ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第59話『番外試験』

「今は、急いでいる」

 

 俺がそう言うと、カンダタは一瞬だけ目を細めた。

 

 覆面で顔は隠れている。

 だが、こちらを値踏みしているのは分かった。

 

「へっへっへ。急いでるなら、なおさら置いていきな。そいつは俺たちがもらってやる」

 

 カンダタの隣で、シールドヒッポが巨大な盾を構えた。

 横幅のある身体が通路を塞ぐ。

 

 先にシールドヒッポを抜かなければ、カンダタには届かない。

 カンダタを狙えば盾に止められ、その隙に大男の一撃が来る。

 

 単純だが、厄介な形だ。

 

 俺はメタルキングのけんを構え直した。

 

 カンダタが地面を蹴る。

 

 想像より速い。

 

 大きな得物が、頭上から振り下ろされた。

 

 俺は半歩ずれて受け流す。

 重い衝撃が腕に残った。

 

 続けて、シールドヒッポが盾ごと突っ込んでくる。

 

 正面から受ければ押し潰される。

 ほしふるうでわの速さで横へ抜けようとしたが、通路が狭い。

 

 逃げ場を潰す動きだ。

 

「よくできてるな」

 

「褒めても何も出ねえぞ!」

 

 カンダタが笑いながら踏み込んでくる。

 

 強い。

 

 少なくとも、ただの盗賊ではない。

 この狭い通路で挟み込まれれば、普通の旅人なら一瞬で終わる。

 

 だが、今の俺が考えるべきことは一つだ。

 

 本命を見失うな。

 

 盾に目を奪われすぎれば、カンダタの一撃を食らう。

 カンダタだけを見れば、シールドヒッポに足を止められる。

 

 どちらか一方ではない。

 

 流れを見る。

 

 どこで盾が前へ出る。

 どこでカンダタが振り下ろす。

 どこで二体の間に隙間ができる。

 

 俺は一度、後ろへ下がった。

 

「逃げるのか!」

 

「まさか」

 

 シールドヒッポが盾を前に出す。

 カンダタがその陰から大きく得物を振りかぶる。

 

 そこだ。

 

 盾が前へ出た瞬間、シールドヒッポの足元がわずかに空いた。

 

 俺は床を蹴った。

 

 ほしふるうでわの力で、一気に間合いを詰める。

 メタルキングのけんを振り下ろすのではなく、低く滑らせた。

 

 刃では斬らない。

 剣の腹で、シールドヒッポの前脚を払う。

 

「ブゴッ!?」

 

 盾の重さを支えていた脚が崩れた。

 巨体が前へ傾く。

 

 その背後で、カンダタの振り下ろした一撃が空を切った。

 

「なっ!?」

 

 盾役が崩れれば、通路は開く。

 

 俺は倒れかけたシールドヒッポの横を抜け、カンダタの懐へ入った。

 

 カンダタの目が見開かれる。

 

 反応は速い。

 すぐに得物を引き戻そうとする。

 

 だが、遅い。

 

 俺は剣を返し、柄頭でカンダタの腹を打った。

 

「ぐっ……!」

 

 息が詰まったところへ、今度は剣の腹を肩へ叩き込む。

 カンダタの膝が落ちた。

 

 それでも倒れない。

 

 片膝をついたまま、こちらへ掴みかかってくる。

 

「しぶといな」

 

「へっ……王家のあかしを持ってるやつが、弱いわけねえだろうが……!」

 

「分かっているなら、諦めろ」

 

「盗賊が簡単に諦めるかよ!」

 

 カンダタが最後の力で腕を伸ばす。

 

 俺はその手首を剣の柄で弾き、首筋へ刃を当てた。

 

 動きが止まる。

 

 シールドヒッポも、盾を構え直そうとしていた姿勢のまま固まっている。

 

「殺すつもりはない」

 

 俺は静かに言った。

 

「だが、これ以上邪魔をするなら、手加減はできない」

 

 カンダタはしばらく俺を睨んでいた。

 やがて、肩から力を抜く。

 

「……ちっ。分かったよ」

 

 俺は剣を下ろした。

 

「その巨体で通路を塞ぐのは上手かった。盗賊より、護衛の方が向いているんじゃないか」

 

「盗賊に説教かよ」

 

 カンダタが顔をしかめる。

 

 だが、その隣でシールドヒッポが小さく鳴いた。

 

「ブゴ」

 

 妙に納得したような声だった。

 

「おい、お前まで納得すんな」

 

「ブゴゴ」

 

「してねえって顔すんな。してただろ」

 

 少しだけ空気が緩んだ。

 

 俺は懐に入れた王家のあかしへ手を当てる。

 

「今回は見逃す」

 

「ずいぶん甘い王様だな」

 

「今は急いでいると言っただろう」

 

「へっ。なら、こっちも借りを作ったってことにしとくぜ」

 

 カンダタはふらつきながら立ち上がった。

 

「借り?」

 

「ああ。俺は盗賊だが、借りを忘れるほど安くはねえ」

 

「そうか」

 

 俺は少し考えた。

 

「なら、いつか返してもらう」

 

 カンダタの目が、覆面の奥でわずかに動いた。

 

「本気で言ってんのか?」

 

「ああ」

 

「盗賊に仕事を頼む王様なんざ、聞いたことねえぞ」

 

「俺も、盗賊に借りを作られる王様になるつもりはなかった」

 

 カンダタは一瞬ぽかんとした後、肩を揺らして笑った。

 

「へっへっへ。面白え。名前を聞いといてやるよ」

 

「パパスだ」

 

「パパス……」

 

 カンダタはその名を口の中で転がすように呟いた。

 

「覚えたぜ。次に会った時、俺がまだ捕まってなかったら、その借りとやらを返してやる」

 

「できれば、盗み以外でな」

 

「注文の多い王様だ」

 

 シールドヒッポが、また低く鳴いた。

 

「ブゴ」

 

「お前も返す気かよ」

 

「ブゴゴ」

 

「分かった分かった。二人分ってことで覚えとく」

 

 カンダタはそう言って、シールドヒッポの盾を軽く叩いた。

 

 だが、そのシールドヒッポは前脚を少し引きずっていた。

 さっき俺が払った足だ。

 

「……足、痛むだろ」

 

「ブゴ?」

 

「動くな。ホイミ」

 

 俺はシールドヒッポの前脚に手をかざし、ホイミを唱えた。

 淡い光が傷ついた脚を包む。

 

 一度では足りなかった。

 続けて二度、三度と魔力を流す。

 

 やがて、シールドヒッポは恐る恐る足を動かした。

 痛みが引いたのか、丸い目をぱちぱちと瞬かせる。

 

「ブゴ……!」

 

 嬉しそうに鼻を鳴らすシールドヒッポを見て、カンダタが眉をひそめた。

 

「おい。敵に懐くな」

 

「ブゴゴ」

 

「してねえって顔すんな。今、完全に嬉しそうだったろ」

 

 少しだけ空気が緩んだ。

 

 カンダタはシールドヒッポの盾をもう一度叩くと、通路の端へ下がった。

 

 道が開く。

 

 俺は剣を鞘へ戻した。

 

「次に会う時まで、生きていろ」

 

「そっちこそな、王様」

 

「ブゴ!!」

 

 俺はそれ以上答えず、洞窟の出口へ向かった。

 

 王家のあかしは懐にある。

 

 重い。

 

 だが、その重さが必要だった。

 

 洞窟を出る頃には、空は高く明るくなっていた。

 

 入口にいた兵士たちが、俺を見るなり姿勢を正す。

 

「パパス様!」

 

「終わった」

 

「王家のあかしは……」

 

「ああ。手に入れた」

 

 兵士たちは深く頭を下げた。

 

 俺はそのままグランバニア城へ戻った。

 

 オジロンは、城の奥で待っていた。

 俺が懐から王家のあかしを取り出すと、彼は目を伏せ、静かに頷いた。

 

「確かに、王家のあかしです」

 

「ああ」

 

「兄上。これを持ち出される理由を、今は尋ねません」

 

「すまない」

 

「その代わり、一つだけ約束してください」

 

「何だ?」

 

「必ず、返しに来てください」

 

 戻ってこい、とは言わなかった。

 

 ただ、返しに来いと言った。

 

 それがオジロンなりの譲歩なのだろう。

 

「分かった。必ず返す」

 

「お待ちしております」

 

 会話はそれだけで終わった。

 

 短い。

 だが、それでよかった。

 

 これ以上言葉を重ねれば、また戻るか戻らないかの話になる。

 今はまだ、その話をする時ではない。

 

 俺は王家のあかしを懐へ戻し、グランバニア城を出た。

 

 正門を通る時、兵士たちは何も言わなかった。

 ただ、深く頭を下げた。

 

 その姿を背に、俺は城下を離れる。

 

 城が小さくなったところで、俺はルーラを唱えた。

 

 光が身体を包む。

 

 次の瞬間、見慣れたサンタローズの村外れに立っていた。

 

 家へ戻ると、リュカが玄関先で待っていた。

 

「おとうさん!」

 

 走ってきたリュカを抱き止める。

 

「ただいま」

 

「朝起きたら、いなかった」

 

「すまない。少し用事があった」

 

「また?」

 

「ああ。まただ」

 

 リュカは頬を膨らませた。

 

「今度は、ぼくも行く」

 

「危なくない場所ならな」

 

「いつもそう言う」

 

「父親はそういうものだ」

 

「ずるい」

 

 その後ろで、サンチョが腕を組んで立っていた。

 

「パパスさま。ご無事で何よりでございます」

 

「ああ。リュカを見ていてくれて助かった」

 

「当然でございます」

 

 サンチョは俺の顔を見て、少しだけ眉を寄せた。

 

「必要なものは、手に入ったのでございますか?」

 

「ああ」

 

「そうでございますか」

 

 それ以上は聞かなかった。

 

 サンチョは、聞かない方がいい時を知っている。

 

 その夜、俺は王家のあかしを机の上に置いた。

 

 派手な輝きはない。

 だが、そこには確かに、パパスという名の重さがあった。

 

 メタルキングのけん。

 竜紋の手甲。

 ほしふるうでわ。

 まほうのカギ。

 まほうのじゅうたん。

 王家のあかし。

 

 力は揃った。

 

 証も手に入れた。

 

 あとは、時が来るのを待つだけだ。

 

 翌朝。

 

 村の入口で、馬の蹄の音がした。

 

 サンチョが慌てて家へ入ってくる。

 

「パパスさま!」

 

 俺は立ち上がった。

 

「ラインハットのお城から、使いの方がお見えです!」

 

 来た。

 

 とうとう、この時が来た。

 

 俺は懐に王家のあかしを収め、静かに息を吐いた。

 

「通してくれ」

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