ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第56話『戻れない帰還』

 夜が明ける前に、俺はサンチョを起こした。

 

 扉を軽く叩くと、中からすぐに慌ただしい足音がした。

 しばらくして扉が開く。

 

 顔を出したサンチョは、ステテコパンツ姿だった。

 慌てて羽織った上着の前は閉じきれておらず、寝癖までついている。

 

「パパスさま……?このような朝早くに、いかがなさいました?」

 

 緊張感のある話をするには、少しばかり格好が締まらない。

 だが、サンチョらしいといえば、これ以上なくサンチョらしかった。

 

「すまない。少し出てくる」

 

 その一言で、サンチョの眠気が消えた。

 

「またでございますか」

 

「ああ」

 

「今度は、どちらへ?」

 

「グランバニアだ」

 

 サンチョの表情が固まった。

 

「グランバニア……」

 

「ああ」

 

「ついに、お戻りになられるのでございますか?」

 

「違う」

 

 俺は首を横へ振った。

 

「帰るわけじゃない。まだ、あの国へ王として戻るつもりはない」

 

「では、なぜ?」

 

「必要なものがある」

 

「必要なもの、でございますか」

 

「俺が何者なのかを、示さなければならない時が来る」

 

 サンチョは黙って俺を見た。

 

 理由を聞きたいのだろう。

 だが、今の俺がすべてを話すつもりはないことも分かっている。

 

「今すぐ必要になるわけではない。だが、手元になければ間に合わない」

 

「それが、グランバニアにあるのでございますな」

 

「ああ」

 

「私も参ります」

 

「いや。サンチョは残ってくれ」

 

「私が、でございますか?」

 

「リュカを頼む」

 

 サンチョの顔つきが変わった。

 

「坊っちゃんを……」

 

「ああ。俺がいない間、リュカを見ていてほしい。ボロンゴもいるが、サンチョがいてくれた方が安心できる」

 

「しかし、パパスさまをお一人でグランバニアへ向かわせるなど」

 

「大丈夫だ。今度は忍び込むわけじゃない」

 

「今度は、でございますか」

 

 しまった。

 

 サンチョの目が細くなる。

 

「前回の旅で、やはり何かされましたな?」

 

「楽しい旅だったぞ」

 

「楽しい旅で三千ゴールドを持ち帰る方を、私は存じ上げません」

 

「細かいことを気にするな」

 

「三千ゴールドは細かくございません」

 

 サンチョは深いため息をついた。

 

 だが、今は追及する時ではないと思ったのだろう。

 表情を改めると、静かに頭を下げた。

 

「承知いたしました。坊っちゃんは、このサンチョがお守りいたします」

 

「頼む」

 

「ですが、パパスさま」

 

「何だ?」

 

「グランバニアへ正面から入れば、騒ぎになります」

 

「ああ」

 

「それでも、行かれるのですね」

 

「必要だからな」

 

 サンチョは、それ以上止めなかった。

 

 俺はリュカの部屋を覗いた。

 

 リュカはまだ眠っている。

 布団の端を握り、小さく寝息を立てていた。

 

 寝台のそばでは、ボロンゴが丸くなっている。

 俺が近づくと、片目だけを開けた。

 

「ボロンゴ」

 

「……ガウ?」

 

「リュカを頼む」

 

 ボロンゴはゆっくりと頭を上げた。

 俺の顔を見て、次に眠っているリュカを見る。

 

「ガウ」

 

 短く鳴いて、ボロンゴはリュカの寝台の横へ座り直した。

 

「頼んだぞ」

 

 リュカの頭を軽く撫でる。

 起こさないように、すぐ手を離した。

 

 村の外へ出ると、朝霧が足元を流れていた。

 

 まほうのじゅうたんは使わない。

 もう、グランバニアの場所は分かっている。

 

 俺は空へ向けて魔力を巡らせた。

 

「ルーラ」

 

 身体が光に包まれる。

 足元の感覚が消え、次の瞬間、冷たい山風が頬を打った。

 

 目の前には、山に抱かれた大国があった。

 

 グランバニア。

 

 前に来た時とは違う。

 

 あの時は夜を待ち、外套を深くかぶり、裏手から忍び込んだ。

 誰にも知られず、宝物庫から三千ゴールドとほしふるうでわを持ち出した。

 

 今回は違う。

 

 顔は隠さない。

 正門から入る。

 

 俺は外套を畳み、城門へ向かった。

 

 門前の兵士がこちらへ槍を向ける。

 

「止まれ。何者だ」

 

 その声は、職務に忠実な兵士のものだった。

 

 だが、俺が近づくにつれて、兵士の顔色が変わっていく。

 

「まさか……」

 

 年嵩の兵士だった。

 俺の顔を知っているのかもしれない。

 

 彼は槍を下げ、一歩後ろへ退いた。

 

「パパス……さま……?」

 

 その声に、周囲の兵士たちがざわめいた。

 

「パパス様だと?」

「そんなはずが」

「いや、あのお姿は……」

 

 騒ぎが広がりかける。

 

 俺は低く告げた。

 

「騒ぐな」

 

 大きな声ではなかった。

 だが、その一言で門前の空気が静まった。

 

「オジロンに会いたい。人を集めず、静かに通してくれ」

 

「は、はい!」

 

 兵士が慌てて城内へ走っていく。

 

 残った兵士たちは、俺を見つめたまま動けずにいた。

 

 無理もない。

 

 この国にとって、パパスは過去の王だ。

 マーサを探して国を出たまま戻らなかった男。

 生きているのか、死んでいるのかさえ曖昧になっていた男。

 

 その男が、突然正門に現れたのだ。

 

 俺はグランバニアへ帰ったわけではない。

 だが、この国がパパスを待っていたことだけは、門前の兵士たちの顔で分かってしまった。

 

 しばらくして、城の奥から足音が近づいてきた。

 

 侍女や兵士たちが左右へ下がる。

 その中央を、ひとりの男が早足で歩いてきた。

 

 オジロン。

 

 原作で見た姿より、少し若い。

 穏やかそうな顔立ちと、どこか頼りなさを残した雰囲気はそのままだった。

 

 彼は俺の前で立ち止まる。

 

 言葉が出ないようだった。

 

「オジロン」

 

 俺が名を呼ぶと、オジロンの顔が歪んだ。

 

「兄上……」

 

 次の瞬間、オジロンは人目も忘れたように俺の手を取った。

 

「本当に……本当に兄上なのですね」

 

「ああ」

 

「生きて……おられた……」

 

 オジロンの声が震えていた。

 

 周囲の兵士たちも、驚きと喜びを隠せずにいる。

 

 胸が痛んだ。

 

 俺は、この再会を喜ばせるために来たわけではない。

 彼らが望むような帰還ではない。

 

 それでも、パパスという名がこの国に残していた重さを、今さら思い知らされる。

 

「オジロン。人払いを頼む」

 

 俺がそう言うと、オジロンはすぐに表情を引き締めた。

 

「分かりました」

 

 通されたのは、城の奥にある静かな部屋だった。

 

 厚い扉が閉じられ、室内には俺とオジロンだけが残る。

 

 オジロンはしばらく俺を見つめていた。

 そして、深く頭を下げた。

 

「兄上。お帰りを、ずっとお待ちしておりました」

 

「すまない」

 

「謝らないでください。兄上は、マーサ義姉上を探すために旅立たれたのですから」

 

 その名を聞くと、胸の奥が重くなる。

 

 マーサ。

 

 パパスが探し続けた妻。

 リュカの母。

 そして、俺がまだ取り戻せていない人。

 

「オジロン。今日は戻るために来たのではない」

 

 オジロンは顔を上げた。

 

「戻るためでは、ないのですか」

 

「ああ」

 

「では、なぜ」

 

「必要なものがある」

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