ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第65話『助け出すだけなら』

 ならず者が声を上げるより早く、俺は剣を抜いた。

 

 銀の刃が、松明の光を受けて一瞬だけ走る。

 

「ひっ……!」

 

 男の手から、剣が落ちた。

 

 斬ったのは腕ではない。

 握っていた剣の柄だけだ。

 

 もう一人が短剣を抜こうとする。

 

 俺はその足元へ剣先を落とし、石床を軽く叩いた。

 

 乾いた音とともに、床石に細い傷が走る。

 

 男の動きが止まった。

 

「動くな」

 

 低く告げると、ならず者たちは顔を青くして後ずさった。

 

 背後で、リュカが息を呑む気配がした。

 ボロンゴは低く唸りながらも、飛び出さずにリュカの横へついている。

 

 よし。

 

 リュカは前に出ない。

 ボロンゴはリュカを守る。

 

 今の二人は、分かっている。

 

 俺は奥へ耳を澄ませた。

 

 通路の奥から、男たちの声が聞こえる。

 

「王子はおとなしくしてるか?」

 

「ああ。うるせえが、縛ってある」

 

「しかし、本当にいいのかよ。城の女からは、始末しろって話だったんだろ?」

 

「殺せとは言われてねえよ。消えりゃ同じだ」

 

「へっ。王子さまも運がねえな」

 

「殺すより、売った方が金になる。神殿の連中なら、ガキはいくらでも欲しがるからな」

 

 男たちが下卑た笑い声を上げる。

 

 胸の奥で、冷たい怒りが広がった。

 

 知っていた。

 

 原作で知っていた。

 

 ヘンリーを邪魔者として消そうとしたのは、ラインハット王妃だ。

 

 実の息子であるデールを王位につけるため、第一王子であるヘンリーを排除しようとした。

 

 そして、ならず者たちはその命令を利用し、ヘンリーを殺さず教団へ売ろうとしている。

 

 知識としては知っていた。

 

 だが、実際に耳で聞くと違う。

 

 子ども一人の命が、城の都合と金勘定の間で転がされている。

 

 ふざけるな。

 

 ラインハット王に話したことは、やはり間違っていなかった。

 

 枝だけではない。

 

 奥に根がある。

 

 なら、ここで終わらせる。

 

 俺は壁際から姿を現した。

 

「何だ、お前!」

 

 ならず者たちが一斉にこちらを見る。

 

 奥の鉄格子の向こうで、緑色の髪をした少年が顔を上げた。

 

「パパス!」

 

 ヘンリーだった。

 

 手足を縛られている。

 だが、目は死んでいない。

 

「そこまでだ」

 

 俺は低く告げた。

 

「ヘンリー王子を返してもらう」

 

「ふざけるな!」

 

「子連れで来やがったのか!」

 

 ならず者の一人が、俺の背後にいるリュカへ目を向けた。

 

 その視線が、嫌だった。

 

「リュカ」

 

「うん」

 

「足元を狙え。近づけるな」

 

 リュカは小さく頷き、手をかざした。

 

「バギ!」

 

 小さな風の刃が、ならず者の足元を走った。

 石床に砂埃が舞い、男たちが思わず足を止める。

 

「なっ、呪文だと!?」

 

 威力は大きくない。

 だが、それでいい。

 

 倒す必要はない。

 一瞬、足を止めれば十分だ。

 

 俺はその隙に踏み込んだ。

 

 一人目の剣を弾き飛ばす。

 二人目の膝を払う。

 三人目の鳩尾へ柄頭を叩き込む。

 

 息を詰まらせた男が、床へ崩れた。

 

 最後の一人がヘンリーの方へ手を伸ばした。

 

 その動きだけは許さない。

 

 踏み込む。

 

 男の腕を取り、関節を極める。

 

「ぎっ……!」

 

「子どもに手を出すな」

 

 そのまま床へ伏せさせる。

 

 折りはしない。

 だが、しばらく腕は使えない。

 

 部屋は静かになった。

 

 気を失っている者もいる。

 痛みにうずくまったまま動けない者もいる。

 

 どちらでもいい。

 

 今必要なのは、こいつらを殺すことではない。

 ここから動けなくすることだ。

 

 ゲマとの戦いに、余計な手を出させるわけにはいかない。

 

 俺は倒れた男たちの武器を集め、水路の向こうへ蹴り飛ばした。

 

「リュカ。ヘンリー王子のそばへ」

 

「うん」

 

「ボロンゴはリュカから離れるな」

 

「ガウ」

 

 リュカとボロンゴが鉄格子の前へ寄る。

 

 俺は倒れている男たちを一人ずつ引きずり、先ほどまでヘンリーが閉じ込められていた牢の隣へ放り込んだ。

 

「おい、何しやがる……!」

 

「立場が変わっただけだ」

 

 鉄格子を閉め、鍵をかける。

 

 男たちが格子を叩いた。

 

「出せ!」

 

「大人しくしていろ」

 

「ふざけるな!」

 

「逃げようとすれば、次は手加減しない」

 

 男たちの声が止まった。

 

 脅しではないと伝わったのだろう。

 

 俺は鍵を懐へ入れる。

 

 こいつらには、後で話してもらうことがある。

 

 王妃の名を、こいつら自身の口から吐かせる必要がある。

 誰を通して依頼を受けたのか。

 誰へ売るつもりだったのか。

 この遺跡で、何と繋がっていたのか。

 

 俺は知っている。

 

 だが、俺が知っているだけでは足りない。

 ラインハット王が、自分の耳で確かめられる形にしなければならない。

 

 だが今は、それより先にやることがある。

 

 俺はヘンリーが閉じ込められている鉄格子へ向かった。

 

 鍵束から合うものを選び、錠を開ける。

 

 そういえば原作では、ここを力ずくで開けていたはずだ。

 だが今は鍵がある。

 なら、わざわざ鉄格子を壊す必要はない。

 

 扉が軋む音を立てて開いた。

 

 リュカがすぐに駆け寄ろうとした。

 

「リュカ」

 

 名を呼ぶと、リュカは足を止めた。

 

 こちらを見る。

 

「ゆっくりだ」

 

「……うん」

 

 リュカは頷き、ボロンゴと一緒に俺の横まで来た。

 

 俺はヘンリーの縄を解く。

 

 ヘンリーは自由になるなり、悔しそうに顔をしかめた。

 

「オレは、捕まったんじゃないからな」

 

「そうか」

 

「ちょっと油断しただけだ」

 

「そういうことにしておこう」

 

「本当だぞ!」

 

 リュカが小さく笑った。

 

「ヘンリー王子、無事でよかった」

 

「ふん。別に助けてくれなんて頼んでない」

 

「でも、助かってよかったでしょ?」

 

「……まあな」

 

 小さな声だった。

 

 ヘンリーはそっぽを向く。

 

 その顔には、まだ恐怖が残っていた。

 

 当然だ。

 

 強がってはいるが、さらわれたのだ。

 殴られ、縛られ、知らない場所へ連れてこられた。

 

 王子だろうと、子どもは子どもだ。

 

「王子」

 

「何だよ」

 

「ここから出る」

 

「当たり前だ。早く城に戻るぞ」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

 原作通りなら、ここで出口へ向かう。

 

 そして、出口でゲマが待っている。

 

 ジャミとゴンズ。

 ゲマ。

 リュカを人質に取られ、パパスは剣を捨てる。

 

 だが、今回は違う。

 

 同じ通路を、同じ結末へ向かって歩く必要はない。

 

 リュカが俺を見上げた。

 

「おとうさん、どうするの?」

 

「帰る」

 

「出口に行くの?」

 

「いや」

 

 俺は首を横に振った。

 

 そして、静かに魔力を巡らせた。

 

 この遺跡の奥で使えるかは、試していない。

 だが、ここは試練の洞窟とは違う。

 

 閉じ込めるための試練ではない。

 

 なら、届くはずだ。

 

「リュカ。ヘンリー王子の手を取れ」

 

「うん」

 

「ボロンゴはリュカのそばだ」

 

「ガウ」

 

「な、何をするんだ?」

 

 ヘンリーが不安そうに俺を見る。

 

「外へ出る」

 

「どうやって」

 

 俺は息を整えた。

 

 リュカ。

 ヘンリー。

 ボロンゴ。

 

 三人の位置を確認する。

 

 全員、手の届く場所にいる。

 

「リレミト」

 

 魔力が広がる。

 

 足元から光が立ち上がり、石の床が遠ざかる。

 

 次の瞬間、古代の遺跡の湿った空気が消えた。

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