ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第2話になります!よろしくお願いします!


第2話『出会いと縁』

 足元から伝わる船の揺れが、少しずつ身体に馴染んできた。

 船室に閉じこもっていても、頭の中はまとまらない。

 俺は一度、外の空気を吸うために甲板へ出た。

 

 潮の匂い。

 波の音。

 遠くまで続く海。

 

 どこを見ても現代日本じゃない。

 夢でもない。

 俺は本当に、パパスになっている。

 

 太く逞しい腕。

 広い肩。

 厚い胸板。

 

 外側だけ見れば、頼れる父親そのものだ。

 けれど中身は、昨日まで普通に現代で生きていた男。

 最後の最後で、ようやく一度だけ動けた情けない人間だ。

 

 なのに今は、パパス。

 

 重い。

 この身体も。

 この名前も。

 これから背負う未来も。

 

「……おとうさん?」

 

 背後から、小さな声がした。

 

 振り返る。

 

 そこにいたのは、紫のターバンに、同じ色のマント。

 薄緑色の服を着た幼い男の子だった。

 

 来た。

 

 ゲームで何度も見てきた幼年期の主人公。

 何度も名前を付けた。

 何度も旅をさせた。

 何度も苦しい未来を見てきた。

 

 けれど今は違う。

 

 この子は画面の中の主人公じゃない。

 俺の前にいる。

 小さくて、不安そうで、俺を父親だと思って見上げている。

 

 俺の息子だ。

 

「どうした?」

 

 自分でも驚くくらい、声は低く、静かに出た。

 

「ゆれて……ねむれなくて……」

 

 息子はマントの端を小さな手で握っていた。

 船が揺れるたび、少しだけ肩が動く。

 

 かわいい。

 

 いや、待て。

 想像以上にかわいい。

 父性ってこういうものなのか。

 ゲームで見ていた時とは全然違う。

 

 守る。

 絶対に守る。

 奴隷なんかにさせない。

 大切な人たちと、理不尽に引き裂かれる未来なんか歩ませない。

 

「外の風に当たれば、少しは楽になるだろう。一緒に行くか?」

 

「……うん」

 

 小さな手が、俺の指を握った。

 

 温かい。

 

 ただそれだけで、この世界が本物なのだと分かってしまう。

 画面の向こう側じゃない。

 イベントでもない。

 この子は、ここにいる。

 

 俺は息子の歩幅に合わせて、ゆっくり甲板を歩いた。

 

 波が船体に当たる。

 船員たちが忙しそうに動いている。

 遠くでカモメの鳴き声がした。

 

 ここから始まる。

 サンタローズ。

 ビスタ港。

 レヌール城。

 妖精の村。

 ラインハット。

 

 知っている場所ばかりだ。

 でも、これからは知っている通りには進ませない。

 

 まずは、この船だ。

 

 ここには、もう一つ大事な出会いがある。

 

「……お父さまと、お散歩ですの?」

 

 柔らかい声がした。

 

 振り返ると、淡い水色の髪の少女が立っていた。

 小さな手でスカートの端を摘み、丁寧に会釈をしている。

 

 フローラ。

 

 幼い頃のフローラだ。

 

 リメイク版で見た船上イベント。

 ゲームの仕様を考えている場合じゃない。

 でも考えてしまう。

 だって目の前にいる。

 

 小さい。

 上品。

 かわいい。

 

 息子よ。

 この子が未来の花嫁候補の一人だぞ。

 

 言えるわけがない。

 そもそも今のお前は子どもだ。

 俺は父親だ。

 落ち着け。

 外側だけでも落ち着け。

 

「散歩のようなものだ」

 

 口から出た言葉はそれだけだった。

 

 よし。

 今のはパパスっぽい。

 たぶん大丈夫だ。

 中身は全然大丈夫じゃないけど。

 

 フローラの後ろに、立派な身なりの紳士が立っていた。

 

 ルドマン。

 

 サラボナの大富豪。

 フローラの父。

 将来、息子の結婚に関わる男。

 そして、天空の盾を持っている男。

 

 情報量が多い。

 

 多すぎる。

 

 この男を見た瞬間、頭の中に未来の出来事が一気に流れ込んでくる。

 

 フローラ。

 結婚。

 サラボナ。

 炎のリング。

 水のリング。

 天空の盾。

 

 そして、ブオーン。

 

 ルドマンの家に関わる巨大な災厄。

 未来で復活し、サラボナを襲う化け物。

 あれをどうにかできれば、ルドマンの信頼を得るには十分すぎる。

 

 だが、今それを言うか。

 

 言えるわけがない。

 

 初対面に近い相手に、あなたの家には天空の盾がありますよね、と言う。

 将来ブオーンが出ますよ、と言う。

 あなたの娘がうちの息子の花嫁候補になります、と言う。

 

 不審者だ。

 

 完全に不審者だ。

 

 いや、不審者どころじゃない。

 下手をすれば、未来を知っていること自体が原因で、もっと悪い方向へ変わるかもしれない。

 

 言いたい。

 ものすごく言いたい。

 けれど言えない。

 

 未来を変えたいのに、未来を知っていることを軽々しく話せない。

 面倒くさい。

 だが、そこを間違えたら終わる。

 

「パパスさん、でしたな。先程はご挨拶をどうも」

 

 ルドマンが穏やかに笑う。

 

 先程。

 そうか。

 俺が目覚める前のパパスが、すでに挨拶していたのか。

 

 助かった。

 少なくとも、完全な初対面ではない。

 だが油断するな。

 相手はただの金持ちじゃない。

 サラボナの大富豪だ。

 

 人を見る目もあるはずだ。

 

「こちらこそ。息子と共に世話になっている」

 

 短く返す。

 

 もっと丁寧に言うべきか。

 いや、パパスならこれくらいでいい。

 無駄にへりくだるのも違う。

 

 問題はここからだ。

 

 どうする。

 

 ここで少しでも縁を作りたい。

 未来で天空の盾が必要になる。

 盾がなければ、息子の旅は進まない。

 それどころか、俺が未来を変えたせいで、盾を得る流れそのものが消える可能性もある。

 

 結婚の流れをそのまま利用するのか。

 

 いや、息子の結婚を盾のための手段みたいに考えるのは嫌だ。

 父親として最悪だろ。

 でも原作では、あの流れで盾に近づく。

 なら、俺はどうする。

 

 グランバニア王家の者だと明かすか。

 

 いや。

 それは違う気がする。

 

 王家の名を出せば、ルドマンは無視できない。

 交渉もしやすい。

 天空の盾の話も聞きやすくなるかもしれない。

 

 でも、それは権力をかさに着ているように見えないか。

 

 パパスはそんな男じゃない。

 少なくとも、俺の知っているパパスは違う。

 頼るなら身分じゃない。

 信頼だ。

 

 ルドマンに、パパスという人間を覚えてもらう。

 まずはそこからだ。

 

 フローラが息子の方へ一歩近づいた。

 

「あなたのお名前を、うかがってもよろしいですか?」

 

 丁寧だ。

 幼いのに、すでにお嬢様として完成している。

 かわいい。

 これは将来、人気が出るのも分かる。

 

 息子が少しだけ俺を見上げた。

 それから、フローラの方へ向き直る。

 

「……リュカ」

 

 小さな声で、息子が名乗った。

 

 リュカ。

 

 その名前を聞いた瞬間、頭の中で本棚の記憶まで蘇った。

 

 公式小説版で、久美沙織先生がつけた名前。

 

 ゲームだけなら、プレイヤーが自由につけるはずの名前。

 けれど俺にとっては、ずっと馴染みのある名前だった。

 

 俺はゲームだけじゃない。

 小説版ドラゴンクエストも、全部持っていた。

 Ⅰも、Ⅱも、Ⅲも。

 久美沙織先生の天空シリーズ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵも。

 Ⅶの小説版だって読んだ。

 

 けれど、その中でもⅤは特別だった。

 

 親子三代。

 魔物との旅。

 花嫁の選択。

 奴隷の日々。

 石化。

 そして、家族を取り戻す物語。

 

 何度も遊んだ。

 何度も読んだ。

 何度も、あの場面で悔しい思いをした。

 

 リュカ。

 

 俺にとってその名前は、ただの主人公名じゃない。

 何度も見てきた、あの人生の名前だ。

 

 でも今、目の前でその名前を名乗ったこの子は、画面の中の主人公でも、小説の中の誰かでもない。

 

 俺の息子だ。

 

「リュカさん、ですのね」

 

 フローラは嬉しそうに微笑んだ。

 

「とても優しい響きのお名前ですわ」

 

 天使か。

 

 名前を褒めるだけでここまで空気を柔らかくできる子、なかなかいないぞ。

 さすがフローラ。

 幼い頃から人間力が高すぎる。

 

 息子は少し照れたように、俺の服の裾を握った。

 

 かわいい。

 

 息子もかわいい。

 フローラもかわいい。

 船上イベント、情報量が多すぎる。

 

 ルドマンが楽しそうに笑った。

 

「サラボナにお越しになることがあれば、どうぞ我が家へ。歓迎いたしますぞ、パパスさん」

 

 来た。

 

 これだ。

 

 この言葉は大事だ。

 ただの社交辞令にしてはいけない。

 ここで一つ、未来へ繋がる言葉を返す。

 

 天空の盾とは言わない。

 ブオーンとも言わない。

 グランバニア王とも言わない。

 

 でも、いつか話を聞いてもらえるようにする。

 

「ありがたく覚えておこう」

 

 まずは普通に返す。

 

 それから、少しだけ言葉を足した。

 

「ルドマン殿」

 

「はい、何でしょうかな?」

 

「いつの日か、貴殿に相談したいことができるかもしれん」

 

 ルドマンの目が、少しだけ真剣になった。

 

「私に、ですかな?」

 

「ああ。その時は、話だけでも聞いていただきたい」

 

 これが限界だ。

 

 今はこれ以上言えない。

 言えば、未来を知っていることに近づきすぎる。

 だが何も言わなければ、縁はただの挨拶で終わる。

 

 だから、これでいい。

 

 ルドマンは少し黙った後、穏やかに頷いた。

 

「ふむ。パパスさんは、不思議なことをおっしゃる」

 

「そうかもしれん」

 

「ですが、覚えておきましょう。あなたのような方からの相談なら、話を聞かぬわけにはいきますまい」

 

「感謝する」

 

 よし。

 

 小さな一歩だ。

 けれど確かに一歩だ。

 

 天空の盾。

 ブオーン。

 息子の未来。

 フローラとの縁。

 

 どれも今すぐ動かすには早すぎる。

 だが、種はまいた。

 この出会いを、ただの船上イベントで終わらせない。

 

 フローラが小さく手を振った。

 

「また……会えたら嬉しいですわ、リュカさん」

 

 リュカも小さく手を振り返す。

 

「うん」

 

 そのやり取りを見ていると、妙な気分になった。

 

 未来では、この二人が結婚する可能性もある。

 けれどそれは、今決めることじゃない。

 息子の人生は、息子のものだ。

 

 俺がするべきことは、選択肢を奪うことじゃない。

 守ること。

 未来を広げること。

 そして、あの最悪の運命を壊すことだ。

 

「おーい!そろそろサンタローズだぞー!」

 

 船員の声が甲板に響いた。

 

 リュカが俺の手を握ったまま、見上げてくる。

 

「……つくの?」

 

「ああ。今日からしばらく、そこが家になる」

 

「……うん!」

 

 笑った。

 

 それだけで、少し救われた気がした。

 

 サンタローズ。

 

 やがて焼かれる村。

 だが、そうはさせない。

 

 ここから始める。

 息子を守り、村を守り、マーサを助けるための準備を。

 

 ルドマンとの縁もできた。

 フローラとも出会った。

 そして何より、息子と手を繋いだ。

 

 転生?初日にしては、出来事が多すぎる。

 

 いや、俺の人生としては、まだ始まったばかりだ。

 

「行くぞ」

 

「うん、おとうさん」

 

 船は静かに波を切って進む。

 

 サンタローズ近くの港へ。

 

 未来を変えるための最初の一日が、ゆっくりと動き出していた。

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