ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第34話『春風のフルート』

 ホークブリザードが床へ叩きつけられた音が、氷の館に響いた。

 

 リュカが一瞬だけこちらを見る。

 

「おとうさん!」

 

「上は片づけた」

 

 俺は剣を下ろしたまま言った。

 

「雪の女王は、お前たちの相手だ……やれるな?」

 

 リュカは小さく頷き、すぐに向き直った。

 

 その前には雪の女王。

 

 背後には、震えながらも逃げないザイル。

 

 横にはベラとボロンゴ。

 

 もう、リュカは一人ではない。

 

 雪の女王は、倒れたホークブリザードを一瞥した。

 

「魔界の鳥まで落とすなんて。人間にしてはやるのね」

 

 その声にはまだ余裕があった。

 

 だが、目は笑っていない。

 

 雪の女王の指先が動く。

 

 冷気が床を走った。

 

 真っ直ぐリュカを狙ったものではない。

 

 床を凍らせ、足を奪う冷気だ。

 

「リュカ、足元!」

 

 ベラが叫ぶ。

 

 リュカは踏み込もうとした足を止めた。

 

 白く凍った床を避け、ザイルが教えた滑りにくい場所へ足を置く。

 

 雪の女王の眉がわずかに動いた。

 

「その子の言葉を信じるの?」

 

「うん」

 

 リュカは剣を構えた。

 

「ザイルは、もう嘘をついてない」

 

 ザイルの肩が震えた。

 

 雪の女王が笑う。

 

「甘い子ね。だから凍るのよ」

 

 冷気が柱を伝い、広間の奥へ広がる。

 

 そこに、氷で閉ざされた台座があった。

 

 ザイルが指を伸ばす。

 

「フルートは、あそこだ!」

 

 ベラが顔を上げた。

 

「あれが……!」

 

 氷の中に、小さな笛が見える。

 

 春風のフルート。

 

 だが、雪の女王がその前に立ちはだかった。

 

「渡さないわ。春など、この村には必要ない」

 

「必要ある!」

 

 ベラが前へ出た。

 

「みんな待ってるの。ポワンさまも、村のみんなも。春が来るのを待ってるの!」

 

「なら、待ち続ければいいわ。永遠に」

 

 雪の女王の手から、細い冷気の刃が放たれた。

 

 狙いはベラ。

 

 リュカが動く。

 

「ベラ!」

 

 どうのつるぎが冷気の刃を受ける。

 

 受けきれない。

 

 刃は剣を伝い、リュカの腕を白く凍らせた。

 

「っ……!」

 

 リュカの足が止まる。

 

 雪の女王がそこへ冷気を重ねようとした。

 

 だが、ボロンゴが飛び込む。

 

「ガウッ!」

 

 牙が雪の女王の衣を引き裂いた。

 

 雪の女王が顔を歪め、ボロンゴを払う。

 

 ボロンゴは床を滑って転がったが、すぐに爪を立てて起き上がる。

 

「ボロンゴ!」

 

「大丈夫。まだ動ける!」

 

 リュカは凍りついた腕を振った。

 

 完全には動かない。

 

 だが、剣は落としていない。

 

 ベラがリュカの横に並ぶ。

 

「リュカ、無理に受けないで。私が前を焼くわ」

 

「うん。じゃあ、ぼくは横から行く」

 

 リュカが即答した。

 

 いい判断だ。

 

 正面から押すだけでは通らない。

 

 リュカはもう、それを分かっている。

 

「ギラ!」

 

 ベラの炎が床を走った。

 

 雪の女王の足元の氷が溶ける。

 

 滑る床が、逆に崩れる。

 

 雪の女王の姿勢がわずかに乱れた。

 

「ボロンゴ、左!」

 

 ボロンゴが左へ走る。

 

 雪の女王の視線がそちらへ向いた。

 

 その瞬間、リュカは右から踏み込んだ。

 

 どうのつるぎが、雪の女王の腕を斬る。

 

 浅い。

 

 だが、確かに届いた。

 

「人間の子供風情が……!」

 

 雪の女王の声が低くなる。

 

 広間の冷気が一気に濃くなった。

 

 柱も床も壁も、白く鳴る。

 

 リュカの息が白くなる。

 

 ベラの羽に霜がつく。

 

 ボロンゴの足元が凍る。

 

 まずい。

 

 冷気が強すぎる。

 

 俺は一歩踏み出しかけた。

 

 だが、その前にザイルが叫んだ。

 

「リュカ!奥の柱を使って!」

 

「柱?」

 

「女王の冷気は真っ直ぐ来る!柱の影なら、少しだけ弱い!」

 

 リュカは頷いた。

 

「分かった!」

 

 リュカは正面から走らない。

 

 柱の影へ入り、冷気を避けながら距離を詰める。

 

 ボロンゴも低く走り、別の柱の影へ回る。

 

 ベラは上から炎を落とし、雪の女王の視線を散らした。

 

 ザイルは震えながら、床を指し続ける。

 

「そこは滑る!左!その白いところ!」

 

「うん!」

 

 リュカの動きが変わった。

 

 ただ戦うのではない。

 

 ベラを見る。

 

 ボロンゴを見る。

 

 ザイルの声を聞く。

 

 そして、自分で進む場所を選ぶ。

 

 雪の女王の顔から、余裕が消えていく。

 

「どうして……どうして凍らないの」

 

「一人じゃないから!」

 

 リュカが叫んだ。

 

「ベラがいる。ボロンゴがいる。ザイルも教えてくれる!」

 

 その言葉に、ザイルが目を見開いた。

 

「ぼくも……?」

 

「うん!皆が一緒にいてくれる!皆が一緒に戦ってくれる!」

 

 リュカは雪の女王を見据えた。

 

「だから、負けない!」

 

 ベラが台座へ向かって飛ぶ。

 

 雪の女王が即座に反応した。

 

「触らせない!」

 

 冷気の刃が、ベラへ向かう。

 

「させない!」

 

 リュカが滑る床を蹴った。

 

 今度は滑ったのではない。

 

 自分から滑った。

 

 低く、速く。

 

 冷気の刃とベラの間へ割り込む。

 

 剣で受けない。

 

 刃の横を叩き、軌道をずらした。

 

 冷気が柱に刺さり、白く砕ける。

 

「ベラ!」

 

「任せて!」

 

 ベラが台座に手をかざす。

 

「ギラ!」

 

 炎が氷を焼く。

 

 分厚い封印が、じわじわと溶けていく。

 

 雪の女王が怒りの声を上げた。

 

「やめなさい!」

 

 床全体から冷気が吹き上がる。

 

 リュカの足が凍りつきかける。

 

 ボロンゴが飛びかかるが、冷気に弾かれる。

 

 ベラの炎も弱まる。

 

 その時、ザイルが走った。

 

「ザイル!」

 

 リュカが叫ぶ。

 

 ザイルは雪の女王へ向かっていた。

 

 手には、小さな氷の欠片。

 

 武器にもならない。

 

 それでも、ザイルは投げた。

 

 氷の欠片は雪の女王の頬に当たり、砕ける。

 

 傷にはならない。

 

 だが、雪の女王の動きが止まった。

 

「あなた……」

 

 ザイルは震えていた。

 

 けれど、逃げなかった。

 

「ぼくは、もう冬のままでいいなんて言わない!」

 

 雪の女王の目が冷たく光る。

 

「なら、あなたから凍りなさい」

 

 冷気がザイルへ向かう。

 

 リュカが動いた。

 

 ボロンゴも動いた。

 

 ベラも振り向いた。

 

「リュカ!」

 

「間に合う!」

 

 リュカは床を滑り、ザイルの前へ入った。

 

 剣を構える。

 

 今度は一人では受けない。

 

 ボロンゴが横から冷気の流れに体をぶつける。

 

 ベラのギラが逆側から走る。

 

 冷気の刃が三つに割れ、リュカの頬をかすめて消えた。

 

 リュカは息を吐く。

 

 そして、踏み込んだ。

 

「今だ、リュカ!」

 

 ザイルの声。

 

「ギラ!」

 

 ベラの炎。

 

「ガウッ!」

 

 ボロンゴの唸り。

 

 すべてが重なった一瞬。

 

 リュカのどうのつるぎが、雪の女王の中心を斬った。

 

 白い身体に、亀裂が走る。

 

「春など……来なければ……」

 

 雪の女王の声が揺れる。

 

 リュカは剣を引いた。

 

「春は来るよ」

 

 ベラが台座から春風のフルートを取り上げる。

 

 氷の封印が砕け散った。

 

「ポワンさまに、返すんだから!」

 

 雪の女王の身体が崩れ始める。

 

 指先から、衣から、髪から。

 

 白い氷の粒になっていく。

 

「人間の子……妖精……裏切り者……」

 

 その言葉を最後に、雪の女王は砕けた。

 

 冷気が弾ける。

 

 広間を覆っていた重い冬が、音もなく薄れていく。

 

 静かだった。

 

 しばらく、誰も動けなかった。

 

 ベラは春風のフルートを抱きしめている。

 

 リュカは肩で息をしている。

 

 ボロンゴはリュカの横で、まだ雪の女王がいた場所を睨んでいる。

 

 ザイルは床に座り込んだ。

 

 ぽろぽろと涙が落ちる。

 

「ぼく……ごめん……」

 

 ベラがゆっくり近づいた。

 

 ザイルは顔を上げられない。

 

「ごめん……ごめんなさい……」

 

 リュカは剣を下ろし、ザイルの前にしゃがんだ。

 

「ちゃんと謝ろう。ポワンさまにも、みんなにも」

 

 ザイルは泣きながら頷いた。

 

「うん……」

 

 俺は倒れたホークブリザードの方を見る。

 

 青い羽は、冷気と一緒に薄れていた。

 

 雪の女王は倒れた。

 

 春風のフルートも取り戻した。

 

 だが、胸の奥に残る嫌な感覚は消えない。

 

 魔界の鳥は、なぜここにいたのか。

 

 春風のフルートに引き寄せられたのか。

 

 ゴールドオーブの気配を追ってきたのか。

 

 それとも。

 

 原作とは違う道を進み始めた俺に、世界そのものが反応し始めているのか。

 

 答えはまだ出ない。

 

 だが、ひとつだけ分かる。

 

 これで終わりではない。

 

 春は戻る。

 

 けれど、俺の前にある道は、もう俺の知っている物語ではなくなり始めていた。

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