ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
ラインハット王との謁見は、原作と何も変わらなかった。
王は俺を歓迎し、ヘンリー王子のことを案じていると語る。
「パパス殿。そなたほどの男を頼るのは心苦しいが、どうかヘンリーを見てやってほしい」
「承知いたしました」
俺は静かに頭を下げた。
ここまでは、原作通り。
だが。
俺には、一つ確認しておかなければならないことがあった。
目の前にいる、このラインハット王。
こいつは――どのラインハット王だ?
ゲーム本編では、ラインハット王とパパスが過去にどんな関係だったのか、詳しくは語られていない。
だが、小説版では違う。
小説版のラインハット王には、ベルギスという名がある。
そして若き日のパパスは、サンチョ、ベルギスと三人で旅をしたことがある。
まだパパスがマーサと出会う前。
三人で共に冒険をしていた。
その旅の途中でパパスは二人とはぐれ、やがてマーサと出会うことになる。
つまり。
もし目の前の男が、小説版のラインハット王――ベルギスなら。
こいつは昔のパパスを知っている。
もちろん、今の俺を見ただけで気づくとは思えない。
名前こそ同じパパスだ。
だが、顔も違う。
体つきも変わっている。
転生してから、俺は原作のパパスとは違う道を歩いてきた。
鍛え方も。
戦い方も。
積み重ねてきたものも。
昔のパパスを知る者が今の俺を見たところで、同姓同名の別人だと思っても不思議ではない。
事実。
先ほどから王は何度か俺を見ている。
何かが引っかかっているような。
だが、それが何なのか分からない。
そんな目だった。
ならば。
確かめるしかない。
「陛下」
「何かな」
「二人だけで、お話ししたいことがあります」
王は少しだけ眉を動かした。
「……皆、下がれ」
家臣たちが一礼し、静かに部屋を出ていく。
扉が閉まった。
部屋には俺とラインハット王だけが残る。
「さて」
王は俺を見た。
「ここまでして話したいこととは?」
俺は懐へ手を伸ばしかけ――やめた。
本来なら、ここで王家のあかしを出すつもりだった。
グランバニア王家のあかし。
俺が何者なのかを証明するには、これ以上ない代物だ。
だが。
その前に確認する。
こいつが誰なのか。
「陛下。一つ、妙なことをお尋ねしても?」
「何かな」
「……サンチョという男を、覚えておられますか」
王の表情が変わった。
ほんのわずか。
だが、間違いなく反応した。
「サンチョ?」
「はい」
俺は王の目を見る。
「昔、俺とあいつと――三人で旅をした頃のことです」
「……」
王の顔から、先ほどまでの穏やかな表情が消えた。
「何を言っている」
「まだ俺が、マーサと出会う前の話です」
「……!」
王の目が見開かれた。
そして。
俺の顔を凝視する。
目。
声。
立ち方。
仕草。
何かを探すように。
昔の記憶と、目の前にいる俺を必死に重ねようとしている。
だが。
当然だ。
名前は同じ。
パパス。
しかし、顔が違う。
体つきも違う。
昔の記憶にある男とは、あまりにも姿が変わっている。
「……まさか」
王の声が震えた。
「その話を知っているということは……」
一歩。
王がこちらへ近づく。
そして。
「あの、パパス……なのか?」
――当たりだ。
心の中で、そう呟いた。
こいつはただのラインハット王じゃない。
小説版。
ベルギス。
かつてパパス、サンチョと共に旅をした男。
「ああ」
俺は答えた。
「久しぶりだな、ベルギス」
「……!」
ベルギスの顔が完全に固まった。
「本当に……お前なのか」
「ああ」
「だが……」
ベルギスは俺の頭から足元までを見る。
「何だ、その姿は」
「まあ……色々あった」
「色々で済む変わり方か!」
思わず笑いそうになる。
その言い方。
王としてではない。
昔の仲間へ向けるものだった。
「顔まで違うではないか」
「そうだな」
「体つきも……昔より遥かに……」
「鍛えたからな」
「鍛えたで説明できるか!」
ベルギスは額に手を当てた。
「まったく……名前を聞いた時、まさかとは思ったが」
「少しは疑ってたのか?」
「名前だけなら同じ者もいる」
「まあな」
「それに、昔のお前を知っている私からすれば、今のお前を見て同一人物だと思えという方が無理だ」
「それは否定しない」
ベルギスはしばらく俺を見つめていた。
やがて、ふっと表情を緩めた。
「……サンチョは?」
「元気だ」
「そうか」
その一言だけで、ベルギスの顔に懐かしさが浮かんだ。
「お前たちとはぐれてから、随分経った」
「ああ」
「その後、マーサと出会ったのだな」
「ああ」
「……そうか」
ベルギスは静かに頷いた。
だが。
俺はここへ昔話をしに来たわけじゃない。
「ベルギス」
「何だ」
俺は懐へ手を入れた。
そして。
王家のあかしを取り出す。
机の上へ、静かに置いた。
ベルギスの目が細くなる。
「……グランバニア王家のあかしか」
「ああ」
「それを出すということは」
さすがだ。
分かっている。
「ここから先は、昔の仲間同士の話じゃない」
俺は王家のあかしへ手を置いた。
「グランバニア王として、ラインハット王に話がある」
ベルギスの表情から笑みが消えた。
昔の旅仲間ではない。
一国の王の顔になる。
「……聞こう」
俺は続けて、布に包んでいた一本の剣を机へ置いた。
布を外す。
天空の剣。
ベルギスが息を呑んだ。
「これは……」
「天空の剣だ」
「伝説の……天空の剣」
「ああ」
ベルギスはしばらく何も言わなかった。
ただ、目の前に置かれた剣を見つめている。
「どこで手に入れた」
「妻を探す旅の中で見つけた」
「マーサを……まだ探しているのか」
「ああ」
ベルギスの表情が曇った。
「そうか……」
俺は天空の剣からベルギスへ視線を戻した。
「ベルギス」
「何だ」
「近頃、各地で人が消えているという話を知っているか」
「……聞いたことはある」
「旅人。若者。身寄りのない者。盗賊の仕業として片づけられている事件もある。だが、数が多すぎる」
ベルギスの表情が変わる。
「それと、この国に何の関係がある」
「その手が、ラインハットにも伸びている」
「何?」
「ある情報筋から、ヘンリーが狙われていると聞いた」
ベルギスが立ち上がった。
「何だと」
「さらに、北東の遺跡には、ならず者たちが集まっている」
「……」
「偶然とは思えない」
ベルギスは腕を組んだ。
「ならば、今すぐ兵を出して遺跡を調べさせる」
「それでは黒幕を逃がす」
「黒幕?」
「ああ」
俺は静かに言った。
「ならず者は駒だ。本当に捕らえるべき相手は、その奥にいる」
ベルギスは長く黙った。
「パパス」
「ああ」
「お前は、何をしようとしている」
「ヘンリーがさらわれたように見せたい」
ベルギスの目が鋭くなる。
「我が子を囮にするつもりか」
「違う」
俺は首を横へ振った。
「ヘンリーは守る」
「なら、どうする」
「敵に、成功したと思わせる」
「……その後は?」
俺は少しだけ声を落とした。
「その先は、お前にも動いてもらう」
「私に?」
「ああ。ここから先は、口に出す相手を選ばなければならない話だ」
ベルギスは俺を見据えた。
「……聞こう」
俺は、さらに声を低くした。
話している間、ベルギスは一度も口を挟まなかった。
ただ、その表情だけが少しずつ変わっていく。
驚き。
怒り。
迷い。
そして。
父親としての苦しみ。
最後まで聞き終えたベルギスは、玉座の肘掛けを強く握った。
「……それが、お前の勝ち筋か」
「ああ」
「危うい策だ」
「分かっている」
「少しでも読み違えれば、ヘンリーは危険に晒される」
「ああ」
「それでも、ただ守るだけでは根を断てない、と」
「そうだ」
ベルギスは目を閉じた。
部屋に、重い沈黙が落ちる。
父として答えたい。
王として答えねばならない。
二つの立場が、その沈黙の中でぶつかっているのが分かった。
「失敗すれば?」
ベルギスが静かに尋ねた。
「ヘンリーを失う」
自分で口にして、胸が冷えた。
「そして、黒幕も逃がすことになる」
ベルギスの指に力がこもる。
「それを承知で、この策を申すのか」
「ああ」
「ならば、なぜだ」
「お前が知らないまま奪われるのと、お前が知った上で敵を迎えるのでは、意味が違う」
「……」
「ヘンリーを守るだけなら、道はある。だが、それでは敵は逃げる。次はもっと見えない形で、もっと確実に動くだろう」
ベルギスは目を開けた。
「お前は、我が子を失う恐れを前にして、それでも敵を断てと言うのか」
「ああ」
俺は視線を逸らさなかった。
「ただし、ヘンリーを失わせるつもりはない」
「命に代えても、か」
「必要なら」
「それでは困る」
即答だった。
「ベルギス」
「私はヘンリーを失いたくない」
ベルギスは静かに言った。
「だが、お前まで失いたいわけではない」
「……」
「昔からそうだったな」
「何がだ」
「自分が一番危険な場所へ行けば、それで済むと思っている」
「……そうだったか?」
「サンチョに何度止められたと思っている」
「覚えてないな」
「嘘をつけ」
ベルギスが俺を睨む。
だが、その目は王のものではなかった。
昔、一緒に旅をした仲間の目だった。
「昔、お前は私を庇った」
「……」
「今度は息子まで、お前に命を懸けて守らせろというのか」
「俺が勝手にやるだけだ」
「だから、それをやめろと言っている」
思わず、少し笑ってしまった。
「変わらないな、お前も」
「それはこちらの台詞だ」
一瞬だけ。
昔の旅の空気が戻った。
俺自身に、その旅の記憶があるわけじゃない。
俺は転生者だ。
パパスとして生きているが、ベルギスとサンチョと三人で旅をしたのは、俺がこの世界へ来るより前のパパスだ。
それでも。
ベルギスにとっては違う。
目の前にいる俺は。
昔、共に旅をしたパパスなのだ。
その事実が。
少しだけ、胸に重かった。
「……パパス」
「ああ」
「ヘンリーを、生きて返してくれ」
その言葉は、王としてではなく。
一人の父親としてのものだった。
俺は深く頷いた。
「必ず」
ベルギスはゆっくりと玉座へ戻った。
座る。
そして次に顔を上げた時。
そこにいたのは、かつての旅仲間ではない。
一国を背負う王だった。
「よかろう」
部屋の空気が変わる。
「ラインハット王として、グランバニア王パパスの策に乗る」
「感謝する」
「ただし、パパス王」
「ああ」
「ヘンリーの事もそうだが」
「?」
ベルギスはそこで一度、言葉を切った。
俺を見る。
「お前も生きて帰ってこい」
俺はベルギスの目を見た。
「必ず」
「……約束だぞ、パパス」
「ああ」
盤面が動き始めた。