ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。 作:兎深みどり
ならず者が声を上げるより早く、俺は剣を抜いた。
銀の刃が、松明の光を受けて一瞬だけ走る。
「ひっ……!」
男の手から、剣が落ちた。
斬ったのは腕ではない。
握っていた剣の柄だけだ。
もう一人が短剣を抜こうとする。
俺はその足元へ剣先を落とし、石床を軽く叩いた。
乾いた音とともに、床石に細い傷が走る。
男の動きが止まった。
「動くな」
低く告げると、ならず者たちは顔を青くして後ずさった。
背後で、リュカが息を呑む気配がした。
ボロンゴは低く唸りながらも、飛び出さずにリュカの横へついている。
よし。
リュカは前に出ない。
ボロンゴはリュカを守る。
今の二人は、分かっている。
俺は奥へ耳を澄ませた。
通路の奥から、男たちの声が聞こえる。
「王子はおとなしくしてるか?」
「ああ。うるせえが、縛ってある」
「しかし、本当にいいのかよ。城の女からは、始末しろって話だったんだろ?」
「殺せとは言われてねえよ。消えりゃ同じだ」
「へっ。王子さまも運がねえな」
「殺すより、売った方が金になる。神殿の連中なら、ガキはいくらでも欲しがるからな」
男たちが下卑た笑い声を上げる。
胸の奥で、冷たい怒りが広がった。
知っていた。
原作で知っていた。
ヘンリーを邪魔者として消そうとしたのは、ラインハット王妃だ。
実の息子であるデールを王位につけるため、第一王子であるヘンリーを排除しようとした。
そして、ならず者たちはその命令を利用し、ヘンリーを殺さず教団へ売ろうとしている。
知識としては知っていた。
だが、実際に耳で聞くと違う。
子ども一人の命が、城の都合と金勘定の間で転がされている。
ふざけるな。
ラインハット王に話したことは、やはり間違っていなかった。
枝だけではない。
奥に根がある。
なら、ここで終わらせる。
俺は壁際から姿を現した。
「何だ、お前!」
ならず者たちが一斉にこちらを見る。
奥の鉄格子の向こうで、緑色の髪をした少年が顔を上げた。
「パパス!」
ヘンリーだった。
手足を縛られている。
だが、目は死んでいない。
「そこまでだ」
俺は低く告げた。
「ヘンリー王子を返してもらう」
「ふざけるな!」
「子連れで来やがったのか!」
ならず者の一人が、俺の背後にいるリュカへ目を向けた。
その視線が、嫌だった。
「リュカ」
「うん」
「足元を狙え。近づけるな」
リュカは小さく頷き、手をかざした。
「バギ!」
小さな風の刃が、ならず者の足元を走った。
石床に砂埃が舞い、男たちが思わず足を止める。
「なっ、呪文だと!?」
威力は大きくない。
だが、それでいい。
倒す必要はない。
一瞬、足を止めれば十分だ。
俺はその隙に踏み込んだ。
一人目の剣を弾き飛ばす。
二人目の膝を払う。
三人目の鳩尾へ柄頭を叩き込む。
息を詰まらせた男が、床へ崩れた。
最後の一人がヘンリーの方へ手を伸ばした。
その動きだけは許さない。
踏み込む。
男の腕を取り、関節を極める。
「ぎっ……!」
「子どもに手を出すな」
そのまま床へ伏せさせる。
折りはしない。
だが、しばらく腕は使えない。
部屋は静かになった。
気を失っている者もいる。
痛みにうずくまったまま動けない者もいる。
どちらでもいい。
今必要なのは、こいつらを殺すことではない。
ここから動けなくすることだ。
ゲマとの戦いに、余計な手を出させるわけにはいかない。
俺は倒れた男たちの武器を集め、水路の向こうへ蹴り飛ばした。
「リュカ。ヘンリー王子のそばへ」
「うん」
「ボロンゴはリュカから離れるな」
「ガウ」
リュカとボロンゴが鉄格子の前へ寄る。
俺は倒れている男たちを一人ずつ引きずり、先ほどまでヘンリーが閉じ込められていた牢の隣へ放り込んだ。
「おい、何しやがる……!」
「立場が変わっただけだ」
鉄格子を閉め、鍵をかける。
男たちが格子を叩いた。
「出せ!」
「大人しくしていろ」
「ふざけるな!」
「逃げようとすれば、次は手加減しない」
男たちの声が止まった。
脅しではないと伝わったのだろう。
俺は鍵を懐へ入れる。
こいつらには、後で話してもらうことがある。
王妃の名を、こいつら自身の口から吐かせる必要がある。
誰を通して依頼を受けたのか。
誰へ売るつもりだったのか。
この遺跡で、何と繋がっていたのか。
俺は知っている。
だが、俺が知っているだけでは足りない。
ラインハット王が、自分の耳で確かめられる形にしなければならない。
だが今は、それより先にやることがある。
俺はヘンリーが閉じ込められている鉄格子へ向かった。
鍵束から合うものを選び、錠を開ける。
そういえば原作では、ここを力ずくで開けていたはずだ。
だが今は鍵がある。
なら、わざわざ鉄格子を壊す必要はない。
扉が軋む音を立てて開いた。
リュカがすぐに駆け寄ろうとした。
「リュカ」
名を呼ぶと、リュカは足を止めた。
こちらを見る。
「ゆっくりだ」
「……うん」
リュカは頷き、ボロンゴと一緒に俺の横まで来た。
俺はヘンリーの縄を解く。
ヘンリーは自由になるなり、悔しそうに顔をしかめた。
「オレは、捕まったんじゃないからな」
「そうか」
「ちょっと油断しただけだ」
「そういうことにしておこう」
「本当だぞ!」
リュカが小さく笑った。
「ヘンリー王子、無事でよかった」
「ふん。別に助けてくれなんて頼んでない」
「でも、助かってよかったでしょ?」
「……まあな」
小さな声だった。
ヘンリーはそっぽを向く。
その顔には、まだ恐怖が残っていた。
当然だ。
強がってはいるが、さらわれたのだ。
殴られ、縛られ、知らない場所へ連れてこられた。
王子だろうと、子どもは子どもだ。
「王子」
「何だよ」
「ここから出る」
「当たり前だ。早く城に戻るぞ」
「ああ」
俺は頷いた。
原作通りなら、ここで出口へ向かう。
そして、出口でゲマが待っている。
ジャミとゴンズ。
ゲマ。
リュカを人質に取られ、パパスは剣を捨てる。
だが、今回は違う。
同じ通路を、同じ結末へ向かって歩く必要はない。
リュカが俺を見上げた。
「おとうさん、どうするの?」
「帰る」
「出口に行くの?」
「いや」
俺は首を横に振った。
そして、静かに魔力を巡らせた。
この遺跡の奥で使えるかは、試していない。
だが、ここは試練の洞窟とは違う。
閉じ込めるための試練ではない。
なら、届くはずだ。
「リュカ。ヘンリー王子の手を取れ」
「うん」
「ボロンゴはリュカのそばだ」
「ガウ」
「な、何をするんだ?」
ヘンリーが不安そうに俺を見る。
「外へ出る」
「どうやって」
俺は息を整えた。
リュカ。
ヘンリー。
ボロンゴ。
三人の位置を確認する。
全員、手の届く場所にいる。
「リレミト」
魔力が広がる。
足元から光が立ち上がり、石の床が遠ざかる。
次の瞬間、古代の遺跡の湿った空気が消えた。