ドラゴンクエストⅤ 転生したらパパスだった件。   作:兎深みどり

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第67話『背後の刃』

 刃を抜く音は、夜風に紛れた。

 

 ルーラの光の名残が、まだ地面に薄く残っている。

 青白い魔力の残滓は、崩れた石畳の上でかすかに揺れ、すぐに夜の闇へ溶けていった。

 

 三体はまだ、こちらに気づいていない。

 

 ジャミは遺跡の暗がりを覗き込み、ゴンズは入口を塞ぐように立っている。

 ゲマはその中央で、楽しげに笑っていた。

 

 奴らは、まだ中を見ている。

 

 王子も、俺も、まだ遺跡の中にいると思っている。

 

 違う。

 

 俺は外にいる。

 

 奴らの背後にいる。

 

 原作では、ここで詰んだ。

 

 出口を塞がれ、リュカを人質に取られ、剣を捨てさせられた。

 どれだけ強くても、父親である限り動けなくなる場所だった。

 

 だが、今は違う。

 

 リュカは外にいる。

 ヘンリーも外にいる。

 

 人質は、もうあいつらの手の中にない。

 

 そして俺は、ゲマたちの背後にいる。

 

 ほしふるうでわへ意識を通した。

 

 腕輪が、かすかに熱を持つ。

 

 世界の音が遠のいた。

 

 風の音。

 兵たちの鎧が触れ合う微かな音。

 遠くでボロンゴが喉を鳴らす音。

 

 その全部が、薄い膜の向こう側へ沈んでいく。

 

 残るのは、自分の呼吸と、敵の背中だけだった。

 

 最初はジャミ。

 

 ゲマのすぐ脇に立つ、白い獣人。

 

 こいつに声を上げられれば、奇襲は終わる。

 ゲマに一瞬でも時間を与えれば、何をされるか分からない。

 

 順番を間違えるな。

 

 ジャミ。

 ゴンズ。

 そして、ゲマ。

 

 ここで手を鈍らせれば、今まで変えてきたものが全部無駄になる。

 

 迷うな。

 

 ここにいるのは人間ではない。

 牢に放り込んだならず者たちとは違う。

 

 原作でパパスを嬲り、リュカの人生を奪った魔物だ。

 

 一歩。

 

 足音を殺す必要すらなかった。

 

 ほしふるうでわで引き上げられた速度に、奴らの反応が追いついていない。

 

 白い背中へ届く。

 

 紫のたてがみが、夜風に揺れた。

 

 その瞬間、ジャミがほんのわずかに耳を動かした。

 

 本能か。

 殺気を感じたのか。

 

 だが、遅い。

 

 メタルキングのけんが走った。

 

 銀の刃が、ジャミの首筋へ入る。

 

 手応えはあった。

 だが、重くはない。

 

 刃は硬い肉を裂き、そのまま抜けた。

 

 ジャミの口が開く。

 

 声は出なかった。

 

 白い身体が、糸を切られた人形のように崩れる。

 

「――?」

 

 ゴンズが反応した。

 

 さすがに、隣にいる仲間が倒れれば気づく。

 

 猪のような頭がこちらを向き、濁った目が俺を捉えかけた。

 分厚い腕が持ち上がり、巨大な刃物が動く。

 棘のついた盾も、遅れてこちらへ向いた。

 

 まともに受ければ、ただでは済まない。

 

 あの膂力で振り下ろされれば、メタルキングのけんで受けても腕ごと持っていかれる。

 盾で押し潰されれば、骨が砕ける。

 

 だが、振らせなければいい。

 

 返す刃で踏み込む。

 

 二閃目。

 

 ゴンズの盾が上がりきるより早く、俺の剣が首元へ届いた。

 

 分厚い皮膚。

 太い筋肉。

 獣の熱。

 

 刃が食い込む。

 

 ゴンズが吠えようとした。

 

 その声ごと、剣で断つ。

 

 巨体が傾いた。

 

 地面が揺れる。

 

 倒れたゴンズの重みで、崩れた石の欠片が跳ねた。

 

 ジャミ。

 ゴンズ。

 

 原作でパパスを痛めつけた二体は、悲鳴を上げる暇もなく沈んだ。

 

 兵たちが、息を呑む気配がした。

 

 誰も動かない。

 

 王も命じない。

 

 分かっているのだ。

 

 ここで兵が前へ出れば、戦場が乱れる。

 ゲマが誰を狙うか分からなくなる。

 

 守るべきものが増えれば、それだけ俺の剣は鈍る。

 

 だから、動かない。

 

 俺が頼んだ通りに。

 

 ラインハット王は、約束を守っている。

 

 残ったのは、一体だけ。

 

 ゲマが振り返った。

 

 それは、決して遅い動きではなかった。

 

 ただ、俺の目にはそう見えただけだ。

 

 赤紫のローブ。

 青白い顔。

 細い目。

 薄く歪んだ口元。

 

 その笑みが、ほんの少しだけ消えていた。

 

「……これは」

 

 ゲマは倒れた二体を見た。

 

 まずジャミ。

 次にゴンズ。

 それから、俺。

 

 最後に、その向こうへ視線を流す。

 

 遺跡の外。

 

 整然と並ぶラインハットの兵。

 馬上のラインハット王。

 兵に守られたヘンリー。

 リュカ。

 ボロンゴ。

 

 ゲマの目が細くなった。

 

「ほう」

 

 怒りではない。

 

 驚きでもない。

 

 面白いものを見つけたような声だった。

 

「王子を外へ出し、兵を並べ、私たちが来る場所に先回りする」

 

 ゲマはくつくつと笑った。

 

「なかなか手の込んだことをなさいますねえ」

 

「ゲマ、お前を逃がすつもりはない」

 

「お前、ですか」

 

 ゲマの口元が、また歪む。

 

「名乗った覚えはありませんが」

 

「そうだな…だが、俺は知っている」

 

 俺は剣を構えた。

 

「ゲマ」

 

 その名を口にした瞬間、胸の奥で何かが熱くなる。

 

 怒り。

 恐怖。

 記憶。

 

 灰の中で泣く幼いリュカ。

 

 その光景だけで十分だった。

 

「おやおや」

 

 ゲマは細い肩を揺らした。

 

「ずいぶんと憎まれているようですねえ」

 

「憎みきるには、時間が足りない」

 

「それは光栄です」

 

 ゲマは倒れたジャミとゴンズへ、ちらりと視線を落とした。

 

 仲間を失った悲しみなど、そこにはない。

 惜しむ様子もない。

 

 あるのは計算だけだった。

 

 二体を一息で斬った相手。

 王子を外へ逃がした相手。

 兵をここまで連れてきた相手。

 

 その全部を、今この瞬間に測っている。

 

「なるほど」

 

 ゲマが言った。

 

「ただ腕力だけの剣士ではありませんか」

 

「試してみるか」

 

「ええ」

 

 ゲマの口元に、笑みが戻る。

 

 だが、さっきまでとは違う。

 

 そこには、初めて警戒の色が混じっていた。

 

「確かめさせていただきましょう」

 

 ゲマの指先に、赤い光が灯る。

 

 周囲の空気が、じわりと熱を帯びた。

 

 メラではない。

 

 もっと濃い。

 もっと重い。

 

 火球の中心に、魔力が圧縮されていく。

 

 メラミ。

 

 赤い光が膨れ上がり、夜の遺跡の前を炎で照らす。

 

 リュカが息を呑む気配がした。

 

 振り返るな。

 

 俺が振り返れば、ゲマはそこを見る。

 そこを見れば、狙う。

 

 だから見ない。

 

 俺はゲマだけを見る。

 

 炎が迫る。

 

 試練の洞窟で見たメッサーラのメラミを思い出す。

 

 あの時は、斬ったというより逸らしただけだった。

 炎の形を崩し、熱の向きを変え、どうにか身を焼かれずに済ませた。

 

 だが、それだけでは足りない。

 

 炎にも流れがある。

 流れには芯がある。

 

 炎の外側を見るな。

 赤く燃える形を見るな。

 

 どこから魔力が生まれ、どこへ集まり、どの一点が火球を火球として保っているのかを見る。

 

 だが、焦るな。

 

 これはまだ、メラゾーマではない。

 

 ゲマが本当に俺を焼き殺すために放つ炎ではない。

 

 これは探りだ。

 

 なら、こちらも確かめる。

 

 しんくう斬りが炎に届くのか。

 試練の洞窟で掴んだ感覚が、ゲマのメラミにも通じるのか。

 

 メタルキングのけんへ魔力を流す。

 

 竜紋の手甲が熱を帯びた。

 

 刃の先に、薄い真空を作る。

 

 風を斬るために生まれた技。

 

 だが、魔力の流れを断つという一点では同じだ。

 

 炎の芯が、見えた。

 

 ゲマの火球が迫る。

 

 俺は一歩、前へ出た。

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