ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

24 / 25
第24話『見えない声』

 翌朝、サンタローズの家は少し騒がしかった。

 

 原因は、もちろんボロンゴだ。

 

 リュカの後ろをついて歩き、椅子の下にもぐり込み、サンチョが用意した水を鼻先でつつく。

 

「ボロンゴさま、そちらは台所でございます」

 

「サンチョ、ボロンゴはさまじゃないよ」

 

「ですが坊っちゃんの大切な仲間でございますから」

 

 サンチョは真面目な顔で言う。

 

 リュカは困ったように笑い、ボロンゴは何も分かっていない顔で尻尾を揺らした。

 

 平和だ。

 

 こういう時間は、悪くない。

 

 俺は食卓の横で、リュカの道具袋を確認していた。

 

「薬草は残っているか」

 

「うん。二つ」

 

「次に出る時は、もう少し持ちなさい」

 

「分かった」

 

「ボロンゴの分も考えるんだ」

 

「ボロンゴも薬草使う?」

 

「怪我をすればな」

 

 リュカは真剣な顔でボロンゴを見た。

 

「怪我しないようにしようね」

 

 ボロンゴが小さく鳴く。

 

 その時だった。

 

 リュカがふと、顔を上げた。

 

「……え?」

 

「どうした」

 

「今、誰か呼んだ?」

 

 部屋の中を見回す。

 

 サンチョも首をかしげた。

 

「私は何も」

 

 俺にも声は聞こえない。

 

 だが、空気が少しだけ変わった気がした。

 

 春先の風に似た、薄い気配。

 

 来たか。

 

 妖精の村。

 

 ベラ。

 

 前世の俺が、密かに楽しみにしていた存在。

 

 ベラたん。

 

 いや、落ち着け。

 

 俺はパパスだ。

 今ここで顔に出すな。

 

「気のせいではないか」

 

「そうかな」

 

 リュカはまだ不思議そうにしていた。

 

 ボロンゴも鼻をひくつかせ、部屋の隅を見ている。

 

 何もない。

 

 少なくとも、俺には見えない。

 

 だが、リュカには違うものが見えているのかもしれない。

 

 昼過ぎ、リュカは村の中を歩き回っていた。

 

 井戸のそばを見たり、家の裏を覗いたり、誰かを探しているようだった。

 

 ボロンゴもその後ろをついて回る。

 

 俺は窓からそれを見ていた。

 

 答えを教えるのは簡単だ。

 

 だが、それは違う。

 

 レヌール城で、リュカは自分で進んだ。

 

 なら、次もそうだ。

 

 自分で気づき、自分で手を伸ばす。

 

 そうでなければ意味がない。

 

 夕方が近づく頃、家の空気がまた変わった。

 

 地下の方だ。

 

 リュカの足音が、そちらへ向かっていく。

 

 俺は立ち上がりかけて、止まった。

 

 今は、まだ行かない。

 

 これは父親が先に踏み込む場所ではない。

 

 しばらくして、地下へ向かう扉の向こうから、リュカの声が聞こえた。

 

「……きみ、だれ?」

 

 続いて、何かが答えたような気配がした。

 

 声ではない。

 

 俺の耳には、はっきり届かない。

 

 だが、いる。

 

 間違いなく、そこにいる。

 

 ベラが。

 

 推しが。

 

 なのに見えない。

 

 どういうことだ。

 

 ここまで来て、俺だけ見えないのか。

 

 いや、知っていた。

 

 原作でも、パパスには見えない。

 

 分かっていた。

 

 分かっていたが、現実にされると、想像以上につらい。

 

 俺は深く息を吐き、顔を整えた。

 

 よし。

 

 外面はパパスだ。

 

 少し待ってから、ゆっくりと地下へ降りる。

 

 階段を下りるたびに、空気が冷えていく。

 

 地下室の奥に、リュカが立っていた。

 

 こちらに背を向け、誰もいない空間へ向かって話している。

 

「春が来ないの?」

 

 リュカの声。

 

 やはり、誰かと話している。

 

 だが、俺の目には何も見えない。

 

 小さな妖精の姿は、どこにもない。

 

 見えない。

 

 ベラたんが、見えない。

 

 くそ。

 

「リュカ」

 

 リュカがびくりと肩を揺らして振り返った。

 

「おとうさん」

 

 リュカの視線が、俺と、その横の何もない空間を行き来する。

 

 そこにいるのだろう。

 

 だが、俺には見えない。

 

 だから、見えていない者として振る舞う。

 

「話し声がしたので、誰かいるのかと思ったが……リュカ、一人か」

 

「えっと……」

 

 リュカは困った顔をした。

 

 俺は地下室を見回す。

 

 古い荷物。

 冷えた床。

 薄暗い壁。

 

 見えるものは、それだけだ。

 

「ここは冷える。風邪をひかぬうちに、上がってきなさい」

 

「う、うん」

 

「一人遊びも、ほどほどにな」

 

 リュカは何か言いたそうにした。

 

 だが、俺はそれ以上聞かなかった。

 

 今ここで問い詰める必要はない。

 

 リュカが自分で話し、自分で選ぶべきだ。

 

 俺は階段を上がる。

 

 背後で、リュカの小さな声が聞こえた。

 

「……見えないみたい」

 

 続いて、俺には届かない声が地下室の空気を揺らした気がした。

 

 たぶん、こう言ったのだろう。

 

 やっぱり、他の人には見えないみたいね。

 

 見えない。

 

 本当に見えない。

 

 俺は階段の上で、少しだけ天井を見上げた。

 

 会いたかった。

 

 正直、かなり会いたかった。

 

 だが、今はそれでいい。

 

 見えないからこそ、リュカの物語になる。

 

 妖精の声に気づき、手を伸ばし、春を取り戻す。

 

 それはリュカが歩くべき道だ。

 

 俺は家の中へ戻った。

 

 始まった。

 

 サンタローズに帰ってきたばかりだというのに、もう次の冒険が扉を叩いている。

 

 見えない場所へは、リュカが行く。

 

 俺は見える場所で待つ。

 

 それが今の父親の役目だ。

 

 たとえ、推しが見えなくても。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。