ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
朝になった。
窓の外から、アルカパの町の声が聞こえる。
商人の呼び込み。
馬車の音。
宿屋の一階を行き交う足音。
俺は寝台の上で目を閉じていた。
眠っているふりではない。
半分は、本当に眠っていた。
昨夜は動きすぎた。
ルラフェン。
リレミト。
剣に魔力を通す理屈。
グランバニア山の洞窟。
はぐれメタル。
得たものはある。
だが、身体は正直だった。
重い。
眠い。
全身が鈍く痛む。
風邪ではない。
だが、風邪で寝込んでいることにするには、ちょうどいい疲れだった。
扉の外で、小さな足音が止まる。
「おとうさん?」
リュカの声だ。
俺は少し間を置いてから、返事をした。
「……リュカか」
「入っていい?」
「ああ」
扉が開く。
リュカがそっと顔を出した。
その後ろに、ビアンカもいる。
二人とも、昨日より少しだけ表情が引き締まっていた。
怖い目に遭った子どもの顔だ。
それでも、もう一度行こうとしている子どもの顔でもある。
「おとうさん、具合どう?」
「少し休めば大丈夫だ」
「まだ寝てた方がいいよ」
「ああ。そうする」
ビアンカが腰に手を当てる。
「おじさま、無理しちゃだめよ。大人なんだから」
「そうだな」
年上ぶった言い方に、少し笑いそうになった。
だが、ビアンカの目は真剣だった。
この子も、昨夜で思い知ったのだろう。
勢いだけでは進めない。
怖いものは怖い。
勝てない時は勝てない。
それでも、助けたいものがある。
「二人とも、昨日は遅かったのか」
俺がそう言うと、リュカが少し肩を跳ねさせた。
ビアンカも目をそらす。
分かりやすい。
「えっと……」
「怒っているわけではない」
俺は上体を起こしかけて、わざと少し咳をした。
リュカが慌てて近づこうとする。
「おとうさん」
「大丈夫だ。近づきすぎなくていい」
俺は手で制した。
病人のふりをしている以上、ここは近づかせない方がいい。
「昨日、何かあったのか」
リュカは黙った。
ビアンカが代わりに口を開く。
「……レヌール城に行ったの」
「ビアンカ」
「言った方がいいわ。嘘つくのはよくないもの」
ビアンカは少し悔しそうに唇を結んだ。
「でも、途中で帰ってきた。怖かったし、魔物もいたし、準備も足りなかったから」
「そうか」
俺は短く答えた。
リュカは叱られると思ったのか、ひのきのぼうを握る手に力を入れている。
「リュカ」
「はい」
「帰ってきたのは、悪いことではない」
リュカが顔を上げる。
「え?」
「勝てないと思ったなら、戻る。準備が足りないと思ったなら、やり直す。それは大事なことだ」
ビアンカもこちらを見た。
「逃げたのに?」
「生きて戻ったなら、次がある」
俺はリュカとビアンカを順に見た。
「無理をして進むだけが勇気ではない。戻る判断も、冒険には必要だ」
リュカは黙って聞いていた。
昨日の夜、城から戻ってきた時の顔を思い出す。
悔しそうだった。
怖そうだった。
でも、折れてはいなかった。
それでいい。
「もう一度行くなら、準備してから行きなさい」
リュカが小さく頷く。
「うん。薬草を買う」
「あと、ちゃんと作戦も考えるわ」
ビアンカが言う。
「昨日は、勢いで行きすぎたもの」
「そうだな」
俺は頷いた。
「道具を確かめる。逃げ道を考える。無理なら戻る。二人だけなら、なおさらだ」
「おとうさんは……来ないの?」
リュカが不安そうに聞いた。
俺は少しだけ黙った。
行ける。
行けば、すぐに終わる。
だが、それでは意味がない。
「父さんは、今日は休む」
「そっか……」
「だが、約束しなさい」
リュカが姿勢を正す。
「危ないと思ったら戻ること。ビアンカを置いていかないこと。一人で無理をしないこと」
「うん」
「ビアンカもだ」
「わ、わたしも?」
「ああ。年上だからといって、全部背負わなくていい」
ビアンカは少し驚いた顔をした。
それから、照れたように頷く。
「……うん。分かった」
「なら、行ってきなさい。準備をしっかりしてからだ」
二人は顔を見合わせた。
昨日とは違う。
ただ怖いもの知らずに進むのではない。
考えて、備えて、それでも行く。
それなら、いい。
「おとうさん、ちゃんと寝ててね」
「ああ」
「おじさまも、早く良くなってね」
「ありがとう」
二人は部屋を出ていった。
扉が閉まる。
俺はゆっくりと息を吐いた。
これでいい。
攻略法を教えすぎてはいけない。
敵の正体も、城の仕掛けも、親分のことも言わない。
これは二人の冒険だ。
ただし、何も渡さないわけではない。
準備すること。
戻ること。
無理をしないこと。
それだけは、父親として渡しておく。
しばらくして、窓の外から二人の声が聞こえた。
薬草を買うだの、道を確認するだの、そんな話をしている。
俺は寝台に身体を沈めた。
昼は眠る。
今夜、二人はもう一度レヌール城へ向かう。
その時、俺もまた動く。
見守るために。
必要なら、助けるために。
そして、その前に少しでも身体を戻すために。
俺は目を閉じた。
ゲマとの戦いまでに、やれることはまだある。
だが今は、眠る。
父親として。
病人のふりをした、父親として。