ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
先に動いたのは、ホークブリザードだった。
青い翼が氷柱を砕く。
砕けた氷が、リュカたちの頭上へ降り注いだ。
「リュカ、下がれ!」
リュカはザイルの腕を掴み、横へ転がる。
ボロンゴが二人の前に飛び出し、ベラが両手を突き出した。
「ギラ!」
炎が走り、落ちてくる氷をいくつか溶かす。
だが、全部ではない。残った氷がリュカの肩をかすめた。
「っ……!」
「リュカ!」
「大丈夫!」
リュカはすぐに立ち上がった。
ザイルは床に座り込んだまま、呆然と天井を見ている。
「なんで……ぼくを……」
「後で考えろ!」
俺は氷の柱を蹴り、上へ跳んだ。
ホークブリザードがくちばしを開く。冷気が渦を巻いた。
こごえるふぶき。
前世の知識が、反射のように名前を告げる。
だが、今は名前を思い出している場合ではない。
あれを下へ通せば、リュカたちは動けなくなる。
俺は剣に魔力を流した。
炎をぶつけるのではない。
吹雪の流れを見る。
どこから吐き出され、どこで広がり、どこへ落ちるのか。
その筋へ刃を入れる。
一閃。
吐き出された吹雪が、空中で左右に裂けた。
白い冷気が壁と天井を凍らせる。
ホークブリザードの目が、こちらを向いた。
冷たい目だ。
獲物を見る目ではない。
邪魔者を見る目。
「こっちを見ろ」
俺は剣を構えた。
「下には行かせん」
下では、雪の女王が笑っていた。
「人間の子が、妖精を守るの?」
雪の女王の指先から冷気が伸びる。
狙いはザイル。
リュカが前に出た。
「ザイル、後ろ!」
「え……?」
ザイルの反応が遅い。
ボロンゴが体当たりするようにザイルを押し倒した。
冷気が二人のいた場所を通り過ぎ、床を白く凍らせる。
「ボロンゴ!」
「ガウッ!」
ボロンゴはすぐに起き上がった。
リュカは剣を構える。
「ベラ、足元!」
「分かった!」
ベラのギラが床を走る。
凍った床の一部が溶け、白い水気を帯びた。
リュカはそこへ足を置く。
滑らない。
雪の女王が眉をひそめた。
「小賢しいわね」
「小さく歩く。滑る床は使う」
リュカが呟いた。
ドワーフの洞窟から、ここまでの戦いが繋がっている。
リュカは学んでいる。
雪の女王が冷気を集める。
リュカは真正面から突っ込まない。
「ボロンゴ、右!」
ボロンゴが右へ走る。
雪の女王の視線がそちらへ向いた。
「ベラ!」
「ギラ!」
炎が雪の女王の足元を焼く。
その一瞬、リュカが低く踏み込んだ。
どうのつるぎが、雪の女王の腕をかすめる。
「人間の子が……!」
雪の女王の顔から余裕が消えた。
よし。
表は動いている。
なら、俺は裏を止める。
ホークブリザードが翼をたたみ、急降下してきた。
爪が氷の光を帯びる。
速い。
俺は空中で身体をひねり、剣を合わせた。
金属音ではない。
氷を叩き割るような音が響き、腕に重さが来る。
この身体でなければ、受けきれなかった。
ホークブリザードはすぐに離れ、もう一度くちばしを開いた。
今度は冷気ではない。
空気が沈む。音が遠くなる。肌が粟立つ。
ザラキ。
まずい。
俺は床へ着地する前に、柱を蹴った。
間に合うか。
ホークブリザードのくちばしから、黒い言葉のような魔力が漏れる。
呪文は刃物ではない。
炎でも氷でもない。
だが、魔力には流れがある。音にも、向きがある。
なら、断てる。
「させるか!」
俺は剣を振り抜いた。
黒い魔力の筋が、空中で裂ける。
耳の奥で、嫌な音が弾けた。
膝が一瞬だけ重くなる。
完全には斬りきれていない。
だが、下には届かせなかった。
「おとうさん!」
「前を見ろ!」
リュカが叫びかけた瞬間、雪の女王の冷気が迫っていた。
ベラがリュカの前に飛ぶ。
「マヌーサ!」
白い霧が広がり、雪の女王の狙いがわずかにそれる。
その隙にリュカが横へ滑った。
ボロンゴが雪の女王の足元へ飛びかかる。
ザイルが震えながら叫んだ。
「そこ、右の床は滑る!」
リュカが一瞬だけ目を見開く。
「ありがとう!」
リュカは右へ行かず、左へ踏み込んだ。
雪の女王の冷気が空を切る。
ザイルは自分の口を押さえた。
助けた。
今、自分の意思で。
雪の女王がザイルを睨む。
「あなたまで、私に逆らうの?」
ザイルは震えた。
けれど、もう目を逸らさなかった。
「ぼくは……冬のままがいいなんて、本当は思ってない」
ベラが息を呑む。リュカが剣を握り直した。
「ザイル」
「フルートは……奥だ」
ザイルは雪の女王を見たまま言った。
「あいつが、奥に隠してる」
雪の女王の顔が歪む。
「役立たずが!」
冷気がザイルへ伸びる。
リュカがその前へ出た。
だが、上からも動く。
ホークブリザードが、再びザラキの気配をまとった。
下は雪の女王。
上はホークブリザード。
同時に来る。
俺は息を吸った。
守るだけでは押し切られる。
なら、先に片方を崩す。
俺はホークブリザードへ向けて跳んだ。
青い翼が広がる。
死の呪文が形になる前に。
その喉元へ、刃を届かせる。
「落ちろ」
剣が、青い羽を裂いた。
ホークブリザードの身体が大きく傾く。
翼が氷柱にぶつかり、青い羽が散った。
そのまま、魔界の鳥は氷の床へ叩きつけられる。
くちばしが開く。
だが、もう呪文は形にならなかった。
冷気だけが白く漏れ、薄れていく。
俺は剣を下ろした。
終わった。
上は片づけた。
だが、館の冷気はまだ消えていない。
雪の女王は、まだリュカたちの前にいる。
あとは、リュカたちの戦いだ。