ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
ベネットじいさんの家へ戻ると、部屋の中は相変わらず散らかっていた。
本。
紙。
瓶。
用途の分からない道具。
その中を、じいさんは迷いなく歩いていく。
「座れ」
「ああ」
俺は椅子に腰を下ろした。
レヌール城のことは気になる。
リュカとビアンカが、今どこまで進んでいるのかも分からない。
だが、ここで聞くべき話がある。
ベネットじいさんは、俺の腰の剣を指さした。
「おぬし、呪文は覚えが悪いわけではない」
「そうなのか?」
「ルーラもリレミトも、普通なら一晩で形になるものではないわい」
それは、パパスの身体のおかげだろう。
俺自身の才能かどうかは怪しい。
だが、ベネットじいさんは首を横に振った。
「じゃが、おぬしは呪文使い向きではない」
「どういう意味だ?」
「魔力を外へ放つより、身体の中で回す方が向いておる。もっと言えば、剣へ通す方がよい」
剣へ魔力を通す。
俺は剣の柄に触れた。
「剣に呪文をかけるのか」
「少し違う。呪文を飛ばすのではない。魔力を刃に流し、剣そのものの力を底上げするんじゃ」
魔法剣。
頭の中に、その言葉が浮かんだ。
炎をまとった剣。
雷を宿した斬撃。
ただの力では届かない敵へ、魔力を乗せて斬る技。
もし、それが使えるなら。
ゲマの炎。
マホカンタ。
ジャミとゴンズ。
対処できるものが増える。
「できるのか?」
「仕組みだけなら教えられる」
「仕組みだけ?」
「わしは剣士ではない。実際に剣を振るのはおぬしじゃ。魔力をどう刃に乗せるか、どの瞬間に流すかは、戦いの中で掴むしかない」
理論は教える。
実践は自分で身につけろ。
厳しいが、分かりやすい。
「まず、手のひらに魔力を集める」
ベネットじいさんは、自分の手を開いて見せた。
「そこから剣の柄へ流す。柄から刃へ。刃の先まで通す。ただし、流しすぎるな。剣が耐えられん」
「剣が壊れるのか」
「壊れる。おぬしの腕もな」
「怖いことばかり言うな」
「本当のことじゃ」
じいさんは笑う。
俺は笑えなかった。
だが、必要だ。
剣に魔力を通す。
ただ斬るだけではなく、魔力を乗せて斬る。
それができれば、パパスの戦い方に合う。
俺は魔法使いになりたいわけではない。
父親として、戦士として、息子の前に立つための力が欲しい。
「覚えておく」
「覚えるだけでは足りん。振れ。何度もな。ただし、今夜ここで剣を振るなよ。家が壊れる」
「分かった」
「分かっておる顔ではないのう」
失礼な話だ。
だが、否定しきれない。
ベネットじいさんは次に、机の上の紙を一枚手に取った。
「それと、もう一つじゃ」
「まだあるのか」
「おぬしの話を聞いて、少し思いついた」
「何を?」
「炎や吹雪を、まともに受けずに弱める呪文じゃ」
俺は息を止めた。
炎や吹雪を弱める呪文。
その言葉だけで、頭の中に一つの名前が浮かぶ。
フバーハ。
「……フバーハ、か」
「ふばーは?」
ベネットじいさんが眉をひそめた。
「なんじゃ、それは」
しまった。
口に出していた。
だが、ごまかすより使った方がいい。
「俺の知る限り、炎や吹雪の勢いを弱める呪文に、そういうものがある。仲間全員を包むように守る呪文だ」
「全員じゃと?」
ベネットじいさんの目が鋭くなる。
「面白い。じゃが、いきなりそこまでは無理じゃな」
「無理か」
「無理じゃ。まずは一人を守る形からじゃ。範囲を広げるのは、それが形になってからでよい」
一人を守る。
バーハ。
今度は、その名前が頭に浮かんだ。
「それでもいい」
「よかろう。一週間後に来い。それまでに形にしておく」
「一週間か」
「急かすな。炎や吹雪を弱める結界など、そう簡単に作れるものではないわい」
「分かった」
「ただし、期待しすぎるな。完全に消す呪文ではない。弱めるだけじゃ」
「十分だ」
ゲマの炎。
あれを完全に消せなくてもいい。
少しでも弱められるなら、それだけで未来は変わる。
俺は立ち上がった。
「ベネット殿」
「なんじゃ」
「助かる」
「礼は完成してから言え」
「ああ」
家を出ると、夜の空気が肌を刺した。
ルーラ。
リレミト。
剣に魔力を通す仕組み。
そして、一週間後のバーハ。
手札は少しずつ増えている。
だが、まだ足りない。
ゲマとの戦いまでに、やれることはまだある。
俺はルラフェンの町の外へ出た。
アルカパ。
宿屋。
眠っていることになっている俺の部屋。
そして、レヌール城へ向かったリュカとビアンカ。
「ルーラ」
風が巻く。
次に足が地面を踏んだ時、俺はアルカパの町の外に立っていた。
夜はまだ終わっていない。
遠く、丘の上にレヌール城の影が見える。
俺は城の方角を見つめ、剣の柄にそっと手を置いた。
リュカ。
ビアンカ。
父さんは、ここにいる。