ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
扉を開けると、雪の妖精の村が広がっていた。
リュカは村の中を見回し、目を輝かせている。
ボロンゴは雪を前足でつつき、冷たさに驚いたように鼻を鳴らした。
ベラは少し得意げに宙を飛んでいる。
「どう?すごいでしょ」
「うん。すごい」
リュカが素直に頷く。
俺も頷きたかった。
すごい。
とてもすごい。
妖精の村に立っている。
ベラが目の前を飛んでいる。
ポワン様と話した。
前世の俺なら、ここで感動してしばらく動けなかっただろう。
だが、今はパパスだ。
顔には出さない。
「ベラ」
「なに?」
「春風のフルートは、どこにある」
ベラの表情が引き締まった。
「氷の館よ。でも、あそこには鍵がかかってるの」
「鍵?」
リュカが首をかしげる。
「普通の鍵じゃないわ。ドワーフたちの技法がないと開けられないの」
ドワーフの洞窟。
次の目的地はそこだ。
まずはドワーフの洞窟へ行き、鍵の技法を得る。
それから氷の館。
ザイル。
雪の女王。
春風のフルート。
原作通りなら、リュカが進む道だ。
だが俺もここにいる。
だからといって、俺が全部やってはいけない。
ポワン様の言葉が胸に残っている。
あの子の冒険を奪わないでください。
分かっている。
俺はリュカを見る。
「行くか、リュカ」
「うん。ベラを助ける」
「怖ければ、戻ってもいい」
「でも、困ってるんだよね」
リュカはベラを見た。
「だったら、行く」
ベラが少し驚いたようにリュカを見て、それから嬉しそうに笑った。
「ありがとう、リュカ」
ボロンゴが短く鳴いた。
自分も行く、と言っているようだった。
俺は小さく頷く。
「なら、準備をする」
「準備?」
「薬草の数を確かめる。道を聞く。寒さに気をつける。知らない場所へ行くなら、最初にやることだ」
リュカは真剣な顔で頷いた。
「うん」
俺はリュカの手元を見た。
ひのきのぼう。
レヌール城を越えた時も、アルカパから帰る道でも、リュカはそれを大事そうに持っていた。
初めての武器。
初めての冒険を越えた証。
だが、ここから先へ進むには、もう軽すぎる。
「リュカ」
「なに?」
「その棒は、しまっておきなさい」
リュカが目を丸くした。
「え?」
「捨てるわけではない。よく頑張った武器だ。だが、次の洞窟へ行くなら、別のものを使う」
俺は荷物の中から、布に包んだ小さな剣を取り出した。
どうのつるぎ。
サンタローズに戻った時、いずれ必要になると思って荷に入れておいたものだ。
子どもの手にも重すぎない。
だが、ひのきのぼうとは違う。
本物の刃だ。
「これを使いなさい」
リュカは両手で受け取った。
重みに驚いたのか、少しだけ腕が下がる。
「これ……ぼくが使っていいの?」
「ああ。ただし、振り回すな。剣は強いが、雑に扱えば自分も仲間も傷つける」
リュカは真剣な顔で頷いた。
「うん」
「ボロンゴやベラが近くにいる時は、特に気をつけろ」
「分かった」
リュカはひのきのぼうを見た。
少し迷ってから、それを大事に道具袋へしまう。
「これも、持っていく」
「好きにしなさい」
初めての武器を捨てられない気持ちは、悪くない。
リュカはどうのつるぎを握り直した。
まだ構えは頼りない。
だが、昨日までとは違う。
レヌール城を越えた子どもが、次の一歩へ進むには、ちょうどいい重さだ。
ベラは少し不思議そうに俺を見る。
「あなた、大人なのにリュカに任せるのね」
「リュカが引き受けたことだ」
「でも、あなたが戦えば早いんじゃない?」
「早いだけならな」
俺は雪の村を見渡した。
「だが、リュカが覚えるべきことまで奪うつもりはない」
ベラはしばらく黙っていた。
それから、小さく笑う。
「変な大人ね」
「よく言われる」
やはり、本当はあまり言われない。
だが、たぶん今の俺はかなり変な大人だ。
妖精の村にいるパパス。
リュカの冒険に同行する父親。
未来を知りながら、それでも手を出しすぎないよう我慢している男。
普通ではない。
村を出る前、ポワン様が見送りに来た。
「リュカ、ベラをお願いしますね」
「はい」
「ベラも、リュカを助けるのですよ」
「分かっています、ポワン様」
ポワン様の視線が、最後に俺へ向いた。
「パパス」
「なんだ」
「雪の中には、冬だけではないものが混じっています」
俺は目を細めた。
「魔界の気配か」
「はっきりとは言えません。けれど、ただの寒さではありません」
レヌール城の黒い影を思い出す。
ゴールドオーブを狙った、あの気配。
ここにも、何かが入り込んでいるのか。
「分かった」
「リュカの道はリュカに。けれど、あなたにしか斬れないものが現れたなら」
「ああ」
俺は頷いた。
「その時は、父親として動く」
ポワン様は静かに頷いた。
村を出ると、雪道が続いていた。
ベラが前を飛ぶ。
リュカがその後を歩く。
ボロンゴが足元で雪を蹴る。
俺は少し後ろを歩いた。
前に出すぎない。
離れすぎない。
守るには近く。
奪わないには遠く。
難しい距離だ。
「リュカ、足元に気をつけて」
「うん」
「ボロンゴ、そっちは崖よ」
ベラが慌てて叫ぶ。
ボロンゴはぎりぎりで止まり、何事もなかったように戻ってくる。
リュカがほっと息を吐いた。
「ボロンゴ、あぶないよ」
ボロンゴは小さく鳴いた。
反省しているのか、していないのか分からない。
しばらく進むと、雪の中に暗い穴が見えてきた。
洞窟の入口だ。
中から、冷たい空気が流れてくる。
「ここがドワーフの洞窟よ」
ベラが言った。
リュカがごくりと喉を鳴らす。
レヌール城ほど不気味ではない。
だが、知らない洞窟はそれだけで怖い。
「リュカ」
「なに?」
「入る前に、袋を確かめなさい」
「あ、うん」
リュカは道具袋を開く。
「薬草、ある。たいまつもある」
「よし」
「ボロンゴも大丈夫?」
ボロンゴが鳴く。
大丈夫らしい。
ベラが先へ進もうとする。
「じゃあ、行きましょ」
「待て」
俺が止めると、ベラが振り返った。
「なによ」
「先頭はリュカだ」
「え?」
リュカも驚いた顔をした。
「ぼく?」
「怖いなら父さんが前に立つ。だが、自分で進みたいなら、自分の足で一歩目を踏みなさい」
リュカは洞窟の入口を見た。
暗い穴。
冷たい風。
何がいるか分からない道。
リュカの手が少し震えた。
それでも、逃げなかった。
「……ぼくが行く」
小さな声だった。
だが、確かに言った。
リュカは一歩、洞窟へ入った。
ボロンゴが横に並ぶ。
ベラがその少し上を飛ぶ。
俺は最後に続いた。
暗闇が俺たちを包む。
洞窟の中は静かだった。
水の滴る音。
石を踏む音。
ボロンゴの爪が岩を掻く音。
そして、奥から近づく気配。
リュカが立ち止まる。
「何かいる」
「ああ」
「どうすればいい?」
「まず見る。数を数える。逃げ道を確認する」
リュカは頷き、前を見た。
闇の奥で、何かが動いた。
リュカがどうのつるぎを握る。
ボロンゴが低く唸る。
ベラが緊張した顔で構える。
俺は動かない。
ここはリュカの一歩目だ。
危なければ止める。
だが、最初から奪わない。
リュカは息を吸った。
「行くよ、ボロンゴ、ベラ」
ボロンゴが鳴いた。
ベラも小さく頷いた。
リュカ、ボロンゴ、ベラ。
三つの小さな影が、洞窟の奥へ踏み出す。
俺はその背中を見守りながら、手のひらに意識を集めた。
リュカの道はリュカに。
俺にしか斬れないものは、俺が斬る。
妖精の村での最初の探索が、始まった。