ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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ここから原作が大きく変わります!推し活!


第25話『父さんも行く』

 見えない。

 

 本当に見えない。

 

 地下室から戻ったあとも、俺はしばらく落ち着かなかった。

 

 ベラがいた。

 

 たぶん、そこにいた。

 

 リュカは確かに誰かと話していた。

 春が来ない、と言っていた。

 

 なら相手は間違いなくベラだ。

 

 推しが、すぐそこにいた。

 

 なのに見えない。

 

 これはつらい。

 

 俺はパパスだ。

 父親だ。

 冷静であるべき男だ。

 

 だが、中身の俺は違う。

 

 ベラたんに会いたかった男だ。

 

 その時、地下へ続く扉が開いた。

 

 リュカが戻ってくる。

 その足元にはボロンゴ。

 

 そして、リュカの隣にいるはずの誰かは、やはり俺には見えなかった。

 

「おとうさん」

 

「どうした」

 

 リュカは少し迷ってから言った。

 

「あのね。ベラっていう子がいるんだ」

 

 名前が出た。

 

 俺は顔を動かさないようにした。

 

 落ち着け。

 ここで反応したらおかしい。

 

「そうか」

 

「でも、おとうさんには見えないみたい」

 

「ああ。父さんには見えない」

 

 言葉にすると、改めて刺さる。

 

 見えない。

 

 くそ。

 

「その子が、困ってるのか」

 

「うん。妖精の村に春が来ないんだって。春風のフルートがなくなったって」

 

 始まった。

 

 妖精の村。

 春風のフルート。

 リュカの次の冒険。

 

 リュカは真剣な顔で俺を見上げた。

 

「ぼく、行った方がいいかな」

 

「リュカはどうしたい」

 

「助けたい」

 

 迷いはあった。

 怖さもある。

 

 だが、答えは出ている顔だった。

 

 レヌール城を越えた子どもの顔だ。

 

「なら、話を聞いてやりなさい」

 

「うん」

 

 リュカが頷く。

 

 そのまま地下へ戻ろうとした。

 

 俺は一歩、前に出た。

 

「リュカ」

 

「なに?」

 

「父さんの手を取りなさい」

 

 リュカが首をかしげる。

 

「おとうさんも来るの?」

 

「ああ」

 

 声は低く、静かに出す。

 

 外面はパパス。

 内心は違う。

 

 来た。

 

 来たぞ。

 

 大人には見えない。

 だが、見える子どもに導かれれば、道は開く。

 

 俺にはベラが見えない。

 妖精の道も見えない。

 

 なら、リュカに連れて行ってもらえばいい。

 

 ベラたん。

 

 待ってろ。

 

 そして息子よ、父さんを許せ。

 

「でも、ベラがびっくりするかも」

 

「困っている者を助けに行くなら、父さんも話を聞く」

 

 リュカは少し嬉しそうに笑った。

 

「うん」

 

 小さな手が、俺の手を握る。

 

 ボロンゴもリュカの足元に寄った。

 

 俺たちは地下室へ降りた。

 

 冷たい空気。

 古い荷物。

 薄暗い壁。

 

 やはり、俺には何も見えない。

 

 だが、リュカは何もない空間へ向かって言った。

 

「ベラ。おとうさんも一緒じゃだめ?」

 

 返事は聞こえない。

 

 だが、地下室の空気が揺れた。

 

 たぶん驚いている。

 

 そりゃそうだろう。

 

 見えない大人が、妖精の国へ行こうとしているのだから。

 

 俺は黙って待った。

 

 ここで焦るな。

 前に出るな。

 リュカがつなぐ道だ。

 

「大丈夫だよ。おとうさん、強いから」

 

 リュカが言う。

 

 その言葉が、少しだけ胸に痛かった。

 

 強い。

 

 そう見えているなら、そうであらねばならない。

 

 リュカが俺の手を強く握った。

 

「行こう」

 

 次の瞬間、地下室の冷気が変わった。

 

 冬の匂い。

 それなのに、どこか甘い花の匂い。

 

 目の前の暗がりが、淡く揺れる。

 

 見えなかったものが、形を取り始めた。

 

 光の粒。

 小さな羽。

 空中に浮かぶ少女の姿。

 

 息が止まった。

 

 見えた。

 

 ベラが、見えた。

 

 小さな妖精は、俺を見て目を丸くしている。

 

「本当に来ちゃった……」

 

 聞こえた。

 

 声も、聞こえた。

 

 俺は全力で表情を抑えた。

 

 落ち着け。

 叫ぶな。

 拝むな。

 泣くな。

 

 俺はパパスだ。

 

「リュカから話は聞いた」

 

 できるだけ普通に言う。

 

「困っているなら、力になろう」

 

 ベラはまだ驚いた顔のまま、リュカと俺を交互に見た。

 

「大人なのに、見えてるの?」

 

「リュカに手を引かれているからだろう」

 

 俺はそう答えた。

 

 たぶん、それが正解だ。

 

 俺一人では来られない。

 俺一人では見えない。

 

 だが、リュカが道をつないだ。

 

 ベラは少し考え、それから小さく頷いた。

 

「分かった。でも、妖精の村では勝手に暴れないでね」

 

「ああ」

 

 暴れない。

 

 たぶん。

 

 いや、必要がなければ。

 

 ベラが光の向こうへ手を伸ばす。

 

「じゃあ、ついてきて。ポワンさまに会ってもらうから」

 

 ポワンさま。

 

 さらに来た。

 

 俺は内心で膝をつきそうになった。

 

 だが、顔は崩さない。

 

 リュカの手を握ったまま、一歩踏み出す。

 

 ボロンゴが少し警戒しながらついてくる。

 

 地下室の床が消えた。

 

 冷たい風が吹く。

 

 次に見えたのは、雪に覆われた村だった。

 

 白い木々。

 凍った小道。

 小さな家々。

 そして、そこかしこに浮かぶ妖精たち。

 

 来た。

 

 妖精の村。

 

 俺は本当に来てしまった。

 

 リュカが目を輝かせる。

 

「すごい……」

 

「ああ」

 

 俺も同じ気持ちだった。

 

 だが、俺は父親だ。

 

 はしゃぐのはリュカの役目でいい。

 

 俺は一度だけ深く息を吸った。

 

 推しに会えた。

 妖精の村にも来られた。

 

 だが、ここは観光地ではない。

 

 春が失われている。

 困っている者がいる。

 

 そして、この冒険はリュカのものだ。

 

 俺はリュカの手を離した。

 

「行きなさい。まずは話を聞くんだ」

 

「うん」

 

 リュカが頷く。

 

 ベラが先へ飛ぶ。

 リュカとボロンゴが続く。

 

 俺はその後ろを歩いた。

 

 父親として。

 

 そして、心の中だけで小さく叫んだ。

 

 ベラたん、最高。




ベラたん、最高!!
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