ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第57話『王家のあかし』

「必要なものがある」

 

 俺がそう言うと、オジロンは静かに息を呑んだ。

 

「兄上が、グランバニアまで戻られて求めるもの……」

 

「ああ」

 

「宝物庫の品であれば、兄上の物も同じです。必要なものは、何でもお持ちください」

 

 一瞬、言葉に詰まりそうになった。

 

 三千ゴールド。

 ほしふるうでわ。

 

 すでに持ち出しているとは、さすがに言えない。

 

「……いいのか」

 

「もちろんです」

 

 オジロンは迷わず頷いた。

 

「兄上なら、国と民を守るためにお使いになるはずです。宝物庫に眠らせておくより、その方がよほど意味がございます」

 

 胸の奥で、少しだけ何かが軽くなった。

 

 許されたわけではない。

 あの夜に忍び込んだ事実が消えるわけでもない。

 

 だが、オジロンがそう言ってくれたことだけは、ありがたかった。

 

「宝物庫の話ではない」

 

「では?」

 

「王家のあかしが必要だ」

 

 オジロンの表情が変わった。

 

「王家のあかしを……」

 

「ああ」

 

 グランバニア王家の者が、王としての資格を示す証。

 原作では、リュカが王位に就くため、試練の洞窟で手に入れるものだった。

 

 その証が、今の俺には必要だった。

 

「兄上は、すでに王であられます」

 

 オジロンは静かに言った。

 

「私は、兄上が戻られるまでこの国を預かっているだけです。玉座は今も、兄上のものです」

 

「そう言ってくれるのはありがたい」

 

「事実です」

 

「だが、外の者にそれを示すには、言葉だけでは足りない」

 

 オジロンは黙った。

 

「近いうちに、俺が何者であるかを疑われている暇がない場面が来る。そこで必要になる」

 

「それは、グランバニアに関わることですか?」

 

「今は、まだ話せない」

 

「兄上」

 

「すまない」

 

 オジロンは、しばらく俺を見つめていた。

 

 責めるような目ではない。

 ただ、兄の言葉の奥にあるものを探ろうとしている目だった。

 

 この男は、俺よりずっと長くパパスを知っている。

 

 兄として。

 王として。

 マーサを失い、それでも前へ進もうとした男として。

 

 だからこそ、今の俺が何かを隠していることにも気づいているはずだった。

 

「聞きたいことは山ほどあります」

 

 オジロンは苦笑した。

 

「マーサ義姉上のことも、兄上のご子息のことも、兄上がこれまでどこで何をされていたのかも。けれど……」

 

 そこで言葉を切り、俺を見る。

 

「今の兄上は、急いでおられる顔をしています」

 

「……そうか」

 

「はい。昔から、そういう時の兄上は止まりませんでした」

 

 俺には覚えがない。

 

 だが、オジロンの中には、そういうパパスがいるのだろう。

 

「分かりました。王家のあかしを求めること、認めます」

 

「助かる」

 

「ただし、兄上もご存じの通り、王家のあかしは城にはありません」

 

「ああ」

 

「試練の洞窟に安置されています。王位を継ぐ者が、その資格を示すために挑む場所です」

 

「分かっている。自分で取りに行く」

 

「兄上であれば、心配はいらないでしょう」

 

「油断はしない」

 

「それを聞いて安心しました」

 

 オジロンは少し笑った。

 

 その表情には、弟としての安堵と、国を預かる者としての緊張が混ざっている。

 

「洞窟の兵には、私から伝えます」

 

「ああ。頼む」

 

「ですが、王家のあかしそのものは、誰かが手渡すものではありません」

 

「分かっている」

 

「ならば、私から言うことは一つだけです」

 

 オジロンは姿勢を正した。

 

「どうか、ご無事で」

 

「大げさだな」

 

「大げさではありません。兄上は、ようやく戻ってこられたのです」

 

 その声には、弟の本音が滲んでいた。

 

「また何も言わずにいなくなられては、困ります」

 

「……すまない」

 

「謝られるより、戻ってきていただきたいのです」

 

 すぐには答えられなかった。

 

 戻る。

 

 その言葉は、思ったより重い。

 

 ここはパパスの国だ。

 だが、俺にはこの城で暮らした記憶がない。

 玉座に座った記憶も、民の前で王として立った記憶もない。

 

 それでも、この国の人々はパパスを待っていた。

 

 オジロンも、待っていた。

 

「すべてが終わればな」

 

 俺はそう答えた。

 

 オジロンは少し寂しそうに笑った。

 

「では、その日をお待ちしております」

 

「ああ」

 

 部屋を出ると、城内の空気は先ほどよりも張りつめていた。

 

 人払いはされている。

 騒ぎを抑えようとしているのも分かる。

 

 だが、完全には隠せない。

 

 パパスが帰ってきた。

 

 その噂は、すでに石壁の隙間から滲み出すように広がり始めている。

 

 廊下の先で、年若い兵士が慌てて姿勢を正した。

 その隣にいた古参らしき兵士は、俺を見るなり目を潤ませて膝をついた。

 

「パパス様……」

 

「立て」

 

 俺は短く言った。

 

「今は騒ぐな」

 

「はっ……!」

 

 兵士は唇を噛み、深く頭を下げた。

 

 胸が重い。

 

 俺は帰ってきたわけではない。

 だが、顔を見せた以上、この国に何も残さず去ることはできない。

 

 それでも、今は進むしかない。

 

 城門の外へ出ると、遠くの山が朝日に照らされていた。

 

 試練の洞窟。

 

 その名を聞くだけで、胸の奥が少し重くなる。

 

 本来なら、まだ先の未来で訪れる場所だ。

 だが今は、俺が行く。

 

 俺は腰のメタルキングのけんへ軽く触れた。

 

「行くか」

 

 グランバニアの風が、山の方から吹いてきた。

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