ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
第60話『ラインハットからの使い』
「通してくれ」
俺がそう言うと、サンチョはすぐに頷いた。
しばらくして、ひとりの男が家の中へ入ってきた。
旅装束には土埃がつき、馬を急がせてきたことが分かる。
男は俺の前で姿勢を正し、深く一礼した。
「パパス殿でございますな」
「ああ」
「ラインハット国王陛下の命により参りました。至急、ラインハット城までお越しいただきたいとのことでございます」
来た。
ついに、この時が来た。
俺は使いの男を見下ろしながら、胸の奥で静かに息を吐いた。
妖精の国。
オラクルベリー。
エルヘブン。
グランバニア。
試練の洞窟。
遠回りに見える道を、ここまで進んできた。
原作のパパスにはなかった力を集めた。
そして最後に、王家のあかしも手に入れた。
だが、これで勝てると決まったわけではない。
ここから先は、一つ間違えれば終わる。
「用件は聞いているか?」
「詳しいことは、陛下より直接お話しされるとのことです」
「そうか」
原作通りなら、ヘンリーのことだ。
ラインハットの第一王子。
生意気で、寂しがりで、これから誘拐される子ども。
そして、リュカの人生を大きく変える少年。
「いつ出ればいい」
「できるだけ早く、との仰せです」
「分かった。支度をする」
使者は深く頭を下げた。
その時、奥の部屋から足音がした。
「おとうさん?」
リュカが顔を出した。
寝起きなのか、髪が少し跳ねている。
「お客さん?」
「ああ。ラインハットのお城からだ」
「ラインハット?」
「ここより東にある、大きな国だ」
「おとうさん、行くの?」
「ああ」
リュカは少しだけ黙った。
それから、俺の服の裾を握る。
「ぼくも行く」
サンチョがすぐに口を開いた。
「坊っちゃん、今回ばかりはお留守番を――」
「連れて行く」
俺が言うと、サンチョは驚いた顔でこちらを見た。
「パパスさま?」
「今回は、リュカも連れて行く」
「ですが……」
「俺の目の届くところにいてくれた方がいい」
それは嘘ではない。
この先、何が起きるか俺は知っている。
だが、俺が動けば未来も変わる。
安全だと思って置いていった場所が、本当に安全とは限らない。
ならば、少なくとも俺の手が届く場所に置く。
そして何より、この流れはまだ崩せない。
原作通りに見える形で、進める必要がある。
「ボロンゴも連れて行く」
「ガウ?」
寝台の横から、ボロンゴが顔を上げた。
「ラインハットまで行く。リュカのそばを離れるな」
「ガウ!」
ボロンゴは力強く鳴いた。
リュカは少し嬉しそうに笑ったが、サンチョの顔は晴れない。
「パパスさま。本当に、坊っちゃんを連れて行かれるのですか?」
「ああ」
「危険があるのではございませんか?」
「ある」
俺は正直に答えた。
サンチョの表情が固まる。
「だからこそ、準備してきた」
メタルキングのけん。
竜紋の手甲。
ほしふるうでわ。
王家のあかし。
そして、あの夜に見えた勝ち筋。
すべては、このためだ。
「サンチョ。お前は村に残ってくれ」
「私が、でございますか」
「俺たちが戻るまで、家と村を頼む」
「……承知いたしました」
サンチョはまだ納得していない顔だった。
だが、それ以上は言わなかった。
「坊っちゃん」
「なあに?」
「パパスさまのお言いつけを、必ず守るのですよ」
「うん」
「勝手に走ってはいけません」
「うん」
「知らない人について行ってもいけません」
「うん」
「ボロンゴと一緒だからといって、無茶をしてもいけません」
「……うん」
最後だけ少し間があった。
サンチョは深いため息をつく。
「不安でございます」
「俺もだ」
「パパスさままで不安にならないでください」
「だから準備した」
俺は旅支度を整えた。
腰にはメタルキングのけん。
腕には竜紋の手甲とほしふるうでわ。
荷物の奥には、まほうのカギとまほうのじゅうたん。
そして懐には、王家のあかし。
ラインハットの使者の前で、まほうのじゅうたんを広げるわけにはいかない。
今回は、原作の道を辿る。
ただし、同じ結末にはしない。
家を出る前に、俺は一度だけ教会へ寄った。
リュカが不思議そうに見上げてくる。
「おとうさん、お祈りするの?」
「ああ。少しだけな」
神に祈りたいわけではない。
だが、原作のパパスもラインハットへ向かう前、ここにいた。
何を祈っていたのかは分からない。
マーサの無事か。
リュカの未来か。
それとも、これから向かう国のことか。
俺には、原作のパパスの記憶はない。
だから代わりに、自分の言葉で祈る。
どうか、間に合え。
どうか、リュカを泣かせる未来を壊せ。
それだけだ。
「行くぞ」
「うん、おとうさん」
俺たちはサンタローズを出た。
ラインハットの使者が先導し、俺とリュカ、ボロンゴが続く。
道中、リュカは何度もラインハットのことを尋ねてきた。
「お城、大きい?」
「ああ。大きい」
「グランバニアより?」
「どうだろうな。グランバニアとは形が違う」
「王さまに会うの?」
「ああ」
「おとうさん、王さまのお友だち?」
「友人というほどではない」
「じゃあ、どうして呼ばれたの?」
「頼みたいことがあるんだろう」
「おとうさん、すごいね」
その無邪気な言葉が、少し胸に刺さった。
すごい父親なら、原作で死んだりしない。
いや、違う。
原作のパパスは弱かったから死んだわけではない。
負ける形に入ってしまったから死んだ。
なら、そこを変える。
関所へ着いた頃には、日が傾き始めていた。
ラインハットへ続く道を塞ぐように、兵士たちが立っている。
「止まれ」
兵士がこちらを確認しようとする前に、ラインハットの使者が進み出た。
「国王陛下の命により、パパス殿をお連れしている」
兵士の視線が俺へ移る。
俺は短く告げた。
「ラインハット国王に呼ばれ、城へ向かう途中だ」
その言葉に、兵士はすぐ姿勢を正した。
「失礼いたしました。どうぞお通りください」
関所の門が開く。
その向こうに、ラインハットの地が広がっていた。
俺は一瞬だけ、後ろを振り返った。
サンタローズの方角。
グランバニアの方角。
そして、もう戻れない原作の未来。
「おとうさん?」
リュカが俺を見上げる。
「どうしたの?」
「いや」
俺は前を向いた。
「行こう」
ラインハット城が見えてくる。
高い城壁。
整えられた街道。
そして、その奥にある王城。
ここから先は、読者が知っている流れに見えるだろう。
ラインハット王に呼ばれる。
ヘンリー王子に会う。
王子がさらわれる。
パパスが追う。
リュカが追う。
だが、同じではない。
俺の懐には、王家のあかしがある。
そして俺は、ヘンリーがどこへ連れて行かれるのかを知っている。
城門が開いた。
ラインハットの兵士が、俺たちを王の間へ案内する。
長い廊下を進みながら、俺は静かに息を整えた。
ここからだ。
ここから、原作を壊す。
ただし、壊すのは悲劇だけだ。