ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第45話『通れないはずの道』

 夜明け前、俺は修道院を出た。

 空はまだ薄暗く、海面には白い靄が漂っている。

 

 昨日話した修道女が、門の前で俺を待っていた。

 その手には、油を染み込ませた大きな革布が抱えられている。

 

「荷物を包むのでしたら、こちらをお使いください」

 

「借りてもいいのか?」

 

「無事に戻って、返してくだされば」

 

「ああ。必ず返す」

 

 俺は山越え用の道具を革布で包み、隙間から水が入らないよう何重にも縄を巻いた。

 食料や薬草は、それぞれ小さな革袋へ分けて入れてある。

 

 問題は、メタルキングのけんだった。

 水に濡れた程度で錆びるような剣には見えないが、海底へ沈めれば回収できる保証はない。

 

 鞘ごと革布で包み、荷物の上へ固定する。

 さらに空気を入れた革袋を左右へ結びつけ、簡単な浮きとして使うことにした。

 

「本当に泳がれるのですね……」

 

「ああ」

 

「対岸へ着いても、その先には山しかありませんよ」

 

「その山の向こうに用がある」

 

 修道女は何か言いたそうにしていたが、最後には小さく頭を下げた。

 

「神の御加護がありますように」

 

「ありがとう」

 

 俺は荷物を浅瀬へ浮かべ、腰へつないだ縄を確かめた。

 冷たい水が足から腰へ上がってくる。

 

 ここで例の叫び声を上げるつもりはない。

 あれはもっと別の、決定的な場面まで取っておく。

 

 俺は静かに息を吸い、海へ身体を沈めた。

 

 

 修道女の言葉どおり、岸の近くは穏やかだった。

 だが、沖へ進むにつれて潮の流れが強くなる。

 

 背後の荷物が横へ引かれ、身体ごと南へ流されそうになった。

 正面から逆らえば、対岸へ着く前に体力を使い切る。

 

 俺は進路を斜めへ変えた。

 潮に押されながらも、少しずつ目的の岸へ近づいていく。

 

 荷物を結んだ縄が腰へ食い込む。

 メタルキングのけんが加わった分、浮きだけでは重さを支えきれていない。

 

(五万コインを海へ沈めてたまるか)

 

 両腕を動かし続ける。

 呼吸を乱さず、波が来るたびに身体を浮かせる。

 

 途中で大きな波を受け、荷物がひっくり返った。

 俺は縄を手繰り寄せ、浮きを元の向きへ戻す。

 

 包みは破れていない。

 剣も流されていない。

 

 再び対岸へ顔を向ける。

 近く見えていたはずの陸地は、泳いでみると一向に近づかなかった。

 

 それでも腕は止めない。

 

 ゲマと戦う前に、海峡で力尽きるなど笑い話にもならない。 

 

 

 どれほど泳いだのか。

 

 伸ばした足先が、硬い岩へ触れた。

 もう一度蹴ると、今度は膝が海底へ当たる。

 

 俺は立ち上がり、荷物を引きながら岸へ向かった。

 最後の波に背中を押され、砂と小石の混じった浜へ倒れ込む。

 

「……着いたか」

 

 しばらく仰向けになり、荒くなった呼吸を整える。

 対岸には、出発した修道院が小さく見えていた。

 

 荷物の縄を解き、中身を確認する。

 革布の表面は濡れていたが、食料や道具までは水が入っていない。

 

 メタルキングのけんも無事だった。

 鞘から少しだけ抜くと、白銀の刃は変わらぬ輝きを放っている。

 

「これで海へ落としたら、何のためにカジノへ行ったのか分からないからな」

 

 濡れた服を絞り、外套を岩へ広げる。

 日が高くなるまで休みながら、俺は目の前の山脈を見上げた。

 

 地図では、ただの山の印だった。

 ゲームの中なら、方向キーを押しても進めない場所だ。

 

 だが、実際の山には岩の割れ目がある。

 木々の間には獣が通ったらしい細い跡も残っている。

 

 通れないのではない。

 今まで、通る必要がなかっただけかもしれない。

 

 俺は荷物を背負い直し、最も傾斜の緩い斜面へ向かった。

 

 

 最初のうちは、木の根や岩を足場にして登ることができた。

 だが、高度が上がるにつれて斜面は急になり、土よりも剥き出しの岩が増えていく。

 

 俺は鉄杭を岩の割れ目へ打ち込み、縄を通した。

 体重を預けても抜けないことを確かめてから、荷物を引き上げる。

 

 メタルキングのけんは戦いでは頼もしい。

 しかし、山登りではただ重い。

 

(最強装備にも欠点はあるな)

 

 汗を拭い、次の足場を探す。

 少し先には、人一人が身体を通せそうな岩の裂け目があった。

 

 そこへ向かって登りかけたとき、足元の小石が崩れた。

 身体が斜面から離れ、腰の縄が一気に張る。

 

「ぐっ!」

 

 鉄杭が軋んだ。

 だが、抜けない。

 

 俺は岩へ手を伸ばし、指を割れ目へ食い込ませた。

 腕の力だけで身体を引き戻し、再び足場へ立つ。

 

 下を見れば、登ってきた斜面が遥か下まで続いていた。

 落ちれば、バーハもメタルキングのけんも役には立たない。

 

「気を抜くなということか」

 

 俺は縄を結び直し、岩の裂け目へ身体を滑り込ませた。

 

 暗く狭い道を抜ける。

 その先から、わずかに風が流れてきていた。

 

 風の向こうには、さらに高い山が待っている。

 

 だが、道はあった。

 

 ゲームでは通れなかった場所に、確かに先へ続く道が存在していた。

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