ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第52話『託された想い』

 長老たちの前へ戻ると、広間の空気は昨日よりも静かだった。

 町の者の声を聞いたあとだからだろう。

 ここにある沈黙の重さが、少しだけ分かる気がした。

 

「町の者とは話しましたか」

 

「ああ」

 

「何を聞きました」

 

「マーサが、この町で大切にされていたことだ」

 

 長老たちは黙っていた。

 

「反対した者がいたことも聞いた。それでも、マーサが自分で選んで外へ出たことも」

 

 口にしながら、俺は自分の中にない記憶を思った。

 マーサの手を取った日のことを、俺は知らない。

 彼女がどんな顔でこの町を出たのかも知らない。

 俺は記憶を失ったパパスではない。

 ドラゴンクエストⅤを知る現代の男が、この身体に入っているだけだ。

 

 だが、それを言い訳にはできない。

 この身体でリュカの父として生きると決めた以上、マーサのことだけを他人事にはできなかった。

 

「俺は、マーサを奪われたままにはしない」

 

 長老の一人が、奥へ目を向けた。

 控えていた者が、布に包まれた二つの品を運んでくる。

 

 ひとつは小さな鍵。

 もうひとつは、丁寧に巻かれた絨毯だった。

 

「まほうのカギです」

 

 長老が鍵を示した。

 

「そして、まほうのじゅうたん」

 

 胸の奥が鳴った。

 前世で何度も見た道具だ。

 だが、今は宝箱から取るだけのアイテムではない。

 

「俺に渡していいのか」

 

「信じたわけではありません」

 

 長老は即答した。

 

「ですが、あなたは町の怒りから逃げなかった。マーサを追うとも言った」

 

「ああ」

 

「ならば、持っていきなさい。閉ざされた道を開くために」

 

 俺は両手でカギと絨毯を受け取った。

 重さはほとんどない。

 それでも、手の中に乗ったものは軽くなかった。

 

「必ず役立てる」

 

「その言葉が真であるかは、これからのあなたが示すことです」

 

「分かっている」

 

 長老はそこで立ち上がった。

 

「もう一つ、見ていきなさい」

 

 

 案内されたのは、建物の奥にある部屋だった。

 古い石の廊下を進むほど、人の気配が薄くなる。

 扉の前で、長老が足を止めた。

 

「マーサの部屋です」

 

 息が止まりかけた。

 

「入ってもいいのか」

 

「あなたが何を思うのか、見ておきたいのです」

 

 扉が開いた。

 中は整えられていた。

 机。

 棚。

 寝台。

 古い本。

 祈りに使うものらしい小さな飾り。

 

 俺は一歩だけ中へ入った。

 

 この部屋か。

 PS2版のおもいでのロケットのイベントで来る場所。

 過去のエルヘブンで、若いパパスとマーサに関わる場所。

 

 前世の俺なら、手順の一つとして覚えていた。

 妖精の城。

 過去のエルヘブン。

 若いパパス。

 マーサの部屋。

 そして、ロケットに入るはずだった絵。

 

 だが、目の前にあるのはイベント用の背景ではなかった。

 マーサという一人の女が、ここで暮らしていた跡だった。

 

 懐かしいとは思わない。

 思い出が戻ることもない。

 ここにいたパパスは、俺ではない。

 

 それでも、リュカにあの空のロケットが渡る未来を知っている。

 サンチョが、いつかリュカへ渡すはずのもの。

 本来ならマーサの絵が入るはずだった、小さな空白。

 

 俺は拳を握った。

 その空白を、リュカだけに背負わせるつもりはない。

 

 棚の上に古びた詩篇集が置かれていた。

 長老が静かに言う。

 

「マーサが大切にしていたものです」

 

 俺は手を伸ばしかけて、止めた。

 

「持っていかないのですか」

 

「今は違う」

 

「なぜ」

 

「これは、俺が欲しがるものじゃない」

 

 長老は黙っていた。

 

「マーサを連れ戻した時に、あいつが自分で決めればいい」

 

 部屋の中に、しばらく沈黙が落ちた。

 俺は深く頭を下げ、部屋を出た。

 

 

 町を出る前に、防具屋へ寄った。

 当初は《ゆうわくのけん》を買うつもりだった。

 だが、今の俺には剣を増やすより必要なものがある。

 

「実は、ゆうわくのけんを買うつもりで来たのだが。防具を見たい」

 

 店主は俺の腕と腰の剣を見た。

 

「盾を持つ気はあるのか」

 

「剣の邪魔になるなら、ない」

 

「なら、ドラゴンシールドは勧めにくいな」

 

 店主は奥へ引っ込み、金属と革で作られた腕甲を持って戻ってきた。

 竜の鱗を思わせる板が重なり、内側には細い紋が刻まれている。

 

「試作品だ。ドラゴンシールドの素材と、まほうのよろいに使う魔法金属を少し合わせてある」

 

「盾と鎧の代わりか」

 

「ならん」

 

 店主は短く言った。

 

「息を少し散らす。呪文の衝撃も少し逃がす。それだけだ。だが、剣の邪魔にはなりにくい」

 

 俺は腕甲を受け取った。

 重い。

 だが、この重さなら振れる。

 

「いくらだ?」

 

「ゆうわくのけんを買うつもりで来たんだろう」

 

「ああ」

 

「なら、その値でいい。九千八百ゴールドだ」

 

 俺は迷わなかった。

 

 サンチョから借りた金の中で、武器のために残していた金だ。

 だが今、その金は守るための備えへ変わる。

 

「買う」

 

 店主はうなずいた。

 

「名前はまだない。好きに呼べ」

 

 俺は手甲を腕へ固定した。

 金具が締まり、前腕にぴたりと収まる。

 

 竜の守り。

 魔法の守り。

 そのどちらも完全ではない。

 

 だが、今の俺にはちょうどいい。

 

「竜紋の手甲」

 

 口にすると、店主が少しだけ笑った。

 

「悪くない名だ」

 

 自分で名付けててなんだが某竜の騎士の紋章みたいな名だな。

 

 

 町の外へ出ると、山から風が吹き下ろしてきた。

 俺は巻かれた絨毯を広げる。

 

 まほうのカギ。

 まほうのじゅうたん。

 そして、竜紋の手甲。

 

 エルヘブンで得たものは、道具だけではなかった。

 マーサの帰る場所が、ここにも残っていると知った。

 

 俺は町へ一度だけ振り返った。

 

「待っていろ」

 

 誰に向けた言葉かは、もう分かっていた。

 マーサだ。

 

 絨毯が地面を離れた。

 石の町が、少しずつ遠ざかっていく。

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