには窮屈だろう。
必要な場面で使えばいい。
二人は宿屋を出ていく。
俺は窓から、少しだけその背中を見送った。
ビアンカが前を歩き、リュカが少し遅れてついていく。
時々ビアンカが振り返り、何かを教えている。
リュカは真剣に聞いている。
いい光景だ。
だが、ここから先も知っている。
町の中で、子どもたちが子ネコをいじめている。
ビアンカは怒る。
そして、レヌール城のお化け退治という話になる。
原作の流れ。
リュカとビアンカにとって、大切な最初の冒険。
俺が止めるべきか。
少しだけ考える。
危険なのは間違いない。
夜の城。
魔物。
幼い二人。
普通の父親なら、絶対に止める。
だが、あの冒険はリュカを育てる。
ビアンカとの絆も作る。
そして、未来に繋がる。
俺が全部を奪ってはいけない。
もちろん、見殺しにするつもりもない。
行かせる。
ただし、見えないところで備える。
そのためには、まず原作通りの形を作る必要がある。
俺はわざと一度、喉に手を当てた。
「……少し、だるいな」
おかみさんが振り向く。
「パパス、大丈夫かい?」
「ああ。たいしたことはない」
「いやだねえ、ダンカンの風邪がうつったんじゃないだろうね」
来た。
俺は内心で息を整える。
実際には、今のところ熱はない。
布で防いだ効果か、パパスの身体が頑丈なのかは分からない。
だが、ここは乗る。
「少し休ませてもらってもいいか」
「もちろんだよ。無理しちゃいけないよ」
「すまない」
俺は客間へ案内され、寝台に腰を下ろした。
横になる。
目を閉じる。
眠いのは本当だ。
昨日の夜からほとんど動きっぱなしだった。
だから仮病と言っても、半分は本当に休息だ。
少しだけ眠る。
そして夜になったら動く。
リュカとビアンカがレヌール城へ向かう時間を作る。
その間に、俺は俺の準備を進める。
ゲマとの戦いまでにやれることは、まだある。
しばらくして、宿屋の外から子どもたちの声が聞こえた。
楽しそうな声ではない。
はやし立てるような声。
小さな獣の鳴き声。
それから、ビアンカの怒った声。
「やめなさいよ!」
始まったか。
俺は寝台の上で目を開けた。
すぐに飛び出すこともできる。
だが、ここは二人の場面だ。
リュカ。
自分で見て、自分で決めろ。
しばらくして、足音が宿へ戻ってきた。
ビアンカの声がする。
「リュカ、約束だからね」
「うん……でも、夜に行くの?」
「当たり前でしょ。お化けは夜に出るんだから」
リュカの返事は少し小さい。
怖いのだろう。
それでいい。
怖くない冒険なんて、冒険ではない。
部屋の扉が少しだけ開いた。
リュカが中を覗く。
「おとうさん?」
俺は目を閉じたまま、少し遅れて返事をした。
「……リュカか」
「だいじょうぶ?」
「ああ。少し休めばいい」
「風邪?」
「たぶんな」
リュカの顔が曇る。
胸が痛む。
だが、ここで元気に起き上がれば、夜の冒険は消える。
それはリュカのためにならない。
「心配しなくていい。今日は早く休みなさい」
「うん」
リュカはまだ何か言いたそうだった。
だが、結局小さく頷いて、扉を閉めた。
足音が遠ざかる。
俺は天井を見上げた。
ここからは時間との勝負だ。
リュカとビアンカは、夜になれば動く。
俺はその少し後に動く。
見守る父親として。
そして、未来を変える男として。
眠ったふりをしながら、俺は次に向かう場所を頭の中で思い浮かべた。
ルラフェン。
煙突の曲がった家。
ベネットじいさんの研究室。
次は、リレミトだ。