ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第17話『故国の山へ』

 二人が部屋へ戻ったのを確認してから、俺はしばらく動かなかった。

 

 廊下は静かだ。

 宿屋の中も、もう眠っている。

 

 リュカとビアンカは、今日の冒険を途中で終えた。

 

 勝てなかった。

 準備が足りなかった。

 だから帰ってきた。

 

 それでいい。

 

 生きて戻る判断ができるなら、次がある。

 

 俺は寝台から身を起こした。

 

 ルーラ。

 リレミト。

 剣へ魔力を通す理屈。

 

 手札は増えた。

 

 だが、それだけでゲマに勝てるわけがない。

 

 あいつは、知識だけで倒せる相手ではない。

 準備だけで越えられる相手でもない。

 

 最後に必要になるのは、俺自身の強さだ。

 

 経験値。

 

 その言葉が、ひどく現実的に頭へ浮かぶ。

 

 アルカパ周辺の魔物では足りない。

 レヌール城の周りも違う。

 あそこはリュカとビアンカの冒険の場所だ。

 

 なら、行く場所は決まっている。

 

 俺は荷物を整え、剣を腰に差した。

 窓を開け、夜の空気を吸う。

 

 行き先を思い浮かべる。

 

 高い山。

 険しい道。

 雲に近い城。

 

 グランバニア。

 

 パパスの故国。

 

「ルーラ」

 

 風が巻いた。

 

 次に足が地面を踏んだ時、空気が変わっていた。

 

 冷たい。

 薄い。

 アルカパの夜とはまるで違う。

 

 目の前には、夜の山道が広がっている。

 遠く、高みにグランバニアの城が見えた。

 

 石の城壁。

 揺れる灯り。

 かつてパパスが治めていた国。

 

 胸の奥が、少しだけ軋む。

 

 俺の記憶ではない。

 だが、この身体は覚えているのだろう。

 

 帰るべき場所。

 戻れなかった場所。

 

 だが、今は違う。

 

 王として帰るために来たのではない。

 城へ入るつもりもない。

 

 今夜ここへ来た理由は一つだ。

 

 強くなる。

 

 俺は城に背を向け、山の洞窟へ向かった。

 

 入口から漂う空気は重かった。

 

 アルカパ周辺の草地とは違う。

 ここにいる魔物は、明らかに格が違う。

 

 足を踏み入れた瞬間、壁の奥から気配が動いた。

 

 最初に飛び出してきたのは、ドラゴンマッドだった。

 

 巨大な爪が、石床を削りながら迫る。

 俺は剣を抜き、正面から受け止めた。

 

 重い。

 

 力任せでは押し切れない。

 

 剣を合わせ、足をずらし、力を逃がす。

 続けて踏み込み、胴へ打ち込む。

 

 ドラゴンマッドが倒れる。

 

 だが、すぐに次が来た。

 

 暗がりから、ミニデーモンが杖を構える。

 

「イオナズン!」

 

 叫び声だけが洞窟に響いた。

 

 何も起きない。

 

 ……そうだった。

 こいつは、MPが足りない。

 

 だが、笑っている暇はない。

 

 ミニデーモンの杖の先に、今度は赤い光が集まった。

 

 メラミ。

 

 こちらは来る。

 

 俺は剣を構え直した。

 

 避けるだけなら簡単だ。

 だが、それでは意味がない。

 

 剣へ魔力を通す。

 

 ベネットじいさんの言葉を思い出す。

 

 魔力を外へ放つのではなく、刃へ流す。

 剣を、身体の延長として扱う。

 

 赤い火球が迫る。

 

 俺は踏み込み、刃を合わせた。

 

 衝撃。

 熱。

 腕に響く重さ。

 

 完全には受けきれない。

 火球は弾け、熱が頬を焼いた。

 

 だが、直撃ではない。

 

 今の感覚を忘れるな。

 

 俺はそのまま距離を詰め、ミニデーモンを斬り伏せた。

 

 奥から、別の熱が迫る。

 

 ほのおのせんし。

 

 揺らめく身体が、洞窟の闇を赤く照らしている。

 

 火の息が吹きつけた。

 

 俺は身を沈め、横へ抜ける。

 

 熱い。

 

 ただの火ではない。

 魔物の吐く炎は、空気ごと押し寄せてくる。

 

 ゲマの炎は、これよりさらに厄介だろう。

 

 なら、慣れろ。

 

 恐れるな。

 見ろ。

 感じろ。

 どこから来る。

 どこへ流れる。

 

 剣を振る。

 ほのおのせんしが崩れる。

 

 息を吐く間もなく、今度はメッサーラが姿を見せた。

 

 嫌な気配が広がる。

 

 魔力の流れが乱されるような、不快な感覚。

 

 じっくり相手をしている暇はない。

 

 俺は一気に踏み込み、剣を振り下ろした。

 

 ここなら、修行になる。

 

 油断すれば傷を負う。

 気を抜けば囲まれる。

 呪文も息も、肉弾も来る。

 

 ただ剣が強いだけでは足りない。

 ただ知識があるだけでも足りない。

 

 身体に覚え込ませろ。

 

 戦え。

 考えろ。

 積み上げろ。

 

 さらに奥へ進んだ時、視界の端に銀色のものが跳ねた。

 

 小さい。

 ぬるりとした光沢。

 

 はぐれメタル。

 

 いた。

 

 反射的に身体が動いた。

 

 逃がすな。

 

 正面から追うだけでは駄目だ。

 逃げる方向を読む。

 

 通路の曲がり角。

 狭い岩の隙間。

 そこへ逃げようとしている。

 

 俺は一歩先へ回り込み、剣を振った。

 

 刃がかすった。

 

 硬い。

 

 手に嫌な感触が残る。

 だが、浅い。

 

 はぐれメタルは体を震わせ、次の瞬間、銀色の影となって消えた。

 

 逃げられた。

 

「……速いな」

 

 思わず声が漏れる。

 

 分かっていた。

 ゲームでも、こいつには何度も逃げられた。

 

 だが、現実で逃げられると、想像以上に悔しい。

 

 俺は剣を握り直した。

 

 一匹逃げられたくらいで終われるか。

 

 洞窟の奥を巡る。

 

 ドラゴンマッドを倒す。

 ミニデーモンのメラミを受け流す。

 ほのおのせんしの息をかわす。

 メッサーラを早めに潰す。

 

 そして、銀色の影を探す。

 

 二度目に出会ったはぐれメタルは、一撃で逃げた。

 

 三度目は二体。

 

 片方はすぐに逃げた。

 

 もう片方が、ほんのわずかに遅れた。

 

 そこだ。

 

 俺は剣を振る。

 

 力ではない。

 速さだけでもない。

 

 逃げる先を塞ぐ。

 

 刃が銀色の身体を捉えた。

 

 甲高い音が洞窟に響く。

 

 はぐれメタルが跳ねた。

 もう一度、逃げようとする。

 

 俺は踏み込み、二撃目を叩き込んだ。

 

 銀色の身体が震え、弾けるように消えた。

 

 倒した。

 

 直後、身体の奥に熱が広がる。

 

 ただの疲労ではない。

 何かが流れ込んでくるような感覚。

 

 経験値。

 

 ゲームの画面で見ていた数字ではない。

 この身体に、確かに積み上がっていくもの。

 

 俺はしばらく、剣を下ろしたまま息を吐いた。

 

 これだ。

 

 この積み重ねが必要なんだ。

 

 知っているだけの男では足りない。

 パパスの身体に頼っているだけでも足りない。

 

 俺自身が、この身体で強くならなければならない。

 

 さらに一体。

 もう一体。

 

 逃げられる。

 追う。

 囲まれそうになれば退く。

 通常の魔物を片づけ、また探す。

 

 時間が削れていく。

 

 だが、無限に続けるわけにはいかない。

 

 洞窟の外の空気が、わずかに変わった気がした。

 夜明けが近い。

 

 これ以上は危ない。

 

 昼には、俺は風邪で寝込んでいる父親に戻る必要がある。

 

 俺は洞窟の出口へ向かう流れを思い浮かべた。

 

 通路。

 坂道。

 入口。

 外の冷たい風。

 

「リレミト」

 

 身体が軽くなる。

 

 次に足が地面を踏んだ時、洞窟の外に出ていた。

 

 夜明け前の山風が、汗を冷やす。

 

 遠くに、グランバニアの城が見えた。

 

 今はまだ帰らない。

 

 俺は城へ背を向け、アルカパを思い浮かべる。

 

 宿屋。

 寝台。

 風邪で眠っていることになっている俺。

 

「ルーラ」

 

 風が巻いた。

 

 次に目を開けた時、アルカパの町の外だった。

 

 空は白み始めている。

 

 急がなければならない。

 

 宿屋の裏から戻り、部屋へ滑り込む。

 剣を置き、荷物を隠し、寝台に倒れ込む。

 

 身体は重い。

 全身が熱を持っている。

 だが、それは病ではない。

 

 戦った疲れだ。

 

 得たものがある疲れだ。

 

 昼は眠ればいい。

 

 今の俺は、風邪で寝込んでいることになっているのだから。

 

 目を閉じる。

 

 リュカ。

 ビアンカ。

 

 お前たちは、お前たちの準備をしろ。

 

 父さんも、父さんの準備をする。

 

 ゲマとの戦いまでに、やれることはまだある。

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