ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第46話『山の向こう』

 岩の裂け目を抜けると、冷たい風が正面から吹きつけてきた。

 海岸から見上げたときには分からなかったが、山の内側には深い谷が広がっている。

 

 谷底には細い川が流れ、その向こうにはさらに高い岩壁がそびえていた。

 エルヘブンへ辿り着くには、あれも越えなければならないらしい。

 

「まだ半分にも届いていないか」

 

 俺は背負っていた荷物を下ろし、水を口へ含んだ。

 海を泳いだ疲れが完全に抜けないまま登り続けたせいで、腕と脚が重くなっている。

 

 だが、ここで長く休むわけにはいかない。

 日が落ちれば、足場を見つけることさえ難しくなる。

 

 俺は荷物を背負い直し、谷へ下りられそうな斜面を探した。

 

 

 谷底へ続く道は、登りよりも危険だった。

 岩の表面には細かな砂が積もり、体重をかけるたびに足元が滑る。

 

 鉄杭を打ち込み、縄を使って少しずつ身体を下ろしていく。

 一歩進むだけでも時間がかかるが、焦れば谷底まで真っ逆さまだ。

 

 途中で岩が崩れ、荷物が大きく揺れた。

 

「っ……!」

 

 腰へ結んだ縄が身体を引き、背中のメタルキングのけんが岩壁へぶつかる。

 俺は片腕で身体を支えながら、もう一方の手で荷物を引き寄せた。

 

 剣を確認すると、鞘には傷がついていたが、中の刃は無事だった。

 

「戦う前から壊すわけにはいかないからな」

 

 谷底へ降りる頃には、太陽は山の向こうへ傾き始めていた。

 

 川の水で顔を洗い、周囲を見回す。

 獣の足跡はあるが、人が通った形跡は見つからない。

 

 ここまで来て引き返す選択肢はなかった。

 ルーラはあるが、もう一度あの海を泳ぐ気にもなれない。

 

 俺は川沿いに進み、向こう側の岩壁へ登れる場所を探した。

 

 

 日が沈む直前、岩壁の一部に不自然な段差を見つけた。

 自然に崩れたものにも見えるが、よく見ると岩の角が削られている。

 

「誰かが通った跡か?」

 

 かなり古い。

 だが、足場として使える程度には残っていた。

 

 エルヘブンの人間が、かつて外の世界へ出るために使った道なのかもしれない。

 原作では語られなかっただけで、この山にも道は存在していたのだろうか。

 

 段差を登り、最後の岩へ手をかける。

 腕へ力を込め、身体を一気に引き上げた。

 

 その瞬間、強い風が吹いた。

 

 身体が後ろへ持っていかれそうになり、俺は地面へ片膝をつく。

 しばらく風に耐えたあと、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……あった」

 

 山の向こう側に、大きな盆地が広がっていた。

 

 幾重もの岩山に囲まれた中央に、石造りの建物が集まっている。

 夕暮れの中、町のあちこちには淡い灯りがともり始めていた。

 

 エルヘブン。

 

 マーサが生まれた町。

 未来のリュカが、まほうのカギとまほうのじゅうたんを手に入れる場所。

 

 海の神殿を通らず、正規の道を完全に無視して、ようやくここまで来た。

 

 俺は立ち上がり、盆地へ続く斜面を見下ろした。

 

 登り切ったからといって、すぐ町へ入れるわけではない。

 ここからさらに山を下りなければならない。

 

 それでも、目的地はもう見えている。

 

「待っていろ」

 

 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

 

 エルヘブンにある品へか。

 これから戦うゲマへか。

 

 俺は夕暮れの町を見つめたまま、背中の剣へ手を添えた。

 

 山の向こうには、確かにエルヘブンがあった。

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