ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第28話『ドワーフの洞窟へ』

 扉を開けると、雪の妖精の村が広がっていた。

 

 リュカは村の中を見回し、目を輝かせている。

 ボロンゴは雪を前足でつつき、冷たさに驚いたように鼻を鳴らした。

 

 ベラは少し得意げに宙を飛んでいる。

 

「どう?すごいでしょ」

 

「うん。すごい」

 

 リュカが素直に頷く。

 

 俺も頷きたかった。

 

 すごい。

 とてもすごい。

 妖精の村に立っている。

 ベラが目の前を飛んでいる。

 ポワン様と話した。

 

 前世の俺なら、ここで感動してしばらく動けなかっただろう。

 

 だが、今はパパスだ。

 

 顔には出さない。

 

「ベラ」

 

「なに?」

 

「春風のフルートは、どこにある」

 

 ベラの表情が引き締まった。

 

「氷の館よ。でも、あそこには鍵がかかってるの」

 

「鍵?」

 

 リュカが首をかしげる。

 

「普通の鍵じゃないわ。ドワーフたちの技法がないと開けられないの」

 

 ドワーフの洞窟。

 

 次の目的地はそこだ。

 

 まずはドワーフの洞窟へ行き、鍵の技法を得る。

 それから氷の館。

 ザイル。

 雪の女王。

 春風のフルート。

 

 原作通りなら、リュカが進む道だ。

 

 だが俺もここにいる。

 

 だからといって、俺が全部やってはいけない。

 

 ポワン様の言葉が胸に残っている。

 

 あの子の冒険を奪わないでください。

 

 分かっている。

 

 俺はリュカを見る。

 

「行くか、リュカ」

 

「うん。ベラを助ける」

 

「怖ければ、戻ってもいい」

 

「でも、困ってるんだよね」

 

 リュカはベラを見た。

 

「だったら、行く」

 

 ベラが少し驚いたようにリュカを見て、それから嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう、リュカ」

 

 ボロンゴが短く鳴いた。

 

 自分も行く、と言っているようだった。

 

 俺は小さく頷く。

 

「なら、準備をする」

 

「準備?」

 

「薬草の数を確かめる。道を聞く。寒さに気をつける。知らない場所へ行くなら、最初にやることだ」

 

 リュカは真剣な顔で頷いた。

 

「うん」

 

 俺はリュカの手元を見た。

 

 ひのきのぼう。

 

 レヌール城を越えた時も、アルカパから帰る道でも、リュカはそれを大事そうに持っていた。

 

 初めての武器。

 初めての冒険を越えた証。

 

 だが、ここから先へ進むには、もう軽すぎる。

 

「リュカ」

 

「なに?」

 

「その棒は、しまっておきなさい」

 

 リュカが目を丸くした。

 

「え?」

 

「捨てるわけではない。よく頑張った武器だ。だが、次の洞窟へ行くなら、別のものを使う」

 

 俺は荷物の中から、布に包んだ小さな剣を取り出した。

 

 どうのつるぎ。

 

 サンタローズに戻った時、いずれ必要になると思って荷に入れておいたものだ。

 

 子どもの手にも重すぎない。

 だが、ひのきのぼうとは違う。

 

 本物の刃だ。

 

「これを使いなさい」

 

 リュカは両手で受け取った。

 

 重みに驚いたのか、少しだけ腕が下がる。

 

「これ……ぼくが使っていいの?」

 

「ああ。ただし、振り回すな。剣は強いが、雑に扱えば自分も仲間も傷つける」

 

 リュカは真剣な顔で頷いた。

 

「うん」

 

「ボロンゴやベラが近くにいる時は、特に気をつけろ」

 

「分かった」

 

 リュカはひのきのぼうを見た。

 

 少し迷ってから、それを大事に道具袋へしまう。

 

「これも、持っていく」

 

「好きにしなさい」

 

 初めての武器を捨てられない気持ちは、悪くない。

 

 リュカはどうのつるぎを握り直した。

 

 まだ構えは頼りない。

 

 だが、昨日までとは違う。

 

 レヌール城を越えた子どもが、次の一歩へ進むには、ちょうどいい重さだ。

 

 ベラは少し不思議そうに俺を見る。

 

「あなた、大人なのにリュカに任せるのね」

 

「リュカが引き受けたことだ」

 

「でも、あなたが戦えば早いんじゃない?」

 

「早いだけならな」

 

 俺は雪の村を見渡した。

 

「だが、リュカが覚えるべきことまで奪うつもりはない」

 

 ベラはしばらく黙っていた。

 

 それから、小さく笑う。

 

「変な大人ね」

 

「よく言われる」

 

 やはり、本当はあまり言われない。

 

 だが、たぶん今の俺はかなり変な大人だ。

 

 妖精の村にいるパパス。

 リュカの冒険に同行する父親。

 未来を知りながら、それでも手を出しすぎないよう我慢している男。

 

 普通ではない。

 

 村を出る前、ポワン様が見送りに来た。

 

「リュカ、ベラをお願いしますね」

 

「はい」

 

「ベラも、リュカを助けるのですよ」

 

「分かっています、ポワン様」

 

 ポワン様の視線が、最後に俺へ向いた。

 

「パパス」

 

「なんだ」

 

「雪の中には、冬だけではないものが混じっています」

 

 俺は目を細めた。

 

「魔界の気配か」

 

「はっきりとは言えません。けれど、ただの寒さではありません」

 

 レヌール城の黒い影を思い出す。

 

 ゴールドオーブを狙った、あの気配。

 

 ここにも、何かが入り込んでいるのか。

 

「分かった」

 

「リュカの道はリュカに。けれど、あなたにしか斬れないものが現れたなら」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「その時は、父親として動く」

 

 ポワン様は静かに頷いた。

 

 村を出ると、雪道が続いていた。

 

 ベラが前を飛ぶ。

 リュカがその後を歩く。

 ボロンゴが足元で雪を蹴る。

 

 俺は少し後ろを歩いた。

 

 前に出すぎない。

 離れすぎない。

 

 守るには近く。

 奪わないには遠く。

 

 難しい距離だ。

 

「リュカ、足元に気をつけて」

 

「うん」

 

「ボロンゴ、そっちは崖よ」

 

 ベラが慌てて叫ぶ。

 

 ボロンゴはぎりぎりで止まり、何事もなかったように戻ってくる。

 

 リュカがほっと息を吐いた。

 

「ボロンゴ、あぶないよ」

 

 ボロンゴは小さく鳴いた。

 

 反省しているのか、していないのか分からない。

 

 しばらく進むと、雪の中に暗い穴が見えてきた。

 

 洞窟の入口だ。

 

 中から、冷たい空気が流れてくる。

 

「ここがドワーフの洞窟よ」

 

 ベラが言った。

 

 リュカがごくりと喉を鳴らす。

 

 レヌール城ほど不気味ではない。

 だが、知らない洞窟はそれだけで怖い。

 

「リュカ」

 

「なに?」

 

「入る前に、袋を確かめなさい」

 

「あ、うん」

 

 リュカは道具袋を開く。

 

「薬草、ある。たいまつもある」

 

「よし」

 

「ボロンゴも大丈夫?」

 

 ボロンゴが鳴く。

 

 大丈夫らしい。

 

 ベラが先へ進もうとする。

 

「じゃあ、行きましょ」

 

「待て」

 

 俺が止めると、ベラが振り返った。

 

「なによ」

 

「先頭はリュカだ」

 

「え?」

 

 リュカも驚いた顔をした。

 

「ぼく?」

 

「怖いなら父さんが前に立つ。だが、自分で進みたいなら、自分の足で一歩目を踏みなさい」

 

 リュカは洞窟の入口を見た。

 

 暗い穴。

 冷たい風。

 何がいるか分からない道。

 

 リュカの手が少し震えた。

 

 それでも、逃げなかった。

 

「……ぼくが行く」

 

 小さな声だった。

 

 だが、確かに言った。

 

 リュカは一歩、洞窟へ入った。

 

 ボロンゴが横に並ぶ。

 ベラがその少し上を飛ぶ。

 

 俺は最後に続いた。

 

 暗闇が俺たちを包む。

 

 洞窟の中は静かだった。

 

 水の滴る音。

 石を踏む音。

 ボロンゴの爪が岩を掻く音。

 

 そして、奥から近づく気配。

 

 リュカが立ち止まる。

 

「何かいる」

 

「ああ」

 

「どうすればいい?」

 

「まず見る。数を数える。逃げ道を確認する」

 

 リュカは頷き、前を見た。

 

 闇の奥で、何かが動いた。

 

 リュカがどうのつるぎを握る。

 ボロンゴが低く唸る。

 ベラが緊張した顔で構える。

 

 俺は動かない。

 

 ここはリュカの一歩目だ。

 

 危なければ止める。

 

 だが、最初から奪わない。

 

 リュカは息を吸った。

 

「行くよ、ボロンゴ、ベラ」

 

 ボロンゴが鳴いた。

 

 ベラも小さく頷いた。

 

 リュカ、ボロンゴ、ベラ。

 

 三つの小さな影が、洞窟の奥へ踏み出す。

 

 俺はその背中を見守りながら、手のひらに意識を集めた。

 

 リュカの道はリュカに。

 

 俺にしか斬れないものは、俺が斬る。

 

 妖精の村での最初の探索が、始まった。

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