ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
第40話『バーハ』
ラインハットからの書簡は、まだ届いていなかった。
未来のリュカとの戦いから数日。
次の流れが始まる前に、できることはすべて済ませておく必要がある。
未来のリュカは正面から戦ってくれた。
だが、ゲマは人質も罠も平然と使う。
奴が仕掛ける前に動く力。
呪文や炎を受けても立ち続ける力。
そして、リュカとヘンリーを守りながら戦い抜く力。
足りないものは、まだ多かった。
「おとうさん、どこか行くの?」
家を出ようとすると、木剣を抱えたリュカが駆け寄ってきた。
その後ろにはボロンゴもいる。
「ああ。少し用事がある」
「ぼくも行きたい」
「今日は父さん一人で行く」
「どうして?」
「父さんの修行だからだ」
リュカは少し残念そうにしたが、すぐに木剣を握り直した。
「じゃあ、ぼくもしゅぎょーしてる!」
「ああ。帰ったら見せてくれ」
「うん!」
「ガウ!」
元気な声に見送られ、俺はルラフェンへ向かった。
◆
「きっちり一週間か」
扉を開けたベネットじいさんは、俺を見るなりそう言った。
「一週間後に来いと言ったのは、そっちだろう」
「おぬしのことじゃ。三日ほどで押しかけてくるかと思っておった」
「その場合は?」
「追い返しておった」
「待って正解だったな」
ベネットじいさんは鼻を鳴らし、俺を家の中へ招き入れた。
机の上には、一週間前にはなかった赤い石が置かれている。
近づくだけで、露出した腕へ熱気がまとわりついた。
「おぬしが話しておった《フバーハ》じゃがな」
「ああ」
「仲間全員を守るところまでは無理じゃった。じゃが、一人だけなら守れる形にした」
「完成したのか?」
「形にはなった。実際に使えるか、おぬしの身体で試す」
「俺が実験台か」
「欲しがったのはおぬしじゃろう」
案内された地下室で、ベネットじいさんは赤い石を台へ置いた。
「炎や吹雪を消す呪文ではない。身体の周囲へ魔力を巡らせ、ブレスの勢いを受け流す」
「魔力の壁を作るんじゃないのか?」
「壁は強い力で壊される。受け止めるな。流せ」
杖が振られ、赤い石から熱風が噴き出した。
「熱っ!」
とっさに腕で顔を庇う。
「今のは何もしておらん。次は魔力を身体の外へ広げてみよ」
俺は魔力を薄い膜にして全身へ広げた。
だが、右腕へ偏った瞬間、二度目の熱風が左側へ直撃した。
「ぐっ……!」
「左半分は焼け死んだな」
「勝手に殺すな」
「実戦なら死んでおる」
腹立たしいが、正しい。
力で押し返そうとするから偏る。
未来のリュカのバギクロスを斬ったときも、暴風そのものへ力をぶつけたわけではない。
(流れを作るんだ)
頭から肩へ。
肩から両腕へ。
胸から腹へ。
腰から両脚へ。
薄く広げた魔力を止めず、身体の表面へ沿わせて循環させる。
正面から来た力を左右へ逃がすための道を作る。
「もう一度だ」
「まだ早いぞ」
「形になった」
ベネットじいさんが杖を振り上げた。
先ほどより強い熱風が押し寄せる。
俺は両足を踏みしめ、全身を覆う魔力を流し続けた。
熱風が身体へぶつかり、そのまま左右へ分かれる。
熱い。
腕には痛みが走る。
それでも、立っていられる。
剣を握ることもできる。
熱風が止むまで、俺は一歩も退かなかった。
「……よし。まだ無駄は多いが、呪文としては完成じゃ」
「これで使えるのか?」
「何度も繰り返せ。考えずとも身体を包めるようにならねば、奇襲には間に合わん」
「ああ」
これだけでゲマの炎を防ぎ切れるとは思わない。
それでも、原作のパパスにはなかった手札だ。
「ところで、この呪文にはまだ名前がない」
「決めていなかったのか?」
「形にする方が先じゃろう」
ベネットじいさんは髭を撫でた。
「おぬしから聞いた、仲間全員を守る呪文は《フバーハ》だったな」
「ああ」
「これは一人しか守れん。ならば、《フバーハ》から頭の《フ》を取って――」
ベネットじいさんが杖の先を俺へ向けた。
「《バーハ》と名づける!」
「バーハ……」
一週間前、単体用のフバーハと聞いたとき、俺の頭にも同じ名前が浮かんでいた。
だが、その名前を口にした覚えはない。
(本当にバーハになったのかよ)
「なんじゃ。不満か?」
「いや。分かりやすくていい」
「当然じゃ。名づけたのはわしじゃからな」
「フバーハを教えたのは俺だぞ」
「名前と大まかな効果だけじゃろう。形にしたのはわしじゃ」
「なら、共同開発だな」
「仕方ない。おぬしの名も隅の方へ残しておいてやろう」
「随分と偉そうな共同開発者だな」
ベネットじいさんは満足そうに笑った。
俺は右手を開き、もう一度、身体の周囲へ魔力を巡らせる。
バーハ。
未来を変えるための新しい手札が、また一つ増えた。
だが、準備はこれで終わりではない。
次は、武器と道具。
ゲマへ挑むために、この時代で手に入る最強のものを集める。