ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第6話『天空の剣』

 小舟は、洞窟の水路を静かに進んでいく。

 

 水が船底を叩く音。

 壁を伝う水滴の音。

 たいまつの明かりが、濡れた岩肌に揺れていた。

 

 さっきまで聞こえていたリュカの足音は、もうない。

 

 薬屋の男と一緒に、村へ戻ったはずだ。

 

 よくやった。

 

 声に出すのは、帰ってからでいい。

 

 今は、俺の用事を済ませる。

 

 原作のパパスが、ここで何を探していたのか。

 そこまでは、はっきりとは分からない。

 

 だが俺は知っている。

 

 この洞窟の奥に、天空の剣がある。

 

 本来なら、青年期のリュカが見つけるものだ。

 父の手紙と共に。

 長い年月を越えて、息子へ届くはずだったもの。

 

 それを、今の俺が先に取る。

 

 少しだけ、気が引けた。

 

 けれど、今必要なのは遠慮じゃない。

 

 ゲマはマホカンタを使う。

 呪文を跳ね返す、厄介な壁。

 あれを消す手段があるかどうかで、戦いは大きく変わる。

 

 天空の剣は、装備できなくても道具として使える。

 

 それだけで、価値がある。

 

 水路の奥へ進むと、魔物の気配が濃くなった。

 

 ドラキーが暗がりから飛び出す。

 おおねずみが足元を狙う。

 せみもぐらが地面を割って跳ねた。

 

 だが、相手にはならなかった。

 

 パパスの身体は、本当に強い。

 

 剣を振れば、魔物は倒れる。

 踏み込めば、身体が思った以上に前へ出る。

 腕も足も、前世の俺とはまるで違う。

 

 だが、浮かれるな。

 

 この程度で強いと思っていたら、ゲマには届かない。

 

 ゲマ。

 ジャミ。

 ゴンズ。

 

 あいつらは、序盤の魔物とは違う。

 

 分かっているからこそ、準備がいる。

 

 やがて、小舟は行き止まりに着いた。

 

 岩場へ足をかける。

 湿った石の上を進むと、奥に古びた空間があった。

 

 そこだけ、空気が違っていた。

 

 朽ちた岩肌。

 静まり返った地面。

 誰にも踏み荒らされていない、長い時間の残り香。

 

 そして、その奥にあった。

 

 剣。

 

 錆びていない。

 汚れてもいない。

 洞窟の闇の中で、そこだけ淡く光を帯びている。

 

 天空の剣。

 

 見た瞬間、足が止まった。

 

 あった。

 

 本当にあった。

 

 ゲームで何度も手に入れた剣。

 勇者の装備。

 天空シリーズの象徴。

 

 それが今、目の前にある。

 

 画面越しじゃない。

 アイテム欄の文字でもない。

 実物だ。

 

 手を伸ばすのに、少しだけ時間がかかった。

 

 これは、俺の剣ではない。

 

 リュカの未来へ繋がる剣。

 もっと先にいる、勇者へ渡るはずの剣。

 

 けれど今だけは、借りる。

 

「……使わせてもらう」

 

 柄を握った。

 

 重い。

 

 ただの重さではなかった。

 腕だけではなく、肩まで沈む。

 まるで剣そのものが、こちらを見定めているようだった。

 

 試しに、腰の剣と入れ替えるように構えようとする。

 

 さらに重くなった。

 

 足元まで圧がかかる。

 握っているだけで、身体が押し返される。

 

 違う。

 

 そう言われている気がした。

 

 お前は、この剣の主ではない。

 

 当たり前だ。

 

 俺は勇者じゃない。

 この剣を振るうために選ばれた者でもない。

 

 なら、無理に装備するな。

 

 俺は構える意識を捨てた。

 

 これは俺の武器じゃない。

 今は、預かるだけだ。

 

 道具として使う。

 必要な時に、必要な役目だけを果たしてもらう。

 

 そう考えると、腕にかかる重さが少しだけ落ち着いた。

 

 持てる。

 

 振るうためではなく、運ぶためなら。

 

「分かった」

 

 誰に言ったのか、自分でも分からない。

 

「本来の持ち主には、必ず渡す」

 

 剣は答えない。

 

 当然だ。

 剣が喋るわけじゃない。

 

 それでも、さっきまでの拒むような重さは弱まっていた。

 

 俺は天空の剣を布で包み、荷に収めた。

 

 そこで、ようやく息を吐く。

 

 やばい。

 

 これは、やばい。

 

 天空の剣だぞ。

 子どもの頃から何度も見てきた、あの天空の剣だぞ。

 

 叫ぶな。

 洞窟で叫ぶな。

 魔物が寄ってくる。

 

 それに、パパスが勇者装備を見つけてはしゃいでいたら嫌すぎる。

 

 落ち着け。

 父親だぞ。

 

 父親は、洞窟で天空の剣を見つけても奇声を上げない。

 

 たぶん。

 

 口元が少し緩んでいる気がした。

 

 仕方ない。

 これだけは仕方ない。

 

 目的は果たした。

 

 リュカは薬屋を助けた。

 俺は天空の剣を手に入れた。

 

 だが、これで終わりじゃない。

 

 次に必要なのは、移動手段だ。

 

 ルラフェン。

 ベネットじいさん。

 ルラムーン草。

 そして、ルーラ。

 

 明日になれば、アルカパへ向かう流れが始まる。

 

 その前に、行けるところまで行く。

 

 俺は来た道を戻った。

 

 水路を抜け、洞窟の外へ出る頃には、空の色が少し変わっていた。

 

 夕方が近い。

 

 村には、薬屋が戻った知らせが広がっているだろう。

 リュカも家に戻っているはずだ。

 

 まずは帰る。

 

 勝手に危ない場所へ行ったことは、叱る。

 それから、ちゃんと褒める。

 

 よく考えた。

 よく動いた。

 よく帰ってきた。

 

 父親として、言うべきことを言うために。

 

 俺はサンタローズへ歩き出した。

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