ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第37話『未来から来た息子』

 翌朝、俺は一人で教会へ向かった。

 リュカとボロンゴは、サンチョと家に残している。

 これから会う相手との話を、幼いリュカに聞かせるつもりはなかった。

 

 教会の前には、一人の旅人が立っていた。

 使い込まれた杖を背負い、長い旅に耐えてきたことを窺わせるマントを身に纏っている。

 成長した顔立ちには、幼いリュカの面影が確かに残っていた。

 そして、その目はサンチョの言った通り、どこかマーサに似ている。

 

 間違いない。

 未来から来たリュカだ。

 

 男は俺に気づくと、驚いたように目を見開いた。

 すぐに俺の後ろへ視線を向けたが、そこに待っていた少年の姿がないと分かり、わずかに表情を曇らせる。

 

「リュカを待っていたのだろう?」

 

「……はい」

 

「今日は来ない。代わりに俺が来た」

 

「なぜ、あなたが……?」

 

「お前に会うためだ」

 

 俺は男の正面まで歩み寄った。

 父を失い、十年もの時間を奪われ、それでも家族を求めて歩き続けた未来のリュカ。

 ゲームの画面越しに見ていた主人公が、今は一人の人間として目の前に立っている。

 

「未来から来たリュカ」

 

 男の顔が強張った。

 背中の杖へ手を伸ばしかけたが、俺が剣を抜いていないことに気づき、その手を止める。

 

「どうして、それを……」

 

「俺は、この世界で本来起こるはずだった流れを知っている」

 

 未来のリュカの目が、わずかに見開かれた。

 

「お前が歩いた未来も、ゲマが何をするのかも、天空城を蘇らせるために何が必要なのかも知っている」

 

「それは……予言ですか」

 

「違う」

 

 俺は静かに首を振った。

 

「俺にとっては、知識だ。だが、なぜ俺がそれを知っているのかは、今ここで話すべきではない」

 

「なぜです」

 

「先に、お前に伝えなければならないことがある」

 

 未来のリュカの目に警戒が浮かんだ。

 

「ゴールドオーブは渡せない」

 

 未来のリュカの表情が強張った。

 

「なぜですか。天空城を蘇らせなければ、妻を助けるための旅を続けられません」

 

「分かっている」

 

「分かっているなら、幼い僕をここへ連れてきてください。オーブを奪うつもりはありません。代わりのひかるオーブを渡します」

 

「そのひかるオーブは、ゲマに砕かれる」

 

 未来のリュカが息を呑んだ。

 

「本物のゴールドオーブを未来へ逃がし、代わりに残された玉をゲマに砕かせる。それによって、お前の時代へ本物のオーブが残る」

 

「それを知っているのなら、なおさら――」

 

「その流れは、俺が死ぬ事を前提にしている」

 

 未来のリュカの言葉が止まった。

 

「お前は目の前で父親を殺され、ヘンリーと共に連れ去られる。そして、大神殿で十年もの時間を奴隷として奪われる」

 

 未来のリュカの手が、わずかに震えた。

 それは、この男にとってすでに終わった過去だ。

 だが、終わったからといって、消える痛みではない。

 

「お前が妻と共に石にされたことも知っている。成長した子どもたちに救い出されても、妻だけは石のまま残されていることもな」

 

「……やめてください」

 

「お前が歩いた人生を否定するつもりはない」

 

 俺は静かに言葉を続けた。

 

「何度大切なものを奪われても、お前は立ち上がった。妻を救うため、子どもたちと共に旅を続けている。立派に生きたと思っている」

 

 未来のリュカの瞳が揺れた。

 父親から聞くことのできなかった言葉だったのかもしれない。

 だが、今はそれを喜べる状況ではなかった。

 

「それなら、ゴールドオーブを渡してください」

 

「渡せない」

 

「なぜです!」

 

「お前が耐え抜いたからといって、これから起きる事を幼いリュカにも同じ苦しみを背負わせていいことにはならない」

 

 未来のリュカが、俺を見つめた。

 その目には、まだ俺の言葉の意味を測りかねている様子がある。

 

 俺は曖昧な言葉で逃げるつもりはなかった。

 何を変えるのか。

 何をさせないのか。

 未来から来た息子へ、はっきり告げなければならない。

 

「俺は誰にも殺されない。お前もヘンリーも、奴らには攫わせない」

 

 未来のリュカの表情が強張った。

 父親が助かると聞いた喜びは浮かばなかった。

 代わりに、その目を埋めたのは強い戸惑いだった。

 

「そんなことはできません」

 

「なぜだ」

 

「父は、あの日に死ぬんです」

 

 未来のリュカは、震える声で言い切った。

 

「ああ」

 

「過去は、変えられません」

 

 その言葉には、長い年月をかけて受け入れた重みがあった。

 どれほど願っても父親は戻らなかった。

 どれほど強くなっても、幼い自分が見た父親の死を消すことはできなかった。

 

「あなたがこの時代で何をしても、最後には同じ場所へ戻されます。父は死に、僕は連れ去られる。それが変えられない運命なんです」

 

「だから、諦めろと言うのか」

 

「違います!」

 

 未来のリュカが声を上げた。

 

「僕だって、父に死んでほしくなかった!何度も、あの日へ戻れたらと思いました!でも、変えられなかったんです!」

 

 押し殺していたものが、声と共に溢れていた。

 目の前に生きている父と同じ姿の男がいる。

 救えるかもしれないと言っている。

 それでも、未来のリュカは信じられない。

 

 信じてしまえば、もう一度父親を失うことになるかもしれない。

 期待した分だけ、再び傷つくことになる。

 

「それに……万が一、貴方が生き残り、僕が奴隷にならなければ、僕の知っている未来そのものが変わってしまいます。妻と出会えず、子どもたちも生まれなくなるかもしれない」

 

「消させない」

 

 俺は迷わず答えた。

 

「お前の妻も、子どもたちも、仲間たちも消させない。お前が命懸けで守ってきたものを、俺の都合で奪うつもりはない」

 

「そんなことができるはずがありません!」

 

「できる」

 

「どうやってですか!」

 

「それを見つけるのは、俺の役目だ」

 

 過去を変えれば、未来に何が起こるのかは分からない。

 原作の流れから外れるほど、運命は別の形で帳尻を合わせようとするかもしれない。

 ホークブリザードのように、本来ここにいないはずの魔物が送り込まれることもある。

 

 だが、その不安を未来のリュカへ背負わせるつもりはない。

 この男は、もう十分に背負ってきた。

 

「お前が守ってきたものを、俺はなかったことにはしない。たとえ流れが変わっても、お前が愛した妻と、子どもたちへ辿り着く道は必ず探す」

 

「言葉だけなら、何とでも言えます」

 

「ああ」

 

「あなたはゲマの強さを知らない。あの時、何が起きるのかも――」

 

「知っている」

 

 俺は未来のリュカの言葉を遮った。

 

「ゲマが、お前を人質にして俺へ武器を捨てさせることも知っている。その後、動けない俺へ呪文を放つこともな」

 

 未来のリュカの顔から、再び血の気が引いた。

 あの場にいなければ知り得ないことまで、俺は知っている。

 

「それでも、勝てません」

 

「そうか」

 

「ゲマだけではありません。その先に待つものも、一人で変えられるようなものではない」

 

「なら、確かめろ」

 

「……何をですか」

 

 

 

「――俺が、お前の知る運命に殺される男なのかをだ」

 

 

 

 俺は腰の剣へ手を置いた。

 未来のリュカの視線が、その手へ落ちる。

 

「ゴールドオーブを持ち帰りたいのだろう」

 

「はい」

 

「妻を救うために必要なのだろう」

 

「……はい」

 

「なら、俺を倒して持っていけ」

 

 未来のリュカが目を見開いた。

 

「あなたと戦えと言うのですか」

 

「俺を倒せない者が、俺の決意を止められると思うな」

 

「ですが……」

 

「無理かどうかは、力で示せ!」

 

 未来のリュカの身体が、わずかに震えた。

 俺は剣を抜かず、その目を真っ直ぐ見返す。

 

「お前の知るパパスが必ず死ぬというのなら、今ここで俺を倒してみろ。そして、俺が勝ったなら認めろ」

 

「何を……」

 

 

 

「未来は変えられる」

 

 

 

 教会の鐘が、春の風に揺らされて小さく鳴った。

 未来のリュカは何も答えなかった。

 杖へ伸ばした手を、強く握りしめている。

 

 だが、ここはサンタローズだ。

 教会の近くには村人が暮らし、家では幼いリュカたちが待っている。

 未来のリュカに本気を出させるなら、この場所で戦うわけにはいかない。

 

「ここで戦うのは危険だ」

 

「では、どこで……」

 

「グランバニアの南東へ来い」

 

「グランバニア……?」

 

「そこで待つ」

 

 俺は意識を遠く離れた国へ向けた。

 かつてパパスが王として暮らし、未来のリュカが帰ることになる国。

 その南東に広がる、街道から離れた土地を思い浮かべる。

 

「ルーラ」

 

 足元から光が立ち上った。

 身体が浮き上がり、サンタローズの景色が一瞬で遠ざかっていく。

 

「なぜ、あなたがルーラを……!」

 

 未来のリュカの驚く声を残し、俺の身体は空へと消えた。

 

 次に足が地面へ触れた時、目の前には広い草地が広がっていた。

 遠くにはグランバニアの山々が見える。

 街道からも離れており、周囲に人の姿はない。

 ここなら、強力な呪文が放たれても、誰かを巻き込む心配は少ない。

 

 春の風が草を揺らす中、俺は静かに待った。

 ほどなくして、空から一筋の光が降りてくる。

 未来のリュカもまた、ルーラを使って俺の前へ降り立った。

 

 その表情には、先ほどまで以上の困惑が浮かんでいた。

 

「この時代で、ルーラを……?そんなこと、できるはずが……」

 

「お前の知る流れではな」

 

「あなたは……いったい何者なのですか」

 

「戦いが終われば、すべて話す」

 

 逃げるために先送りしたのではない。

 この男がゴールドオーブを諦められない以上、言葉を交わすだけでは答えは出ない。

 まずは、変えられないと信じている運命を打ち崩す必要がある。

 

 俺は剣を抜いた。

 未来のリュカも背中から杖を下ろしたが、すぐには構えようとしなかった。

 

「本当に、戦うつもりなのですか」

 

「ああ」

 

「僕は、あなたを傷つけたくありません」

 

「それでは証明にならない」

 

「ですが、もし本気で呪文を使えば……」

 

「俺が死ぬかもしれないか」

 

 未来のリュカは答えなかった。

 その沈黙が答えだった。

 

 目の前にいるのは、父親と同じ顔をした男だ。

 過去の父親が生きている時代で、もう一度その身体へ呪文を向けなければならない。

 躊躇うのは当然だった。

 

 だが、手加減をさせるつもりはない。

 未来のリュカが持つ力を越えられなければ、運命を変えられると証明したことにはならない。

 

「お前にすら勝てない男が、ゲマに勝てると思うか」

 

「……思いません」

 

「ならば、本気で来い」

 

「本気を出せと?」

 

「お前が引けば、石にされた妻を救う道が閉ざされる。それでも遠慮するのか」

 

 未来のリュカの表情が変わった。

 父親と同じ姿をした相手を傷つけたくないという思いだけで、退くことはできない。

 この男にも、守らなければならない家族がいる。

 

「お前は、お前の未来を守るために戦え」

 

 俺は剣を構えた。

 

「持てる力を、すべて俺へぶつけろ。お前が変えられないと信じている運命ごと、俺が受け止める」

 

 未来のリュカは俯いた。

 強く握られた杖が、小さく震えている。

 

 やがて、長く息を吐いた。

 再び顔を上げた時、その瞳から迷いは消えていた。

 

「分かりました」

 

 未来のリュカが杖を構える。

 その身体から、これまで隠されていた膨大な魔力が立ち上った。

 周囲の草が揺れ、俺たちの間を流れていた風の向きが変わる。

 

「僕も、妻を見捨てることはできません」

 

「それでいい」

 

「ゴールドオーブは、必ず持ち帰ります」

 

「俺を越えられたならな」

 

 未来のリュカの魔力が、周囲の空気を震わせる。

 目の前にいるのは、守られるだけだった幼い子どもではない。

 数え切れない戦いを越え、家族を背負って立つ一人の男だ。

 

 俺も剣へ魔力を流した。

 刃の表面を、淡い光が包んでいく。

 

「本気で行きます」

 

「ああ」

 

 俺は剣先を未来の息子へ向けた。

 

「来い、リュカ」

 

 未来を変えられないと信じる息子と。

 未来を変えると決めた父親。

 

 互いの守るべきものを懸けた戦いが、始まった。

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