ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第61話『密談』

 ラインハット王との謁見は、原作と何も変わらなかった。

 

 王は俺を歓迎し、ヘンリー王子のことを案じていると語る。

 

「パパス殿。そなたほどの男を頼るのは心苦しいが、どうかヘンリーを見てやってほしい」

 

「承知いたしました」

 

 俺は静かに頭を下げた。

 

 ここまでは、原作通り。

 

 だが。

 

 俺には、一つ確認しておかなければならないことがあった。

 

 目の前にいる、このラインハット王。

 

 こいつは――どのラインハット王だ?

 

 ゲーム本編では、ラインハット王とパパスが過去にどんな関係だったのか、詳しくは語られていない。

 

 だが、小説版では違う。

 

 小説版のラインハット王には、ベルギスという名がある。

 

 そして若き日のパパスは、サンチョ、ベルギスと三人で旅をしたことがある。

 

 まだパパスがマーサと出会う前。

 

 三人で共に冒険をしていた。

 

 その旅の途中でパパスは二人とはぐれ、やがてマーサと出会うことになる。

 

 つまり。

 

 もし目の前の男が、小説版のラインハット王――ベルギスなら。

 

 こいつは昔のパパスを知っている。

 

 もちろん、今の俺を見ただけで気づくとは思えない。

 

 名前こそ同じパパスだ。

 

 だが、顔も違う。

 

 体つきも変わっている。

 

 この身体で目覚めてから、俺は原作のパパスとは違う道を歩いてきた。

 

 鍛え方も。

 

 戦い方も。

 

 積み重ねてきたものも。

 

 昔のパパスを知る者が今の俺を見たところで、同姓同名の別人だと思っても不思議ではない。

 

 事実。

 

 先ほどから王は何度か俺を見ている。

 

 何かが引っかかっているような。

 

 だが、それが何なのか分からない。

 

 そんな目だった。

 

 ならば。

 

 確かめるしかない。

 

「陛下」

 

「何かな」

 

「二人だけで、お話ししたいことがあります」

 

 王は少しだけ眉を動かした。

 

「……皆、下がれ」

 

 家臣たちが一礼し、静かに部屋を出ていく。

 

 扉が閉まった。

 

 部屋には俺とラインハット王だけが残る。

 

「さて」

 

 王は俺を見た。

 

「ここまでして話したいこととは?」

 

 俺は懐へ手を伸ばしかけ――やめた。

 

 本来なら、ここで王家のあかしを出すつもりだった。

 

 グランバニア王家のあかし。

 

 俺が何者なのかを証明するには、これ以上ない代物だ。

 

 だが。

 

 その前に確認する。

 

 こいつが誰なのか。

 

 これは俺自身の記憶ではない。

 

 小説版で読んだ知識だ。

 

 若き日のパパスと、サンチョと、ラインハット王ベルギス。

 三人が共に旅をしたという話。

 

 もし目の前の王が本当にベルギスなら、この名前と出来事に必ず反応する。

 

 俺は、あえて昔を知る者のように口を開いた。

 

「陛下。一つ、妙なことをお尋ねしても?」

 

「何かな」

 

「……サンチョという男を、覚えておられますか」

 

 王の表情が変わった。

 

 ほんのわずか。

 

 だが、間違いなく反応した。

 

「サンチョ?」

 

「はい」

 

 俺は王の目を見る。

 

「昔、俺とあいつと――三人で旅をした頃のことです」

 

「……」

 

 王の顔から、先ほどまでの穏やかな表情が消えた。

 

「何を言っている」

 

「まだ俺が、マーサと出会う前の話です」

 

「……!」

 

 王の目が見開かれた。

 

 そして。

 

 俺の顔を凝視する。

 

 目。

 

 声。

 

 立ち方。

 

 仕草。

 

 何かを探すように。

 

 昔の記憶と、目の前にいる俺を必死に重ねようとしている。

 

 だが。

 

 当然だ。

 

 名前は同じ。

 

 パパス。

 

 しかし、顔が違う。

 

 体つきも違う。

 

 昔の記憶にある男とは、あまりにも姿が変わっている。

 

「……まさか」

 

 王の声が震えた。

 

「その話を知っているということは……」

 

 一歩。

 

 王がこちらへ近づく。

 

 そして。

 

「あの、パパス……なのか?」

 

 ――当たりだ。

 

 心の中で、そう呟いた。

 

 こいつはただのラインハット王じゃない。

 

 小説版。

 

 ベルギス。

 

 かつてパパス、サンチョと共に旅をした男。

 

「ああ」

 

 俺は答えた。

 

「久しぶりだな、ベルギス」

 

「……!」

 

 ベルギスの顔が完全に固まった。

 

「本当に……お前なのか」

 

「ああ」

 

「だが……」

 

 ベルギスは俺の頭から足元までを見る。

 

「何だ、その姿は」

 

「まあ……色々あった」

 

「色々で済む変わり方か!」

 

 思わず笑いそうになる。

 

 その言い方。

 

 王としてではない。

 

 昔の仲間へ向けるものだった。

 

「顔まで違うではないか」

 

「そうだな」

 

「体つきも……昔より遥かに……」

 

「鍛えたからな」

 

「鍛えたで説明できるか!」

 

 ベルギスは額に手を当てた。

 

「まったく……名前を聞いた時、まさかとは思ったが」

 

「少しは疑ってたのか?」

 

「名前だけなら同じ者もいる」

 

「まあな」

 

「それに、昔のお前を知っている私からすれば、今のお前を見て同一人物だと思えという方が無理だ」

 

「それは否定しない」

 

 ベルギスはしばらく俺を見つめていた。

 

 やがて、ふっと表情を緩めた。

 

「……サンチョは?」

 

「元気だ」

 

「そうか」

 

 その一言だけで、ベルギスの顔に懐かしさが浮かんだ。

 

「お前たちとはぐれてから、随分経った」

 

「ああ」

 

「その後、マーサと出会ったのだな」

 

「ああ」

 

「……そうか」

 

 ベルギスは静かに頷いた。

 

 だが。

 

 俺はここへ昔話をしに来たわけじゃない。

 

「ベルギス」

 

「何だ」

 

 俺は懐へ手を入れた。

 

 そして。

 

 王家のあかしを取り出す。

 

 机の上へ、静かに置いた。

 

 ベルギスの目が細くなる。

 

「……グランバニア王家のあかしか」

 

「ああ」

 

「それを出すということは」

 

 さすがだ。

 

 分かっている。

 

「ここから先は、昔の仲間同士の話じゃない」

 

 俺は王家のあかしへ手を置いた。

 

「グランバニア王として、ラインハット王に話がある」

 

 ベルギスの表情から笑みが消えた。

 

 昔の旅仲間ではない。

 

 一国の王の顔になる。

 

「……聞こう」

 

 俺は続けて、布に包んでいた一本の剣を机へ置いた。

 

 布を外す。

 

 天空の剣。

 

 ベルギスが息を呑んだ。

 

「これは……」

 

「天空の剣だ」

 

「伝説の……天空の剣」

 

「ああ」

 

 ベルギスはしばらく何も言わなかった。

 

 ただ、目の前に置かれた剣を見つめている。

 

「どこで手に入れた」

 

「妻を探す旅の中で見つけた」

 

「マーサを……まだ探しているのか」

 

「ああ」

 

 ベルギスの表情が曇った。

 

「そうか……」

 

 俺は天空の剣からベルギスへ視線を戻した。

 

「ベルギス」

 

「何だ」

 

「近頃、各地で人が消えているという話を知っているか」

 

「……聞いたことはある」

 

「旅人。若者。身寄りのない者。盗賊の仕業として片づけられている事件もある。だが、数が多すぎる」

 

 ベルギスの表情が変わる。

 

「それと、この国に何の関係がある」

 

「その手が、ラインハットにも伸びている」

 

「何?」

 

「ある情報筋から、ヘンリーが狙われていると聞いた」

 

 ベルギスが立ち上がった。

 

「何だと」

 

「さらに、北東の遺跡には、ならず者たちが集まっている」

 

「……」

 

「偶然とは思えない」

 

 ベルギスは腕を組んだ。

 

「ならば、今すぐ兵を出して遺跡を調べさせる」

 

「それでは黒幕を逃がす」

 

「黒幕?」

 

「ああ」

 

 俺は静かに言った。

 

「ならず者は駒だ。本当に捕らえるべき相手は、その奥にいる」

 

 ベルギスは長く黙った。

 

「パパス」

 

「ああ」

 

「お前は、何をしようとしている」

 

「ヘンリーがさらわれたように見せたい」

 

 ベルギスの目が鋭くなる。

 

「我が子を囮にするつもりか」

 

「違う」

 

 俺は首を横へ振った。

 

「ヘンリーは守る」

 

「なら、どうする」

 

「敵に、成功したと思わせる」

 

「……その後は?」

 

 俺は少しだけ声を落とした。

 

「その先は、お前にも動いてもらう」

 

「私に?」

 

「ああ。ここから先は、口に出す相手を選ばなければならない話だ」

 

 ベルギスは俺を見据えた。

 

「……聞こう」

 

 俺は、さらに声を低くした。

 

 話している間、ベルギスは一度も口を挟まなかった。

 

 ただ、その表情だけが少しずつ変わっていく。

 

 驚き。

 

 怒り。

 

 迷い。

 

 そして。

 

 父親としての苦しみ。

 

 最後まで聞き終えたベルギスは、玉座の肘掛けを強く握った。

 

「……それが、お前の勝ち筋か」

 

「ああ」

 

「危うい策だ」

 

「分かっている」

 

「少しでも読み違えれば、ヘンリーは危険に晒される」

 

「ああ」

 

「それでも、ただ守るだけでは根を断てない、と」

 

「そうだ」

 

 ベルギスは目を閉じた。

 

 部屋に、重い沈黙が落ちる。

 

 父として答えたい。

 

 王として答えねばならない。

 

 二つの立場が、その沈黙の中でぶつかっているのが分かった。

 

「失敗すれば?」

 

 ベルギスが静かに尋ねた。

 

「ヘンリーを失う」

 

 自分で口にして、胸が冷えた。

 

「そして、黒幕も逃がすことになる」

 

 ベルギスの指に力がこもる。

 

「それを承知で、この策を申すのか」

 

「ああ」

 

「ならば、なぜだ」

 

「お前が知らないまま奪われるのと、お前が知った上で敵を迎えるのでは、意味が違う」

 

「……」

 

「ヘンリーを守るだけなら、道はある。だが、それでは敵は逃げる。次はもっと見えない形で、もっと確実に動くだろう」

 

 ベルギスは目を開けた。

 

「お前は、我が子を失う恐れを前にして、それでも敵を断てと言うのか」

 

「ああ」

 

 俺は視線を逸らさなかった。

 

「ただし、ヘンリーを失わせるつもりはない」

 

「命に代えても、か」

 

「必要なら」

 

「それでは困る」

 

 即答だった。

 

「ベルギス」

 

「私はヘンリーを失いたくない」

 

 ベルギスは静かに言った。

 

「だが、お前まで失いたいわけではない」

 

「……」

 

「昔からそうだったな」

 

「何がだ」

 

「自分が一番危険な場所へ行けば、それで済むと思っている」

 

「……そうだったか?」

 

「サンチョに何度止められたと思っている」

 

「覚えてないな」

 

「嘘をつけ」

 

 ベルギスが俺を睨む。

 

 だが、その目は王のものではなかった。

 

 昔、一緒に旅をした仲間の目だった。

 

「昔、お前は私を庇った」

 

「……」

 

「今度は息子まで、お前に命を懸けて守らせろというのか」

 

「俺が勝手にやるだけだ」

 

「だから、それをやめろと言っている」

 

 思わず、少し笑ってしまった。

 

「変わらないな、お前も」

 

「それはこちらの台詞だ」

 

 一瞬だけ。

 

 昔の旅の空気が戻った。

 

 俺自身に、その旅の記憶があるわけじゃない。

 

 俺は転生者だ。

 

 パパスとして生きているが、ベルギスとサンチョと三人で旅をしたのは、俺がこの世界へ来るより前のパパスだ。

 

 それでも。

 

 ベルギスにとっては違う。

 

 目の前にいる俺は。

 

 昔、共に旅をしたパパスなのだ。

 

 その事実が。

 

 少しだけ、胸に重かった。

 

「……パパス」

 

「ああ」

 

「ヘンリーを、生きて返してくれ」

 

 その言葉は、王としてではなく。

 

 一人の父親としてのものだった。

 

 俺は深く頷いた。

 

「必ず」

 

 ベルギスはゆっくりと玉座へ戻った。

 

 座る。

 

 そして次に顔を上げた時。

 

 そこにいたのは、かつての旅仲間ではない。

 

 一国を背負う王だった。

 

「よかろう」

 

 部屋の空気が変わる。

 

「ラインハット王として、グランバニア王パパスの策に乗る」

 

「感謝する」

 

「ただし、パパス王」

 

「ああ」

 

「ヘンリーのこともそうだが」

 

「?」

 

 ベルギスはそこで一度、言葉を切った。

 

 俺を見る。

 

「お前も生きて帰ってこい」

 

 俺はベルギスの目を見た。

 

「必ず」

 

「……約束だぞ、パパス」

 

「ああ」

 

 盤面が動き始めた。

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