ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
城の奥で、小さな明かりが揺れた。
たいまつだ。
リュカとビアンカは、それを手に入れたらしい。
闇の中を進むには、明かりがいる。
ただ歩くだけなら、俺が先に行けばいい。
だが、それでは意味がない。
二人が自分で怖がり、自分で考え、自分で進む。
この城は、そのための場所だ。
俺は壁の裂け目から、離れた廊下を見ていた。
「リュカ、足元見て」
「うん」
「薬草はまだ使わないで。もう少し我慢できる?」
「大丈夫」
昨日とは違う。
声に怖さはある。
だが、無駄に騒がない。
ビアンカは年上らしく前を見ている。
リュカも、ただついていくだけではない。
たいまつの明かりが、二人の影を石壁に伸ばしていた。
その背後で、別の影が動く。
おばけキャンドル。
火の揺らぎに紛れて、二人へ近づこうとしている。
俺は横の通路へ回り込んだ。
正面から助けるな。
二人の前に出るな。
余計なものだけを削れ。
暗がりから飛び出したおばけキャンドルを、一体斬る。
続けて二体目の炎を、刃で受け流す。
熱が散った。
昨日より、感覚が残る。
炎は押し返すものではない。
真正面から受け止めれば、腕ごと焼かれる。
流れを見ろ。
切っ先でずらせ。
刃で割れ。
火花が床に落ちる。
おばけキャンドルが崩れた。
その時、上の階で大きな音がした。
「きゃあっ!」
「ビアンカ!」
床が抜けた音。
罠か。
俺は反射的に駆け出しかけた。
だが、すぐに足を止める。
悲鳴は続いていない。
落ちた先から、二人の声が聞こえる。
「いったぁ……」
「ビアンカ、大丈夫?」
「うん。リュカは?」
「ぼくも大丈夫」
無事だ。
なら、まだ行かない。
二人は落とされた。
だが、生きている。
動ける。
なら、ここからも二人の戦いだ。
俺は別の階段を降り、台所に近い裏通路へ回った。
そこには、先に集まりかけている魔物がいた。
ゴースト。
おばけキャンドル。
ナイトウイプス。
二人が落ちた音に引き寄せられたのだろう。
このまま一斉に押し寄せれば、さすがに危ない。
俺は息を吐いた。
これは手助けではない。
あの子たちが戦う分を、奪うわけではない。
多すぎる分を、消すだけだ。
先頭のゴーストを斬る。
ナイトウイプスを壁へ叩きつける。
おばけキャンドルの火を刃で割り、そのまま踏み込む。
台所の方から、リュカとビアンカの声がした。
「来るよ、ビアンカ」
「分かってる!」
戦っている。
二人で。
俺はそちらを見ない。
見るな。
行くな。
信じろ。
代わりに、俺の前へ出てきた残りの魔物を斬った。
城が震えた。
いや、違う。
城の中ではない。
外だ。
空気が変わった。
冷たい。
重い。
この城に元からいた霊とは、気配が違う。
俺は振り返った。
外壁の崩れた穴から、黒い霧が流れ込んでいる。
ただのゴーストではない。
レヌール城の亡霊でもない。
魔界の匂いがする。
黒い影が、霧の中から形を取った。
人の形をしているが、人ではない。
鎧のようなものをまとい、顔は闇に沈んでいる。
その後ろにも、いくつもの影がいる。
狙いは、二人ではない。
もっと奥だ。
この城に隠されているもの。
ゴールドオーブ。
やはり、そこへ来るか。
俺は黒い影の前に立った。
「ここから先へは行かせない」
影は答えない。
代わりに、闇が伸びた。
速い。
俺は横へ跳び、石壁を蹴って体勢を戻す。
次の影が、床を滑るように迫る。
剣を振る。
軽い手応え。
だが、浅い。
この城の雑魚とは違う。
おやぶんゴースト以上か。
リュカたちの方から、大きな声が響いた。
「おまえたち、よくここまで来たな!」
始まった。
おやぶんゴースト。
リュカとビアンカの戦いが、始まった。
同時に、俺の前の影たちが一斉に動いた。
狙っていたのか。
城を支配していた霊の力が、リュカたちとの戦いで揺らいだ。
その隙に、外から入り込む。
ゴールドオーブを奪うために。
なるほど。
子どもたちのお化け退治の裏で、そんなものが動いているわけだ。
笑えないな。
俺は一歩踏み込んだ。
剣へ魔力を通す。
細く。
深く。
腕の中で暴れさせるな。
黒い影が腕を振る。
闇の刃が飛ぶ。
俺はそれを斬った。
刃と闇がぶつかり、冷たい火花のようなものが散る。
奥で、ビアンカの声。
「リュカ、薬草!」
「うん!」
リュカたちも戦っている。
なら、俺も止まれない。
黒い影が二体、左右に分かれた。
片方は俺へ。
もう片方は、奥へ抜けようとしている。
行かせるか。
俺は床を蹴った。
先に奥へ走る影の進路を塞ぎ、肩からぶつかる。
重い。
だが、止まる。
そのまま剣を振り下ろす。
影が裂けた。
背後からもう一体。
避けきれない。
左腕に冷たい痛みが走る。
血ではない。
生命力を削られるような感覚。
嫌な攻撃だ。
だが、倒れるほどではない。
俺は振り返り、影の胴を斬った。
城の奥で、何かが弾ける音がした。
おやぶんゴーストの笑い声。
リュカの踏み込む声。
ビアンカの叫び。
二人はまだ負けていない。
俺の前で、黒い霧がさらに濃くなる。
最後の影が、他のものより大きく形を取った。
鎧。
角。
赤黒い目。
はっきりとした声ではない。
だが、意思は伝わる。
それを寄こせ。
ゴールドオーブを。
「渡すか」
俺は短く言った。
あれは、リュカたちが勝ち取るものだ。
あの子たちの初めての冒険の証だ。
そして、いつか世界を動かすものだ。
ここで奪わせるわけにはいかない。
黒い影が吠えた。
闇が炎のように広がる。
俺は真正面から踏み込んだ。
怖いか。
怖いに決まっている。
原作の知識があっても、実際にこの闇の前に立てば、身体は震える。
だが、それでも進む。
父親だからだ。
リュカの前に、この闇を通すわけにはいかない。
剣へ魔力を流す。
手のひら。
柄。
刃。
切っ先。
昨日、グランバニアでミニデーモンのメラミを受けた。
ほのおのせんしの炎を見た。
この城でおばけキャンドルの火を割った。
まだ完成ではない。
だが、今使わずにいつ使う。
黒い炎が迫る。
俺は刃を合わせた。
熱ではない。
冷たい。
魂の奥を焼くような闇。
腕が軋む。
押し返すな。
受け止めるな。
斬り分けろ。
「おおおおおっ!」
剣を振り抜いた。
黒い炎が左右に裂けた。
その向こうで、影の赤い目が揺れる。
俺は止まらない。
踏み込む。
もう一撃。
影の胴を斬る。
黒い霧が爆ぜ、城の裏通路に冷たい風が吹いた。
同時に、城の奥から明るい気配が生まれた。
リュカたちの方だ。
おやぶんゴーストが倒れたのだろう。
張りつめていた霊気がほどけていく。
黒い影は崩れながら、まだ奥へ手を伸ばそうとした。
俺はその手を踏みつけた。
「終わりだ」
最後の一振りで、影は消えた。
静寂が戻る。
いや、完全な静けさではない。
城の奥から、優しい気配が広がっている。
悪意ではない。
長く閉じ込められていたものが、ようやくほどけた気配。
俺は壁伝いに、奥の広間を覗いた。
リュカとビアンカが立っている。
二人とも傷だらけだ。
疲れ切っている。
だが、倒れていない。
その前に、王と王妃の霊がいた。
穏やかな顔だった。
城を苦しめていたものは消えた。
二人は、この城を救った。
俺ではない。
リュカとビアンカが、救ったのだ。
やがて、淡い光の中で、小さな黄金の玉が現れた。
ゴールドオーブ。
リュカがそれを受け取る。
その瞬間、胸の奥が重くなった。
あれだ。
いつか、運命を大きく動かすもの。
だが、今ここでそれを語る必要はない。
今はただ、二人の勝利でいい。
「やったね、リュカ」
「うん。ビアンカも」
二人の声は疲れていた。
それでも、確かに明るかった。
俺は静かに身を引いた。
表に出るな。
褒めるのは、朝でもできる。
知らないふりをして、少しだけ言葉を渡せばいい。
今、この瞬間は二人のものだ。
俺は裏通路を戻る。
黒い影の気配は消えていた。
レヌール城の空気も、少しずつ軽くなっている。
外へ出ると、夜風が頬を撫でた。
遠くで、子ネコの鳴き声がした気がする。
そうだ。
この冒険の始まりは、あの子ネコだった。
世界を動かす玉も。
魔界の影も。
パパスの準備も。
子どもたちにとっては、まず一匹の子ネコを助けるための夜だった。
それでいい。
リュカは、そういう子でいてほしい。
俺はアルカパへ向けて歩き出した。
身体は重い。
腕は痛む。
魔力を通した剣の感覚が、まだ手の中に残っている。
炎を斬った。
闇も、少しだけ斬れた。
だが、完成ではない。
ゲマの炎は、こんなものではない。
だから、まだ足りない。
それでも、一歩進んだ。
リュカとビアンカも。
俺も。
夜明け前の道を歩きながら、俺は小さく息を吐いた。
レヌール城は、越えた。
だが、ゲマとの戦いまでに、やれることはまだある。