ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第55話『勝ち筋』

 リュカが眠った後、俺は居間へ戻った。

 

 サンチョもすでに休んでいる。

 家の中は静かで、暖炉の火が小さく音を立てていた。

 

 机の上に、これまで手に入れたものを並べる。

 

 メタルキングのけん。

 竜紋の手甲。

 ほしふるうでわ。

 

 それから、紙と炭筆。

 

 バーハは覚えた。

 身体にも少しずつ馴染んできている。

 ほしふるうでわも、まだ完全ではないが、以前よりは使いこなせるようになった。

 

 原作のパパスにはなかった力だ。

 

 これだけあれば、普通の相手なら負けない。

 少なくとも、ジャミやゴンズだけなら問題にならないはずだ。

 

 だが。

 

「勝ち筋……」

 

 口に出してみる。

 

 返ってきたのは、暖炉の薪が爆ぜる音だけだった。

 

 勝てるかもしれない。

 そう思える材料は増えた。

 

 けれど、勝てるとは言い切れない。

 

 相手はゲマだ。

 

 正面から斬り合ってくれる相手ではない。

 こちらが嫌がることを、迷わず選ぶ。

 勝つためなら、子どもを盾にすることもためらわない。

 

 原作のパパスは、弱かったわけではない。

 

 むしろ強かった。

 

 ジャミとゴンズを相手にしても押していた。

 ゲマを前にしても、怯んではいなかった。

 

 それでも負けた。

 

 俺は紙の上に、原作の流れを書き出した。

 

 ヘンリー誘拐。

 パパスが追う。

 リュカが追う。

 神殿で戦う。

 ジャミとゴンズを倒す。

 リュカを人質に取られる。

 剣を捨てる。

 死ぬ。

 

 書いているだけで、胸の奥が冷えた。

 

 何度も見た場面だ。

 ゲーム画面の中で。

 小説の中で。

 記憶の中で。

 

 だが、今は違う。

 

 この流れの先で死ぬのは、どこかの物語のパパスではない。

 

 俺だ。

 

 そして、目の前でそれを見るのはリュカだ。

 

「……駄目だ」

 

 俺は炭筆を握り直した。

 

 強くなる。

 

 まず考えたのはそれだった。

 

 メタルキングのけん。

 ほしふるうでわ。

 竜紋の手甲。

 バーハ。

 

 だが、どれだけ強くなっても、リュカの首元に刃を向けられれば動けない。

 

 先に斬る。

 

 それも考えた。

 

 ほしふるうでわの速さなら、ゲマが動くより先に届くかもしれない。

 だが、神殿の奥で、何がどの位置にいるかは戦いの流れで変わる。

 少しでも読み違えれば終わる。

 

 魔法で防ぐ。

 

 これも駄目だ。

 

 バーハは炎を弱める。

 だが、人質を取られることそのものは防げない。

 

 リュカを置いていく。

 

 その考えも、すぐに消した。

 

 あの子は来る。

 

 必ず来る。

 

 父親がヘンリーを追って出ていけば、じっと待っていられる子ではない。

 ボロンゴもいる。

 止めても、きっと追ってくる。

 

 それに、俺が原作と違う行動を取れば、ゲマも違う動きをするかもしれない。

 

 リュカを安全な場所に置いたつもりで、そこを狙われる可能性だってある。

 

 結局、問題は一つだった。

 

 俺は紙の一行を見つめる。

 

 リュカを人質に取られる。

 

 ここだ。

 

 ここに入った瞬間、勝ち目は消える。

 

 剣も。

 魔法も。

 速さも。

 すべて意味を失う。

 

「勝ち筋……」

 

 もう一度、呟く。

 

 勝つために必要なのは、もっと強い剣ではない。

 もっと強い魔法でもない。

 

 ゲマに、その手を選ばせないこと。

 

 いや、違う。

 

 選ばせないだけでは足りない。

 

 ゲマは必ずそこを狙う。

 俺がパパスである限り、リュカは最大の弱点だ。

 

 なら、その前から変えなければならない。

 

 俺は、紙に書いた流れをもう一度最初から見た。

 

 ヘンリー誘拐。

 パパスが追う。

 リュカが追う。

 

 そこで、手が止まった。

 

 

 

 ……なぜ急いだ?

 

 なぜ、あの時のパパスはヘンリーを追い続けた。

 

 答えは分かっている。

 

 見失えば、どこへ連れて行かれるか分からなくなるからだ。

 

 だが、俺は知っている。

 

 ヘンリーがどこへ連れて行かれるのかを。

 そこで誰が待っているのかを。

 何が起きるのかを。

 

 なら、急ぐ必要はない。

 

 そこで、思考が噛み合った。

 

「……なんだ」

 

 俺は、小さく笑っていた。

 

 乾いた、自分でも呆れるような笑いだった。

 

 こんな簡単なことに、なぜ今まで気づかなかった。

 

 俺はずっと、ゲマをどう倒すかだけを考えていた。

 

 どう斬るか。

 どう防ぐか。

 どう先に動くか。

 

 だが、そこではない。

 

 原作のパパスが負けたのは、剣を交えた瞬間ではない。

 

 もっと前だ。

 

 もっと前から、負ける形に入っていた。

 

 なら、そこを変えればいい。

 

 俺は紙の上の流れを、もう一度見下ろした。

 

 ヘンリー誘拐。

 パパスが追う。

 リュカが追う。

 神殿で戦う。

 リュカを人質に取られる。

 剣を捨てる。

 死ぬ。

 

 その中の一行へ、ゆっくりと印をつける。

 

 消すのではない。

 

 変える。

 

 読まれている手を、そのまま使う。

 ただし、結末だけは変える。

 

「勝ち筋……」

 

 今度は、さっきまでとは違う響きだった。

 

 見えた。

 

 まだ細い。

 少しでも間違えれば、すぐに切れる。

 

 だが、確かに一本だけ見えた。

 

 俺は紙を裏返した。

 

 作戦の細部を、そこへ書き込んでいく。

 

 誰にも見せるつもりはない。

 口にも出さない。

 

 言葉にすれば、そこから綻びが生まれる気がした。

 

 必要なのは、最後の一手。

 

 ゲマを斬るための力ではない。

 ゲマが勝ったと思い込む流れを、こちらの流れへ変えるための一手だ。

 

 書き終えた頃には、外がわずかに白み始めていた。

 

 俺は紙を折りたたみ、暖炉の火へくべた。

 

 炭で書かれた文字が、炎に飲まれて黒く縮れていく。

 

 ヘンリー誘拐。

 パパスが追う。

 リュカが追う。

 リュカを人質。

 死ぬ。

 

 その未来が、灰になって崩れていく。

 

「原作通りには、死なない」

 

 小さく呟いた。

 

 その声は、誰にも届かない。

 

 それでいい。

 

 ラインハットからの使いが来るまで、まだわずかに時間がある。

 

 なら、間に合う。

 

 俺は机の上に並べた装備を、一つずつ片づけた。

 

 メタルキングのけんを腰へ。

 竜紋の手甲を腕へ。

 ほしふるうでわを、反対の腕へ。

 

 そして、巻いたまほうのじゅうたんを手に取る。

 

 最後の一手を整えるために、行くべき場所は決まった。

 

 夜が明ける。

 

 リュカが目を覚ます前に、俺は静かに立ち上がった。

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