ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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断章《父と子と》
第36話『春の別れ』


 妖精の村に、春が戻った。

 

 雪に閉ざされていた木々は淡い緑を取り戻し、小さな花があちこちで顔を出している。

 

 さっきまで白一色だった村が、少しずつ色を思い出していく。

 

 リュカはその光景を、目を輝かせて見ていた。

 

「すごいね、おとうさん。ほんとうに春になった」

 

「ああ」

 

 俺は短く答えた。

 

 春風のフルート。

 

 雪の女王。

 

 ザイル。

 

 ホークブリザード。

 

 原作で知っていた流れに、俺が知らないものが混じり始めている。

 

 だが、今この瞬間だけは。

 

 リュカが笑っている。

 

 ベラも笑っている。

 

 妖精たちが春を喜んでいる。

 

 それだけで十分だと思えた。

 

 ポワンの家の前には、村の妖精たちが集まっていた。

 

 ベラはリュカの前に飛んできて、少し照れくさそうに笑う。

 

「リュカ、本当にありがとう。あなたが来てくれなかったら、春風のフルートは戻らなかったわ」

 

「ぼく一人じゃないよ。ベラも、ボロンゴも、おとうさんもいたし」

 

「それでもよ」

 

 ベラは優しく言った。

 

「あなたは、ちゃんと前に進んだ。怖くても、滑っても、迷っても」

 

 リュカは照れたように笑った。

 

「うん」

 

 ベラは次にボロンゴの前へ飛んだ。

 

「ボロンゴもありがと。何度もリュカを助けてくれたわね」

 

「ガウ」

 

 ボロンゴは得意そうに胸を張った。

 

 そして、ベラが俺の方を見る。

 

 来た。

 

 来てしまった。

 

 推しがこちらを見る。

 

 俺は顔に出さない。

 

 出してはいけない。

 

 俺はパパス。

 

 リュカの父。

 

 威厳ある大人。

 

 決して、心の中で正座している現代人ではない。

 

「パパスさん」

 

「なんだ」

 

 声は低く出せた。

 

 よし。

 

「あなたがいてくれて、本当に助かりました。リュカを見守ってくれて、私たちも守ってくれて……ありがとうございました」

 

 終わった。

 

 俺の中の何かが終わった。

 

 ベラたんが俺に感謝を。

 

 しかも真正面から。

 

 ありがとうと言った。

 

 これはもう実質、前世の俺への供養ではないか。

 

 いや、落ち着け。

 

 号泣するな。

 

 内心だけにしろ。

 

 外面はパパスだ。

 

「礼を言うのはこちらだ」

 

 俺はできるだけ静かに答えた。

 

「リュカにとって、よい経験になった」

 

「ふふ。やっぱりお父さんね」

 

 やめろ。

 

 推しに父親認定されるのは破壊力が高い。

 

 俺は内心で膝から崩れ落ちていた。

 

 だが、現実の俺は頷くだけに留めた。

 

 ポワンが静かに歩み寄る。

 

「リュカさん。ボロンゴさん。そして、パパスさん。妖精の村を救ってくださったこと、心より感謝いたします」

 

 リュカは慌てて首を振った。

 

「ぼく、そんなすごいことしてないです」

 

「いいえ。あなたは春を取り戻すために、自分の足で進みました。それは、とても大切なことです」

 

 ポワンの目が、少しだけ俺へ向く。

 

「そして、パパスさん。あなたもまた、自分の道を進んでいますね」

 

「……はい」

 

「その道は、これからさらに険しくなるでしょう。けれど、今日取り戻した春を忘れないでください」

 

 春。

 

 リュカが笑っている光景。

 

 ベラが空を飛んでいる光景。

 

 ザイルが泣きながら謝った光景。

 

 俺はそれを胸に刻む。

 

「忘れません」

 

 そう答えると、ポワンは静かに頷いた。

 

 ザイルもいた。

 

 少し離れた場所で、こちらを見ている。

 

 リュカが気づいて手を振ると、ザイルは一瞬戸惑い、それから小さく手を上げた。

 

「またね、ザイル」

 

「……うん」

 

 ザイルはうつむいたまま言った。

 

「今度は、ちゃんと案内する」

 

「うん」

 

 リュカは笑った。

 

 ベラがリュカの前へ戻ってくる。

 

「それじゃあ、そろそろ帰らないとね。人間の世界にも、春が来るわ」

 

「ベラとは、もう会えないの?」

 

 リュカが寂しそうに聞く。

 

 ベラは少しだけ困った顔をした。

 

「すぐには会えないかもしれない。でも、リュカが私たちのことを覚えていてくれたら、それでいいの」

 

「覚えてるよ」

 

 リュカはすぐに言った。

 

「絶対に忘れない」

 

 ベラは嬉しそうに笑った。

 

 俺はその光景を見て、また内心で泣いた。

 

 推しとの別れ。

 

 分かっていた。

 

 分かっていたが、つらい。

 

 前世の俺よ。

 

 お前は今、ベラたんと同じ空間にいて、別れを惜しまれている。

 

 すごいぞ。

 

 いや、惜しまれているのは主にリュカだ。

 

 分かっている。

 

 でも少しくらい夢を見させてくれ。

 

 春風が吹いた。

 

 村の光景が、少しずつ淡く揺らぐ。

 

 妖精たちの姿が遠くなる。

 

 ベラが最後に手を振った。

 

「リュカ!ありがとう!」

 

「ベラ!またね!」

 

 リュカが手を振り返す。

 

 ボロンゴも鳴いた。

 

 俺は静かに頷いた。

 

 次の瞬間、視界が白く包まれた。

 

 目を開けると、そこはサンタローズの家の地下だった。

 

 冷たい妖精の村の空気は消えている。

 

 代わりに、懐かしい土と木の匂いがした。

 

「戻ってきた……」

 

 リュカが呟く。

 

 ボロンゴが鼻を鳴らし、辺りを嗅ぐ。

 

 俺は地下室の壁を見た。

 

 短い旅だった。

 

 だが、リュカは確かに変わった。

 

 剣を握る手。

 

 仲間を見る目。

 

 誰かの涙に立ち止まる心。

 

 それを見られただけでも、妖精の村へ行った意味はあった。

 

「上へ行くぞ」

 

「うん」

 

 階段を上がると、サンチョがこちらへ駆け寄ってきた。

 

「旦那さま!坊っちゃん!どちらにおられたのですか。サンチョは心配で心配で……!」

 

「すまない。少し出ていた」

 

「少し、でございますか……?」

 

 サンチョは言いたいことが山ほどありそうだったが、リュカとボロンゴが無事なのを見て、ひとまず胸を撫で下ろした。

 

「ご無事なら、それでよろしゅうございます」

 

 それから、サンチョは何かを思い出したように顔を上げた。

 

「そうでした、旦那さま」

 

「なんだ」

 

「旦那さまたちがお留守の間に、怪しげな男が訪ねてまいりました」

 

 俺の指が、わずかに止まる。

 

 怪しげな男。

 

「どんな男だ」

 

「旅人のような格好をしておりました。名は名乗りませんでしたが……妙な方でございました」

 

 サンチョは首をひねる。

 

「怪しげではあったのですが、不思議と悪い方には見えませんでした。それに……」

 

「それに?」

 

「奥方様のような目をしておりました」

 

 マーサのような目。

 

 その言葉で、胸の奥が静かに沈んだ。

 

 来たか。

 

 未来から来たリュカ。

 

 俺の知る原作では、教会の前で幼いリュカに声をかけ、ゴールドオーブを見せるはずの男。

 

 だが、俺たちは妖精の村にいた。

 

 会うはずの相手に、会えなかった。

 

 つまり、流れはもうズレている。

 

「何か言っていたか」

 

「はい。坊っちゃんに、きれいな玉を大切にするように、と」

 

 サンチョの言葉に、リュカが首を傾げる。

 

「きれいな玉?」

 

 俺はリュカを見る。

 

 ゴールドオーブ。

 

 まだリュカの手元にある、あの金色の玉。

 

「リュカ」

 

「なに、おとうさん」

 

「あれは大事にしなさい」

 

「うん。分かってる」

 

 リュカは素直に頷いた。

 

 サンチョは不思議そうに俺たちを見る。

 

「旦那さま、その方をご存じなのですか?」

 

「……いや」

 

 俺は少しだけ間を置いて答えた。

 

「だが、会うことになるだろう」

 

 サンチョが目を瞬かせる。

 

「会う、でございますか?」

 

「ああ」

 

 俺は窓の外を見た。

 

 サンタローズには、穏やかな光が差している。

 

 妖精の村に春が戻ったように、この村にも春の気配がある。

 

 だが、その光の向こうに、別の影が近づいている。

 

 未来のリュカ。

 

 ゴールドオーブ。

 

 そして、俺が変えようとしている運命。

 

 次に動くのは、そこだ。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

「明日、村へ出る」

 

 リュカが不思議そうに俺を見上げる。

 

「どこに行くの?」

 

「教会の方だ」

 

 そう答えると、胸の奥で何かが重く鳴った。

 

 原作では、ただ通り過ぎるはずだった出会い。

 

 だが、今度は違う。

 

 俺がいる。

 

 俺は、あの男に会う。

 

 そして、リュカの未来を、勝手に持っていかせはしない。

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