ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第3話『サンタローズへ』

 船がゆっくりと速度を落とした。

 風の匂いが変わる。

 潮の香りに、草の匂いと土の温かさが混じってきた。

 

 甲板の向こうに、小さな港が見える。

 大きな町ではない。

 立派な港でもない。

 小さな家と桟橋だけの、ひっそりとした場所だった。

 

 ビスタ港。

 

 ゲームで見た時は、ただの通過点だった。

 けれど今は違う。

 ここから歩いて、サンタローズへ向かう。

 

 つまり、本当に始まる。

 

 サンタローズ。

 リュカの故郷。

 パパスが戻る場所。

 

 そして、未来では焼かれる村。

 

 分かっている。

 その未来は、ここから変える。

 

「おとうさん……着いたの?」

 

 リュカが俺の袖を小さくつまんで見上げてきた。

 

「ああ。港に着いた。村はこの先だ」

 

「……歩くの?」

 

「少しだけな。父さんがついている」

 

 それだけ言うと、リュカは少し安心したように頷いた。

 

 言葉は少なくていい。

 今の俺はパパスだ。

 不安を消すのに必要なのは、長い説明じゃない。

 

 この子の隣にいることだ。

 

 船から降りると、船員たちが荷物を運びながら声をかけてきた。

 

「パパスさん、ここからサンタローズまでは森を抜けます。最近は魔物も出るようですから、お気をつけて」

 

「坊っちゃんもご一緒でしょう?どうか無事にお連れくださいね」

 

「ああ。世話になった」

 

 軽く礼をして歩き出す。

 

 足元には短い砂利道が続いていた。

 その先には草原。

 さらに奥には、森が広がっている。

 

 ゲームなら何度も通った道だ。

 だが今は違う。

 画面越しじゃない。

 足で歩く道だ。

 

「おとうさん……こわくない?」

 

 リュカの声が少しだけ震えていた。

 

「大丈夫だ。ずっと一緒だ」

 

 手を差し出すと、小さな手が俺の指を握った。

 

 温かい。

 小さい。

 頼りない。

 

 こんな小さな手で、あの未来を歩かせるわけにはいかない。

 

 守る。

 絶対に守る。

 奴隷なんかにさせない。

 大切な人たちと、理不尽に引き裂かれる未来なんか歩ませない。

 

 森に入ると、空気がひんやりと変わった。

 木々の葉が揺れる。

 奥の方で、小さな獣の足音が聞こえた。

 

 現実の森だ。

 

 ゲームの背景じゃない。

 歩けば枝が靴に当たる。

 風が肌に触れる。

 草の匂いが濃くなる。

 

 そして、魔物も出る。

 

 草むらが揺れた。

 

「下がっていなさい」

 

 リュカを後ろへ下げる。

 手は自然と剣の柄に伸びていた。

 

 青い影が跳び出す。

 

「ピィッ!」

 

 スライム。

 

 続けて、おおねずみが低く唸りながら飛び出してきた。

 

 序盤の魔物だ。

 ゲームなら、何度も倒してきた。

 でも現実で見ると、思ったよりずっと生々しい。

 

 スライムの身体は半透明に揺れている。

 おおねずみの牙は、普通に痛そうだ。

 子どもが噛まれたら洒落にならない。

 

 油断するな。

 ここはゲームじゃない。

 

 スライムが跳びかかってくる。

 

 剣が動いた。

 

 俺が考えるより早く、パパスの身体が反応していた。

 踏み込む。

 振る。

 青い身体が弾けるように消える。

 

 おおねずみが地面を蹴った。

 牙がリュカの方へ向く。

 

 させるか。

 

 一歩前に出る。

 横へ流すように剣を振る。

 おおねずみは短く鳴いて倒れた。

 

 森が静かになる。

 

 強い。

 

 パパスは強い。

 分かっていた。

 知識としては知っていた。

 

 でも、実際にこの身体で動くと分かる。

 この人は、化け物じみて強い。

 

 だからこそ、納得がいかない。

 

 これほど強い男が、あの未来では負ける。

 ゲマに殺される。

 リュカを守りきれない。

 

 なら、俺はもっと強くならないといけない。

 

「おとうさん……!」

 

 リュカの声で振り返る。

 

 リュカは涙をこらえた顔で立っていた。

 膝に、小さなすり傷ができている。

 

 転んだのか。

 

「痛かったな。じっとしていなさい」

 

 膝のそばにしゃがむ。

 小さな傷に手をかざす。

 

「ホイミ」

 

 温かい光が、手のひらから広がった。

 傷口がゆっくりとふさがっていく。

 血の滲みも消えた。

 

 ホイミだ。

 

 本当に使えた。

 

 感動している場合じゃない。

 でも、少し感動した。

 いや、かなり感動した。

 

 だってホイミだぞ。

 ドラクエの回復呪文だぞ。

 子どもの頃から何度も見てきたあの光が、今、俺の手から出た。

 

 叫ぶな。

 顔に出すな。

 パパスだぞ。

 落ち着け。

 

「……あれ?いたくない」

 

「良かった。無事で安心した」

 

 リュカは目をぱちぱちさせた。

 それから、小さく胸を張って笑う。

 

「おとうさんが、なおしてくれた」

 

「ああ。怪我をしたまま歩かせるわけにはいかないからな」

 

 それだけ言った。

 

 本当は、頭を撫でたかった。

 抱きしめたかった。

 生きてるだけで偉いぞと言いたかった。

 

 でも外側はパパスだ。

 やりすぎると、たぶんリュカが困る。

 

 だから、少しだけ頭に手を置いた。

 

 リュカは嬉しそうに笑った。

 

 だめだ。

 かわいい。

 この子を守る以外の選択肢が消えていく。

 

 歩き出す足に、さっきより力が入った。

 

 森を抜けると、視界が開けた。

 草原の先に、小さな村が見える。

 

 丘の途中には教会。

 家々の煙突からは、細い煙がのぼっていた。

 

 サンタローズ。

 

 ついに来た。

 

 何度も見た村。

 何度も歩いた村。

 何度も、壊された後の姿を思い出して悔しくなった村。

 

 今はまだ、穏やかだ。

 

 人が暮らしている。

 煙がのぼっている。

 笑い声が聞こえる。

 

 焼かせない。

 

 絶対に焼かせない。

 

「あれ……サンタローズ?」

 

「そうだ。今日から、ここが家だ」

 

「家……!」

 

 リュカの顔が明るくなる。

 そのまま走り出しそうな勢いで、村を見つめていた。

 

 家か。

 

 この子にとって、ここは帰る場所になる。

 だから守る。

 何があっても守る。

 

 村の入口へ近づくと、数人の村人が声を上げた。

 

「おや、パパスさんじゃないか!」

「旅から戻られたんですね!坊っちゃんもご一緒で……元気そうで何よりです!」

「長旅でお疲れでしょう。今日はゆっくりなさってください」

 

 みんな嬉しそうだった。

 心から帰りを喜んでいる顔だった。

 

 パパスという男が、この村でどれほど慕われていたのかが伝わってくる。

 

 すごいな、パパス。

 

 あんたは、こんなにも信頼されていたのか。

 

 その名前を借りてここに立っている。

 それが少し怖い。

 でも、同時に誇らしくもあった。

 

「世話になる」

 

 短く返す。

 

 村人たちはそれだけで嬉しそうに笑った。

 

 この人たちは、パパスを信じている。

 なら俺も、その信頼に応えなければならない。

 

 村を守る理由が、また一つ増えた。

 

 その時、どたどたと重い足音が近づいてきた。

 

「旦那様ぁぁぁ!!」

 

 サンチョ。

 

 丸い身体を揺らしながら、涙目でこちらへ走ってくる。

 

「サンチョ、落ち着け」

 

「これが落ち着いていられますか!旦那様が、坊っちゃまが、無事にお戻りになられたのでございますよ!」

 

 サンチョはリュカの前で膝をつき、両手で小さな手を包むように握った。

 

「坊っちゃま……ご立派に……!お元気で……!本当に、本当に良かったでございます……!」

 

「……えへへ」

 

 リュカは少し照れたように笑った。

 

 サンチョ。

 

 忠臣。

 家族のような男。

 この先、どれほど長い時間が流れても、パパスとリュカを想い続ける男。

 

 知っている。

 

 俺は知っている。

 

 この人もまた、長い時間を待つことになる。

 主を失い、坊っちゃまを失い、それでも家を守り続ける。

 

 そんな未来も、変えたい。

 

「サンチョ」

 

「はい、旦那様!」

 

「ただいま」

 

 口から出たのは、それだけだった。

 

 サンチョの顔がくしゃりと歪んだ。

 

「……お帰りなさいませ。旦那様」

 

 短い言葉でいい。

 今のサンチョには、それで十分だった。

 

 家へ向かう。

 

 木の扉を開けると、温かい匂いがした。

 木の匂い。

 暖炉の匂い。

 人が暮らしている家の匂い。

 

 ここが、パパスの家。

 リュカの家。

 そして、今日から俺の家でもある。

 

「ここが……ぼくのおうち?」

 

「ああ。今日から一緒に暮らす家だ」

 

「すごい……!おへやがある……!」

 

 リュカは嬉しさを隠しきれない様子で、部屋を見回した。

 

 小さな足音が家の中に響く。

 サンチョが目を細めて見守っている。

 暖炉の火が、ぱちぱちと音を立てていた。

 

 穏やかだ。

 

 あまりにも穏やかだ。

 

 だからこそ、怖い。

 

 俺はこの後の未来を知っている。

 この穏やかさが壊されることを知っている。

 その壊れた後の痛みも、画面越しに何度も見てきた。

 

 でも今は、まだ壊れていない。

 

 なら、間に合う。

 

 そう思った時だった。

 

 居間の方から、明るい声がした。

 

「おじさま、お帰りなさい!」

 

 金髪の少女が、こちらへ駆け寄ってくる。

 

 見た瞬間、頭の中で名前が浮かんだ。

 

 ビアンカ。

 

 幼い頃のビアンカだ。

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