ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第19話『城の裏側』

 夜になった。

 

 アルカパの宿屋は静まり、廊下の明かりも落ちている。

 

 俺は寝台の上で目を閉じていた。

 

 眠っているふりだ。

 

 だが、身体の疲れはまだ残っている。

 

 グランバニア山の洞窟。

 ドラゴンマッド。

 ミニデーモン。

 ほのおのせんし。

 はぐれメタル。

 

 得たものはあった。

 

 それでも、休めばすぐ全快というわけではない。

 この身体は強い。

 だが、無限ではない。

 

 廊下の向こうで、小さな足音がした。

 

「リュカ、起きてる?」

 

「うん」

 

「薬草、持った?」

 

「持った」

 

「昨日みたいに、慌てちゃだめよ」

 

「ビアンカもね」

 

「わ、わたしは大丈夫よ」

 

 二人の声は小さい。

 

 だが、昨日とは違う。

 

 勢いだけではない。

 怖さを知った声だ。

 それでも進もうとする声だ。

 

 扉の前で、足音が止まった。

 

「おとうさん、寝てるかな」

 

「寝てるわよ。ちゃんと早く帰って、安心させてあげましょ」

 

「うん」

 

 足音が遠ざかる。

 

 宿屋の戸が、静かに閉まった。

 

 少し待つ。

 

 すぐに追えば、見つかる。

 遅すぎれば、間に合わない。

 

 俺はゆっくりと起き上がった。

 

 寝台の布を整える。

 荷物を隠す。

 窓から外の様子を確かめる。

 

 通りの先に、リュカとビアンカの背中が見えた。

 

 昨日より歩くのが遅い。

 

 道を確かめている。

 周りを見ている。

 何度も袋の中を確認している。

 

 いい。

 

 準備してから進む。

 

 それだけで、昨日とは違う。

 

 俺は宿屋の裏から外へ出た。

 

 夜のアルカパを抜け、二人に気づかれない距離を保って追う。

 

 町の外は暗い。

 

 草むらが揺れる。

 遠くの丘の上に、レヌール城が見える。

 

 崩れかけた城壁。

 黒く沈んだ窓。

 月明かりに浮かぶ古城。

 

 子ども二人で向かうには、十分すぎるほど不気味だ。

 

 だが、二人は止まらなかった。

 

「昨日は、ここで走っちゃったよね」

 

「うん」

 

「今日は走らないわ。ちゃんと見ながら行くの」

 

「うん」

 

 ビアンカが先に立ち、リュカが続く。

 

 怖いのは同じだろう。

 それでも、昨日より少しだけ足取りが強い。

 

 城門の前で、二人は立ち止まった。

 

 ビアンカが深呼吸する。

 

「行くわよ、リュカ」

 

「うん」

 

 二人は城の中へ入っていった。

 

 扉の奥に、闇が飲み込むように広がる。

 

 俺は表の入口には向かわなかった。

 

 城の外壁沿いに回る。

 

 崩れた石壁。

 半分外れた格子。

 人が通るには狭いが、パパスの体なら無理やり入れる隙間がある。

 

 音を立てないよう、身体を滑り込ませた。

 

 中は冷えていた。

 

 古い石の匂い。

 湿った木材の匂い。

 そして、魔物の気配。

 

 レヌール城の中は、死んだ城ではない。

 

 悪意が住み着いている。

 

 遠くで、ビアンカの声がした。

 

「きゃっ!」

 

 俺は一瞬、動きかけた。

 

 だが、悲鳴はすぐに途切れる。

 続いてリュカの声。

 

「ビアンカ!」

 

 足音が走る。

 

 来たか。

 

 ここは、リュカが越える場所だ。

 

 ビアンカがさらわれる。

 リュカが一人になる。

 怖くても探しに行く。

 

 それを奪ってはいけない。

 

 俺は奥歯を噛み、別の通路へ向かった。

 

 ただし、放置はしない。

 

 リュカの背後を、白い影が追っていた。

 

 ゴースト。

 

 壁を抜けるように、すうっと近づいている。

 

 リュカは前しか見ていない。

 ビアンカを探すことで頭がいっぱいだ。

 

 その背中へ、ゴーストが手を伸ばす。

 

 俺は横の暗がりから踏み込んだ。

 

 声を出させる前に、斬る。

 

 手応えは薄い。

 だが、刃は通った。

 

 ゴーストの影がほどけ、冷たい空気だけが残る。

 

 リュカは気づかず、階段を駆け上がっていった。

 

 それでいい。

 

 今のは、あの子の冒険に混ざろうとした余計な影だ。

 

 俺は別の階段を使い、上へ回る。

 

 廊下の角で、青白い火が揺れた。

 

 ナイトウイプス。

 

 宙を漂う火の玉が、こちらへ向く。

 

 こいつは厄介だ。

 暗がりで子どもを脅かすには、十分すぎる。

 

 俺は息を整えた。

 

 剣に魔力を流す。

 

 手のひらから柄へ。

 柄から刃へ。

 刃の先へ。

 

 力を入れすぎるな。

 流しすぎるな。

 

 ナイトウイプスが飛びかかる。

 

 俺は半歩だけずれ、刃を振った。

 

 青白い火が裂ける。

 

 手に残った感覚は、昨日より少しだけはっきりしていた。

 

 ただ斬っただけではない。

 

 刃の通り道に、何かが乗った。

 

 まだ掴みきれない。

 だが、遠くはない。

 

 次の部屋に入った瞬間、床を這う音がした。

 

 スカルサーペント。

 

 骨の蛇が、石床をうねりながら迫る。

 

 狭い。

 

 広く剣を振れば壁に当たる。

 足元へ入られれば面倒だ。

 

 古代の遺跡も、広い場所ばかりではない。

 

 こういう戦い方も、覚えておく必要がある。

 

 俺は短く踏み込み、上から叩き潰した。

 

 骨が散る。

 

 その奥で、赤い小さな炎が揺れた。

 

 おばけキャンドルだ。

 

 蝋燭の身体がぴょんと跳ね、こちらへ火を向ける。

 

 炎が来る。

 

 俺は避けなかった。

 

 真正面から受けるつもりもない。

 

 剣を立てる。

 魔力を通す。

 炎の流れを見る。

 

 小さな火の玉が飛ぶ。

 

 ゲマのものとは比べ物にならない。

 だが、炎は炎だ。

 

 俺は刃を合わせた。

 

 熱が散る。

 

 完全ではない。

 火の粉が腕をかすめる。

 

 だが、直撃はしていない。

 

 もう一度。

 

 おばけキャンドルが二つ、三つと集まってくる。

 

 俺は一体を斬り、次の炎に刃を合わせた。

 

 力では駄目だ。

 速さだけでも駄目だ。

 

 炎に勝とうとするな。

 流れをずらせ。

 受け止めるのではなく、斬り分けろ。

 

 火花が闇に散った。

 

 腕が熱い。

 手のひらが痺れる。

 

 だが、感覚は残った。

 

 今のを忘れるな。

 

 遠くで、リュカの声が響いた。

 

「ビアンカ!」

 

 続いて、ビアンカの声。

 

「リュカ!」

 

 見つけたか。

 

 俺は壁際に身を寄せ、気配を消した。

 

 上階の方で、二人の足音が動いている。

 

 よかった。

 

 ここは、リュカが自分でたどり着いた。

 

 俺が連れていったのではない。

 俺が答えを教えたのでもない。

 

 ビアンカを助けに行ったのは、リュカだ。

 

 それでいい。

 

 だが、城はまだ終わらない。

 

 通路の先から、複数の気配が近づいていた。

 

 ゴースト。

 おばけキャンドル。

 ナイトウイプス。

 

 二人の声に引き寄せられたのか。

 

 リュカとビアンカが合流した直後に、まとめて襲われれば危ない。

 

 俺は闇の中で前へ出た。

 

 足は、いつでも踏み出せる。

 

 剣を構えるのではない。

 構える前に、動く。

 

 先頭のゴーストを斬る。

 横から来たおばけキャンドルの炎を、刃で散らす。

 ナイトウイプスの体当たりを肩でかわし、振り返りざまに落とす。

 

 声は出さない。

 

 音も最小限でいい。

 

 子どもたちの冒険に、父親の戦闘音はいらない。

 

 上の階で、ビアンカが言った。

 

「リュカ、あっちに明かりが見えるわ」

 

「行ってみよう」

 

 たいまつか。

 

 リュカとビアンカは、次へ進む。

 

 俺は下の暗がりに残り、残った魔物を見た。

 

 この城は、あの二人が越える。

 

 なら俺は、二人に見えない場所で、余計なものを斬る。

 

 それでいい。

 

 おばけキャンドルが、また火を揺らした。

 

 俺は息を吐く。

 

 剣へ魔力を通す。

 

 今度は、さっきより細く。

 さっきより深く。

 

 炎が飛ぶ。

 

 刃を合わせる。

 

 火花が割れた。

 

 まだ名前のない感覚が、腕の中に残る。

 

 掴め。

 

 ゲマの炎を斬るために。

 

 リュカを焼かせないために。

 

 何度でも、掴め。

 

 城の奥で、扉が軋む音がした。

 

 二人の冒険は、さらに奥へ進んでいる。

 

 俺もまた、闇の中を進んだ。

 

 表に出ないまま。

 父親だと知られないまま。

 

 この夜の裏側で、二人の道を守るために。

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