ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
ビアンカ。
幼い頃のビアンカだ。
明るい金髪。
勝ち気そうな目。
こちらへ駆け寄ってくる足取りまで、妙に元気がいい。
画面の中で何度も見た少女が、今は目の前にいる。
フローラに続いて、ビアンカ。
船を降りて、サンタローズに着いて、サンチョと再会して、家に入ったらビアンカがいた。
情報量が多い。
転生してから、まだ一日も経っていないはずなんだが。
「おじさま、お帰りなさい!」
ビアンカは俺を見上げて、元気よくそう言った。
返しかけて、止まる。
違う。
俺はビアンカを知っている。
だが、パパスとしてはまだこの子を知らない。
ここで普通に返せば、おかしい。
「……この女の子は?」
口から出たのは、短い問いだった。
よし。
今のは自然だ。
外側のパパスは、まだ崩れていない。
中身はかなり危ない。
だってビアンカだぞ。
幼年期のビアンカだぞ。
レヌール城。
お化け退治。
ベビーパンサー。
アルカパ。
そして、未来の花嫁候補。
言えるわけがない。
今のリュカに、この子が将来の花嫁候補の一人だなんて言ったら、父親以前にただの危ない男だ。
あれ?これフローラの時にもやったな。
「あたしの娘だよ、パパス!」
ビアンカのそばにいた女性が、からっとした声でそう言った。
落ち着いてはいるが、遠慮しすぎる感じではない。
宿屋のおかみらしい、人慣れした明るさがある。
ビアンカの母親だ。
「やあ。となり町に住む、ダンカンのおかみさんじゃないか」
口から出た言葉に、内心で少しだけ安心する。
どうやらパパスの身体は、覚えている相手にはちゃんと反応してくれるらしい。
俺はビアンカを知っている。
パパスはビアンカを知らない。
だが、ビアンカの母親は知っている。
ややこしい。
だが、ここは原作通りだ。
「久しぶりだねえ、パパス。あたしたちは、ちょいと薬をもらいに来てるんだよ」
おかみさんはそう言って、困ったように息をついた。
「うちのダンカンが具合を悪くしてね。ここの薬が効くって聞いたんだけど、薬を取りに行った人が、まだ戻ってこないんだよ」
来た。
ダンカンの病気。
サンタローズの薬。
洞窟へ行ったまま戻らない男。
原作の流れが、目の前で動いている。
感動でしかない。
あの男は、サンタローズの洞窟で岩に足を挟まれている。
本来なら、リュカが助けに行く。
リュカにとって最初の小さな冒険だ。
「そうか。心配だな」
余計なことは言わない。
場所を知っている。
助け方も知っている。
この後の流れも知っている。
だが、ここで俺が全部先に動けば、リュカが踏み出すはずの一歩まで消えてしまう。
父親なら、危ないからと全部取り上げればいいわけじゃない。
危ない場所へ行かせたくない。
それは本音だ。
だが、あの子はこれから旅をする。
泣いても、怖くても、自分で歩かなければならない時が来る。
その最初の一歩を、俺が奪っていいのか。
ビアンカはリュカの方へ向くと、当然のように話しかけた。
「ねえ、リュカ。大人のお話って長くなるから、上に行かない?」
「……上?」
「そう。わたしが案内してあげる!」
リュカは少し困ったように、俺を見上げてきた。
助けを求めている顔だ。
だが、ここは行かせていい。
「行っておいで」
「……うん」
ビアンカはリュカの手を取って、二階へ向かった。
リュカは少し戸惑いながらも、素直についていく。
小さな足音が階段を上がっていった。
その背中を見送りながら、俺は思った。
この出会いも、リュカのものだ。
俺が決めることじゃない。
俺が選ぶことでもない。
この子がいつか、自分で選べるようにしておく。
それでいい。
二階から、ビアンカの明るい声が聞こえてくる。
リュカの小さな返事も、かすかに混じっていた。
居間では、おかみさんがまだ薬屋の男を心配している。
サンチョは何度も頷きながら、茶を出したり、椅子をすすめたりしていた。
「まったく、どこで手間取ってるんだかねえ。あの人も人がいいから、困ってる誰かでも見つけたのかもしれないけど」
おかみさんはそう言いながらも、目は落ち着かない。
強い人だ。
明るく振る舞っているが、不安を隠している。
ビアンカがああいう性格になるのも、少し分かる気がした。
やがて、ビアンカ親子は宿へ戻ることになった。
「それじゃあ、パパス。長旅のあとに悪かったね」
「気にしなくていい」
「リュカも、またあとでね!」
「……うん」
ビアンカが手を振る。
リュカは少し照れたように手を振り返した。
親子が家を出ると、部屋の中が少し静かになった。
リュカは落ち着かない様子で、何度も扉の方を見ている。
分かりやすい。
薬を取りに行った男のことが、気になっているのだろう。
「リュカ」
「なに、おとうさん?」
「今日は長旅で疲れただろう。無理はするな」
「……うん」
返事はした。
だが、目が泳いでいる。
これは行く。
怖くても。
不安でも。
誰かが困っていると知れば、この子は動く。
なら、俺がすることは一つだ。
止めるか。
見届けるか。
少しだけ迷う。
俺が先に行けば、危険はなくなる。
だが、それではリュカが自分で踏み出す一歩まで消えてしまう。
危なくなれば、その時は手を伸ばせばいい。
それまでは、見届ける。
父親として。