ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
ビアンカ親子が宿へ戻ったあと、家の中は少し静かになった。
リュカは、何度も扉の方を見ている。
薬を取りに行った男が戻ってこない。
その話が、頭から離れないのだろう。
分かりやすい。
だが、リュカが動く前に、俺が動く。
原作でも、パパスはこのあとサンタローズの洞窟へ向かう。
リュカは、その背中を追う。
そして、薬屋の男を助ける。
流れは大きく変えない。
ただし、意味は変える。
「リュカ」
「なに、おとうさん?」
「父さんは少し出てくる。家で休んでいなさい」
「……どこに行くの?」
「すぐ近くだ。心配はいらん」
リュカは納得していない顔をしていた。
それでも、小さく頷く。
「……うん」
その返事を聞いてから、俺はサンチョへ視線を向けた。
「サンチョ」
「はい、旦那様」
「リュカを頼む」
「お任せくださいませ」
サンチョは胸を張る。
だが、俺はもう一言だけ足した。
「もし外へ出ようとしても、強く叱るな」
「え?」
「子どもには、気になることもある」
サンチョは少し驚いた顔をした。
だが、すぐに深く頷いた。
「……承知いたしました」
家を出る。
背中に、リュカの視線を感じた。
振り返らない。
ここで振り返れば、あの子はたぶん追いかけるのをためらう。
それでは意味がない。
父の背中を追う。
この小さな冒険は、そこから始まる。
サンタローズの洞窟は、村のすぐそばにあった。
入口の空気は冷たい。
昼間だというのに、奥は薄暗い。
俺は先に、水路の方へ向かった。
そこには小舟がある。
原作通りだ。
この先を進めば、洞窟の奥へ行ける。
その前に、近くにいた老人へ声をかけた。
「すまない」
「おお、パパスさん。洞窟へ行かれるのかね?」
「ああ。少し奥を見てくる」
「お気をつけなされ」
「子どもが追ってきても、この先へは通さないでくれ」
老人は目を丸くした。
「坊やが?」
「念のためだ。水路の先は危ない」
「分かった。わしが見ておこう」
「助かる」
これでいい。
リュカが追ってきても、船の道には入れない。
だが、別の道から洞窟へ入ることはできる。
危なすぎる奥へは行かせない。
けれど、最初の一歩までは消さない。
小舟に乗り、奥へ進む。
水が木の船底を叩く。
洞窟の壁に、たいまつの明かりが揺れた。
しばらく進んだところで、足音が聞こえた。
小さな足音。
来たか。
俺は舟を岩陰へ寄せ、身を低くした。
別の通路の上を、リュカが歩いている。
小さなたいまつを持ち、慎重に進んでいた。
怖いはずだ。
足も震えている。
それでも戻らない。
岩壁の影から、スライムが跳ねた。
「わっ!」
リュカが後ずさる。
だが、逃げなかった。
小さなひのきのぼうを両手で握る。
スライムが跳びかかる。
リュカは必死にひのきのぼうを振った。
当たりは浅い。
それでも、当たった。
スライムが弾けるように消える。
リュカは荒い息を吐きながら、自分の手を見つめていた。
初めて、自分で魔物を倒した。
声をかけたい。
よくやったと言いたい。
だが、今はまだ早い。
リュカはたいまつを握り直し、奥へ進んだ。
次に出てきたのは、せみもぐらだった。
地面から飛び出し、リュカの足元を狙う。
俺の手が、剣の柄に伸びる。
だが、リュカは転がるように横へ避けた。
膝をつきながらも、立ち上がる。
「こっち来るな!」
叫びながらひのきのぼうを振る。
せみもぐらは短く鳴いて倒れた。
振り方はまだ甘い。
足も危なっかしい。
だが、逃げていない。
やがて、洞窟の奥から男の声が聞こえた。
「誰か!誰かいないか!」
薬屋の男だ。
大きな岩に足を挟まれて、動けなくなっている。
画面で見た時より、ずっと痛々しかった。
「だ、大丈夫ですか!」
リュカが駆け寄る。
「坊や、村の子か?すまない、足が岩に挟まって動けないんだ」
「い、今助けるから!」
リュカは岩に手をかけた。
動くはずがない。
子どもの力でどうにかなる大きさではない。
それでも押した。
肩をぶつけた。
足を踏ん張った。
岩は動かない。
「無理をするな、坊や。村へ戻って大人を呼んできてくれ」
「でも……このままだと」
リュカは唇を噛んだ。
少しだけ、周りを見る。
そして、落ちていた木片を拾った。
岩の下へ差し込む。
てこのように使うつもりか。
力だけでは無理だと考えた。
考えて、別の方法を選んだ。
いい判断だ。
木片が軋む。
リュカの腕が震える。
岩が、ほんの少しだけ動いた。
だが足りない。
あと少し。
俺は足元の小石を拾った。
リュカに見えない角度から、岩の支点になっている隙間へ弾く。
小石が入り込む。
岩が、わずかに浮いた。
「今だ!」
リュカが叫ぶ。
男が足を引き抜いた。
「た、助かった……!」
リュカはその場に座り込んだ。
汗だくで、今にも泣きそうな顔をしている。
それでも、笑っていた。
「よかった……」
薬屋の男は何度も礼を言った。
リュカはふらつきながらも、男に肩を貸す。
小さな身体で、大人を支えようとしている。
危なっかしい。
見ていて落ち着かない。
だが、今のリュカには必要な重さなのだと思った。
二人はゆっくりと洞窟を出ていく。
俺は岩陰から、その背中を見送った。
帰ったら、叱る。
勝手に危ない場所へ行ったことは、ちゃんと言わなければならない。
そのあとで、褒める。
よく頑張った、と。
リュカと薬屋の姿が見えなくなる。
洞窟の中に、静けさが戻った。
ここから先は、リュカにはまだ早い。
なら、ここからは父の仕事だ。
俺は小舟を奥へ向けた。
この洞窟の奥に、次の目的が眠っている。