ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
ドワーフの洞窟に入って、最初に現れたのはガップリンだった。
丸い身体に、裂けた口。
洞窟の暗がりから転がるように飛び出してくる。
リュカはどうのつるぎを握りしめた。
ひのきのぼうより重い。
振れば、腕が持っていかれる。
だが、ここで逃げるわけにはいかない。
「リュカ、正面だけを見るな」
「うん」
「ボロンゴの位置。ベラの位置。壁までの距離。それを見ろ」
ガップリンが跳ねた。
リュカは一歩下がり、どうのつるぎを振る。
浅い。
刃はガップリンの皮をかすめただけだった。
その隙を、ボロンゴが埋める。
横から飛びかかり、ガップリンの身体に噛みついた。
「今だ」
「うん!」
リュカが踏み込む。
今度は剣が入った。
ガップリンが床を跳ね、動かなくなる。
リュカは荒く息を吐いた。
「倒せた……」
「ああ」
俺は短く答えた。
「だが、剣に振られている。もっと小さく振れ」
「小さく?」
「当てるために振るんだ。大きく振るのは、当たると分かっている時だけでいい」
リュカはどうのつるぎを見つめ、真剣に頷いた。
「分かった」
ドワーフの洞窟は、ただ暗いだけではなかった。
壁には古い掘り跡。
床には壊れた道具。
あちこちに、ドワーフたちが作業した名残がある。
リュカは足元を確かめながら進んだ。
ベラが少し前を飛び、ボロンゴがリュカの横を歩く。
俺は最後尾だ。
前に出すぎない。
だが、離れない。
次に現れたのは、つちわらしが三体。
小さな身体で、ちょこまかと動く。
「三体いる」
リュカが言った。
「そうだ。一体だけ追うな」
「うん」
つちわらしの一体がリュカの足元へ飛び込む。
リュカは剣を下へ向けたが、振り遅れた。
別のつちわらしが横へ回る。
ボロンゴが唸り、そちらへ飛んだ。
ベラが声を上げる。
「リュカ、右!」
リュカは反射で剣を引き、右から来たつちわらしを受けた。
硬い音がする。
押される。
だが、倒れない。
「押し返すな。ずらせ」
リュカが半歩横へ動く。
つちわらしの体勢が崩れた。
そこへ、どうのつるぎを短く振る。
一体目。
ボロンゴが二体目を押さえる。
「マヌーサ!」
ベラの呪文で、三体目の狙いがそれた。
「今!」
ベラの声に合わせ、リュカがもう一歩前へ出た。
二体目。
三体目。
つちわらしが倒れる。
リュカは肩で息をしながら、ボロンゴとベラを見た。
「ありがとう」
「ちゃんと見てたじゃない」
ベラが笑う。
ボロンゴも得意げに鳴いた。
「ベラ、今のマヌーサは良かったぞ」
「え?」
ベラが少し驚いた顔をする。
「三体目の狙いがそれた。あれがなければ、リュカの踏み込みが遅れていた」
「そ、そう? まあ、当然よ」
ベラは胸を張った。
俺はボロンゴにも目を向ける。
「ボロンゴもだ。よく横を押さえた」
「ガウ」
ボロンゴが尻尾を揺らす。
リュカが嬉しそうに笑った。
悪くない。
リュカは少しずつ、自分だけで戦う癖を抜いている。
仲間を見る。
位置を見る。
数を見る。
それができれば、生き残る確率は上がる。
さらに奥へ進むと、赤い鱗の影が見えた。
メラリザード。
口の端に、小さな火が灯っている。
「来るぞ」
俺が言うより早く、メラリザードが火の玉を吐いた。
メラ。
リュカの顔が強張る。
避けるには近い。
俺は動きかけたが、ベラが先に叫んだ。
「伏せて!」
リュカが身を沈める。
火の玉は頭上をかすめ、背後の石壁に当たって弾けた。
熱が洞窟に広がる。
ボロンゴが横からメラリザードへ飛びかかる。
リュカも続いた。
どうのつるぎがメラリザードの胴を斬る。
メラリザードはもう一度火を吐こうとしたが、ベラのギラにひるみ、そのままボロンゴに押し倒された。
リュカが最後の一撃を入れる。
メラリザードが倒れた。
「今のは危なかった」
リュカが小さく言う。
「ああ」
「火、こわいね」
「覚えておけ。火は見えてからでは遅い時がある。吐く前の動きを見るんだ」
「口のところ?」
「そうだ。火が集まる場所を見る」
リュカは頷いた。
俺は、石壁に残った焦げ跡を見る。
小さなメラだ。
ゲマのメラゾーマとは比べ物にならない。
だが、炎は炎だ。
俺は手のひらの感覚を確かめる。
今は出ない。
ここで俺が斬るべき火ではない。
リュカが越えられる火は、リュカに越えさせる。
その線引きを間違えるな。
やがて、古い作業場のような広間に出た。
壊れた木箱。
錆びた工具。
壁に打ち込まれた金具。
ドワーフたちが使っていた場所なのだろう。
ベラが壁の印を見つけて、声を上げる。
「あった。こっちで合ってるわ」
「ドワーフの印?」
「そう。古いけど、まだ読める。奥に保管庫があるみたい」
リュカが頷く。
「そこに、カギの技法の書があるの?」
「たぶんね」
その時、広間の奥で青白い火が揺れた。
ナイトウイプス。
レヌール城でも見た魔物だ。
リュカが息を飲む。
「あれ、前にもいた」
「なら、覚えているな」
「うん。近づかれたら危ない」
リュカはすぐに突っ込まなかった。
ボロンゴを横に置く。
ベラが上から位置を取る。
ナイトウイプスが揺れながら近づく。
「ベラ、お願い」
「任せて」
「マヌーサ!」
ベラの呪文で、ナイトウイプスの動きがわずかに乱れる。
その隙に、リュカが踏み込んだ。
どうのつるぎが青白い火を裂く。
ナイトウイプスが揺らぎ、消えた。
リュカは剣を下ろし、息を吐いた。
「できた」
「ああ。今のはよかった」
それ以上は言わない。
今の戦いで、ベラもボロンゴも役目を果たしていた。
リュカも、それを分かっている。
さらに奥へ進むと、嫌な臭いが漂ってきた。
スカンカーだ。
リュカは鼻を押さえる。
「くさい……」
「近づきすぎるな」
スカンカーが尾を上げる。
俺はすぐに言った。
「横へ」
リュカ、ベラ、ボロンゴが一斉に散る。
スカンカーの吐いた臭気が、さっきまでリュカのいた場所を覆った。
「無理に攻めるな。臭気が消えるのを待て」
「うん」
リュカは焦らなかった。
待つ。
相手を見る。
動きが止まった瞬間、ボロンゴが飛び、リュカが続く。
スカンカーが倒れる。
洞窟の奥に、さらに深い気配が流れていた。
まだ先がある。
ラーバキングのような大きな魔物がいてもおかしくない。
だが、目的は戦い尽くすことではない。
カギの技法だ。
「リュカ」
「なに?」
「次からは、今までより大きな相手も出る。正面から押し切るだけでは通らない」
「うん」
「どう倒すかを考えろ。ボロンゴとベラを見て、自分がどこへ入るか決めるんだ」
リュカはどうのつるぎを握り直した。
「やってみる」
その目は、レヌール城へ向かう前の目ではなかった。
怖さを知っている。
だから慎重になれる。
仲間を見る。
だから前へ進める。
俺は頷いた。
「なら進もう」
ベラが前を指す。
「こっちよ。もっと奥に、ドワーフたちが残したものがあるはず」
ボロンゴが短く鳴き、先へ進む。
俺は最後尾から三人を見る。
ガップリン。
つちわらし。
メラリザード。
ナイトウイプス。
スカンカー。
この洞窟の敵を相手に、リュカは一歩ずつ覚えている。
ベラも、ボロンゴも同じだ。
ただついてきているのではない。
それぞれが考え、動き、リュカを支えている。
俺がすべてを倒せば、早く進める。
だが、それでは意味がない。
リュカが越えられる敵は、リュカが越える。
仲間が支えられる場面は、仲間が支える。
俺にしか見えない異変があるなら、その時は俺が動く。
それが、このドワーフの洞窟で守るべき線だった。