ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
「今は、急いでいる」
俺がそう言うと、カンダタは一瞬だけ目を細めた。
覆面で顔は隠れている。
だが、こちらを値踏みしているのは分かった。
「へっへっへ。急いでるなら、なおさら置いていきな。そいつは俺たちがもらってやる」
カンダタの隣で、シールドヒッポが巨大な盾を構えた。
横幅のある身体が通路を塞ぐ。
先にシールドヒッポを抜かなければ、カンダタには届かない。
カンダタを狙えば盾に止められ、その隙に大男の一撃が来る。
単純だが、厄介な形だ。
俺はメタルキングのけんを構え直した。
カンダタが地面を蹴る。
想像より速い。
大きな得物が、頭上から振り下ろされた。
俺は半歩ずれて受け流す。
重い衝撃が腕に残った。
続けて、シールドヒッポが盾ごと突っ込んでくる。
正面から受ければ押し潰される。
ほしふるうでわの速さで横へ抜けようとしたが、通路が狭い。
逃げ場を潰す動きだ。
「よくできてるな」
「褒めても何も出ねえぞ!」
カンダタが笑いながら踏み込んでくる。
強い。
少なくとも、ただの盗賊ではない。
この狭い通路で挟み込まれれば、普通の旅人なら一瞬で終わる。
だが、今の俺が考えるべきことは一つだ。
本命を見失うな。
盾に目を奪われすぎれば、カンダタの一撃を食らう。
カンダタだけを見れば、シールドヒッポに足を止められる。
どちらか一方ではない。
流れを見る。
どこで盾が前へ出る。
どこでカンダタが振り下ろす。
どこで二体の間に隙間ができる。
俺は一度、後ろへ下がった。
「逃げるのか!」
「まさか」
シールドヒッポが盾を前に出す。
カンダタがその陰から大きく得物を振りかぶる。
そこだ。
盾が前へ出た瞬間、シールドヒッポの足元がわずかに空いた。
俺は床を蹴った。
ほしふるうでわの力で、一気に間合いを詰める。
メタルキングのけんを振り下ろすのではなく、低く滑らせた。
刃では斬らない。
剣の腹で、シールドヒッポの前脚を払う。
「ブゴッ!?」
盾の重さを支えていた脚が崩れた。
巨体が前へ傾く。
その背後で、カンダタの振り下ろした一撃が空を切った。
「なっ!?」
盾役が崩れれば、通路は開く。
俺は倒れかけたシールドヒッポの横を抜け、カンダタの懐へ入った。
カンダタの目が見開かれる。
反応は速い。
すぐに得物を引き戻そうとする。
だが、遅い。
俺は剣を返し、柄頭でカンダタの腹を打った。
「ぐっ……!」
息が詰まったところへ、今度は剣の腹を肩へ叩き込む。
カンダタの膝が落ちた。
それでも倒れない。
片膝をついたまま、こちらへ掴みかかってくる。
「しぶといな」
「へっ……王家のあかしを持ってるやつが、弱いわけねえだろうが……!」
「分かっているなら、諦めろ」
「盗賊が簡単に諦めるかよ!」
カンダタが最後の力で腕を伸ばす。
俺はその手首を剣の柄で弾き、首筋へ刃を当てた。
動きが止まる。
シールドヒッポも、盾を構え直そうとしていた姿勢のまま固まっている。
「殺すつもりはない」
俺は静かに言った。
「だが、これ以上邪魔をするなら、手加減はできない」
カンダタはしばらく俺を睨んでいた。
やがて、肩から力を抜く。
「……ちっ。分かったよ」
俺は剣を下ろした。
「その巨体で通路を塞ぐのは上手かった。盗賊より、護衛の方が向いているんじゃないか」
「盗賊に説教かよ」
カンダタが顔をしかめる。
だが、その隣でシールドヒッポが小さく鳴いた。
「ブゴ」
妙に納得したような声だった。
「おい、お前まで納得すんな」
「ブゴゴ」
「してねえって顔すんな。してただろ」
少しだけ空気が緩んだ。
俺は懐に入れた王家のあかしへ手を当てる。
「今回は見逃す」
「ずいぶん甘い王様だな」
「今は急いでいると言っただろう」
「へっ。なら、こっちも借りを作ったってことにしとくぜ」
カンダタはふらつきながら立ち上がった。
「借り?」
「ああ。俺は盗賊だが、借りを忘れるほど安くはねえ」
「そうか」
俺は少し考えた。
「なら、いつか返してもらう」
カンダタの目が、覆面の奥でわずかに動いた。
「本気で言ってんのか?」
「ああ」
「盗賊に仕事を頼む王様なんざ、聞いたことねえぞ」
「俺も、盗賊に借りを作られる王様になるつもりはなかった」
カンダタは一瞬ぽかんとした後、肩を揺らして笑った。
「へっへっへ。面白え。名前を聞いといてやるよ」
「パパスだ」
「パパス……」
カンダタはその名を口の中で転がすように呟いた。
「覚えたぜ。次に会った時、俺がまだ捕まってなかったら、その借りとやらを返してやる」
「できれば、盗み以外でな」
「注文の多い王様だ」
シールドヒッポが、また低く鳴いた。
「ブゴ」
「お前も返す気かよ」
「ブゴゴ」
「分かった分かった。二人分ってことで覚えとく」
カンダタはそう言って、シールドヒッポの盾を軽く叩いた。
だが、そのシールドヒッポは前脚を少し引きずっていた。
さっき俺が払った足だ。
「……足、痛むだろ」
「ブゴ?」
「動くな。ホイミ」
俺はシールドヒッポの前脚に手をかざし、ホイミを唱えた。
淡い光が傷ついた脚を包む。
一度では足りなかった。
続けて二度、三度と魔力を流す。
やがて、シールドヒッポは恐る恐る足を動かした。
痛みが引いたのか、丸い目をぱちぱちと瞬かせる。
「ブゴ……!」
嬉しそうに鼻を鳴らすシールドヒッポを見て、カンダタが眉をひそめた。
「おい。敵に懐くな」
「ブゴゴ」
「してねえって顔すんな。今、完全に嬉しそうだったろ」
少しだけ空気が緩んだ。
カンダタはシールドヒッポの盾をもう一度叩くと、通路の端へ下がった。
道が開く。
俺は剣を鞘へ戻した。
「次に会う時まで、生きていろ」
「そっちこそな、王様」
「ブゴ!!」
俺はそれ以上答えず、洞窟の出口へ向かった。
王家のあかしは懐にある。
重い。
だが、その重さが必要だった。
洞窟を出る頃には、空は高く明るくなっていた。
入口にいた兵士たちが、俺を見るなり姿勢を正す。
「パパス様!」
「終わった」
「王家のあかしは……」
「ああ。手に入れた」
兵士たちは深く頭を下げた。
俺はそのままグランバニア城へ戻った。
オジロンは、城の奥で待っていた。
俺が懐から王家のあかしを取り出すと、彼は目を伏せ、静かに頷いた。
「確かに、王家のあかしです」
「ああ」
「兄上。これを持ち出される理由を、今は尋ねません」
「すまない」
「その代わり、一つだけ約束してください」
「何だ?」
「必ず、返しに来てください」
戻ってこい、とは言わなかった。
ただ、返しに来いと言った。
それがオジロンなりの譲歩なのだろう。
「分かった。必ず返す」
「お待ちしております」
会話はそれだけで終わった。
短い。
だが、それでよかった。
これ以上言葉を重ねれば、また戻るか戻らないかの話になる。
今はまだ、その話をする時ではない。
俺は王家のあかしを懐へ戻し、グランバニア城を出た。
正門を通る時、兵士たちは何も言わなかった。
ただ、深く頭を下げた。
その姿を背に、俺は城下を離れる。
城が小さくなったところで、俺はルーラを唱えた。
光が身体を包む。
次の瞬間、見慣れたサンタローズの村外れに立っていた。
家へ戻ると、リュカが玄関先で待っていた。
「おとうさん!」
走ってきたリュカを抱き止める。
「ただいま」
「朝起きたら、いなかった」
「すまない。少し用事があった」
「また?」
「ああ。まただ」
リュカは頬を膨らませた。
「今度は、ぼくも行く」
「危なくない場所ならな」
「いつもそう言う」
「父親はそういうものだ」
「ずるい」
その後ろで、サンチョが腕を組んで立っていた。
「パパスさま。ご無事で何よりでございます」
「ああ。リュカを見ていてくれて助かった」
「当然でございます」
サンチョは俺の顔を見て、少しだけ眉を寄せた。
「必要なものは、手に入ったのでございますか?」
「ああ」
「そうでございますか」
それ以上は聞かなかった。
サンチョは、聞かない方がいい時を知っている。
その夜、俺は王家のあかしを机の上に置いた。
派手な輝きはない。
だが、そこには確かに、パパスという名の重さがあった。
メタルキングのけん。
竜紋の手甲。
ほしふるうでわ。
まほうのカギ。
まほうのじゅうたん。
王家のあかし。
力は揃った。
証も手に入れた。
あとは、時が来るのを待つだけだ。
翌朝。
村の入口で、馬の蹄の音がした。
サンチョが慌てて家へ入ってくる。
「パパスさま!」
俺は立ち上がった。
「ラインハットのお城から、使いの方がお見えです!」
来た。
とうとう、この時が来た。
俺は懐に王家のあかしを収め、静かに息を吐いた。
「通してくれ」