ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
第23話『三つの足音』
アルカパの町が見えなくなってからも、リュカは何度か後ろを振り返った。
ビアンカの姿は、もう見えない。
それでも、振り返る。
子どもの別れとは、そういうものだ。
また会えると信じていても、見えなくなる瞬間は寂しい。
リュカの横では、ボロンゴが草の匂いを嗅いでいた。
少し進んでは立ち止まり、また走る。
リュカの足元を回り、時々こちらを警戒するように見上げる。
まだ俺には慣れていない。
それでいい。
ボロンゴはリュカの仲間だ。
俺の獣ではない。
「おとうさん、ボロンゴもサンタローズに住んでいい?」
リュカが不安そうに聞いてきた。
「ああ」
「本当?」
「ただし、世話をするのはリュカだ」
「うん。ごはんもあげるし、ちゃんと見るよ」
「遊ぶだけでは駄目だ。仲間にするなら、責任も持ちなさい」
リュカは真剣な顔で頷いた。
「分かった」
ボロンゴが小さく鳴く。
分かっているのか、いないのか。
だが、その声にリュカは嬉しそうに笑った。
道中、何度か魔物が出た。
草むらからスライムが跳ねる。
空からドラキーが降りてくる。
リュカはひのきのぼうを構えた。
ボロンゴも、低く身を沈める。
俺は前には出ない。
もちろん、危なくなれば止める。
だが、全部片づけてやるつもりはなかった。
「リュカ、周りを見ろ」
「うん」
「一体だけを見るな。もう一体がどこにいるか考えろ」
リュカが頷き、ドラキーの動きを追う。
ボロンゴが横から飛びかかった。
まだ幼い。
だが、野生の動きはある。
スライムが跳ねる。
リュカが慌てて下がり、ひのきのぼうを振る。
当たりは浅い。
それでも、ボロンゴが続けて体当たりし、スライムは草の上に転がった。
「やった!」
リュカが声を上げる。
ボロンゴも得意げに胸を張ったように見えた。
「油断するな」
「あっ、うん」
まだ危なっかしい。
だが、レヌール城へ行く前とは違う。
怖がるだけではない。
考えようとしている。
それでいい。
強さは、一日で身につくものではない。
歩きながら、俺はリュカの様子を見ていた。
疲れたら休ませる。
ボロンゴにも水を飲ませる。
薬草の数を確認させる。
旅は戦うだけではない。
歩くこと。
休むこと。
食べること。
道具を確かめること。
その全部が、命を守る。
リュカには、少しずつ覚えてもらえばいい。
夕方が近づく頃、サンタローズの村が見えてきた。
煙突から細い煙が上がっている。
見慣れた家並み。
小さな川の音。
帰ってきた。
リュカの足が少し速くなる。
「おとうさん、サンチョびっくりするかな」
「するだろうな」
「ボロンゴ見たら?」
「もっとするだろう」
リュカは楽しそうに笑った。
村の入口に入ると、何人かがこちらを見た。
「あら、パパスさん。お帰りなさい」
「リュカちゃんも、お帰り」
そして、すぐに視線が足元へ落ちる。
「……その子は?」
リュカが胸を張った。
「ボロンゴだよ。ぼくの仲間なんだ」
村人は目を丸くしたが、俺が何も言わないのを見て、困ったように笑った。
「まあ、リュカちゃんが世話するんだよ」
「うん!」
家に着くと、扉が勢いよく開いた。
「坊っちゃん!旦那さま!お帰りなさいませ!」
サンチョが飛び出してくる。
そして、ボロンゴを見て固まった。
「……旦那さま。その、足元の子は」
「リュカの仲間だ」
「な、仲間でございますか」
サンチョは何度か瞬きをした。
ボロンゴはサンチョを見上げ、首をかしげる。
リュカが前に出た。
「サンチョ、ボロンゴも一緒にいていい?」
サンチョは俺を見る。
俺は頷いた。
「リュカが世話をする」
「で、では、坊っちゃん。ごはんも、お水も、寝る場所も、ちゃんと見てあげるのでございますよ」
「うん!」
「よろしい。では、ボロンゴさまも我が家のお客さまですな」
さまはいらないと思う。
だが、サンチョらしい。
ボロンゴが小さく鳴くと、サンチョはもう少しだけ表情を緩めた。
「おや、なかなか可愛らしいではありませんか」
リュカが嬉しそうに笑う。
家の中に入ると、旅の疲れが一気に出たのか、リュカは椅子に座り込んだ。
ボロンゴもその足元で丸くなる。
小さな寝息が、すぐに聞こえ始めた。
「疲れたか」
「うん。でも、楽しかった」
「そうか」
「ビアンカにも、また会えるよね」
「ああ」
俺は短く答えた。
リュカは安心したように笑い、やがて目を閉じた。
サンチョが毛布を持ってくる。
リュカとボロンゴに、そっと掛ける。
その光景を見ながら、俺は静かに息を吐いた。
アルカパでの冒険は終わった。
だが、リュカは一人分だけ大きくなって帰ってきた。
いや。
一人と一匹分か。
窓の外では、サンタローズの夕暮れが静かに降りている。
穏やかな村。
帰る家。
眠る子ども。
その足元に丸くなる、小さな仲間。
守るべきものが、また一つ増えた。
俺は手のひらを開き、閉じる。
炎を斬った感覚は、まだ微かに残っている。
次に動く時までに、もっと確かなものにしなければならない。
だが、今夜だけは。
リュカの帰宅を、静かに喜んでもいいだろう。
俺は椅子に腰を下ろし、眠るリュカとボロンゴを見守った。