ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第27話『すれ違う未来』

 サンタローズの空気は、記憶よりも少しだけ冷たかった。

 

 青年は村の入口に立ち、しばらく動けなかった。

 

 小さな川。

 見慣れた家並み。

 坂道。

 教会。

 

 どれも覚えている。

 

 覚えているはずなのに、胸の奥が痛むほど遠い。

 

 ここは、過去のサンタローズ。

 

 まだ壊れていない村。

 

 まだ、すべてが始まる前の場所。

 

 青年は深く息を吸い、教会の前へ向かった。

 

 ここに来るはずだった。

 

 小さな自分が。

 

 手の中の、金色の玉を見せに。

 

 青年は懐から、ひかるオーブを取り出した。

 

 淡い光を宿した、今はまだ代わりでしかない玉。

 

 本物は、ここにある。

 

 少年だった自分が持っている。

 

 そのはずだった。

 

 教会の前で待つ。

 

 村人が何人か通り過ぎる。

 

 子どもの声も聞こえる。

 

 だが、来ない。

 

 あの頃の自分が、来ない。

 

 青年は眉をひそめた。

 

「……おかしい」

 

 記憶では、この時期の自分は村にいた。

 

 アルカパから戻り、レヌール城の冒険を終え、ゴールドオーブを持っていた。

 

 そして、教会の前で見知らぬ旅人に出会う。

 

 その旅人が、自分だった。

 

 なのに。

 

 いない。

 

 青年は教会前を離れ、村の中を歩いた。

 

 井戸のそば。

 宿屋の前。

 川沿い。

 家の裏。

 

 どこにも、少年の姿はない。

 

 ボロンゴの姿もない。

 

 そして、パパスの姿もなかった。

 

 胸の奥がざわつく。

 

 何かが違う。

 

 青年は、パパスの家の前で足を止めた。

 

 扉を叩く。

 

 少しして、中から足音が近づいた。

 

「はい、どちらさまでございましょう」

 

 扉を開けた男を見て、青年は息を止めた。

 

 サンチョ。

 

 若い。

 

 記憶の中よりも、ずっと若い。

 

 だが、変わらない。

 

 優しそうな目も、少し大げさな物腰も、そのままだ。

 

 青年は込み上げるものを押し殺した。

 

「旅の者です。こちらに、リュカという子どもがいると聞いたのですが」

 

「坊っちゃんに、でございますか?」

 

 サンチョの目が、少し警戒を帯びる。

 

 当然だ。

 

 見知らぬ旅人が、子どもを名指しで訪ねてきたのだから。

 

「ええ。少し、見せてもらいたいものがありまして」

 

「見せてもらいたいもの?」

 

「きれいな玉です」

 

 サンチョの眉が動いた。

 

 知っている。

 

 なら、ゴールドオーブは確かにここにある。

 

 いや、あった。

 

「失礼ですが、あなたさまは坊っちゃんと、どのようなご関係で?」

 

 青年は答えに詰まった。

 

 関係。

 

 そんなもの、言えるはずがない。

 

 私は未来のリュカです。

 

 あなたに育てられ、あなたに何度も救われた者です。

 

 そんなことを言えるはずがない。

 

「……昔、パパスさんに少し縁がありまして」

 

「旦那さまに?」

 

 サンチョはますます不思議そうな顔になった。

 

「旦那さまも、今はおいでではありません」

 

「いない?」

 

「はい。坊っちゃんとボロンゴさまも、ご一緒のようで」

 

「どこへ?」

 

「それが……」

 

 サンチョは困ったように家の中を振り返った。

 

「先ほどまで、地下室の方にいらしたはずなのですが、気づけばお姿がなく」

 

 地下室。

 

 青年の心臓が強く鳴った。

 

 地下室。

 

 サンタローズの家の地下。

 

 妖精。

 

 ベラ。

 

 春風のフルート。

 

「妖精の村……」

 

 思わず言葉が漏れた。

 

 サンチョが目を丸くする。

 

「妖精、でございますか?」

 

「いえ。失礼しました」

 

 青年はすぐに首を振った。

 

 だが、胸のざわめきは消えない。

 

 違う。

 

 この過去は、違う。

 

 本来なら、少年の自分はまだここにいるはずだった。

 

 パパスも、ここにいるはずだった。

 

 ゴールドオーブを持ったまま、教会前に来るはずだった。

 

 なのに、いない。

 

 妖精の村へ行った。

 

 しかも、パパスまで。

 

 そんな記憶はない。

 

 青年は家の奥を見た。

 

 懐かしい家。

 

 帰りたかった場所。

 

 けれど今の自分には、踏み込めない場所。

 

 サンチョが、じっと青年を見ていた。

 

「旅の方」

 

「はい」

 

「失礼ながら……あなたさまは、どこか坊っちゃんに似ておられますな」

 

 青年は息を止めた。

 

「目元が、と申しましょうか。旦那さまにも、奥さまにも、どこか」

 

「……よく言われます」

 

 嘘だ。

 

 そんなことを言われる機会など、ほとんどなかった。

 

 けれど、今はそう答えるしかなかった。

 

 サンチョはまだ不思議そうだったが、それ以上は踏み込まなかった。

 

「坊っちゃんがお戻りになりましたら、お伝えしましょうか?」

 

 青年は少し迷った。

 

 伝言を残せば、過去がさらに乱れるかもしれない。

 

 だが、もう乱れている。

 

 誰かが動かしている。

 

 それが誰なのか、まだ分からない。

 

「いいえ。また来ます」

 

「さようでございますか」

 

「もし、その子が戻ったら……きれいな玉を、大事にするようにと」

 

「かしこまりました」

 

 青年は軽く頭を下げ、家を離れた。

 

 教会の前へ戻る。

 

 誰もいない。

 

 少年の自分は来ない。

 

 ゴールドオーブもない。

 

 父もいない。

 

 青年は、ひかるオーブを握りしめた。

 

 何かが変わっている。

 

 俺の知っている過去ではない。

 

 ただの小さなズレではない。

 

 パパスが妖精の村へ行った。

 

 それだけで、ありえない。

 

 青年はサンタローズの家を振り返った。

 

 父さん。

 

 あなたは、何をしているんですか。

 

 青年は答えのない問いを胸にしまい、村の外へ歩き出した。

 

 今は待つしかない。

 

 少年の自分が戻るまで。

 

 ゴールドオーブが戻るまで。

 

 そして、この過去を変えている何かと出会うまで。

 

 サンタローズの風が、背中を撫でた。

 

 懐かしいはずの風が、今は少しだけ知らないものに感じられた。

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