ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第22話『アルカパの別れ』

 昼前になって、俺はようやく部屋を出た。

 

 風邪で寝込んでいた父親としては、少し回復した頃合い。

 実際には、夜通し動いた疲れがようやく抜けただけだ。

 

 階下へ降りると、リュカがボロンゴを追いかけていた。

 

「ボロンゴ、そっちはだめだよ」

 

 小さなベビーパンサーは、宿屋の椅子の下へもぐり込み、すぐに顔だけを出す。

 

 黄色がかった毛並み。

 黒い斑点。

 赤みのあるたてがみ。

 

 昨日まで木箱に入れられていた子ネコは、もうリュカの仲間の顔をしていた。

 

「おとうさん、見て。ボロンゴだよ」

 

「ああ」

 

 俺は少し離れて見下ろした。

 

 無理に手は伸ばさない。

 この子はリュカの仲間だ。

 俺が懐かせるものではない。

 

「大事にしなさい」

 

「うん」

 

「連れて行くなら、守るだけでは駄目だ。守られることもある」

 

 リュカは少し考え、ボロンゴを見る。

 

「ボロンゴも、ぼくを守ってくれる?」

 

 ボロンゴが小さく鳴いた。

 

 まるで、任せろと言っているようだった。

 

 ダンカンの具合も落ち着いていた。

 まだ顔色は悪いが、昨日よりはずっといい。

 

「パパスさん、世話になったね」

 

「こちらこそ、世話になった」

 

「風邪はもういいのかい?」

 

「ああ。だいぶ良くなった」

 

 嘘ではない。

 ただし、風邪ではなかっただけだ。

 

 ビアンカの母親が、心配そうにこちらを見る。

 

「無理はしないでくださいね」

 

「奥さんもだ。体調が悪い時は、無理をしない方がいい」

 

「ええ。例の布の話も、覚えておくわね」

 

 俺は小さく頷いた。

 

 荷物をまとめ、宿屋を出る。

 

 アルカパの町は、昨日までと変わらず賑やかだった。

 

 この町の人々は知らない。

 レヌール城で何が起きたのか。

 その裏で、何が迫っていたのか。

 

 知らなくていい。

 

 リュカとビアンカが子ネコを助けた。

 今はそれだけで十分だ。

 

 町の入口まで、ビアンカがついてきた。

 

「リュカ」

 

「なに?」

 

「ボロンゴに変なもの食べさせちゃだめよ」

 

「うん」

 

「あと、ちゃんと面倒見るのよ」

 

「分かってるよ」

 

 本当に分かっているのか怪しい顔だが、リュカなりに真剣ではある。

 

 ビアンカは少し黙ったあと、自分の髪に手を伸ばした。

 

 結んでいたリボンをほどく。

 

「これ、あげる」

 

 リュカが目を丸くした。

 

「いいの?」

 

「いいの。しばらく会えないかもしれないし……それに、ボロンゴに似合うと思うから」

 

 ビアンカは照れたように言い、しゃがみ込んだ。

 

 ボロンゴが首をかしげる。

 

「じっとしててね」

 

 ビアンカは、ボロンゴの首にそっとリボンを結んだ。

 

 黄色がかった毛並みに、そのリボンはよく映えた。

 

 ボロンゴは不思議そうに首を振り、それからリュカの足元へ寄る。

 

 リュカが、リボンをそっと撫でた。

 

「ありがとう、ビアンカ」

 

「なくしちゃだめよ」

 

「うん」

 

 俺は黙ってその光景を見ていた。

 

 あのリボン。

 

 今はただの別れの印だ。

 

 だが、いつか離れ離れになった二人を、もう一度つなぐものになる。

 

 ビアンカは知らない。

 リュカも知らない。

 ボロンゴも、もちろん知らない。

 

 だからこそ、その贈り物は眩しかった。

 

「また会ったら、ちゃんと強くなってるか見るからね」

 

「ビアンカもね」

 

「わたしは最初から強いわよ」

 

 ビアンカが胸を張る。

 

 リュカが笑った。

 ボロンゴもつられるように鳴く。

 

 俺は少しだけ離れて、その別れを見守った。

 

 泣きすぎず、強がりすぎず。

 また会えると思っている子どもの別れ。

 

 それでいい。

 

「おじさま」

 

「なんだ」

 

「リュカのこと、ちゃんと見ててね」

 

「ああ」

 

「リュカ、ちょっと無茶するから」

 

 それはお前もだ。

 

 そう言いかけて、やめた。

 

「分かっている」

 

 ビアンカは満足そうに頷いた。

 

 リュカが手を振る。

 

「ビアンカ、またね」

 

「うん。またね、リュカ」

 

 俺たちは歩き出した。

 

 アルカパの町が、少しずつ後ろへ遠ざかる。

 

 リュカは何度も振り返った。

 ビアンカも、町の入口で手を振っていた。

 

 やがて町が見えなくなると、リュカは前を向いた。

 

 その横を、ボロンゴが歩く。

 

「おとうさん」

 

「なんだ」

 

「レヌール城、こわかったけど……行ってよかった」

 

「そうか」

 

「ビアンカもいたし、ボロンゴも助けられたし」

 

「ああ」

 

「でも、もっと強くなりたい」

 

 俺はリュカを見る。

 

 リュカは前を向いたまま、小さく続けた。

 

「こわい時に、ちゃんと進めるように」

 

 レヌール城は、リュカに何かを残した。

 

 怖さを知った。

 準備を知った。

 戻ることを知った。

 それでも進むことを知った。

 

「強くなれる」

 

 俺は言った。

 

「本当?」

 

「ああ。だが、強さは急には増えない。少しずつだ」

 

「うん」

 

「無理をせず、逃げる時は逃げる。守る時は守る。戦う時は戦う。それを覚えていけばいい」

 

 リュカは真剣な顔で頷いた。

 

 ボロンゴが小さく鳴く。

 

 子どもの足音。

 小さな獣の足音。

 そして、父親の足音。

 

 三つの音が、サンタローズへの道に重なっていく。

 

 アルカパでの冒険は終わった。

 

 だが、旅は続く。

 

 ゲマとの戦いまでに、やれることはまだある。

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