ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
ドワーフの洞窟の奥へ進むほど、壁の掘り跡は深くなった。
古い支柱。
錆びた工具。
石床に残る小さな足跡。
ここは、ドワーフたちが確かに使っていた場所だ。
リュカはどうのつるぎを握り、前を見ている。
もう、何度も同じ注意を言う必要はない。
足元を見る。
仲間を見る。
敵の数を見る。
それは、リュカ自身が覚え始めている。
通路の先で、棘のある影が転がった。
スピニー。
丸まった身体が、石床を跳ねるように迫る。
「リュカ、どうする」
俺は答えを言わなかった。
リュカは一瞬だけ考えた。
「ベラ、目をくらませられる?」
「任せて。マヌーサね」
ベラが前へ出る。
「マヌーサ!」
薄い霧のような呪文が、スピニーの周囲に広がった。
スピニーの動きが乱れる。
「ボロンゴ、横!」
リュカの声に、ボロンゴが右から飛び込む。
スピニーがそちらへ向いた瞬間、リュカが踏み込んだ。
どうのつるぎを大きく振らない。
短く、当てる。
刃が入った。
スピニーが壁にぶつかり、動かなくなる。
リュカは剣を下ろした。
「できた」
「ああ。今の判断はよかった」
それだけでいい。
さらに奥へ進むと、広い縦穴に出た。
古い梯子と石段が、下へ続いている。
ベラが下を覗き込む。
「この奥よ。ドワーフたちが残した書があるはず」
「カギの技法の書?」
リュカが聞く。
「ええ。氷の館の扉を開けるために必要なの」
カギの技法。
それを手に入れれば、次は氷の館だ。
階段を降りた先で、重い足音が響いた。
ラーバキング。
大きな身体が、通路を塞いでいる。
リュカの顔が強張った。
正面から押し切れる相手ではない。
だが、リュカは退かなかった。
「ベラ、守りを下げられる?」
「やってみるわ」
ベラが手を向ける。
「ルカナン!」
ラーバキングの身体が、わずかに沈む。
「ボロンゴ、足を止めて!」
ボロンゴが低く走り、ラーバキングの足元へ飛びつく。
リュカは正面に行かない。
横へ回る。
どうのつるぎが、ラーバキングの脇を斬った。
浅い。
だが、続けてもう一撃。
「ギラ!」
ベラの呪文が走り、ラーバキングがひるむ。
その隙に、リュカが三撃目を入れた。
大きな身体が崩れる。
リュカは肩で息をしながら、倒れたラーバキングを見ていた。
俺はその背中を見る。
まだ幼い。
まだ危なっかしい。
だが、もうただ守られるだけの子どもではない。
自分で考え、仲間を使い、自分で踏み込んだ。
奥の部屋に、古びた宝箱があった。
その横の壁に、大きな羽が一枚、突き刺さっている。
青い羽だ。
ただの鳥の羽ではない。
大人の腕ほどもある大きさで、羽軸の周りには白い霜が張りついていた。
触れなくても分かる。
冷気を帯びている。
妖精の村の雪とも、ドワーフの洞窟の冷たさとも違う。
もっと深い場所から来たような、嫌な冷たさ。
そして、かすかに混じる魔界の気配。
青い鳥。
大きな羽。
冷気。
魔界。
ここまで揃えば、前世の知識が勝手に名を引き出す。
ホークブリザード。
凍える吹雪を吐き、死を呼ぶ呪文を操る魔界の鳥。
まだ実体を見たわけではない。
だが、この羽の主がただの妖精界の魔物ではないことだけは、はっきりしていた。
「おとうさん?」
リュカがこちらを見る。
「リュカは宝箱を開けなさい」
「この羽は?」
「父さんが見る」
リュカは少し気にしていたが、すぐに宝箱へ向かった。
俺は羽に近づく。
青い羽の周囲で、霜がじわじわと広がっている。
この洞窟のものではない。
氷の館の方角から流れてきた気配とも違う。
魔界のものが、妖精界の冬に紛れ込んでいる。
そう考える方が自然だった。
俺は羽に触れず、剣を抜いた。
斬るのは羽ではない。
羽に残った冷気の筋。
それがどこへ繋がっているかを探る。
手のひらから柄へ。
柄から刃へ。
刃の先へ。
魔力を細く流す。
青い羽の根元に、冷気の流れがある。
俺はそこへ刃を入れた。
一閃。
霜が砕け、青い羽が床に落ちる。
冷気は薄れた。
だが、完全には消えていない。
細い気配が、まだ洞窟の奥から外へ伸びている。
氷の館の方角へ。
「本体は、そっちか」
俺は剣を下ろした。
リュカが宝箱を開ける。
中には、古い書が入っていた。
「これ?」
ベラが明るく頷く。
「カギの技法の書よ。これがあれば、氷の館の扉を開けられるわ」
リュカは本を両手で抱えた。
「じゃあ、次は氷の館だね」
「ああ」
俺は答えながら、床に落ちた青い羽を見る。
リュカたちは、カギの技法を手に入れた。
俺は、魔界の鳥の痕跡を見つけた。
表の道も、裏の道も。
どちらも、氷の館へ続いている。