ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第48話『長老たちの前で』

 夜明け前、俺は目を覚ました。

 石造りの部屋は冷えきっていて、窓の外には薄い青の光が差し始めている。

 

 頬には、昨日の痛みが残っていた。

 青年に殴られた場所だ。

 

 俺は指で触れようとして、途中で手を止めた。

 この痛みは、消すためのものではない。

 

 身支度を整え、扉の前に立つ。

 昨日より、頬の痛みの方がはっきりしていた。

 

 扉を叩く音がした。

 

「パパス殿、長老たちがお待ちです」

 

 白い衣を着た女が、扉の外に立っていた。

 俺はうなずき、部屋を出た。

 

 

 朝のエルヘブンは静かだった。

 石段を上がるたび、町の灯が一つずつ遠ざかっていく。

 

 昨日の広場を通ると、水場にいた女がこちらを見た。

 戸口の隙間から、別の視線も感じる。

 

 誰も声をかけてこない。

 それでも、この町が俺を見ていることは分かった。

 

 案内役の女は、町の上にある建物の前で足を止めた。

 白い石で作られたその建物は、ほかの家よりも古く見える。

 

「こちらです」

 

 中へ入ると、広い部屋に四人の長老が座っていた。

 そのうち一人は、昨日の老女だった。

 

 四人とも年老いた女だった。

 だが、その目は濁っていない。

 

 俺が部屋の中央へ進むと、昨日の老女が口を開いた。

 

「昨夜、あなたは町の若者に殴られました」

 

「ああ」

 

「それでも抵抗しなかった。ゆえに、私たちはあなたの話を聞きます」

 

 信じたわけではない。

 許したわけでもない。

 

 ただ、話す場を与えられた。

 それで十分だった。

 

「あなたは、パパス殿ですね」

 

「そうだ」

 

 俺は短く答えた。

 

 だが、その名だけで進める話ではない。

 

「だが、あなた方の知るパパスと同じだとは言えない」

 

 長老たちの表情が、わずかに動いた。

 

「どういう意味ですか」

 

「俺には、マーサと過ごした記憶がない」

 

 部屋の空気が重くなった。

 

 マーサと出会った日も。

 この町を出た日も。

 グランバニアで過ごした日々も。

 リュカが生まれた日のことも。

 

 俺の中にはない。

 

「それを、言い訳にするつもりはない」

 

 昨日の老女が、目を細めた。

 

「ならば、なぜ話すのです」

 

「嘘で協力を得たくない」

 

 俺は四人の顔を見た。

 

「俺には別の記憶がある。この世界とは違う場所で、この世界の行く末を知っていた記憶だ」

 

「異なる世界の記憶、ですか」

 

「ああ」

 

 信じがたい話だ。

 俺が長老の立場でも、簡単には信じない。

 

 それでも、ここで黙れば、俺はただ前世の知識を使って町の宝を奪う男になる。

 

「その記憶で知っている。マーサは死んでいない。魔界にいる」

 

 火鉢の小さな火が、ぱちりと鳴った。

 

 長老たちは、誰もすぐには口を開かなかった。

 

 

「魔界と言いましたね」

 

 一番奥に座っていた長老が、静かに言った。

 

「ああ」

 

「なぜ、そう言い切れるのです」

 

「証は出せない」

 

「証もなく、私たちに信じろと」

 

「信じろとは言わん」

 

 俺は目をそらさなかった。

 

「だが、言わずに頼むことはできない」

 

 長老の視線が、俺を探るように動いた。

 

「何を頼むつもりです」

 

「まほうのカギと、まほうのじゅうたんだ」

 

 部屋の空気が、さらに硬くなった。

 

 知っていること自体が異様なのだ。

 この町のどこに何があるかを、俺は前世の知識で知っている。

 

 だが、知っていることと、託されることは違う。

 

「それも、異なる記憶で知ったのですね」

 

「そうだ」

 

 昨日の老女が、杖を握り直した。

 

「ならば、なおさら渡せません」

 

「当然だな」

 

 拒まれて怒る場面ではない。

 俺は信用されるための積み重ねを、まだ何もしていない。

 

「この世界は、古く神によって三つに分けられたと伝わっています」

 

 一番奥の長老が語り始めた。

 

「天空の世界、人の世界、そして魔物たちの世界」

 

「私たちエルヘブンの民は、その境を見張る役目を受け継いできました」

 

「マーサは、その中でも特に強い力を持つ娘でした」

 

 俺は黙って聞いた。

 

 エルヘブンの根にある話。

 マーサが狙われた理由へ繋がる話。

 

「だからこそ、マーサが外へ出ることに反対する者もいました」

 

 昨日の老女が、静かに目を伏せた。

 

「それでも、マーサはあなたと行くことを選びました」

 

 胸の奥が重く沈んだ。

 

 俺はその日の記憶を持っていない。

 だが、この町には、その選択が残っている。

 

 

「あなたの言葉を、すべて信じたわけではありません」

 

 長老の声は厳しかった。

 

「分かっている」

 

「あなたはパパス殿の姿をしている。けれど、自らパパス殿とは違うとも言った」

 

「ああ」

 

「ならば、私たちは名ではなく、言葉と行いを見るしかありません」

 

 その通りだった。

 

 俺はパパスの名を持っている。

 パパスの身体で立っている。

 

 だが、それだけでマーサの故郷から大切なものを託されると思うほど、甘くは考えていない。

 

「試しましょう」

 

 長老の言葉に、俺は息を止めた。

 

「何をすればいい」

 

「この町で、マーサの話を聞きなさい」

 

 俺は黙って続きを待った。

 

「マーサを覚えている者は、まだいます。反対した者も、名を懐かしむ者もいます」

 

「……聞いてこい、ということか」

 

「はい。あなたがマーサを救うと言うなら、まずこの町でマーサが何者だったのかを知りなさい」

 

 厳しい言葉だった。

 だが、理不尽ではない。

 

 マーサを救う。

 そう言うなら、マーサを知らないままでいいはずがない。

 

「そのうえで、もう一度ここへ来なさい」

 

「承知した」

 

 俺は短く答えた。

 

 逃げるつもりはなかった。

 この町に残るマーサの名からも、俺が知らないパパスの過去からも。

 

「案内はありません」

 

「構わん」

 

「誰に何を聞くかは、あなたが選びなさい」

 

 長老たちの目は、最後まで厳しかった。

 

 それでいい。

 簡単に信じられるより、ずっといい。

 

 俺は長老たちへ一礼し、部屋を出た。

 

 

 外へ出ると、朝の光が石段に落ちていた。

 エルヘブンの一日は、まだ始まったばかりだった。

 

 町の下から、水音が聞こえる。

 誰かが戸を開ける音もした。

 

 この町には、俺の知らないマーサがいる。

 俺の知らないパパスもいる。

 

 前世の知識だけでは届かないものが、ここに残っている。

 

 俺は石段を下り始めた。

 

 まほうのカギも、まほうのじゅうたんも、まだ遠い。

 まずは、この町に残されたマーサの名を聞かなければならなかった。

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