ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第31話『氷の館』

 ドワーフの洞窟を出ると、妖精の村の雪が静かに降っていた。

 

 白い景色。

 けれど、俺の目にはもう同じ雪には見えない。

 

 ドワーフの洞窟で見つけた青い羽。

 大きく、冷気を帯びた羽。

 ホークブリザード。

 

 前世の知識が引き出した名前は、まだ頭の中に残っている。

 魔界の鳥が、妖精界の冬に紛れている。

 それだけで、今回の異変が原作通りでは済まないことは分かった。

 

「おとうさん」

 

 リュカがこちらを見上げる。

 

「氷の館って、こっちでいいんだよね?」

 

「ああ」

 

 俺が答えるより先に、ベラが前を指した。

 

「こっちよ。春風のフルートは、氷の館の奥にあるはず」

 

 ベラの声は明るい。

 だが、その羽が少し震えている。

 

 妖精の村を覆う冬。

 ポワンが困っていること。

 そして、春風のフルートを奪った相手。

 小さな体で、ベラなりに背負っているものがある。

 

 リュカはどうのつるぎを握り直した。

 ボロンゴがその横を歩く。

 

 氷の館は、村から少し離れた場所にあった。

 

 白く凍った壁。

 閉ざされた扉。

 館全体が、冬そのものを固めたように見える。

 

 扉の前に立つと、リュカが古い書を取り出した。

 

 ドワーフの洞窟で手に入れた、カギの技法の書。

 

「これ、どうすればいいの?」

 

 リュカが書を開く。

 古い紙に描かれた文字と印が、扉の冷気に触れたように淡く光った。

 

「わっ」

 

 書に記された線が、ほどけるように浮かび上がる。

 光はリュカの指先へ流れ込み、腕を通って、胸の奥へ染み込んでいった。

 まるで、文字そのものがリュカの中へ入っていくようだった。

 

「リュカ!」

 

 ベラが声を上げる。

 だが、リュカは倒れなかった。

 

 驚いた顔で、自分の手を見つめている。

 次の瞬間、古い書は端からさらさらと崩れ始めた。

 

「本が……!」

 

 リュカは慌てて支えようとした。

 だが、紙の形はもう残らなかった。

 小さな光の粒だけが、雪のように舞って消えていく。

 

「大丈夫よ」

 

 ベラが静かに言った。

 

「カギの技法は、ちゃんとリュカの中に入ったわ」

 

「ぼくの中に?」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「今、リュカが覚えたんだ」

 

 リュカはもう一度、自分の手を見た。

 そして、ゆっくりと扉へ向き直る。

 

「やってみる」

 

 小さな指が、凍った金具に触れた。

 

 カチリ。

 

 音がした。

 

 ただの鍵ではない。

 ドワーフたちが残した技法が、扉の仕組みをほどいていく。

 重い氷の扉が、ゆっくりと開いた。

 

 冷気が流れ出す。

 リュカが息を飲んだ。

 

「開いた……」

 

「リュカが開けたのよ」

 

 ベラが嬉しそうに言う。

 リュカは少し照れた顔をした。

 

「でも、ベラがいてくれたから」

 

「そうね。じゃあ二人の手柄ってことで」

 

 ボロンゴが短く鳴いた。

 

「ボロンゴもいるよ」

 

 リュカが笑う。

 俺は三人を見て、頷いた。

 

「行くぞ」

 

 館の中は、床も壁も氷だった。

 足を置くたび、靴底が滑る。

 柱には霜が張りつき、天井からは細い氷柱が垂れている。

 

 リュカはすぐに走ろうとはしなかった。

 一歩ずつ足を置き、滑り方を確かめている。

 

 ドワーフの洞窟で覚えたことが、ここでも生きている。

 前だけを見るな。

 足元を見ろ。

 仲間を見ろ。

 

「床、すべるー」

 

「なら、どう歩く」

 

 俺が聞くと、リュカは少し考えた。

 

「小さく歩く。あと、ボロンゴが先に走らないようにする」

 

「ガウ?」

 

「だって、ボロンゴが滑ったら、ぼくもびっくりするから」

 

 ボロンゴは不満そうに鼻を鳴らしたが、リュカの横に戻った。

 悪くない判断だ。

 

 広間へ進むと、奥から笑い声が聞こえた。

 

「へえ。本当に来たんだ」

 

 氷の柱の陰から、一人の少年が現れた。

 

 ザイル。

 妖精の村の子ども。

 

 けれど、その目は子どもらしい無邪気さだけではない。

 すねたような顔。

 怒ったような声。

 そして、どこか寂しそうな気配。

 

 俺は名前を知っている。

 前世の知識として。

 だが、リュカたちにとっては初めて会う相手だ。

 

「春風のフルートを返して」

 

 ベラが前へ出る。

 

「ポワンさまが困ってるの」

 

「知らないよ」

 

 ザイルは口を尖らせた。

 

「春なんて来なくていい。冬のままでいいんだ」

 

「どうしてそんなこと言うの?」

 

 リュカが聞く。

 ザイルはリュカを見た。

 

「人間には関係ないだろ」

 

「関係あるよ」

 

 リュカは一歩前へ出た。

 

「ベラが困ってる。ポワンさまも困ってる。だから、関係ある」

 

 ザイルの顔が歪んだ。

 

「……いい子ぶるなよ」

 

 氷の床に冷気が走る。

 ザイルの背後で、白い影が揺れた。

 

 まだ姿ははっきりしない。

 だが、館の奥にいる。

 

 雪の女王。

 

 そして、さらにその上。

 天井近くの氷の陰で、何かが動いた。

 

 羽音。

 小さい。

 けれど、氷の軋む音でも、風が鳴る音でもない。

 生き物の翼が、空気を打つ音だ。

 

 ドワーフの洞窟で見た青い羽。

 その主が、この館のどこかにいる。

 

 リュカたちの前にはザイル。

 奥には雪の女王。

 そして、俺の視線の先には魔界の鳥の気配。

 

 やはり、道は二つに分かれている。

 表の戦いと、裏の戦い。

 

 だが、今ここで俺が前に出れば、リュカの冒険を奪う。

 ザイルはリュカが向き合う相手だ。

 

 俺は剣の柄に手を置いたまま、動かなかった。

 

「リュカ」

 

「なに?」

 

「目の前の相手を見ろ。怒っているだけではない」

 

 リュカはザイルを見た。

 ベラも息を呑む。

 

 ザイルは歯を食いしばり、氷の床を蹴った。

 

「うるさい!」

 

 冷気が弾ける。

 

 リュカはどうのつるぎを構えた。

 ボロンゴが低く唸る。

 ベラがリュカの横へ並んだ。

 

 俺は一歩だけ下がる。

 ここから先は、リュカたちの戦いだ。

 

 だが、天井の奥でまた羽音がした。

 

 青い鳥。

 冷気。

 魔界。

 

 俺はそちらを見上げる。

 

 リュカたちがザイルと向き合うなら。

 俺は、俺にしか見えないものを見逃さない。

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