ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第26話『変えた先にも』

 妖精の村は、雪に沈んでいた。

 

 小さな家々。

 白く凍った木々。

 音を吸い込むような冷たい空気。

 

 ここが、妖精の村。

 

 前世の俺なら、画面の向こうで何度も見た場所だ。

 だが、実際に立ってみると違う。

 

 寒い。

 静かすぎる。

 そして、春がない。

 

 ベラが前を飛びながら振り返った。

 

「こっちよ。ポワンさまがお待ちだから」

 

 見えている。

 

 声も聞こえている。

 

 正直、感動で膝をつきそうだった。

 

 だが、俺はパパスだ。

 リュカの前で崩れるわけにはいかない。

 

「おとうさん、妖精さんがいっぱいいるね」

 

「ああ」

 

「すごいね」

 

「そうだな」

 

 短く答えるのが精一杯だった。

 

 すごいどころではない。

 最高だ。

 

 だが、顔には出さない。

 

 ベラに案内され、俺たちは一番奥の家へ入った。

 

 そこに、ポワンがいた。

 

 静かな目をした妖精だった。

 小さな姿なのに、不思議と大きく見える。

 

「よく来てくれましたね、リュカ」

 

 ポワンは穏やかに言った。

 

「あなたが来てくれたこと、感謝します」

 

 リュカは少し緊張しながら頷いた。

 

「春が来ないって、ベラから聞きました」

 

「ええ。春風のフルートが奪われ、この村には春を呼ぶことができなくなりました」

 

「ぼくに、できることがあるなら」

 

 リュカはそう言った。

 

 レヌール城を越えたからだろう。

 声は震えていたが、逃げる声ではなかった。

 

 ポワンは優しく微笑む。

 

「ありがとう。ベラと共に、春風のフルートを取り戻してほしいのです」

 

「うん」

 

 リュカが頷く。

 ボロンゴも足元で小さく鳴いた。

 

 ベラが胸を張る。

 

「私がちゃんと案内するわ」

 

「頼む」

 

 俺が言うと、ベラは少しだけ得意げに笑った。

 

 内心、俺は叫んでいた。

 

 ベラたんが案内してくれる。

 

 だが外面は崩さない。

 絶対に崩さない。

 

 ポワンはそんな俺を、静かに見ていた。

 

「リュカ。少し村を見てきなさい。ベラ、案内を」

 

「はい、ポワンさま」

 

「おとうさんは?」

 

 リュカが俺を見る。

 

「父さんは少し話を聞いている。リュカはベラについて行きなさい」

 

「うん」

 

 リュカはベラと一緒に外へ出ていった。

 ボロンゴもその後を追う。

 

 扉が閉まる。

 

 部屋の中に、静けさが戻った。

 

 ポワンは俺を見た。

 

「あなたは、ただリュカに導かれて来たのではありませんね」

 

 来た。

 

 俺は息を整えた。

 

「どういう意味だ」

 

「あなたの中には、この世界の流れを知るような、不思議な影があります」

 

 ごまかせる相手ではない。

 

 人間相手なら黙っている。

 だが、ここは妖精の村だ。

 

 俺はしばらく沈黙した。

 

「……俺は、この先に起こるはずだった出来事を知っている」

 

 ポワンは驚かなかった。

 

「リュカに関わることですね」

 

「ああ」

 

「悲しい未来ですか」

 

「そうだ」

 

 拳を握る。

 

「俺は、それを変えるために動いている。リュカを、あの未来には渡さない」

 

 ポワンは静かに目を伏せた。

 

「未来を知ることは、未来を支配することではありません」

 

 その声は、雪の村に柔らかく落ちた。

 

「あなたがひとつの悲劇を避ければ、その場所にあった流れは別の道を探します」

 

「別の道……」

 

「ええ。失われるはずだった命が残れば、その命が新しい出会いを生む。倒れるはずだった者が立ち続ければ、倒すはずだった者もまた、別の牙を向ける」

 

 俺は黙って聞いていた。

 

 分かっているつもりだった。

 

 原作を変える。

 悲劇を避ける。

 それで終わりではない。

 

 むしろ、そこから先は俺の知らない道になる。

 

「あなたが変えようとするほど、世界もまた変わります」

 

 ポワンは俺を見る。

 

「それでも進むのですね」

 

 迷いはなかった。

 

「進む」

 

 俺は答えた。

 

「リュカを守る。そのためなら、知らない道でも進む」

 

 ポワンは少しだけ微笑んだ。

 

「ならば、忘れないでください。変えた先にも、守るべきものが生まれるということを」

 

 その言葉が、胸に残った。

 

 変えた先にも。

 

 守るべきものが生まれる。

 

「覚えておく」

 

「リュカには、まだ話さないのですね」

 

「ああ。あの子には、今を歩いてほしい」

 

「よいでしょう」

 

 ポワンは窓の外へ目を向けた。

 

 雪の中で、リュカとベラの声が小さく響いている。

 

「では、あの子の冒険を奪わないでください」

 

「分かっている」

 

「ですが、あなたにしか見えない危険もあるでしょう」

 

 ポワンの目が、わずかに鋭くなる。

 

「その時は、父親として動きなさい」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

 リュカの冒険は奪わない。

 

 だが、リュカを奪わせもしない。

 

 それが、今の俺にできることだ。

 

 扉の向こうから、リュカの声がした。

 

「おとうさん、すごいよ。雪の村なのに、みんな飛んでる」

 

「そうか」

 

 俺は扉へ向かう。

 

 ポワンの言葉が、まだ胸の奥で響いていた。

 

 変えた先にも、守るべきものが生まれる。

 

 なら、守ればいい。

 

 原作の未来も。

 変えた先の未来も。

 

 リュカの手が届く場所にあるものを、ひとつずつ。

 

 俺は扉を開け、雪の妖精の村へ踏み出した。

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