ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
岩の裂け目を抜けると、冷たい風が正面から吹きつけてきた。
海岸から見上げたときには分からなかったが、山の内側には深い谷が広がっている。
谷底には細い川が流れ、その向こうにはさらに高い岩壁がそびえていた。
エルヘブンへ辿り着くには、あれも越えなければならないらしい。
「まだ半分にも届いていないか」
俺は背負っていた荷物を下ろし、水を口へ含んだ。
海を泳いだ疲れが完全に抜けないまま登り続けたせいで、腕と脚が重くなっている。
だが、ここで長く休むわけにはいかない。
日が落ちれば、足場を見つけることさえ難しくなる。
俺は荷物を背負い直し、谷へ下りられそうな斜面を探した。
◆
谷底へ続く道は、登りよりも危険だった。
岩の表面には細かな砂が積もり、体重をかけるたびに足元が滑る。
鉄杭を打ち込み、縄を使って少しずつ身体を下ろしていく。
一歩進むだけでも時間がかかるが、焦れば谷底まで真っ逆さまだ。
途中で岩が崩れ、荷物が大きく揺れた。
「っ……!」
腰へ結んだ縄が身体を引き、背中のメタルキングのけんが岩壁へぶつかる。
俺は片腕で身体を支えながら、もう一方の手で荷物を引き寄せた。
剣を確認すると、鞘には傷がついていたが、中の刃は無事だった。
「戦う前から壊すわけにはいかないからな」
谷底へ降りる頃には、太陽は山の向こうへ傾き始めていた。
川の水で顔を洗い、周囲を見回す。
獣の足跡はあるが、人が通った形跡は見つからない。
ここまで来て引き返す選択肢はなかった。
ルーラはあるが、もう一度あの海を泳ぐ気にもなれない。
俺は川沿いに進み、向こう側の岩壁へ登れる場所を探した。
◆
日が沈む直前、岩壁の一部に不自然な段差を見つけた。
自然に崩れたものにも見えるが、よく見ると岩の角が削られている。
「誰かが通った跡か?」
かなり古い。
だが、足場として使える程度には残っていた。
エルヘブンの人間が、かつて外の世界へ出るために使った道なのかもしれない。
原作では語られなかっただけで、この山にも道は存在していたのだろうか。
段差を登り、最後の岩へ手をかける。
腕へ力を込め、身体を一気に引き上げた。
その瞬間、強い風が吹いた。
身体が後ろへ持っていかれそうになり、俺は地面へ片膝をつく。
しばらく風に耐えたあと、ゆっくりと顔を上げた。
「……あった」
山の向こう側に、大きな盆地が広がっていた。
幾重もの岩山に囲まれた中央に、石造りの建物が集まっている。
夕暮れの中、町のあちこちには淡い灯りがともり始めていた。
エルヘブン。
マーサが生まれた町。
未来のリュカが、まほうのカギとまほうのじゅうたんを手に入れる場所。
海の神殿を通らず、正規の道を完全に無視して、ようやくここまで来た。
俺は立ち上がり、盆地へ続く斜面を見下ろした。
登り切ったからといって、すぐ町へ入れるわけではない。
ここからさらに山を下りなければならない。
それでも、目的地はもう見えている。
「待っていろ」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
エルヘブンにある品へか。
これから戦うゲマへか。
俺は夕暮れの町を見つめたまま、背中の剣へ手を添えた。
山の向こうには、確かにエルヘブンがあった。