ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
妖精の村は、雪に沈んでいた。
小さな家々。
白く凍った木々。
音を吸い込むような冷たい空気。
ここが、妖精の村。
前世の俺なら、画面の向こうで何度も見た場所だ。
だが、実際に立ってみると違う。
寒い。
静かすぎる。
そして、春がない。
ベラが前を飛びながら振り返った。
「こっちよ。ポワンさまがお待ちだから」
見えている。
声も聞こえている。
正直、感動で膝をつきそうだった。
だが、俺はパパスだ。
リュカの前で崩れるわけにはいかない。
「おとうさん、妖精さんがいっぱいいるね」
「ああ」
「すごいね」
「そうだな」
短く答えるのが精一杯だった。
すごいどころではない。
最高だ。
だが、顔には出さない。
ベラに案内され、俺たちは一番奥の家へ入った。
そこに、ポワンがいた。
静かな目をした妖精だった。
小さな姿なのに、不思議と大きく見える。
「よく来てくれましたね、リュカ」
ポワンは穏やかに言った。
「あなたが来てくれたこと、感謝します」
リュカは少し緊張しながら頷いた。
「春が来ないって、ベラから聞きました」
「ええ。春風のフルートが奪われ、この村には春を呼ぶことができなくなりました」
「ぼくに、できることがあるなら」
リュカはそう言った。
レヌール城を越えたからだろう。
声は震えていたが、逃げる声ではなかった。
ポワンは優しく微笑む。
「ありがとう。ベラと共に、春風のフルートを取り戻してほしいのです」
「うん」
リュカが頷く。
ボロンゴも足元で小さく鳴いた。
ベラが胸を張る。
「私がちゃんと案内するわ」
「頼む」
俺が言うと、ベラは少しだけ得意げに笑った。
内心、俺は叫んでいた。
ベラたんが案内してくれる。
だが外面は崩さない。
絶対に崩さない。
ポワンはそんな俺を、静かに見ていた。
「リュカ。少し村を見てきなさい。ベラ、案内を」
「はい、ポワンさま」
「おとうさんは?」
リュカが俺を見る。
「父さんは少し話を聞いている。リュカはベラについて行きなさい」
「うん」
リュカはベラと一緒に外へ出ていった。
ボロンゴもその後を追う。
扉が閉まる。
部屋の中に、静けさが戻った。
ポワンは俺を見た。
「あなたは、ただリュカに導かれて来たのではありませんね」
来た。
俺は息を整えた。
「どういう意味だ」
「あなたの中には、この世界の流れを知るような、不思議な影があります」
ごまかせる相手ではない。
人間相手なら黙っている。
だが、ここは妖精の村だ。
俺はしばらく沈黙した。
「……俺は、この先に起こるはずだった出来事を知っている」
ポワンは驚かなかった。
「リュカに関わることですね」
「ああ」
「悲しい未来ですか」
「そうだ」
拳を握る。
「俺は、それを変えるために動いている。リュカを、あの未来には渡さない」
ポワンは静かに目を伏せた。
「未来を知ることは、未来を支配することではありません」
その声は、雪の村に柔らかく落ちた。
「あなたがひとつの悲劇を避ければ、その場所にあった流れは別の道を探します」
「別の道……」
「ええ。失われるはずだった命が残れば、その命が新しい出会いを生む。倒れるはずだった者が立ち続ければ、倒すはずだった者もまた、別の牙を向ける」
俺は黙って聞いていた。
分かっているつもりだった。
原作を変える。
悲劇を避ける。
それで終わりではない。
むしろ、そこから先は俺の知らない道になる。
「あなたが変えようとするほど、世界もまた変わります」
ポワンは俺を見る。
「それでも進むのですね」
迷いはなかった。
「進む」
俺は答えた。
「リュカを守る。そのためなら、知らない道でも進む」
ポワンは少しだけ微笑んだ。
「ならば、忘れないでください。変えた先にも、守るべきものが生まれるということを」
その言葉が、胸に残った。
変えた先にも。
守るべきものが生まれる。
「覚えておく」
「リュカには、まだ話さないのですね」
「ああ。あの子には、今を歩いてほしい」
「よいでしょう」
ポワンは窓の外へ目を向けた。
雪の中で、リュカとベラの声が小さく響いている。
「では、あの子の冒険を奪わないでください」
「分かっている」
「ですが、あなたにしか見えない危険もあるでしょう」
ポワンの目が、わずかに鋭くなる。
「その時は、父親として動きなさい」
「ああ」
俺は頷いた。
リュカの冒険は奪わない。
だが、リュカを奪わせもしない。
それが、今の俺にできることだ。
扉の向こうから、リュカの声がした。
「おとうさん、すごいよ。雪の村なのに、みんな飛んでる」
「そうか」
俺は扉へ向かう。
ポワンの言葉が、まだ胸の奥で響いていた。
変えた先にも、守るべきものが生まれる。
なら、守ればいい。
原作の未来も。
変えた先の未来も。
リュカの手が届く場所にあるものを、ひとつずつ。
俺は扉を開け、雪の妖精の村へ踏み出した。