ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第20話『二つの戦い』

 城の奥で、小さな明かりが揺れた。

 

 たいまつだ。

 

 リュカとビアンカは、それを手に入れたらしい。

 

 闇の中を進むには、明かりがいる。

 ただ歩くだけなら、俺が先に行けばいい。

 

 だが、それでは意味がない。

 

 二人が自分で怖がり、自分で考え、自分で進む。

 この城は、そのための場所だ。

 

 俺は壁の裂け目から、離れた廊下を見ていた。

 

「リュカ、足元見て」

 

「うん」

 

「薬草はまだ使わないで。もう少し我慢できる?」

 

「大丈夫」

 

 昨日とは違う。

 

 声に怖さはある。

 だが、無駄に騒がない。

 

 ビアンカは年上らしく前を見ている。

 リュカも、ただついていくだけではない。

 

 たいまつの明かりが、二人の影を石壁に伸ばしていた。

 

 その背後で、別の影が動く。

 

 おばけキャンドル。

 

 火の揺らぎに紛れて、二人へ近づこうとしている。

 

 俺は横の通路へ回り込んだ。

 

 正面から助けるな。

 二人の前に出るな。

 

 余計なものだけを削れ。

 

 暗がりから飛び出したおばけキャンドルを、一体斬る。

 続けて二体目の炎を、刃で受け流す。

 

 熱が散った。

 

 昨日より、感覚が残る。

 

 炎は押し返すものではない。

 真正面から受け止めれば、腕ごと焼かれる。

 

 流れを見ろ。

 切っ先でずらせ。

 刃で割れ。

 

 火花が床に落ちる。

 

 おばけキャンドルが崩れた。

 

 その時、上の階で大きな音がした。

 

「きゃあっ!」

 

「ビアンカ!」

 

 床が抜けた音。

 

 罠か。

 

 俺は反射的に駆け出しかけた。

 

 だが、すぐに足を止める。

 

 悲鳴は続いていない。

 落ちた先から、二人の声が聞こえる。

 

「いったぁ……」

 

「ビアンカ、大丈夫?」

 

「うん。リュカは?」

 

「ぼくも大丈夫」

 

 無事だ。

 

 なら、まだ行かない。

 

 二人は落とされた。

 だが、生きている。

 動ける。

 

 なら、ここからも二人の戦いだ。

 

 俺は別の階段を降り、台所に近い裏通路へ回った。

 

 そこには、先に集まりかけている魔物がいた。

 

 ゴースト。

 おばけキャンドル。

 ナイトウイプス。

 

 二人が落ちた音に引き寄せられたのだろう。

 

 このまま一斉に押し寄せれば、さすがに危ない。

 

 俺は息を吐いた。

 

 これは手助けではない。

 

 あの子たちが戦う分を、奪うわけではない。

 

 多すぎる分を、消すだけだ。

 

 先頭のゴーストを斬る。

 ナイトウイプスを壁へ叩きつける。

 おばけキャンドルの火を刃で割り、そのまま踏み込む。

 

 台所の方から、リュカとビアンカの声がした。

 

「来るよ、ビアンカ」

 

「分かってる!」

 

 戦っている。

 

 二人で。

 

 俺はそちらを見ない。

 

 見るな。

 行くな。

 信じろ。

 

 代わりに、俺の前へ出てきた残りの魔物を斬った。

 

 城が震えた。

 

 いや、違う。

 

 城の中ではない。

 

 外だ。

 

 空気が変わった。

 

 冷たい。

 重い。

 この城に元からいた霊とは、気配が違う。

 

 俺は振り返った。

 

 外壁の崩れた穴から、黒い霧が流れ込んでいる。

 

 ただのゴーストではない。

 

 レヌール城の亡霊でもない。

 

 魔界の匂いがする。

 

 黒い影が、霧の中から形を取った。

 

 人の形をしているが、人ではない。

 鎧のようなものをまとい、顔は闇に沈んでいる。

 

 その後ろにも、いくつもの影がいる。

 

 狙いは、二人ではない。

 

 もっと奥だ。

 

 この城に隠されているもの。

 

 ゴールドオーブ。

 

 やはり、そこへ来るか。

 

 俺は黒い影の前に立った。

 

「ここから先へは行かせない」

 

 影は答えない。

 

 代わりに、闇が伸びた。

 

 速い。

 

 俺は横へ跳び、石壁を蹴って体勢を戻す。

 

 次の影が、床を滑るように迫る。

 剣を振る。

 

 軽い手応え。

 

 だが、浅い。

 

 この城の雑魚とは違う。

 

 おやぶんゴースト以上か。

 

 リュカたちの方から、大きな声が響いた。

 

「おまえたち、よくここまで来たな!」

 

 始まった。

 

 おやぶんゴースト。

 

 リュカとビアンカの戦いが、始まった。

 

 同時に、俺の前の影たちが一斉に動いた。

 

 狙っていたのか。

 

 城を支配していた霊の力が、リュカたちとの戦いで揺らいだ。

 その隙に、外から入り込む。

 

 ゴールドオーブを奪うために。

 

 なるほど。

 

 子どもたちのお化け退治の裏で、そんなものが動いているわけだ。

 

 笑えないな。

 

 俺は一歩踏み込んだ。

 

 剣へ魔力を通す。

 

 細く。

 深く。

 腕の中で暴れさせるな。

 

 黒い影が腕を振る。

 闇の刃が飛ぶ。

 

 俺はそれを斬った。

 

 刃と闇がぶつかり、冷たい火花のようなものが散る。

 

 奥で、ビアンカの声。

 

「リュカ、薬草!」

 

「うん!」

 

 リュカたちも戦っている。

 

 なら、俺も止まれない。

 

 黒い影が二体、左右に分かれた。

 

 片方は俺へ。

 もう片方は、奥へ抜けようとしている。

 

 行かせるか。

 

 俺は床を蹴った。

 

 先に奥へ走る影の進路を塞ぎ、肩からぶつかる。

 重い。

 だが、止まる。

 

 そのまま剣を振り下ろす。

 

 影が裂けた。

 

 背後からもう一体。

 

 避けきれない。

 

 左腕に冷たい痛みが走る。

 

 血ではない。

 生命力を削られるような感覚。

 

 嫌な攻撃だ。

 

 だが、倒れるほどではない。

 

 俺は振り返り、影の胴を斬った。

 

 城の奥で、何かが弾ける音がした。

 

 おやぶんゴーストの笑い声。

 リュカの踏み込む声。

 ビアンカの叫び。

 

 二人はまだ負けていない。

 

 俺の前で、黒い霧がさらに濃くなる。

 

 最後の影が、他のものより大きく形を取った。

 

 鎧。

 角。

 赤黒い目。

 

 はっきりとした声ではない。

 だが、意思は伝わる。

 

 それを寄こせ。

 

 ゴールドオーブを。

 

「渡すか」

 

 俺は短く言った。

 

 あれは、リュカたちが勝ち取るものだ。

 

 あの子たちの初めての冒険の証だ。

 

 そして、いつか世界を動かすものだ。

 

 ここで奪わせるわけにはいかない。

 

 黒い影が吠えた。

 

 闇が炎のように広がる。

 

 俺は真正面から踏み込んだ。

 

 怖いか。

 

 怖いに決まっている。

 

 原作の知識があっても、実際にこの闇の前に立てば、身体は震える。

 

 だが、それでも進む。

 

 父親だからだ。

 

 リュカの前に、この闇を通すわけにはいかない。

 

 剣へ魔力を流す。

 

 手のひら。

 柄。

 刃。

 切っ先。

 

 昨日、グランバニアでミニデーモンのメラミを受けた。

 ほのおのせんしの炎を見た。

 この城でおばけキャンドルの火を割った。

 

 まだ完成ではない。

 

 だが、今使わずにいつ使う。

 

 黒い炎が迫る。

 

 俺は刃を合わせた。

 

 熱ではない。

 冷たい。

 魂の奥を焼くような闇。

 

 腕が軋む。

 

 押し返すな。

 受け止めるな。

 

 斬り分けろ。

 

「おおおおおっ!」

 

 剣を振り抜いた。

 

 黒い炎が左右に裂けた。

 

 その向こうで、影の赤い目が揺れる。

 

 俺は止まらない。

 

 踏み込む。

 もう一撃。

 

 影の胴を斬る。

 

 黒い霧が爆ぜ、城の裏通路に冷たい風が吹いた。

 

 同時に、城の奥から明るい気配が生まれた。

 

 リュカたちの方だ。

 

 おやぶんゴーストが倒れたのだろう。

 

 張りつめていた霊気がほどけていく。

 

 黒い影は崩れながら、まだ奥へ手を伸ばそうとした。

 

 俺はその手を踏みつけた。

 

「終わりだ」

 

 最後の一振りで、影は消えた。

 

 静寂が戻る。

 

 いや、完全な静けさではない。

 

 城の奥から、優しい気配が広がっている。

 

 悪意ではない。

 長く閉じ込められていたものが、ようやくほどけた気配。

 

 俺は壁伝いに、奥の広間を覗いた。

 

 リュカとビアンカが立っている。

 

 二人とも傷だらけだ。

 疲れ切っている。

 

 だが、倒れていない。

 

 その前に、王と王妃の霊がいた。

 

 穏やかな顔だった。

 

 城を苦しめていたものは消えた。

 二人は、この城を救った。

 

 俺ではない。

 

 リュカとビアンカが、救ったのだ。

 

 やがて、淡い光の中で、小さな黄金の玉が現れた。

 

 ゴールドオーブ。

 

 リュカがそれを受け取る。

 

 その瞬間、胸の奥が重くなった。

 

 あれだ。

 

 いつか、運命を大きく動かすもの。

 

 だが、今ここでそれを語る必要はない。

 

 今はただ、二人の勝利でいい。

 

「やったね、リュカ」

 

「うん。ビアンカも」

 

 二人の声は疲れていた。

 

 それでも、確かに明るかった。

 

 俺は静かに身を引いた。

 

 表に出るな。

 

 褒めるのは、朝でもできる。

 知らないふりをして、少しだけ言葉を渡せばいい。

 

 今、この瞬間は二人のものだ。

 

 俺は裏通路を戻る。

 

 黒い影の気配は消えていた。

 レヌール城の空気も、少しずつ軽くなっている。

 

 外へ出ると、夜風が頬を撫でた。

 

 遠くで、子ネコの鳴き声がした気がする。

 

 そうだ。

 

 この冒険の始まりは、あの子ネコだった。

 

 世界を動かす玉も。

 魔界の影も。

 パパスの準備も。

 

 子どもたちにとっては、まず一匹の子ネコを助けるための夜だった。

 

 それでいい。

 

 リュカは、そういう子でいてほしい。

 

 俺はアルカパへ向けて歩き出した。

 

 身体は重い。

 腕は痛む。

 魔力を通した剣の感覚が、まだ手の中に残っている。

 

 炎を斬った。

 

 闇も、少しだけ斬れた。

 

 だが、完成ではない。

 

 ゲマの炎は、こんなものではない。

 

 だから、まだ足りない。

 

 それでも、一歩進んだ。

 

 リュカとビアンカも。

 俺も。

 

 夜明け前の道を歩きながら、俺は小さく息を吐いた。

 

 レヌール城は、越えた。

 

 だが、ゲマとの戦いまでに、やれることはまだある。

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