ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第18話『準備してから』

 朝になった。

 

 窓の外から、アルカパの町の声が聞こえる。

 

 商人の呼び込み。

 馬車の音。

 宿屋の一階を行き交う足音。

 

 俺は寝台の上で目を閉じていた。

 

 眠っているふりではない。

 半分は、本当に眠っていた。

 

 昨夜は動きすぎた。

 

 ルラフェン。

 リレミト。

 剣に魔力を通す理屈。

 グランバニア山の洞窟。

 はぐれメタル。

 

 得たものはある。

 

 だが、身体は正直だった。

 

 重い。

 眠い。

 全身が鈍く痛む。

 

 風邪ではない。

 

 だが、風邪で寝込んでいることにするには、ちょうどいい疲れだった。

 

 扉の外で、小さな足音が止まる。

 

「おとうさん?」

 

 リュカの声だ。

 

 俺は少し間を置いてから、返事をした。

 

「……リュカか」

 

「入っていい?」

 

「ああ」

 

 扉が開く。

 

 リュカがそっと顔を出した。

 その後ろに、ビアンカもいる。

 

 二人とも、昨日より少しだけ表情が引き締まっていた。

 

 怖い目に遭った子どもの顔だ。

 それでも、もう一度行こうとしている子どもの顔でもある。

 

「おとうさん、具合どう?」

 

「少し休めば大丈夫だ」

 

「まだ寝てた方がいいよ」

 

「ああ。そうする」

 

 ビアンカが腰に手を当てる。

 

「おじさま、無理しちゃだめよ。大人なんだから」

 

「そうだな」

 

 年上ぶった言い方に、少し笑いそうになった。

 

 だが、ビアンカの目は真剣だった。

 

 この子も、昨夜で思い知ったのだろう。

 

 勢いだけでは進めない。

 怖いものは怖い。

 勝てない時は勝てない。

 

 それでも、助けたいものがある。

 

「二人とも、昨日は遅かったのか」

 

 俺がそう言うと、リュカが少し肩を跳ねさせた。

 

 ビアンカも目をそらす。

 

 分かりやすい。

 

「えっと……」

 

「怒っているわけではない」

 

 俺は上体を起こしかけて、わざと少し咳をした。

 

 リュカが慌てて近づこうとする。

 

「おとうさん」

 

「大丈夫だ。近づきすぎなくていい」

 

 俺は手で制した。

 

 病人のふりをしている以上、ここは近づかせない方がいい。

 

「昨日、何かあったのか」

 

 リュカは黙った。

 

 ビアンカが代わりに口を開く。

 

「……レヌール城に行ったの」

 

「ビアンカ」

 

「言った方がいいわ。嘘つくのはよくないもの」

 

 ビアンカは少し悔しそうに唇を結んだ。

 

「でも、途中で帰ってきた。怖かったし、魔物もいたし、準備も足りなかったから」

 

「そうか」

 

 俺は短く答えた。

 

 リュカは叱られると思ったのか、ひのきのぼうを握る手に力を入れている。

 

「リュカ」

 

「はい」

 

「帰ってきたのは、悪いことではない」

 

 リュカが顔を上げる。

 

「え?」

 

「勝てないと思ったなら、戻る。準備が足りないと思ったなら、やり直す。それは大事なことだ」

 

 ビアンカもこちらを見た。

 

「逃げたのに?」

 

「生きて戻ったなら、次がある」

 

 俺はリュカとビアンカを順に見た。

 

「無理をして進むだけが勇気ではない。戻る判断も、冒険には必要だ」

 

 リュカは黙って聞いていた。

 

 昨日の夜、城から戻ってきた時の顔を思い出す。

 

 悔しそうだった。

 怖そうだった。

 でも、折れてはいなかった。

 

 それでいい。

 

「もう一度行くなら、準備してから行きなさい」

 

 リュカが小さく頷く。

 

「うん。薬草を買う」

 

「あと、ちゃんと作戦も考えるわ」

 

 ビアンカが言う。

 

「昨日は、勢いで行きすぎたもの」

 

「そうだな」

 

 俺は頷いた。

 

「道具を確かめる。逃げ道を考える。無理なら戻る。二人だけなら、なおさらだ」

 

「おとうさんは……来ないの?」

 

 リュカが不安そうに聞いた。

 

 俺は少しだけ黙った。

 

 行ける。

 

 行けば、すぐに終わる。

 

 だが、それでは意味がない。

 

「父さんは、今日は休む」

 

「そっか……」

 

「だが、約束しなさい」

 

 リュカが姿勢を正す。

 

「危ないと思ったら戻ること。ビアンカを置いていかないこと。一人で無理をしないこと」

 

「うん」

 

「ビアンカもだ」

 

「わ、わたしも?」

 

「ああ。年上だからといって、全部背負わなくていい」

 

 ビアンカは少し驚いた顔をした。

 

 それから、照れたように頷く。

 

「……うん。分かった」

 

「なら、行ってきなさい。準備をしっかりしてからだ」

 

 二人は顔を見合わせた。

 

 昨日とは違う。

 

 ただ怖いもの知らずに進むのではない。

 考えて、備えて、それでも行く。

 

 それなら、いい。

 

「おとうさん、ちゃんと寝ててね」

 

「ああ」

 

「おじさまも、早く良くなってね」

 

「ありがとう」

 

 二人は部屋を出ていった。

 

 扉が閉まる。

 

 俺はゆっくりと息を吐いた。

 

 これでいい。

 

 攻略法を教えすぎてはいけない。

 敵の正体も、城の仕掛けも、親分のことも言わない。

 

 これは二人の冒険だ。

 

 ただし、何も渡さないわけではない。

 

 準備すること。

 戻ること。

 無理をしないこと。

 

 それだけは、父親として渡しておく。

 

 しばらくして、窓の外から二人の声が聞こえた。

 

 薬草を買うだの、道を確認するだの、そんな話をしている。

 

 俺は寝台に身体を沈めた。

 

 昼は眠る。

 

 今夜、二人はもう一度レヌール城へ向かう。

 

 その時、俺もまた動く。

 

 見守るために。

 必要なら、助けるために。

 

 そして、その前に少しでも身体を戻すために。

 

 俺は目を閉じた。

 

 ゲマとの戦いまでに、やれることはまだある。

 

 だが今は、眠る。

 

 父親として。

 病人のふりをした、父親として。

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