ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第16話『帰る勇気』

 アルカパの町の外に立つと、夜風が少し強くなっていた。

 

 遠くの丘の上に、レヌール城の影が見える。

 

 黒い壁。

 崩れた塔。

 月明かりに照らされた古い城。

 

 リュカとビアンカは、あそこにいる。

 

 俺は剣の柄に手を置き、ゆっくりと歩き出した。

 

 近づきすぎてはいけない。

 二人に見つかれば、冒険はそこで終わる。

 

 だが、遠すぎてもいけない。

 何かあった時に間に合わなければ、見守る意味がない。

 

 丘の下、木々の影に身を置く。

 

 城の窓に、小さな灯りが揺れていた。

 

 松明か。

 それとも、二人が持っている明かりか。

 

 風に混じって、かすかな声が聞こえた気がした。

 

 ビアンカの声。

 リュカの声。

 

 はっきりとは分からない。

 

 だが、二人は進んでいる。

 

 俺は足を止めた。

 

 今すぐ中へ入ることはできる。

 魔物を倒し、仕掛けを壊し、子ネコを助け出すこともできるだろう。

 

 だが、それは俺の冒険だ。

 

 リュカの冒険ではない。

 ビアンカの冒険でもない。

 

 城の中で、鈍い音が響いた。

 

 俺は反射的に一歩踏み出す。

 

 だが、その直後にビアンカの声が聞こえた。

 

「リュカ、こっち!」

 

 続いて、リュカの返事。

 

「う、うん!」

 

 まだ大丈夫だ。

 

 怖がっている。

 迷っている。

 それでも、自分たちで動いている。

 

 なら、まだ見守る。

 

 俺は木陰から城を見上げた。

 

 その時、背後の草むらが揺れた。

 

 魔物だ。

 

 月明かりの中に、小さな影がいくつか現れる。

 

 城の周りにも魔物はいる。

 二人が帰る道に出られても困る。

 

 俺は静かに剣を抜いた。

 

 音を立てないように、短く踏み込む。

 一体を柄で打つ。

 もう一体の足を払う。

 

 必要以上に騒がせない。

 

 リュカたちの冒険を邪魔する魔物だけを、外側で片づける。

 

 剣を振りながら、ベネットじいさんの言葉を思い出した。

 

 魔力を外へ放つより、剣へ通す方が向いている。

 

 剣へ、魔力を通す。

 

 俺は手のひらに意識を向けた。

 

 柄。

 刃。

 切っ先。

 

 身体の中を巡る何かを、剣へ流す。

 

 次の一振りで、刃がわずかに重くなった気がした。

 

 魔物の影が、草の上に転がる。

 

 今のは、ただの力ではなかった。

 

 だが、まだ掴めない。

 

 柄を握る手に残った感覚を、俺は黙って確かめた。

 

 城の中から、今度ははっきりと悲鳴が聞こえた。

 

 ビアンカだ。

 

 俺は迷わず城へ向かって走り出しかけた。

 

 だが、すぐに足を止める。

 

 悲鳴の後、足音が聞こえた。

 

 二つ。

 

 こちらへ向かってくる。

 

 逃げている。

 

 いや、戻ってきている。

 

 城の門の方から、リュカとビアンカが飛び出してきた。

 

 二人とも息を切らしている。

 服は少し汚れ、顔には疲れが見える。

 

 リュカは片手にひのきのぼうを握っていた。

 ビアンカは悔しそうに城を振り返っている。

 

「……今日は、無理」

 

 ビアンカが小さく言った。

 

「でも、あの子ネコ……」

 

「明日、もう一回行くわ。ちゃんと準備して」

 

 リュカは黙って頷いた。

 

 怖くて逃げたのではない。

 

 勝てないと分かった。

 準備が足りないと分かった。

 

 だから戻る。

 

 それは、悪い判断ではない。

 

 むしろ、必要な判断だ。

 

 二人は丘を下り、アルカパへ向かって歩き出した。

 

 俺は木陰に身を隠したまま、その背中を見送る。

 

 リュカは何度も城を振り返っていた。

 ビアンカも同じだ。

 

 悔しいのだろう。

 

 それでいい。

 

 悔しさは、次に進む力になる。

 

 俺は二人より先に町へ戻るため、少し遠回りして走った。

 

 宿屋の裏口から入り、自分の部屋へ戻る。

 寝台に横になり、布を整え、呼吸をゆっくりにする。

 

 少しして、廊下に小さな足音が戻ってきた。

 

 二つ。

 

 リュカとビアンカだ。

 

「……今日は、だめだったね」

 

「うん」

 

「でも、明日はちゃんと行くわよ」

 

「うん。準備してから」

 

 その言葉を聞いて、俺は目を閉じたまま息を吐いた。

 

 そうだ。

 

 準備してから行け。

 

 勝てない相手に突っ込むだけが勇気じゃない。

 帰ること。

 考えること。

 もう一度やり直すこと。

 

 それも、冒険に必要な力だ。

 

 足音が遠ざかる。

 

 二人が部屋へ戻ったのを確認してから、俺は再び起き上がった。

 

 まだ夜は終わっていない。

 

 リュカたちは、自分たちの未熟さを知った。

 なら、俺も俺の未熟さを埋める。

 

 剣を手に取る。

 

 魔力を通す感覚。

 リレミトの感覚。

 ルーラの精度。

 

 鍛えることは山ほどある。

 

 昼は寝ていればいい。

 

 今の俺は、風邪で寝込んでいることになっているのだから。

 

 俺は静かに窓を開け、夜のアルカパへ身を滑らせた。

 

 ゲマとの戦いまでに、やれることはまだある。

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