ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第58話『試練の洞窟』

 試練の洞窟へ向かう道は、思っていたよりも静かだった。

 

 グランバニアの城下から離れるほど、人の声は遠ざかっていく。

 代わりに聞こえてくるのは、山風が草を揺らす音と、自分の足音だけだった。

 

 オジロンは兵をつけると言ったが、入口まででいいと断った。

 中に入るのは俺だけでいい。

 

 これは王家の試練だ。

 そして、俺が必要としている証は、誰かに取らせるものではない。

 

 洞窟の前には、すでに兵が立っていた。

 オジロンから話が通っているのだろう。

 俺を見るなり、二人の兵士は深く頭を下げた。

 

「パパス様。お待ちしておりました」

 

「ああ。中へ入る」

 

「お気をつけください。洞窟の中には、今も魔物が住み着いております」

 

「分かっている」

 

 兵士の一人が、躊躇うように俺を見る。

 

「本当に、お一人で?」

 

「ああ」

 

 そう答えると、兵士はそれ以上何も言わなかった。

 

 洞窟の中へ足を踏み入れる。

 

 空気が変わった。

 

 外の山風とは違う、湿った冷気。

 石壁には古い傷が残り、奥からは水の流れる音がかすかに響いている。

 

「悪いな、リュカ」

 

 小さく呟いた。

 

 ここは本来なら、もっと先の未来でリュカが訪れる場所だ。

 だが今は、俺が行く。

 

 最初の広間には、向かい合うように置かれた石像があった。

 いや、正しくは向かい合っていない。

 

 ゲームで何度も見た仕掛けだ。

 

 俺は石像へ手をかけ、ゆっくりと押した。

 重い。

 だが、パパスの身体なら動かせないほどではない。

 

 石像を動かし、二つの像を向き合わせる。

 別の場所にある像も同じように位置を変えた。

 

 ゴゴゴ、と低い音が洞窟に響く。

 

 床の一部が動き、奥へ続く階段が現れた。

 

「こういうところは、ゲーム通りなんだな」

 

 便利と言えば便利だ。

 だが、目の前で石床が開く音は、画面で見るよりずっと重い。

 

 階段を下りた先で、魔物の気配がした。

 

 飛び出してきたのは、ガボットだった。

 硬そうな身体を揺らし、こちらへ襲いかかってくる。

 

 俺はメタルキングのけんを抜いた。

 

 斬る必要はない。

 

 剣の腹で打ち払うと、ガボットは壁際へ転がり、そのまま動かなくなった。

 気絶しただけだろう。

 

 今回の目的は魔物退治ではない。

 余計な戦いに時間を使うつもりはなかった。

 

 さらに奥へ進むと、水路が現れた。

 

 原作で、主人公を流してくる仕掛けだ。

 近くには石が転がっている。

 

 俺は石を押し、流される軌道を塞ぐ位置へ置いた。

 それから床のボタンを踏む。

 

 水の音が一気に大きくなった。

 

 勢いよく流れてきた水が、石にぶつかり、左右へ分かれていく。

 もし石を置かずに踏んでいれば、そのまま押し流されていただろう。

 

「試練というより、初見殺しだな」

 

 思わず苦笑する。

 

 魔物よりも、こういう仕掛けの方が面倒だ。

 

 途中で見つけた宝箱には、ちいさなメダルが入っていた。

 別の箱には、やいばのよろい。

 

 今の俺には必要ない。

 だが、置いていく理由もない。

 

 俺はそれらを袋へ収め、さらに下へ進んだ。

 

 地下の奥で、デビルダンサーが奇妙な足取りで現れた。

 続いて、メッサーラがこちらへ手をかざす。

 

 魔力が集まる。

 

 メラミだ。

 

 俺はメタルキングのけんを構えた。

 

 火球が放たれる。

 

 赤い光が、一直線にこちらへ迫る。

 

 避けるだけなら難しくない。

 

 だが、俺は動かなかった。

 

 どれだけ準備を整えても、ゲマが最後まで思い通りに動く保証はない。

 最後の最後で、予想外の一手を打たれる可能性はある。

 

 なら、その時に必要なのは、逃げる力ではない。

 

 届かせない力だ。

 

「しんくう斬り」

 

 剣を振るう。

 

 刃にまとわせた風が、メラミの炎へぶつかった。

 

 火球が弾ける。

 

 だが、消えない。

 

 赤い炎は形を崩しながらも、なおこちらへ押し寄せてくる。

 

「くっ……!」

 

 真正面から叩き潰そうとしても駄目だ。

 

 炎は岩ではない。

 斬れば消えるものでもない。

 

 見るべきは、外側ではない。

 

 火球の中心。

 

 魔力が集まり、炎を形にしている芯。

 

 そこだ。

 

 俺は剣の角度をわずかに変えた。

 

 刃が、炎の芯をかすめる。

 

 手応えが変わった。

 

 硬いものを断った感覚ではない。

 流れを外した感覚だった。

 

 火球は真っ二つにはならなかった。

 

 斜めに裂けた。

 

 炎は左右へ散り、俺の肩口をかすめて背後の石壁へぶつかる。

 熱風が髪を揺らした。

 

「……なるほどな」

 

 斬ったのではない。

 

 逸らした。

 

 炎を消すのではなく、芯をずらす。

 こちらへ届く流れを、刃で外す。

 

 今のはメラミだ。

 

 ゲマの炎は、もっと強い。

 熱も、速さも、魔力の密度も違う。

 

 同じようにできるとは限らない。

 

 だが、掴むべきものは分かった。

 

 真正面から受けない。

 力で押し返さない。

 芯を見て、流れを外す。

 

 そして、剣を止めない。

 

 炎を裂いた先に敵がいるなら、そのまま届かせる。

 

 考えがまとまるより早く、メッサーラが次の魔力を練り始めていた。

 

「悪いが、練習は一発で十分だ」

 

 ほしふるうでわの力で間合いを詰める。

 メタルキングのけんを一閃。

 

 メッサーラは壁際へ吹き飛び、デビルダンサーは逃げるように闇へ消えた。

 

 先へ進む。

 

 広い部屋に出ると、いくつものボタンが床に並んでいた。

 中央には大きな像。

 

 ここの仕掛けも覚えている。

 

 何度も踏む。

 像の向きが変わる。

 道が開く。

 

 ゲームなら、手順を間違えてもやり直せばよかった。

 だが実際に歩くと、ひとつ踏むたびに洞窟全体が低く震える。

 

 最後のボタンを踏んだ時、中央の像が動いた。

 

 奥へ続く道が開く。

 

 その先に、小さな部屋があった。

 

 石の台座。

 

 その上に、箱が置かれている。

 

 俺は静かに近づいた。

 

 胸の奥が、妙に重い。

 

 これは、ただのアイテムではない。

 グランバニア王家が、王に求めるもの。

 その資格を示す証。

 

 俺は箱を開けた。

 

 中には、王家のあかしが収められていた。

 

 派手な輝きはない。

 だが、手に取ると、ずしりとした重さがあった。

 

 金属の重さだけではない。

 

 国の重さ。

 血筋の重さ。

 パパスという名の重さ。

 

 俺はそれをしばらく見つめてから、懐へ収めた。

 

「借りるぞ」

 

 誰に言ったのか、自分でも分からなかった。

 

 リュカか。

 オジロンか。

 それとも、この国か。

 

 踵を返す。

 

 来た道を戻ろうとしたところで、俺はふと思い出した。

 

 原作では、ここで終わりではない。

 

 王家のあかしを手に入れた後、帰り道で現れるものがいる。

 

 俺は試しに魔力を巡らせた。

 

「リレミト」

 

 だが、魔力は洞窟の天井へ届く前に霧散した。

 

 やはり、使えない。

 

 この洞窟は、まだ俺を外へ出すつもりがないらしい。

 

 ならば、来る。

 

 俺はメタルキングのけんの柄へ手を置いた。

 

 階段へ向かって歩き出す。

 

 石の床に、俺以外の足音が響いた。

 

 重い足音。

 

 ひとつではない。

 

 通路の向こうから、覆面をかぶった大男が姿を現した。

 その横には、巨大な盾を構えた魔物がいる。

 

 大男は俺を見ると、肩を揺らして笑った。

 

「へっへっへ。そいつを渡してもらおうか」

 

 俺は足を止めた。

 

 王家のあかしを狙う、試練の洞窟の番外試験。

 

 カンダタ。

 

 そして、シールドヒッポ。

 

 原作通りなら、ここで戦闘になる。

 

 俺は静かに剣を抜いた。

 

「悪いな」

 

 銀色の刃が、薄暗い洞窟の中で光る。

 

「今は、急いでいる」

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