ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
サンタローズを出た俺は、海岸へ向かって歩き続けた。
空が明るくなり始めた頃、目的の海峡が見えてくる。
向こう岸は、目で確認できるほど近い。
だが、小舟を探して持ち主と交渉している時間も惜しかった。
俺は剣と荷物を油を染み込ませた革布で包み、膨らませた革袋へ結びつけた。
腰の装備を外し、流されないよう太い紐で荷物と身体をつなぐ。
(海を泳いで町へ行く主人公なんて、ゲームでは見たことがないな)
念のため周囲に人がいないことを確かめ、海へ足を踏み入れた。
冷たい水が腰を越えたところで、俺は対岸へ向かって泳ぎ始める。
荷物があるせいで、思った以上に身体が引かれた。
潮の流れも強く、まっすぐ進んでいるつもりでも少しずつ南へ流されていく。
それでも、未来のリュカと打ち合ったときに比べれば、この程度で腕は止まらない。
一定の呼吸を保ち、潮へ逆らうのではなく、流れを利用して斜めに進む。
やがて足先が海底へ触れた。
立ち上がって振り返ると、出発した岸は思っていたより遠くに見えた。
「……さすがに疲れたな」
荷物を確認すると、革布の内側までは濡れていない。
パパスのつるぎも無事だった。
俺は濡れた身体を乾かし、再び装備を整えた。
ここから先は陸路だ。
◇
昼を過ぎた頃、オラクルベリーの門が見えてきた。
人の往来は多く、町へ入る荷馬車の列ができている。
酒場から響く笑い声と、客を呼び込む商人の声が、門の外まで届いていた。
(本当に来たな、オラクルベリー)
青年時代の冒険が始まる町。
前世では何度も歩いた場所だが、自分の足で立つと、画面の中で見ていたよりずっと広い。
カジノの派手な看板も目に入った。
だが、先に済ませるべきことがある。
俺は道具屋や職人の店を回り、山越えに必要な品を買い集めた。
丈夫なロープ。
岩へ打ち込む鉄杭と小槌。
手を守る厚手の革手袋。
身体を固定するための革帯。
雨風を防ぐ外套。
保存食と水袋。
薬草と毒消し草。
山の高さも、足場の状態も分からない。
必要になりそうな物は、持ち運べる範囲でそろえておく。
買い物を終えた俺は、残った金から九千八百ゴールドを取り分けた。
革袋へ入れ、荷物の最も奥へしまう。
(これは絶対に使わない)
エルヘブンで《ゆうわくのけん》を買うための金だ。
山を越えた末に資金が足りないなどという間抜けな結末だけは避けなければならない。
残金を数える。
予備の食料や宿代を考えても、少しだけ余裕があった。
そこで、俺は通りの先へ目を向けた。
金色の飾り。
大きく開かれた入口。
昼間から絶えず客が吸い込まれていく建物。
オラクルベリーのカジノだった。
(見るだけだ)
景品に《メタルキングのけん》があることは知っている。
だが、必要なのは五万コイン。
今の資金で手に入るはずがない。
それでも、遠征に役立つ別の景品があるかもしれなかった。
俺は使っても困らない分だけをコインへ換え、まずモンスター格闘場へ向かった。
◇
観客席には、昼間とは思えないほどの熱気が満ちていた。
柵の向こうでは、次の試合へ出る魔物たちが唸り声を上げている。
俺は出場する魔物の組み合わせを眺めた。
前世の知識どおりなら、単純な強さだけで勝敗は決まらない。
攻撃の通りやすさ。
呪文への耐性。
行動の傾向。
それらを考え、最も勝ち目があると思った一体へ、少額のコインを賭けた。
試合が始まる。
最初に人気の魔物が猛攻を仕掛けたが、俺の選んだ魔物は攻撃をかわしながら粘り続けた。
最後に残ったのは、俺が選んだ一体だった。
「当たったか」
戻ってきたコインは、最初の倍以上になっている。
確信があったわけではない。
ビギナーズラックというやつだろう。
払い戻されたコインを受け取りながら、俺は格闘場の奥にある通路を見た。
その先には、スライムレース場がある。
その瞬間、前世の記憶が引っかかった。
(待てよ)
格闘場で賭け、戦いを途中まで見る。
そのあとスライムレースへ行き、一番と二番へ賭ける。
SFC版で使えた、有名な裏技。
(いや、これはPS2版以降の世界のはずだろ)
最初の船で、俺は幼いフローラに出会っている。
あの場面は、SFC版にはなかった。
使えるはずがない。
そう思いながらも、俺の足はスライムレース場へ向かっていた。